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令嬢騎士と平民文官のささやかななれそめ  作者: 礼(ゆき)
『令嬢騎士と平民文官のささやかななれそめ』長編版
54/90

第44話:彼の立場を例えるなら

 初めてフレディにもらったドレスを手放せる?

 これからずっと一緒にいる人から初めてもらったプレゼントよ。

 思い出も一緒に手放すような痛みを感じ、切なさを覚える。


(結婚すると私から言っている相手からのプレゼ……、ントよ。あっ、そうか。

 私、フレディと結婚するとしたなら……)


 私は天井に視線を投げた。


 結婚式にもドレスを着るんだ。

 あのドレスは一生に一度着るか着ないかという逸品だ。


 ハンカチを降ろした私はフレディ側に身を乗り出し、彼の片腕を掴んだ。

 彼はちょっと仰け反って、驚いた表情のまま二度瞬いた。


「ねえ、フレディ。あのドレス、私の、結婚式で着てもいいの」

「あっ、ああ。それは、構わないよ」

「なら、もらうわ。

 披露宴のお色直しでもいいし。とにかく、フレディと結婚式を挙げる時に着るの。

 ねえ、それでも、かまわないかしら」


 ただもらうのは辛いけど、なにか目的があって、それが大事なことならば、私だって納得できる。

 

「うん。それは、とても良いアイディアだね」


 満面の笑みでフレディが頷いた。

 

 ほっとした。

 理由が無ければ受け取れないとは、度胸なしだけど、今の私にはそれが精一杯だ。


 フレディの腕にかけていた手を解き、膝に置く。

 できる限りの笑みを浮かべた。

 泣き笑いのかおになっていることだろう。

 それでも、精一杯笑った。


「ありがとう」


 お礼をつげると、フレディははにかんだ。


 ドレスの行方も決まり、ほっとする。お茶を一口含んでから、私はフレディに問うた。


「私、初対面の時、フォーテスキューという苗字を聞いてもぴんとこなかったの。

 殿下は、豪商の子息と言っていたけど、有名な商家の方ではないのだと勝手に思い込んでいたわ」


 フレディの家は、普通の貴族なら足元にも及ばないと、昨日一日でよく分かった。


 彼の家を貴族に例えるなら、歴代宰相を輩出する、肥沃で広大な農耕地を持ち、鉱山の採掘権もいくつももつような、公爵家さながらの家柄だろう。


「俺の家はもう表には出ていないんだ。

 兄貴もここの出資者、つまり保有者に名は連ねているけど、経営は別にまかせている。表の商会名に苗字を使わなくなって久しいからね、世の中からは忘れられているのさ」

「出資している商会ばかりなの」

「うん。王都で成功している商会のほぼ全部ね」


「……」

 返答に困った。


 頭が馬鹿になりそう。

 私はこめかみに指を押し立てた。


「ごめんなさい。それは、王都の商会や店舗すべてがフレディのご実家の息がかかっているのかしら」

「いや、個人商店は違うよ。一店舗だけの家族経営の店まで手広くはないさ」

「商店は範囲ではないけど、商会はすべてなのね」

「そう理解してもらって間違いはないよ」


 夜会でのフレディに話しかけたがる人々を思い出す。兄弟二人にしても同様だった。


(商家の世界では王族のような立場なのね……)


 もう、なにも言う気になれなかった。


(つまりフレディは、王家に例えると、自由奔放な第三王子にあたるわけね)


 これ以上は何も考えられない。

 たぶん、考えても無駄。





 朝食を食べ終えても、時間に余裕がある。もう少し寛いでから、馬車でフレディの実家へと向かうことになった。


 ゆっくりとくつろぎながら、小ぶりなケーキをつつく。


 話題も仕事が中心となる。


 近衛騎士になってから、毎日お茶を淹れていること。実家のことを知っていた妃殿下のために茶葉を納めていること、そのいきさつ。夜会では護衛に着き、民間施設への訪問時に文官に扮して、傍で護衛していることなども、話した。


 フレディは相槌を打ちながら聞いてくれた。彼も仕事について教えてくれる。


 殿下の傍で書類を精査する仕事は地味でありながら、多忙であり、定時で帰れない日も少なくないものの、仕事内容はいたって単調。とにかく、膨大に集まってくる書類の交通整理と、殿下への説明。了承を得た書類への判を押す作業が主らしい。


 書類ばかりにらめっこしていられない殿下にはフレディのような信頼でき、時に相談役にもなれる秘書官が必要なのだというのは、よくわかった。


 国の中枢は、伝統と言いながら、仕組みが古く、間違いを回避するために、二度三度と確認し、各部署の承認を必要とすることばかり。

 殿下のところで確認した書類が、また他部署をまわって戻る。そんな、確認と承認を繰り返し、誰が何を決したか、すべて記録されているという。


 間違いないように事を進めるためとはいえ、回りくどいことこの上ない。

 私の仕事は、妃殿下の身の回りについてであり、常に妃殿下と話し、お茶を淹れ、同行し、一緒に運動したりするぶんだけ、人の気配があるが、フレディの話を聞いている限り、彼は書類としか接しない日も少なくないようだ。


(どうりで会わないわけだわ)


 心底、納得してしまった。


 仕事の話が終わると、家族について話した。

 

 話しの流れで、フレディのように仲が良い兄弟がいることが羨ましいことを告げると、「そんなに、いいものじゃないよ」という苦笑いまじりの返答がかえってきた。

 

 他愛無い内容を話しているうちに出かける時間となる。あっという間だった。

 

 貴重品を入れた鞄だけを持ち、部屋を出る。チェックアウトして外に出ると、宿泊施設の入り口横に、フレディを待つ馬車が停まっていた。

 なんの変哲もない見た目は普通の馬車だ。これに乗り、フレディの家へ向かうという。


 御者に扉を開けてもらい、入った内部の設えを見て、私は息を呑んだ。

 

 外見とは裏腹に、内部は豪奢だった。壁や天井は装飾されて、座った座面も柔らかく、撫でると、細やかな織物が使われており、手触りもとても良い。


(見た目は普通なのに、中身は派手なのね)


 私は隣に座ってきたフレディをちらっと盗み見た。彼もまた見た目はそれほどでもないのに、中身が豪華すぎだった。

 視線に気づいたフレディが、「なに?」と言ったので、ふいっと横を向いて、「なんでもない」と答えた。


 昨日なら、もっと驚いたことだろう。こんな内装の馬車は伯爵家(うち)にはないのだから。


 色々続いたおかげで、私も驚かなくなってしまった。慣れとは怖い。フレディならこんなものよねと、納得している。


 馬車は走り出した。

 その揺れを感じながら、私とフレディは、また他愛無い話を始めた。


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