第37話:挨拶し、招かれたのはいいけれど
フレディに導かれ、階段を下りきった。
見下ろしていた男性二人は背が高く。一階にたどり着けば、見上げることになる。
真顔の長男トリスタンは腕を組み、しっかりと地に足をつけ立っている。
少し口角をあげ、にやりと笑う次男オーガスタスは、階段の手すりにもたれて、頬杖をついている。
私はちょっとだけフレディに体を寄せた。
(どうしよう。はじめましてとでも挨拶したらいいのかしら)
二人の兄がフレディに近づいてきた。私も含めて、輪を囲む。
(困った。どんな顔してここにいればいいか分からない)
胸を張って、なんとか体面を保つだけで精一杯だった。
「久しぶりだな、フレディ。こういう場には、もう顔を出さないのかと思ったよ」
「本当は、そのつもりだったんだけどね。色々状況が変わってきてさ、オーガスタス」
「今日は、フレディが来ただけで、ここの話題をさらっていきそうだな。しかも、女の子連れときた」
くくっと喉を鳴らしてから、フレディの兄は、私を見て、にっと笑った。
いきなり向けられた視線にドキリとする。彼は胸に手を当て、少し身を屈め、私を覗き込む。
「はじめまして、お嬢様。フォーテスキュー家の次男にして、フレディの兄。オーガスタス・フォーテスキューです」
「はじめまして、ルーシー・グレイスと申します」
にっこり笑ったオーガスタスは体を起こす。再び三人の兄弟が向き合った。
長兄のトリスタンはフレディと年が離れている印象だが、オーガスタスとはそれほど離れていないように見えた。
「でっ、詳しいことをきかせてくれよ。まったく、素振りも予兆もなかったくせに急に女の子を連れてくるわ。それが妃殿下からの紹介なんて、いったい何があったんだよ」
「そのまんまだよ。昨日、突然紹介された」
トリスタンは無表情のまま、オーガスタスはにやにやと笑う。
グレーの髪色に、濃淡がわずかに違うブラウンの瞳を持つ三兄弟だけど、性格は少しづつ違うようだ。
フレディはかいつまんで事情を二人に説明する。
二人の兄は黙って聞いていた。
聞き終えたトリスタンが顎に手を添え、私たちを交互に見る。
オーガスタスはさらに楽しそうな雰囲気を醸す。
「そうか。じゃあ、フレディはルーシー嬢が了承されたら、彼女と結婚するんだな」
「そのつもりだよ。無理強いはする気はないけど、選んでもらえるように努力している」
「無理強いはしないねえ……」
トリスタンがにやりと笑う。この表情、どこかで見たと思ったら、あの時だ。『それを逆手にとろう』と呟いた時のフレディの表情とそっくり。やっぱり、兄弟は兄弟ね。
「どちらにしろ、一度、うちに来てもらうのがいいんじゃないか。今日は両親もいないんだ。フレディが結婚する気になったと知ったら、天地がひっくり返るほど驚くぞ」
フレディはちょっと嫌な顔を見せた。
「それは言い過ぎだろう。俺については、気にされていないだけだ」
「なんでも自分で決めて、行動するくせに。
周りが止めても聞かないだろう。この子がいいと決めたら、俺たちが反対したって聞きやしないんだ」
「未だかつて俺の行動に反対することはなかっただろう。下級文官になる時だって、一人で暮らすと言った時だって、ああそうか、程度の反応じゃないか」
「それは、いままでの付き合いで、誰もがお前に言っても無駄、って学習しているからだろ」
「だからって、この場でそれを言うか」
憮然とするフレディに、首をかしげたオーガスタスがにやりと笑い、私を見た。
「ルーシー嬢」
「はい!」
いきなり、ふられてびっくりした。
「不肖の弟だが、よろしくな」
このセリフは前にも聞いた。トリスタンにも同じことを言われている。さすが兄弟よく似ている。
