第30話:女史から見た彼の評価
時間がないと、パール女史は衣装を持たせたフレディを「別室で着替えてきて」と一室に追いやる。着替えが終わるまで、その部屋にいるようにと念を押し、扉を閉めた。
振り向いたパール女史は私を見定めるように再び上から下までじっと見てから、「着替えましょう」と言った。
私たちは急いでドレスの着替えを始める。彼女の手際は良く、店で着替えた時より、幾分早く着ることができた。胸周りも調整されており、フィットする。
「すごいですね」
「なにが」
「サイズが合っている」
「即席よ。時間がなかったもの」
パール女史は、一人掛けの椅子を運んできた。大鏡の前に置くと、私に座るように指示する。私は言われるままに椅子に座った。
ブラシで綺麗に髪を梳きはじめる。
仕事をこなす、パール女史の顔は真剣。引き締まった表情はかっこ良かった。
(できる女性よね)
商家の顔を見せたフレディと彼女は、つり合いがとれている。
(こんなに素敵な女性が身近にいるということは、他にも素敵な女性が身近にいてもおかしくない。年頃の商家の娘さんだって大勢いるわ。フレディが結婚しないまま来た理由って、ただ縁がなかっただけなのかしら。結婚しようと思う女性が現れなかったから?)
殿下の意向をくみ、フレディを紹介した妃殿下。もしフレディに恋人がいたなら、二人が私を紹介することはないはず。
堅実な仕事をしているフレディを見ても、恋人一人作らないほうが不自然な気がした。ぱっと見でも、彼は十分もてそうなのに。
(それだけ、殿下の元で働くのは激務だったのかしら)
髪を梳いていたパール女史が、小首をかしぐ私の視線に気づいた。
「どうしたの、なにか気になることでもあるのかしら。それとも、なにか要望がおありですか」
パール女史は手を動かしながら私に問うた。
「パールさんは、長年、フレディと働いているのよね」
「いきなり、それ?」
「とても親しそうに見えたのだもの」
「そうね。親しいと言えば親しいわ。彼が学生時代からの見知っているもの」
「そんなに長いんですね」
「まあね」
手作業を続けるパール女史に、私はぽつりと本音を漏らす。
「ねえ、パールさん。私、フレディが結婚をしたがらないのも、恋人らしい女性がいないのも信じられないの。
昨日、会ったばかりで、今日、一緒に過ごしたけど、フレディなら独り身でいる方が変よ。商家の子息としても、文官としても、彼は申し分ないように見えるわ。
文官だって堅実な職業だし、パールさん方を支援するような仕事だっけ、そういう仕事だって、よく分からないけど、すごいと思うのよ。
そういうフレディに特定の女性がいないなんて、ありえない気がするの」
「そりゃあね。家の規模や仕事だけを見て、フレデリックを判断する人は沢山いるわよ。でもね、彼の場合、そういう女性を見た時に、先が見えてしまうのよ。
この女性と一緒にいたらどうなるかってね。
フレデリックは、堅実よ。ばくちは打たないの。
彼の実家や、彼が保有している仕事から、彼を遊び金の提供者のように見る女性は一定数いるわ。
三男という立場も、気楽そうにみえるしね。長男や次男のような責任はなく、それなりの事業を保有し、そこから利益を得ている姿を見れば、この人の配偶者に収まれば、悠々自適に暮らせそうという打算を打つのは容易でしょう。
フレデリック側からみると、自分のことを金づるとしか見ない女性はやっぱり嫌なのよ」
「それは嫌ね。それってフレディ自身じゃなくて、彼の持っているお金とか権力を、自分のために利用しようとしているみたいじゃない。
利用されるために、結婚なんて、無理よね」
「そういうことよ。
不測の事態だってあるかもしれない。時には事業を広げたいこともあれば、損切りし撤退する可能性もある。
そうなった時に、遊び金で資金が溶けていたら、大変なことになるでしょう」
パール女史は手を動かしながら、淡々と話し続ける。
「そもそも、フレデリックは、事業で得たお金は次の投資に回したいタイプなの。循環させたいのよ。そこを、伴侶だからと我が物顔で、踏みにじられたくない。それがフレデリックの本音。
生活だけなら、文官の収入だけで十分だものね。
こちら側の世界にいると、彼をそういう目で見る女性が多くてね。フレデリックはいつも警戒しているのよ」
「配偶者を探すのも大変ということなのね」
「そう。お金がある、ということもまた、配偶者を選びにくくするのよ。
三食昼寝付きで、欲しい品は何でも買い放題。そんな勘違いをした女性は願い下げなのよ」
「私、それなりの収入があれば、無難に結婚できると思っていたわ」
「出来るわよね。相手を選ばなければ。
フレデリックの場合、事業を通して、どれだけ多くの人が生きているか、よく分かっているの。そういう繋がりを無視する節操のない女性が嫌なだけよ」
「商家の世界で出会うのはそういう女性が多いのかしら」
「そうとも言えるわね。さっきも言ったけど、三男だもの。責任はないけど、能力もあり、稼ぐこともできるとなれば、打算的な女性が寄ってくるのは避けられない。
親の差し金と言うこともあるし、実家との繋がりもあるため、無下にもできない。
色々、気遣うことが多くて、気難しくなっているのよ」
「気難しい? 誰が」
「フレデリックがよ」
「嘘。あんなに、親切な人が!」
「あなたの前では親切なのよ。本当に、なんでかしらね。出会った傍から、家族と親しい人にしか呼ばせない呼び名を許しているなんて。私からしたら、そっちの方が信じがたいわ」
髪を結いあげたパール女史が、アメジストがあしらわれた髪飾りをつけてくれた。
前に回り込み、私の顎をくいっと上げさせると、今度は大きな鞄を開き、中から化粧道具を取り出した。
「フレデリックは堅実で慎重なのよ。挑戦はするけど、無鉄砲や破天荒じゃないの。
あなたも彼に対して、性急に判断していないわよね。似ていると言えば、似ているわね」
「慎重で堅実なのは、うちが武門の家柄だからですよ」
「武門の家柄だからこそ、好戦的で、武器の扱いに長けた武人になるのではないの」
「違います。将軍まで出した家柄だからこそ、最後まで戦わずに済む道をギリギリまで模索するものなんです。
物理的に戦うのは最後の手段です。最初から戦いありきじゃないんですよ」
いつもお読みいただきありがとうございます。
時々、チェックするとブクマも増えていて嬉しいです。多謝。
追伸。誤字報告、とても助かります。
本編には出ない裏設定を少々。
パール女史の元性別は男性です。女装家ですね。
本編には関係ないので出てきません。
なので、ルーシーはずーっとパール女史を女性だと思っています。
一人称の小説なので、ルーシーの見方しか出ないのです。
地雷なりますかね?
この裏設定気に入らない方は、女性と思ってくださっても大丈夫です!
本編に出ることないので!