第47話:兄夫婦の子どもたち
フレディが私にそっと耳打ちした。
「さっき話した通り、兄夫婦にはそれぞれ子どもが三人いる。十二歳以下の子どもが計六人。みんな元気だから、覚悟して」
家族構成は朝食を食べながら聞いていた。
今までのことがことよ。今さら子どもがいるぐらいで何を驚くことがあろうかしら。資産家の家の子でも、子どもは子どもでしょ。
なんて思っているうちに飛び込んできた六人の子どもたちが、私たちがいるソファー席にわらわらと寄ってきた。
私とフレディの間に、背後からちょこんと顔を出してきたのは、三兄弟と同じグレーの髪色の少年。目はブラウンであることも同じ。愛想のよい笑顔まで、そっくりだ。
子どもの頃のフレディもこんな顔かもしれない。
「あなたが、フレディ叔父さんのお嫁さんですね」
「騎士と聞いていたからもっと大柄な方かと思っていましたよ」
反対側の背後からも声がして、振り向く。もう一人の少年が顔を出していた。彼も濃淡は違えど、グレーの髪とブラウンの瞳をしていた。
「母様ぐらい、小柄だね。ジェローム」
「これで剣を扱えるのかな」
「だって、王太子妃の護衛役なんでしょ。頼りなく見えて、できるんじゃない?」
「ルーファス、後で、剣裁きを見せてもらえばいいんだよ。それでわかるよ」
「なるほど、良いアイディアだ」
「疑うより、実際に見る方が早いさ」
私を挟んで、二人の少年が楽しそうに会話をする。
目の前では、さらに小さな少年が、フレディの母の膝に抱っこされ、茶うけの菓子を一つもらっていた。
「お昼ご飯前だから一つだけよ、イドリス」
「ありがとう、グランマ。とっても美味しい」
フレディの母と祖母の後ろに、二人の少女が立ち、私を見ていた。生真面目な顔と目が合い、ドキッとした。
すると、隣から声がした。
「酷いわ、酷いわ。フレディ叔父様、あなたは結婚されないはずで、ポーリーンの永遠なる王子様でいてくださるとお約束してくださったじゃない」
ぎょっとして横を向くと、青いドレスを着た一番幼い少女がフレディの膝に両手をのせて、覗き込んでいる。
フレディは困り顔で笑みを浮かべていた。
「ポーリーン。君は可愛い、かけがえのない子だよ。君が俺の大事な姪っ子であることは変わらないよ」
「いやよ、いや。私以外の女性を、その瞳に映すフレディ叔父様なんて、見たくない」
ぐすん、ぐすんと泣き始めるポーリーンと呼ばれる幼女の頭をフレディが優しく撫でる。
そのやり取りを凝視していた私はポーリーンに睨まれた。
(……、私が間女ですか)
すぐさまポーリーンは母のヴィネットに引き離される。
フレディの母の後ろに立ち、私を見た少女二人は、キャロラインの長女ウェンディと次女パトリシアであった。
男の子たちは、ルーファスがキャロラインの長男であり、ヴィネットの長男がジェローム、次男がイドリスだという。男の子は元気が良く、まだまだ子どもという印象だ。
淑女と言っていい立ち振る舞いをする二人の女の子とは、大人びた挨拶を交わした。
家族が揃うと、中央のテーブルに料理が並び始めた。
ある程度準備が整ったようで、わらわらと移動が始まる。
男の子を中心に、子どもたちがどこに座ると話し始め、母親二人にたしなめられていた。
そのなかをすり抜けるように末っ子のポーリーンが私とフレディの間に割って入り、私はここ! と、胸を張って主張する。
椅子の背もたれを掴んで離すまいとしている。兄二人の様子から、声を上げれば引き離されることが分かって黙っているのだろう。さすが末っ子、要領が良い。
あまりの必死さが愛らしくて、笑みがこぼれそうになるのを私は必死で我慢する。
ちらりとフレディに目をやると、軽く頭部を上下に振って、口元が「ごめん」と動いた。
気にしなくていいのにね。
