第38話:疲れている彼にかける詭弁
あわあわする私をよそに、フレディと家族の会話は進む。
「兄貴、良い部屋を用意してくれてありがとう。元王妃の部屋なんて、今日はあいていないと思っていたよ」
「折角、フレディが連れてくる子を歓迎しないわけないだろう。家族に誰かを紹介するのは初めてだしな」
「まあね」
初めてなの?
それはちょっと驚く。フレディなら、それなりにつきあっていた人がいそうなのに。いても家族に紹介しなかっただけなのかしら。
「明日、うちにきてくれるのも楽しみね。フレディも久しぶりね、帰ってくるのは。いつも忙しそうで、みな寂しくしていたのよ」
「ごめんよ、キャロライン」
「いいの、うちに帰っても落ち着かないのは分かっているわ。
ルーシー様。うちは子どもがいて騒がしいけどゆるしてくださいね」
「お子様がいらっしゃるのですか?」
「ええ、にぎやかなの」
「そうですよね。お子様がいらっしゃれば……」
キャロラインもヴィネットも綺麗な体つきをしている。とても子どもを産んでいるようにはみえなかった。
夫婦それぞれ雰囲気がある。
威容なトリスタンには、清楚なキャロライン。
粋なオーガスタスには、華麗なヴィネット。
ごく自然に並び、家族や子どもの存在を感じさせない。
フレディの年齢を考えれば、兄夫婦に子どもがいてもおかしくないのに、まるで恋人同士のような雰囲気を維持している。
フレディの家庭事情には驚かされるばかりだ。
普段なら泊まれない部屋を用意したのも、フレディの家族による、家族のための好意なのだ。
フレディは資産を持っているだけではない。ちゃんとした家族に囲まれている。しかも、家族思いの人達に。
見た目の豪華さとか、ドレスの煌びやかさが眩しいのではない。
そこに込められている気持ちが優しいのだ。
この家族の持つ繋がり、互いに思いやる気持ち。それは、貧しくても、持っている人は持っている。豊かであっても、持っていない人はもっていない。
豪華さをうらやむ人には見えない、優しい家族の繋がり。
そんな関係で育ったフレディだからこそ、自分の資産や見た目だけで寄ってくる女性に苦手意識を持つのだと、私ははっきり理解した。
この暖かさには胸が打たれる。この家族に、私が受け入れられていることにジーンときた。
「明日、お邪魔させていただきます」
私は、頭を下げる。
フレディが育った家族愛にほだされていた。
いつの間にか、ダンスの時間は終わっていた。楽団は静かな曲を流し、中央部は人々が談話する場に代わる。
話し終えたトリスタンとオーガスタスは、伴侶を連れて、「また明日」と言い、離れていった。
私はフレディと一緒に会場の端に寄る。
フレディの家族はつねに誰かに囲まれていた。彼らに話しかけたい人はいっぱいいるようで、ひきりなしに人が入れ替わっている。
会場の端にテーブルが静かに用意され、立食用の料理が並べられてゆく。ほとんどが軽食のようだ。
ちらちらと私とフレディを伺う視線が四方から向けられる。
様子を伺いながら、話しかける機会をうかがっているようだった。
私はそ知らぬふりをして、フレディを見上げた。
「良いご家族ね。とても仲が良いのね」
「うん。良い家族だよ。ああいう家なんだよ、そして、俺は家が好きなんだ。あの雰囲気を壊したくないって言えば、わかるかな」
「とてもよく分かるわ」
フレディにとって大切な家族の関係に、水をさすような女性が嫌なのだ。
パール女史が言っていた、『あいつ地味よ』という意味はこういうところを指していたのかもしれない。
(家族が大切なんてね)
子どもの作文のような答えに笑ってしまいそうだ。
家族同様、事業も大事にしている。派手そうな仕事で、収入も多そうだけど、日常ではそれを感じさせない平民出の下級文官。何年もその仕事をしているのも、それが肌に合うからかもしれない。
見た目と持っているものが、堅実で地味な内面とそりが合わないのだろう。
殿下とも学生時代からの付き合いであるなら、友人と言える。もしかしたら、親友と言ってもいいのかもしれない。困った友達を助けるために下級文官になった。
だとしたら、フレディの根っこにあるのは、家族愛や交友関係を大切にする友愛。
誰かに見せびらかしたり、ひけらかしたりするような恋人や婚約者では、大切なものを害してしまうかもしれない。
彼は大切な人やその関係を一緒に大切にしてくれる人を求めているのかもしれない。
「ご家族を紹介してくれてありがとう。明日、フレディの家に行くの、楽しみにしているわ」
「本当に来てくれるんだ、嬉しいな」
「お義姉さん方に誘われてるんですもの、行くに決まっているわよ」
「ありがとう。また少し、ルーシーに近づけたような気がして、浮ついた気持ちになるよ」
「それは言い過ぎじゃない」
「惚れた相手に好かれたら、舞い上がっても仕方ないよね」
「もう、どうして、そういう台詞さらっといえちゃうのよ」
フレディの頬をちょっとつねる。つねられているのに、彼は目を細めて口角をあげる。逆効果甚だしい。私は手を引っ込めた。
手を降ろすタイミングを計ってか、私たちは声をかけられた。
フレディに顔を覚えてもらうための挨拶に、娘を連れた夫婦の挨拶まで、目的は色々だった。隣に立つ私へ挨拶をしてくれる人もいたが、娘を売り込みたい人のなかには私のことをいないものとして扱う人もいた。
あからさまに、娘を薦めてくる人もいて、閉口する。
フレディはそういう相手には軽い不快感を覚えるようだった。隣に立つ私にも、彼の緊張が伝わってくる。
それでも、フレディは、どんな相手に対してもそつなくこなす。
実家とここで挨拶する人々の繋がりを考えているのだろう。
父親に連れられて来たお嬢様の数人とは、挨拶時に、にらみ合うかのような瞬間もあった。気にするほどではないけど。
多くは気さくな挨拶で、祝いの言葉をかけてくれた。
挨拶する人の流れが途切れた一瞬、フレディの眉間にしわが寄った。
それは誰も気づかないほどの間で現れて、消えた。
(疲れているのね)
気づくと同時に、私はフレディの袖を引いていた。
「ねえ、フレディ。慣れない場で、少し疲れたわ」
疲れたの? なんて尋ねても、フレディは大丈夫というだろう。
疲れているなら部屋に戻らない。そう提案しても、すぐに了承してくれなさそうだ。
でも、私が疲れたと言ったら、きっと助けてくれる。
これは、疲れているフレディを場から引き離すための小さな詭弁。