第46話:彼の家族と挨拶する
フレディのご家族と軽い挨拶をかわす。
私たち六人は暖炉前のソファー席に移動した。
私はフレディと並んで、長椅子に座る。その前に彼の母と祖母が座り、左右の一人掛けの椅子に彼の父と祖父が座った。
「はじめまして、ルーシー様。
私は、ブライアン・フォーテスキュー。フレディの父です。こちらは、妻、フレディの母、ディビアナです」
「初めまして、ルーシー様」
「初めまして、よろしくお願いします」
温かく迎え入れられ安堵するが、身を引き締める。せっかくフレディが場に相応しい衣装を用意してくれても、私の態度一つで台無しになってしまう。
粗相しないようにしないと!
「儂は、ジュリアン・フォーテスキュー。フレディの祖父じゃ。隣に座るのは、妻のセオドシアじゃよ」
「よろしくね、ルーシー様」
三男のフレディだけあって、両親もわりと高齢。フレディの兄に家督を譲ったというのも分かる年齢だ。
祖父母にいたっては、蓄えている髭も髪も色が抜けて白くなっている。口調もゆったりしており、声もかすれていた。
「どうぞ、よろしくお願いします。ルーシー・グレイスと申します」
私は深々と頭をさげた。
「どうぞ、顔をあげてください。私たちはあなたを歓迎します」
フレディの父の言葉に私は頭をあげた。
「グレイス伯爵家のお嬢様にフレディを婿入りさせることができるとは光栄です」
「いいえ、私はただの普通の貴族の娘にしかございません。古くは名を馳せましても、今は風前の灯火のような家です」
おだやかに話しかけてくれたフレディの父に、言い訳がましくまくし立ててしまった。
それでも、彼の父も母も、祖父母もにっこりしている。
「私どもは、グレイス伯爵家から輩出されたレジナルド・グレイス将軍を敬愛しております。彼は現在は辺境の一領地となった、トワイニング皇国との戦争を回避すべく奔走し、現在の和平をもたらされた方です」
突如、先祖の名が出て驚いた。
もうほとんどの人が知らないことなのに。
トワイニング皇国がクリムフォード王国に組み入れられ、トワイニング辺境伯を名乗り、トワイニング公国と名を変えたことで、皇国と王国間の諍いはないものとされていた。
パール女史に話したとしても、彼女が知らなくとも不思議がないほど、公には消されている史実なのだ。
その昔、国と皇国との間に諍いがあったそうだけど、簡単におさまったというのが、世間一般の思い込みだ。
それを公然と口にし、まるで重要な歴史の転換点のように語られるなど、実家以外では初めてだった。
「将軍がもたらしてくれた平和により、私どもは現在の発展を遂げることができました。ここにある私財すべてと言っていいでしょう。これは将軍の決断とともにもたらされ、国の傾斜を支える支柱となりました。
この謝辞を、子孫であるルーシー様に伝えられる機会を得られたことは僥倖としか言いようがありません」
「先祖のことは先祖のことです。私が為したことではありません」
「いいえ、いいえ。それにより、私どもが築き上げた財が、さらには、別の国の危機において、建て替えという表向きの理由をもって、城を買い取るにいたり、その売買資金が国を下支えしたことは事実なのです。
これもまた、表に出ない史実です」
将軍がもたらした平和。それにより、商家が台頭し、フレディの実家が栄えた。その際に蓄えた財により、あの宿泊施設になる城を買い取り、その資金が国を支えた。商家が台頭して以降の歴史は知らなかったものの、大まかな流れはそんな感じなのね。
「伯爵家を評価していただき、光栄です」
これは本当に嬉しい。
なにせ、知らない人の方が多い事実なのだ。
「そんなグレイス伯爵家の継嗣に当たる方にフレディが婿入りするのです。私どものほうが、光栄と言えましょう」
「そんなことはございません。私はただの近衛騎士ですし、現在の実家は茶葉の農園を守り継ぐのみなのですから……」
フレディの家のような高価な品はほとんどない。
過去の栄光はあっても、それはそれ。我が家の現状は貴族としては質素なのだ。
ゆったりとフレディの祖父が話しかけてきた。
「フレディが結婚する日がくるとはなあ……」
「本当にそうねえ。フレディは諦めていましたものね、あなた」
うんうん、と老夫婦が頷き合う。
「オーマ、オーパ、やめてくれよ」
「あらあら、私は何も言ってないわよ、フレディ」
あからさまに嫌そうな顔をするフレディに、困り顔でフレディの祖母は目を細めた。
「なにも? なにもって……、なにかあったんですか?」
なにかあっても不思議はない。
フレディはそれなりに資産を保有しているし、年齢も私より高い。
私でさえマシューに振られた言いにくい過去があるわけである。フレディになにもないという方がおかしいだろう。
「今は関係ないことだよ」
「そういう言い方は誤解を生むわよ。変なところで賢くないわね、フレディ」
「母さん、いい加減にして」
そう言った、フレディが私を見た。少し睨むように目じりが立っていた。
「本当に、今はもう何もないから」
「昔はあったの」
「昔もない。なにもないんだ」
「フレディ、私から説明しよう」
フレディの父が遮ってきた。
「フレディにも結婚や婚約の話が入ることはままあるんだ。私たちはそれを断っている。フレディの意志は理解しているからね。
しかし、私たちも立場上、断りにくい相手もいる。
その場合、一席設けてのち断らせてもらっている。
フレディがきっぱりと断る場合は、諦めてほしいという条件をつけるからだ。
その中で、一人、なかなか、納得してくれないお嬢様がいらっしゃった。そういうことだよ」
「ああ、なるほど。分かりました」
フレディが、夜会の会場を嫌がる様を思い出す。
いつもの彼の雰囲気との違いはそういう背景があったからだと理解できた。
「やましいことはないし。俺からは、もう無理だと断りを入れている」
「そうだな、フレディの意志は分かっているよ。相手がちょっと難しかったな」
フレディは憮然とする。
今は関係ない、過去があることを知られたくないのだろう。私だって積極的にマシューのことをフレディに話したいとは思わない。同じことのように思えた。
軽い沈黙が降りた時だった。
廊下からがやがやと人の声と足音が響いてきた。
「あら、きたわね」
フレディの母が呟き、顔をあげた。
その視線の流れる方向に、私も顔を向ける。
大扉がばんと開かれた。
真っ先に飛び込んできたのは、鮮やかなブルーのドレスを着た少女だった。
「わたしの未来の旦那様。あなたの可愛い未来のお嫁さんがきたわよ!」
(はい……?)
私の頬が軽くひきつった。
見渡せば、フレディだけ嘆息し、他四人は面白そうに笑いをかみ殺している。