でも、この場で、お礼を言ったり、こちらこそお願いします、なんて答えたら、フレディと結婚しますという意志表示になる。
迂闊なことは言えない。
私は、軽く頭を下げるにとどめた。
「オーガス、からかっちゃだめよ」
そう声をかけてきたのは、背後にいた藍色のシックなドレスを着た女性だ。オーガスタスが背筋を伸ばし、彼女の横に立つ。
背が高く、すらっとした勝気な印象の女性だ。
もう一人の真珠のような光沢を放つドレスを着た女性は、トリスタンの横についた。
「初めまして、ルーシー様。オーガスタスの妻のヴィネットです」
「初めまして」
互いにスカートをつまみ、軽く膝を折り挨拶した。
男性並みに背が高いヴィネットも、夫と並ぶと、頭半分は小さく、大柄な女性という印象が薄れる。
「今日はよく来てくれたわ。フレディが顔を出すのも珍しいもの。久しぶりに、この場に三人が揃ってくれて嬉しいわ。あなたが連れてきてくれたようなものね」
「いいえ、そんな……」
「そうだね、ヴィネット。彼女がいてくれるから、今日はここに来たようなものだ。まだ大々的に紹介できる相手じゃないのが残念だよ」
「あら、まるで、フレディの方が惚れているみたいね」
「もちろん。残念なのは、まだ俺の求愛中ということだね」
(おっ、面映ゆい。いたたまれない。そんな紹介ないよ、フレディ!!)
謙遜しようとしたところで、フレディが答え、流れるような会話に、恥ずかしさを覚えた私は顔が引きつりそうになるのを必死でこらえた。
「気に入ってもらえたらいいわね、フレディ」
そう言ったのは、トリスタンの横にいる女性。彼女は私と同じぐらいの身長である。
「はじめまして、トリスタンの妻のキャロラインです。今日はよく来てくれました。急に招いたと聞いて、心配していたの。会えてとても嬉しいわ」
「いえ、こちらこそ、お招きありがとうございます」
「緊張しなくていいわ。今日はどうぞ楽しんでくださいね」
「ありがとうございます」
キャロラインは、嫋やかな笑みを浮かべる。
(富豪の家庭なのに、なんて気さくなんだろう)
フレディの家族に受け入れられ、ほっとした。厳しくとっつきにくく、鼻持ちならない人たちだったら、どんなにフレディ自身が良い人でも、彼との関係に未来を見いだせなくなる。
兄弟関係からも二人の兄の妻の関係からも、ぬくもりのある家庭が連想できる。兄弟のいない私には、フレディと兄たちの関係はとても眩しく見えた。
「ねえ、ルーシー様。今日楽しんで、ここに一泊したら、明日はうちに遊びに来てくださいな。お義父様もお義母様も、みな、歓迎するわ」
「お招きは嬉しいのですが、キャロライン様。私は明日も仕事がありまして……」
「ごめん、言い忘れていた」
フレディが私の言葉を遮ってきた。
「ルーシー。明日、二人で全休にしてもらうように殿下に頼んできたんだ。だから、明日も休みだ」
「えっ!」
「ああ、殿下の執務室を出る前に、殿下に頼んでおいた」
「また殿下の特権を使ったの!」
「あら良かったわ。なら、ゆっくりお昼ご飯を一緒に食べれるわね。チェックアウトしたら、彼女を連れてうちに来てね」
「わかったよ、キャロライン」
「まって、チェックアウトってもしかして……、今日、あの部屋に泊まれるの?」
「もちろん」
「私、てっきり夜は寮に戻ると思っていたのに……」
場違いに叫べないと途中で気づき、声がしぼむ。
泊まるってことは、フレディと二人きりであの部屋で、今夜一緒に過ごすということよね。
まだ婚約すると決断しきっていないのに!
あの部屋に案内された時に気づいていないわけじゃない。しかし、積極的に考えないようにもしていた。だって、デート初日から、泊まっていくなんてありえないじゃない!!