程なく、ポーリーンの行動に気づいたヴィネットが、「あなたはこっち」と連れ去って行った。腕を掴まれ、椅子から引き離されるに至って、「いやだ~、フレディの隣じゃないと嫌~」と泣き出して、やむなく、フレディは私とポーリーンを隣にして座ることになってしまった。
ポーリーンの両サイドは、フレディと母のヴィネット。
なにかあると、すぐにフレディにしてもらおうとするポーリーンに「遠慮なさい」と母は要所要所でくぎを刺していた。
フレディも甲斐甲斐しく彼女の世話をする。
私はそんな彼を横目で見る。
すごいわ、子どもへの対応までこんなにできるなんて……。
小さな子だからだろう。気持ちをあらわにするポーリーンは、わがままとみるより、正直で可愛らしい。
口元をフレディに拭ってもらって、「ありがとう」と告げる彼女の笑顔は格別だった。
そんな彼女に優しくできるフレディ。悪い気はしなかった。
私の隣は、フレディの母が座る。私を囲むように、彼の祖父母と父がむかいに座っている。ポーリーンの世話をしながら、時折私たちの会話に混ざるフレディだが、やっぱりすぐにポーリーンに引っ張られて行く。
誰もがそんな光景を見慣れているようで、何も言わない。大変なのはフレディと母のヴィネット。ポーリーンに比べたら、男の子のやんちゃな存在感も霞んでしまう。
子どもが六人もいる食事は賑やかだった。
女の子二人はさすが。大人と同じようにふるまっている。
が、男の子とポーリーンはそうはいかない。まだまだカトラリーも上手に使えないイドリスに、元気な兄二人には、オーガスタスとキャロラインが対応していた。
子どもがいるおかげか、無駄な緊張もせず、にぎやかで楽しい食事会だった。
テーブルが片付いていくと、ソファー席のローテブルにお菓子類が並べられ、子どもたちは全員そちらへ移動した。
大人だけがテーブル席に残る。
やっと静かな時間になると思ったら、いつの間にか背後にルーファスとジェロームが立っていた。
「フレディのお嫁さん。剣技を見せてよ」
そう言って、ルーファスが紙製の剣を突きだしてきた。
にやにやしている男の子二人。こんなところで、絡まれるとは思わなかったわ。
トリスタンとオーガスタスが「やめなさい」とたしなめる。
私は立ち上がり、男の子が持つ紙製の剣を受け取った。紙とノリで固められているようだ。ぶつかればそれなりに痛いけど、切れることはない。子どものおもちゃにはちょうどいい。
「ちょっと席を外させていただきます」
私は、ソファー席とテーブル席の間に歩み出た。
背後から男の子二人がついてくる。
二人の気配を感じながら、振り向く。
ふいをうとうと男の子二人が剣を大降りにかかげあげていた。
(まだ、ちゃんと習っていないのね……)
まあ、そんなものでしょ。
ルーファスが振り上げた剣の方が早い。
私は腰を落とし、手首を返した。柄に近い刀身で、落ちてくるルーファスの刀身を受ける。ちょっとだけ力比べをするように、空中で維持。
横から現れたジェロームの剣が振り下ろされる。
ルーファスの刀身を私の刀身で滑らせて、弾く。強く押し返した。
ジェロームの刀身を柄で殴りに行く。刀身の側面と柄の底が当たり、ジェロームの剣の軌道がずれた。先行きが分からなくなり、惑いながら、前のめりになってゆく彼の背を、柄の底でとんと叩く。
私の前でルーファスがしりもちをつき、横でジェロームが床に手を突き、膝をつけた。
「おしまい。おいたもすぎると痛い目を見るわよ」
大人たちが座るテーブル席から小さな歓声と拍手が起こる。
顔を上げた男の子二人は晴れやかに笑う。
その時、背後に何かがぶつかった。
それは私の腰回りをぎゅっとつかむ。
振り向くと、目を輝かせるポーリーンがいた。
「ルーシー様、素敵。ルーシー様は私の騎士に決めたわ」
ポーリーン……。
可愛いけど……、絶賛黒歴史更新中よね。これじゃあ……。




