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令嬢騎士と平民文官のささやかななれそめ  作者: 礼(ゆき)
『令嬢騎士と平民文官のささやかななれそめ』長編版
58/90

第48話:彼の実家を後にする

 食事会が終わり、私はフレディの自室に招かれた。二人きりである。


 広い部屋は二間続き、奥が寝室になっているという。今いる部屋はフレディの私物置き場だそうだ。その割に片付いている。

 壁一面が本棚になっており、手前に机がある。木製の本棚と机は一式の特注品のようで、調和がとれている。

 窓際には丸いテーブルが置かれ、肘付きの一人掛けの椅子が二つ。これも本棚や机と同製品。

 壁や床、カーテンは落ち着いた色合いで全体が整えられている。

 入り口横に飾り棚があり、そこに色々飾られている以外なにもない、シンプルな部屋。華美な装飾はない。

 フレディらしいと言えば、らしいわね。


 私たちは、窓際まで歩いてきた。


 窓からは、裏手の庭を見下ろせた。表のシンメトリーな庭とは違い、色とりどりの花が植えられ、華やかで鮮やか。

 庭の中央部には屋根付きのテラスが設けられている。


 四方に小道が敷かれ、この庭を散策するだけで楽しそうだ。

 美しい花々の共演を見ていると、自領で祖母が大切に育てているハーブ畑が思い出される。

 

(近いうちにうちにも遊びにきてほしいな)


 騎士として働くようになってから、帰っていない。

 久しぶりに遊びに行くなら、フレディといきたいわ。


「ルーシー。これから出掛けようよ」


 背後から声をかけられ、振り向くと隣にフレディが立った。


「出かけると言っても……」


 私は着ている衣装のスカートをつまむ。


「挨拶のためにこんな格好をしているのよ。アクセサリーもアクセサリーだし……。さすがに、このままでは……ねえ」


 高価な品を身につけている。このまま街へ出て、歩き回るには気が引けた。それはフレディも一緒ではないかしら。


「気にしないでいいよ。だれも人が着ている服なんてじろじろ見ないし、服の値段なんて気にかけないからね。俺が選んだワンピースを着ているルーシーと一緒に、俺が歩きたいの、分かる?」

「……、わかんないわよ」


 私は複雑な顔になっていると思う。

 眼下の庭に視線を落とした。


「庭、綺麗ね。私、花、好きよ。別に出歩かなくても、あの庭を案内してもらって、帰るだけでもいいのよ」

「それも考えたんだけどね。

 ここにいたら、色々絡まれると思うんだ。予定外に、ルーシーがルーファスとジェロームをのしてしまっただろう。ここを出たら、どこから、挑まれるか分からないよ」

「あれ、まずかったかしら」

「まずくない、まずくない。むしろ、鮮やかでかっこよかったよ。だからこそだよね」

「私が種をまいてしまったのね」

「庭を散策中に影に隠れた男の子二人に狙われる続けるのは、街中より落ち着かないと思うよ」


 それは言えている。

 こんなワンピースを着て、庭先で二人の男の子を相手にしてたら、服だって汚してしまうだろう。袖を通したばかりの新品の衣装に泥をつけては私もきっと落ち込んでしまう。


「分かったわ。一緒に、街へ行く」

「その方が良いと思う。さすがにあの二人なら、まだこの部屋までは入ってこないと思うけどね……」


 その時、ばんとフレディの部屋の扉が大きく開かれた。

 音の大きさに、私は仰天した。


「やっぱり、来たか……」


 フレディが横で呟く。


 飛び込んできたのはポーリーン。ブルーのドレスを着た少女が両手両足を開き、ふんと鼻をならして立っている。


(街へ行く原因はこれね!)


「探しましてよ。私の王子様、騎士ナイト様!!」


 小さい子に垣根はないわよね……。




「うちじゃ落ち着かないものね」


 そうフレディの母に苦笑い交じりに言われた。


「折を見て、また来てください」

 

 トリスタンにも気を使ってもらっている。


 フレディの家庭は良い人ばかりだ。


 それでも、フレディが実家から距離を置き、一人暮らしをしている事情もなんとなく見えた。

 家族は好きだし、大事だし、大切だけど、さすがにこれでは落ち着かない。と、いうことだろう。


 二人の男の子たちが、「ちぇっ、色々画策してたのに」と呟いていた。

 逃げるが勝ちだわ。これは絶対にエスカレートする。


 ポーリーンにいたっては、ギャン泣き。折角帰ってきた王子様がすぐにいなくなるのだから、仕方ない。仰け反って大泣きする彼女を今度は父のオーガスタスが抱っこして宥めている。


 子どもに囲まれて育っているからか、おおらかな家族に囲まれているからか、資産のある家に生まれても、素の自分を清々しいまでに晒せるポーリーンが羨ましい。

 私は、一人っ子だし、大人に囲まれて育ったから、あそこまで泣いたり怒ったり、自己主張することはなかった気がする。


 フレディの家族に見送られて馬車に乗る。にぎやかなお家を馬車にゆられて、後にする。


 馬車のなかで再び二人きりになった。

 正真正銘の二人きりだ。


(なにを話せばいいのかしら)


 迷っていたら、フレディから話しかけてくれた。


「ポーリーンは悪気はないんだ。とても正直で、素直な子なだけで、いずれはきちんと落ち着くから……、嫌わないで欲しい」

「嫌う? どうして? とても、可愛らしいわ。あれだけ素直に気持ちを出せて。私は一人っ子だったから、羨ましいぐらいよ。子どものなかで育っているからよね」

「そう言ってもらえて良かった。

 今でこそ、ウェンディやパトリシアも大人びているけど、小さい頃はすごかったんだ。ポーリーンが二人いると思ってほしい。人数は二人でも、勢いは三倍にも五倍にもなる。

 そんな、あの二人でさえ、あの落ち着きようだ。未来はポーリーンも淑女になるよ」


 家族を悪く思わないで欲しいと言いたげなフレディに、私は笑ってしまう。


「気にしてないわよ。可愛い子だったわ。むしろ、甲斐甲斐しいフレディにびっくりした」

「ウェンディやパトリシアで慣れているだけだよ」

「家庭的で、驚いたわ」

「子どもがいるとああなるよ」


 照れくさそうにいうフレディが珍しい。

 ああ、なんか、こういうところも好きだなあ。


「私ね、妃殿下に乳母になってほしいって言われているの」


 フレディの目が見開かれる。

 そのことについては、二人からなにも言われていないのね。


 家族について言い訳する彼も、照れくさそうにする彼も、驚く彼も、無性に愛おしく見えてしまうのはなぜだろう。




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