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令嬢騎士と平民文官のささやかななれそめ  作者: 礼(ゆき)
『令嬢騎士と平民文官のささやかななれそめ』長編版
59/90

第49話:その意味分かってる?

「なるほどねえ……」

「意味、分かる」

「もちろん」


 なにを考えているんだと、言いたげに、フレディは天井を見上げた。


「そうなると、俺はいよいよ、この状況から逃れられなくなるんだな」

「こんな、結婚、嫌かしら」


 こめかみに指を押し当て、大仰にため息をつき、フレディは頭を左右に振った。


「いいや」


 フレディは冷静な顔を前方に向ける。背もたれに体をあずけ、足を組み、腕を組んだ。


「うちは貴族としては求心力がないことは知っているでしょう。現状、どの勢力に与するわけでもないの。そんな私の事情を妃殿下はよく知っている。

 さらに彼女は特定の派閥とは距離をとっていたいわけで、私が丁度良いみたい」

「利用されるみたいで嫌じゃなかったのか」

「裏があるのに隠さないところは、正直でいいと思ったわ。理由が明確で納得できる。なにより、妃殿下の傍は面白いもの」

「それを面白いだけで片づけるとはねえ、あの妃殿下に、この侍女ありだな。失礼、近衛騎士だったね」

「フレディこそどうなの? こんな話を聞いて、嫌にならない?」

「いまさらねえ。嫌ならとっくに逃げ出しているよ。俺、それほど、我慢強くないから」

「嘘」

「ほんとだよ。嫌なことは嫌だ。嫌だったら、殿下の元からとうに去っている。

 この見合い話だって、嫌なら承知しないし。寝不足覚悟で、三日分の仕事を早回しだってしない。食事にも連れていかないし、家族にも会わせない。

 っていうかさ……」


 フレディが首をかしいで私を見た。


「どんな男か見ないで、乳母になるって前提で了承するって……、それもすごくないか」


 変なところを突かれて私の目が点になる。一瞬、フレディの言葉の意味が分からなかった。


「えっと……」

「乳母になるってことは、あれだろ。

 婚約や結婚を飛び越えて、子どもを産む前提も含むだろ」 

「そうね。私の子どもと一緒に育てられたら楽しそうだとも、話されて……」


 意味を解した私は血の気が引いた。次いで足先から沸騰するように熱に襲われる。体が火照り、耳の先まで熱くなった。


「あっ、あのね。誰でもいいってわけじゃないのよ、それは、違うの……」


 私は身が縮む思いで、肩をすぼめて、下を向いた。

 実感がなかったから、ああそうですか、と流せていたのだ。


「ルーシー……、うろたえるのに話を受けたのか。これはないという男性を紹介されていたら、どうするんだ」

「ええっと……ちゃんと断る、かな?」

「そこで疑問形か」

「妃殿下の提案ですし、逃れられないと思いましたし、妃殿下の考えることも面白そうだなと思って、いまして……他意はなく、それだけ、なんです……」


 真っ赤になっているであろう耳に髪をかけながら、私は言い訳する。どう答えたらいいのか分からなくて、変な敬語もまざってしまう。動揺し、さらに動悸が早くなる。


 重々しいため息が耳に届く。


「分かっているようで、分かっていないか」

「家のこともあるし、いずれは結婚しないといけないことは変わりなくて。家族と約束した明日という期限が差し迫っている状況でして。そのなかで妃殿下の申し出だったものだから、これもご縁と思ってしまいました……」


 考えなしの私が恥ずかしくなる。


「勢いも大事なのはわかるよ。そうじゃないと結婚なんて踏み出せない。

 特に、俺なんて、兄貴二人の状況をまぢかで見ている。まあ、色々、あるからな」

「私、そういうの、知らない……」

「知ったら、結婚するって決断しにくくなるだけさ」

「結婚しないと言っていたのは、そんな理由もあるの」

「どうだろ。縁がなかっただけかな。良い面も見てるから」


 私は恐る恐るフレディを見た。


「うちは領地もあるし、茶葉で生計を立てている領民もいるから、どうしても安定志向なのよ。

 それでも、祖母や母は私に誰か想う人がいるならと、時間をくれたの。いずれは家族のためにも結婚して、子どもをもうけるのは普通だと思っていのよ」

「貴族のお嬢様、さらには一人娘の継嗣なら、責任を感じるのは当然だよね」

「そうなの。具体的にどうとか考える前に、それが当たり前だと思っていたわ。結婚するのも、当然だと思っていたなかで、妃殿下が提案してくれて。その示された未来も興味深かったのよ。

 あの方、本性は見た目とちがうじゃない」


 フレディに呆れられているかのように感じて、多弁になる。言い訳がましいことは分かっていても、止められなかった。


「賢そうに見えても、ひょんなところで小娘だよなあ」


 フレディはぶはっと吹き出して、そのままお腹を抱えて笑い出した。


「笑わないでよぉ……」


 情けない私の一言に、フレディはさらに笑う。ひとしきり、笑い終え、涙目になった目じりをぬぐう。


 もう、泣きそうなのは私の方よ。


「恋愛なんて諦めてたの。これ以上悪いことなんて、もう起きないと思って、受けたんですよ。妃殿下のお役に立つならいいかなって!」

「なにかあったの?」

「なにかって……」

「あったんでしょ」


 フレディが覗き込んでくる。

 私はちょっと身を引いて、顔を上げた。


「……」

「言いたくない?」

「……、それは……」


 言わずに済むなら、済ませたい。


「振られた」

「……」


 否定もできないけど、沈黙したままだと、それも肯定になってしまう。


「言いたくない? なら言わなくていいけど。

 先に言っておく。俺、ルーシーにどんな過去があっても気にしないから」


 気にしない?

 本当に……。

 誰かと付き合っていたことも?

 振られたことも?


 フレディを凝視していると、彼の手が伸びて頬に触れた。


「あっという間に進んで行くけどさ。結婚なんてこんなものかもしれないよね」


 独り言のような呟きとともに、フレディの顔が迫る。

 私はきゅっと唇を引き結ぶ。

 

 フレディの指が頬を優しく撫でるごとに、体が強張る。

 緊張のあまり、固まって、動けない。

 

 彼の顔が傾いだと思うと、唇にあたたかく柔らかい感触がのる。


 思わず、ぎゅっと目を閉じて、息を止めてしまった。


 ふわっと唇の上を風が凪いだ。

 

 ぱっと目を開くと、フレディが苦笑いしている。

 頬に触れる手が離れようとした時に、彼の親指が唇の中央を撫でた。

 

「先が思いやられるね」

 

 言葉とは裏腹に、フレディはどこか楽しそう。

 なんで!?


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