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令嬢騎士と平民文官のささやかななれそめ  作者: 礼(ゆき)
『令嬢騎士と平民文官のささやかななれそめ』長編版
45/90

第35話:男は向き合える関係を望む

(私に断られたくない?)


 私はフレディの言葉に困惑する。


 身体を左右に揺らし、フレディの力が弱まったところで、胸を押し返した。


「それは、私が『婚約は白紙に』と言ったことをさしているの」 

「そうだね。俺は、ルーシーが良い。俺の背景を知って、『婚約を白紙に』という君だからこそ、断られたくないんだ」


「なに、それ。理解できないわ」

「俺の背景を知っても、動じないところがいい」

「分不相応が居心地が悪いだけよ。買い被りすぎだわ」

「でも、ルーシーは目の色を変えなかった。文官の俺との差異や違和感を感じ取って、警戒しただけだ。

 兄貴に会わず、食事だけすませて店を出たら、妃殿下からの紹介を断る気にはならなかっただろう」


 それは否定できない。

 妃殿下からとあっては、立場上、断れない。殿下の意向、フレディの立場を配慮しての紹介ならなおさらである。文官の彼に悪印象はなく、直観においては、良縁の印象さえあった。


「そもそも、俺だって食事だけのつもりだったんだ。あの店は、食事に出かけるのも時間をとりにくい俺のためにある料理店なんだから。時間がとりにくいなかでせっかくでかけて、はずれを引く外食はしたくない。それなら、自分好みの店を持っていた方が早いだろ」


 もう、驚きもなかった。

 フレディはこういう人なのだ。


 そんな一面を持ちながらも、文官として何年も殿下の傍にいる。

 なぜそんなにも務め続けているのか。

 私は彼に確かめていなかった。


(こんな人だもの。もしかしたら、文官が嫌なら、とうの昔に辞めているわ)


 縛られる必要がないのに、縛られている。まるで自ら縛られているようである。


 私との関係だって、分かっていないわけないのだ。確かめるように問うた。


「ねえ、フレディ。

 あなたが私との結婚を選ぶことはどういう意味か、分かっているの?」

「もちろん。殿下は俺を傍において置きたいために、貴族令嬢を紹介しているぐらいとっくに理解しているさ」

「そうね。そうなれば、いよいよ、ずっと文官で居続けないといけないのよ。あなたにとって、そんな人生、不自由ではないの。文官を辞めて、事業に深く携わりたいと心変わりをしても、方向転換できなくなるのよ」


 フレディは目を丸くして、二度瞬いた。


「ルーシーは俺の心配をしてくれてたんだ」

「ちっ、違うわよ!」


 かっと熱くなって、間髪入れずに否定しても、フレディは余裕の笑みを浮かべる。


「やっぱり、俺はルーシーがいい。

 これは縁だよ。その煉瓦色の髪が俺には、何度か輝いて見えた。それは、君が俺にとって縁ある人だからだ。今、確信した」

「そんな都合がいい!」


 フレディの指が伸びて、私の唇を縦に触れた。

 しゃべることもできずに、私はフレディを見上げた。

 

「殿下に、貴族の家に婿入りする話を出された時、正直うんざりしてたんだ。俺の家はそこいらの貴族より裕福だ」

 

 フレディの指が唇から離れる。息を止めていた私は、大きく深呼吸した。


「そういうのを目当てに来られても困るんだよ」


 それは分かると思っても、触れられた唇がじんじんと痺れて、言葉にはできなかった。


「事業のお金に手をだしてまで、贅沢はさせれない。あれ買え、これ買えと際限なく言われて、こたえ続けることはできない。面倒なのも受け付けない。

 手のかかりそうな貴族令嬢も嫌だった。蝶よ花よとつくさないと、ひねくれそうな、わがままな娘の相手もしたくない。

 人生は有限だ。そんな時間はないんだ。

 どんなに資産を積み上げても、寿命だけは伸ばせない。

 金で買えるのは、今この瞬間に余裕を生み出す時間だけだ。

 その生み出された時間を、合わない相手に費やすことがどれほど無駄か。分かるだろう。

 金で買える幸福感には上限がある。だからこそ、人が重要だ。

 誰と一緒にいるか。

 厳選することこそが、幸福感への自己責任だよ」


「それが、私との婚約を望む理由?」


 フレディが語る内容は理解しがたかった。ただ、彼は自分の幸福のために、私といたいといっているようだった。

 それは、つまり、私といるとフレディが幸せになり、私に彼を幸せにするなにかを有しているということなのかしら。


「ルーシー。

 君は、一生、働くと言った」

「ええ、そうよ」

「今も、その気持ちに変わりはないだろう」

「もちろん」

「俺の資産を見ても断ったのは、仕事があるからだ。俺の資産に甘えない。それはひいては、君が俺を見限りたいときに、見限れると言うことだ」

「もう、なにを言っているの? 婚約したいと言った傍から、まるで離婚話をされているようだわ。しかも、私がフレディを捨てるの? あなたが私を捨てるの間違いじゃなくて!」


 そうだ。

 私は捨てられるのが嫌なのだ。

 フレディの資産を見て、怖気づいた理由の一つはそれだった。


「これだけの資産を持っていれば、普通ならどんな女性でも寄ってくるでしょう。そのなかに、どんな魅力的な女性ひとがいるか分からないじゃない。

 私なんて、パールさんが、ちんちくりんと言ったぐらいの容姿なのよ!」

「俺には、騎士姿も侍女姿も、可愛く見えたよ。今もとても綺麗だ。パールはいい仕事をしてくれたよね」


 余裕で褒めてくるフレディに私の方がたえられない。耳がこそばゆくて、塞ぎたくなる。


「俺の職業は、下級文官だ」

「知っているわよ」

「殿下付きの秘書官だから、少し給料に色がついていても、たかが知れている」

「新米の近衛騎士だって似たり寄ったりよ」

「十分に暮らすには不足はないよ」

「当たり前じゃない。それで、子ども数人養って暮している平民だっているんだから」

「そう。それが当たり前なんだ。俺の暮らしもそんなものだよ。

 職場近くに、家を借りて、一人で暮らしている。夜も遅いから、寝に帰るような家で、事業の空気はみじんもない」

「私だって、今は寮暮らしだもの。フレディの暮らしと大差ないわよ」

「そう、大差ないだろう。ルーシーが貴族で自領に責任を持つように、俺は俺で事業を有している。でも、基本的には、俺は俺で、君は君。

 所詮、文官と騎士でしかない。引いては、俺は俺で、君は君でしかない。

 資産があっても、自領があっても、二人きりになれば、生身の人間しかそこにいないんだよ」


 私はフレディをまじまじと見つめた。

 まるで、俺を見て、と言われたように打たれ、目を逸らせられない。


 





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