表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
令嬢騎士と平民文官のささやかななれそめ  作者: 礼(ゆき)
『令嬢騎士と平民文官のささやかななれそめ』長編版
50/90

第40話:「結婚しようか」

 私は長椅子にもたれるフレディの横に座った。

 

 寝入っている彼は私が近づいたことも気づかない。


 長いまつげに、色白の肌が綺麗。端正な顔立ちというのはこういう顔を言うのね。


 父も祖父も凡庸な面をしているし、マシューはもう少しえらが張っていたし、眉も太い。端正というより、精悍という言葉が似あう。


 長椅子に足をのせ、背もたれにもたれかかった私は、フレディが起きないことを良いことに、転寝する彼をじっと見ていた。


 未だ理性と気持ちが違う方向に引っ張り合う。

 

 理性が足止めしようとするのは、慣れない世界を垣間見た警戒心からだ。いつもと違うと警鐘を鳴らしていても、いずれは慣れる。

 

 気持ちはもう傾いている。

 最初の印象がそのまま浮き上がり、私のなかにくっきりと形作り始めた。


(この人が好きだ)


 理性を優先して断ってしまえば、彼の方が良かったと思う未来が待っている気がしてならない。

 後悔は先に立たない。

 

 結婚は私の人生の一部だ。祖母や母に流されることなく、私の意思で決めることだ。


 この人と一緒にいたい。

 理性を飛び越えた気持ちは決まっている。


 認めてしまえば簡単だ。

 気持ちが定まれば、理性の警鐘も止む。


 静けさの中で、胸が透く。はっきりと、くっきりと、そして、じわっと暖かくなる。

 

「フレディ」

 

 名を呼んでみた。いつもより、耳朶を打つ声音が甘い。

 

 フレディは起きない。


「フレディ」


 もう一度呼んだ。


 眉間に皺をよせた彼が薄く目を開ける。すぐに隣にいる私に気づいた。


「ルーシー……、あがったのか」

「ここで寝ていたら、風邪をひくわよ」

「ああ、ごめん。起こしてくれて、ありがとう」

「疲れていたのね」

「うん。とても……」

「寝室はどこ」


 フレディは壁に視線をなげる。そこには扉が二つ並んでいた。


「あの扉の向こうが寝室だ。二部屋あるから、安心して」

「もう、寝た方が良いわ。明日も休みとはいえ、実家に帰るのでしょう。疲れた顔では帰れないのではなくて」

「そうだね。あの家に行くには、元気じゃなきゃな」


 フレディが両腕を天井に向けて伸ばす。

 私は座面にあげていた片足を降ろした。体は依然、背もたれに預ける。


「殿下と仕事するのは大変なのね。こんなに疲れがたまっているなんて。実家にもなかなか帰れないぐらいなんでしょう」

「実家に帰らないのは、ちょっと別な理由があってね。今は、疲れというか、実は、寝不足なんだよ」

「寝不足?」


 そういえば、門の前で待ち合わせをした時に、フレディは空を見上げてあくびを噛みつぶしていた。


「今日と、明日、それに明後日まで、俺とルーシーを全休にするために、できるだけ仕事を早回しで進めたんだ。結果、昨日の夜はほぼ徹夜。殿下には休んでもらったが、三日分の俺の仕事を一晩で片づけるのはちょっと無理したよ」

「じゃあ、寝ていないの」

「いや。四時間ほどは寝ている」

「それで、疲れた顔をしていたのね」

「うん。さっき、会場で、『疲れたから休みたい』と言ったのは嘘だろう。あれは俺のために、そう言ってくれたんだよな」

「どうかしらね」


 その通りだが、素直には肯定できなかった。気づかれなくてもいい思いやりを白状するのは、恥ずかしい。


 前かがみになったフレディは肘を膝に乗せて頬杖をつき、こちらを向いて、笑む。オーガスタスによく似ている。


「よく俺が疲れているって分かったよね。けっこう、分かりにくくしていたつもりだったんだけど」

「眉間に皺を寄せたじゃない。目の前の人が入れ替わるほんの一瞬のことよ」

「そんな顔してたっけ。気づかなかった。それぐらい疲れてたんだな」

 

 今度は仰け反ったフレディが背もたれに身を預け、腕をかける。私の背に彼の手が触れた。私はその感触に驚いて、丸めていた背を反らす。

 フレディの身体がこちらへ傾き、ちょっとだけ近づく。


(近い、近いわよ)


 フレディの顔を見ていられなくて、視線を左右に泳がせる。

 広い部屋の中で、ここには私と彼しかいない。

 誰も見ていないのに、恥ずかしさだけがこみあげてくる。自然と片手のひらを前に向けて、これ以上は近づかないでと意思表示してしまった。

 

 フレディは私の背から肩を抱き、ゆったりと座る。

 私が感じているいたたまれなさなんて気にしておらず、私だけが恥ずかしくてたまらないかのようだ。


(これ以上、近づかれたらどうしよう)


 不安からか、恥ずかしさからか、もう、色々と混ざり合って押し寄せる感情のせいで、動悸は早くなるばかりだ。


「ルーシー、くつろいで。ここには誰もいない。誰も見ていないから」


 フレディは優しく語りかけてくる。

 彼を直視できなくて、俯く。おずおずと見上げると、フレディの困り顔があった。肩に触れていた手が動き、私の背を数回撫でる。

 その手が私の頭部に触れた。

 その手つきは優しくて、まるで子どもになったかと思うような安堵感を覚えた。


(やっぱり、この人がいい)


 そう強く思った。


「フレディ」

「なんだい」

「あのね、今日は色々ありがとう。ご家族にも会えて良かったわ。これで、高位の貴族に嫁ぐような、重々しさや格式の高さがあったら、怖くなって、逃げていたように思うの。

 私を家族に会わせるために、無理して夜会にも参加したんでしょう。

 家族と離れた後、色々な方に話しかけられてもそつなくこなしていたけど、あからさまな挨拶もあったでしょ。娘はどうかって。妃殿下の隣で、あっちも世継ぎの話などよく聞くものだから、どこにでも、ああいうことを言う人がいるのねと思ったわ」

「ごめん、あれはひどかったよね。兄たちの手前もあり無下にできないとはいえ、あれは俺も嫌だった」

「いいのよ。気にしてないから。妃殿下の隣で聞くようなことを、こんなところでも、隣で聞くはめになるとは思わなかったのよ。

 妃殿下は、私が隣にいるだけで、人の目に見られている意識を相手に与えるから、言葉が丸くなって良いのよと言うけど……」

「うん。ルーシーがいてくれたから、ああいった話は少なかったと俺も実感している。ルーシーが守ってくれたよね」

「いや、あの……、そういうことを伝えたいわけじゃなくて……」

 

 声がしぼんだ。フレディは穏やかな表情で私の話を聞いていた。

 前置きはいい。

 そんなことより、もっと大事なことを言わないと。

 私は大きく息を吸って、吐いた。


「結婚しようか」


 フレディの手が私の後頭部でぴたりと止まった。みるみる彼の目が見開かれ、もう片方の手を拳にして、口元へ寄せた。その間少し、口がわなないていた。


「今、なんて……」

「二度は言わない」


 私はふいっと視線を横にそらした。体中が火照ってくる。


「ルーシー。愛している。俺もそう、心から結婚したいと思っている」


 フレディが身をよじって、私を強く抱きしめた。腕に籠った力は強く、密着する体からどくどくと早い鼓動が聞こえてきた。


評価をするにはログインしてください。
この作品をシェア
Twitter LINEで送る
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