第31話:埋もれた伯爵家の苦い過去
「地味な家なのに、ちゃんとしているのね」
「一応、将軍まで輩出している家なので、それなりに、家風があるだけです」
「その家風が、慎重で堅実な考え方なのかしら」
「どうでしょう。
武の家系ですので、政からは常に一歩引いていますけど……。
祖母、母と継嗣は女性続きですし、結果として婿は迎えますが、当主として騎士になる者はおらず、出世や政治から遠のいてしまったのだと思います」
「将軍もいた家系なのに残念ね」
「たまたま、三代続いて一人娘だったというだけです」
「グレイス家の将軍は有名な方?」
「それほど、名は知られていないです。
グレイス家から出た最後の将軍は、世情の評判も良くなかったんですよ」
「どうして」
「他国との小競り合いの時、最後まで戦わない道を選んだんです。その姿勢を見た世間は、当時の将軍を臆病者と罵りました」
「争いごとがないのはいいことなのに……」
「一般的にはそうですよね。でも、世上の空気によっては、高揚感が勝ることもあるんですよ。
当時、本当に好戦的だったのは、上級文官を主とする国の中枢側だったんです。
相手は小国。そんな小国をひねりつぶしてしまえばいいと考えるのは、机上の空論。
どんなに小さな国でも、一致団結したり、地の利を活かされたりしたら、形勢は悪くなる。開戦してしまえば、犠牲なく、終わることは不可能。
味気ない将軍の選択に当時の人々は不満を漏らしました。
二国間で血は流れなかったんですけど、世情と異なる判断をした将軍は、丸く収めるために職を辞しました」
(そこから武官としての評価はだだ下がり、今の冴えない、茶葉の産地としてのうちが出来上がったんだけどね)
揶揄するように私は口角を上げた。
開戦の高揚感が削がれたことにより、後ろ指をさされたことは否めない。盲目的に血走った人たちから見たら、私の祖先は売国奴のように蔑まれた。
名は落ちたけど、平和な時代が続いたのだし、その時代が無ければ、今の時代もないのだ。
開戦すれば、文官達がこれですむだろうという着地点で収まらないことも十分に考えられる。高揚した人間は都合の良い結果しか見ないものだ。
戦わないで終えた今だからこそ、これで良かったと言える。
(その小国が、今では妃殿下の故郷である、辺境伯領地として我が国に組み込まれているのだからね。本当になにがどうなるか、未来はわからないものよね)
王太子殿下と妃殿下が一緒にいることも、私の先祖が将軍として采配を振るっていた時代には考えられなかっただろう。
城が民間の商家に下賜されることも。
貴族がゆっくりと没落していき、入れ替わるように、商家が台頭してくることも、誰が予見できただろうか。
フレディと私。平民と貴族が、見合いをすることだって、異例だ。
(そう思えば、フレディのような平民と、私のような貴族の娘という組み合わせも、未来においては珍しくなくなることかもしれない)
「今の時代が、当たり前にあるのは、あなたの先祖が戦うことを拒否したからなのね」
「結果としてです」
「それでも、主流派にくみせず、決断するのは大変なことよ」
私の唇に筆が添えられる。紅を引き、パール女史の手が離れた。柔らかい布を食み、色を整える。
鏡の向こうに、別人のように仕上がった私がいた。
「これで、終わりよ」
私は指先で頬をなぞる。触りながら、私が私であると確かめる。
「違和感を感じるわ。私じゃないみたい」
「慣れるわよ」
「フレディと並んで、見劣りしなければいいんですけど……」
「私が仕上げたのよ。フレデリックの方こそ見劣りするわよ」
パール女史は楽しそうだ。ちんちくりんと私を言っていたのに、やる時はやる人なのだ。
鏡の向こうにいる私を見ていると、少しだけ、フレディの隣に立てる気がした。
それでも、まだ不安だ。
「ねえ、パールさん。私、フレディと釣り合うかしら。
自分で言うのもおかしいけど、私、あんまりとりえとかないと思うんです。容姿も普通だし、特徴もないし。強いてあげるなら、貴族という肩書だけがメリットかしら。
今回、妃殿下からフレディを紹介されたんですけど、文官として会った時は、これも縁よねと思ったんです。近々、祖母や母と婚約者を選ぶ約束をしていたので、良いタイミングだと思ったの。
でも、フレディと一緒にいるうちに、怖くなったわ。彼の持っているものと私のもっているものでは、バランスが悪すぎて、釣り合わないって、思ったの。
こんな人が、私を好きになってくれるとは到底思えなかった……」
訥々と語る私にパール女史は苦笑する。
「フレデリックはいつも見た目と立場で損をしているのよね。こんなところでも、そんな性分が顔を出しているなんて、因果なものだわ。
本性はけっこう地味よ、あいつ」
「地味?」
「フレデリックを呼んでくるわ」
答えをくれないままパール女史はフレディを閉じ込めた部屋の扉に早足で向かう。
パール女史はフレディのことを分かっているのは、付き合いが長いからだろう。彼女が、フレディを地味というなら、そうなのかもしれない。
確かに、言われてみれば、奔放とか派手という印象はない。
ただ、彼の持っているものに、私は怖気づいた。
彼が持っているものと比べたら、私にあるのは、仕事と茶葉だけなのよ。
彼が飽きれば、ふっと飛ばされそうじゃない。
私は、もう唐突に別れを切り出されるのはごめんだし、傷つきたくもなかった。
祖母や母からの縁談なら、彼女たちの顔もあり、嫌な思いをしないで済むだろう。
私のなかにあるのは、私が傷つきたくないと言う打算だ。
情けないけど、私は怖いのだ。
フレディがどうというわけではなく。私は、私を守りたいだけだ。
鏡を見ながらぼんやりとしていると、背後に人の気配がして私は上を向いた。
覗き込むように、着替えたフレディが立っていた。
「よく似合っているよ。ルーシー」
笑顔で褒められて、ぼっと私の身体が熱を帯びた。
着飾った私を見られることも恥ずかしかったけど、ダークグレーを基調とした正装姿のフレディは、優しそうな印象をのこしたまま、かっこよかった。
胸元に手を添えて、ちょっと視線を外した。おずおずと鏡越しに目を合わせる。
「褒めたって何もでないから」
可愛くないふりをして、むくれて、嫌味を言っていた。
パール女史が片づけを始めた。
外から、楽団のゆったりとした音楽が流れてきた。
フレディが顔を上げる。
「そろそろいくか」
重い声だった。
パール女史は、建物内の一室に控えているという。
宿泊する来賓客の衣装替えを手伝う仕事が最後に残っているという。すべてが終わったら、着替えの手伝いでもう一度くるわと申し出てくれた。
その間も、音楽が途切れることなく流れてくる。




