第43話:我慢しすぎて限界がくる
フレディの笑顔が眩しい。
彼が喜んでくれるさまに胸がいっぱいになる。
してあげたことを受け取れば、こんな嬉しそうな顔になるのなら、してもらうことを受け取ることもまた、相手に喜びを与える一面があるのね。
相手が喜んでくれると嬉しいという気持ちを芯から理解するようだった。これからは、受け取ることも上手くなりたい。
(フレディといると学ぶことが多いわ)
嬉しそうなフレディと一緒に食事の席に向かう。
私たちは、昨日、遅い昼食を終えてから、なにも食べていなかった。
目まぐるしく変わる展開に、お腹が空いたと感じている余裕もなかった。
ソファに座り、用意された朝食を目にした途端、空腹感に見舞われる。
サンドイッチやスープ、スコーン、ジャム。サラダやオムレツ。果物に、小さなケーキの盛り合わせ。
軽い朝食の定番料理がローテーブルの上にびっしりと並ぶ。
色彩豊かな食器類に、まるで宝石箱をひっくり返したかのように飾られた料理。視覚的な楽しさに量の重たさは感じられず、色鮮やかな食器と相俟って、調和のとれた美を感じた。
妃殿下の昼食も美しく盛り付けられるが、彼女の食す量は少なくプレート一つにまとめられている。夜会や晩さん会など、特定の行事ならいざしらず、王宮にいても、日常で、これだけの料理を目にすることは滅多にない。
触れるのもためらわれるほどだわ。
一つ品を取り上げたら、損なわれる美に、もったいなさを感じてしまう。
眺めるばかりで、いつまでも手を出そうとしない私のために、フレディは「これ、美味しいよ」と、甲斐甲斐しく一皿に色々な料理をより分けてくれた。
受け取った皿を膝に乗せ、食べ始めると、空腹を自覚した意識と体が一気に食べ物を欲し始めた。
二人きりであることをいいことに、心身が落ち着くまで、黙々と食べ続ける。
お腹いっぱいになると満足し、ほっと一息つく。
フレディが紅茶の入ったカップを手渡してくれた。
「美味しかったわ。昨日のお昼から食べていなかったのよね、私たち。そんなことも忘れてしまうぐらいの一日だったわ」
「ごめんね、振り回して……」
フレディが申し訳なさげに言うので、私は頭を左右に振った。
「いいのよ。これもフレディの一面だもの。文官のあなたもあなただけど、実家のあなたも、事業を行うあなたも、全部、あなた」
「うん。色々な一面があるけど、すべてにおいて、俺は俺なんだ」
「言いたいことは分かるの。ただ、慣れないわ。このワンピースも素敵。このアクセサリーの石もルビーでしょ」
ネックレスをいじりながら問うと、フレディは片眉を軽く曲げた。
「ルビーににているけどルビーじゃないんだ。
エメラルドと同じベリル鉱石で、市場に出回るのも珍しい希少なレッド・ベリルだよ」
がーんと頭の側面を打ちつけられた。
レッド・ベリルなんて見たことない!
ルビーやエメラルドで十分なのに……、希少な宝石を日常着にいらないわよ。
否定的な感情がどばっと吹き出して、はっとする。
いやいやいや。今さっき、受け取り上手になろうと決意した私はどこにいったの。
素直に受け止めてあげた方が、フレディが喜ぶのは分かるわ。分かるんだけど……。
ルビーやエメラルドや、サファイア、珊瑚など、見知った宝石ならまだ受け取り上手の練習になっても、希少品を日常着に添えられていたら、心構えなんて霧散するわよ。
情けないけど、受け取り上手の道は程遠いわ……。
涙目になって、視界が潤む。
フレディがちょっと動揺した。
「もう、無理……」
「えっ? なにが。宝石のせいか」
「高価すぎて、受け取れないって言いたいの、ずっと我慢してたのに……。
ドレスも、ワンピースも……。宝石まで。私の想像の斜め上を、三段飛ばしで進まないでよ~」
耐えられなくて、私はわーんと泣き出してしまった。
ひとしきり泣くと、すっきりした。
フレディが差し出してくれたハンカチを目元にあてている。あふれる涙を吸い取ったそれは、すっかり湿ってしまった。
「まさか泣くとは思わなかった」
「昨日から、もう、いっぱいだったのよ。容量を超えちゃったのよ」
「それなりの衣装をルーシーに用意してあげないとさ、兄貴や兄さんになにしてんだって見られるんだよ。これから、実家で両親や祖父母とも会うから、その辺は勘弁してほしい」
私が泣いてしまったことで、フレディも幾ばくか傷ついていることだろう。申し訳ないけど、我慢はしきれなかった。フレディの言う通りだ。我慢していても、いずれは堰を切って出てきてしまう。
「分かっているわ。これぐらいの衣装が必要なのは頭では理解できるの。
それに気持ちがついていかないだけよ。
ドレスだって、うちの規模で用意する品じゃない。一生に一回、私の結婚式でオーダーするぐらいの品だって分かっているわよ。
ワンピースにいたっては、給料一月分がまるまる飛んじゃうぐらいでしょ。
それだけで限界なのに。
日常着に添えるアクセサリーの石が、希少なレッドベリルなんて言ったら、度が超えているわ」
「ごめん。今度から気をつける。
この宝石の爽やかな赤は、騎士として働く颯爽としたルーシーに似合うと思ったんだけど、ごめんよ。
これからは自重する」
私は頭を左右に振った。
「いい。いいの。私が慣れないこともあるもの。びっくりしたのよ。昨日と今日で、立て続けだもの。必要があるのも分かっているとはいえ、耐えられなかったの。
フレディの家族を見れば、それぐらい身につけていないと釣り合わない。
頭ではわかるの。けどね、本心ではもらいすぎ、分不相応と思ってしまうのよ。
私が袖を通した、あのドレスだって、どうするつもりなの。
受け取った方がフレディが喜ぶことは分かっているわ。でも、いきなりこんな高価な品を、うちも受け取れないと思うのよ」
「あれには、出口を二つ考えていたんだ。
一つは、ルーシーへのプレゼントだね。
寮には運べないし、挨拶に行った後、伯爵家へ届けるつもりだった。
もう一つは、ルーシーが受け取ってくれない場合。
この時は、宿泊施設の貸し衣装にしてもらおうと思っていたんだ。
結婚式などのイベントを請け負う時に、自前で用意する人ばかりじゃないからね、その時に選ぶ貸衣装として、納めようと思っていたんだよ」
「……そうなんだ」
初めて、フレディにもらったドレス……。
それをここで貸衣装として納める?
そんなこと、考えてもみなかったわ。
ドレスは今も、フレディが身につけた衣装と並び、睦まじく立っている。
(初めてもらったもらったドレスなのに。それを、手放すの? 手放しちゃうの? 私はそれでいいの)




