第25話:好きになってほしいなら
「建前だけって……、フレディのご家族に紹介したら後に引けないなんてことにならないの。周囲を埋められて、断れませんとなったら、迷惑なのだけど」
「心配性だね。そんなに俺のこと、嫌い?」
悲しそうにフレディが眉を潜める。
「そういう意味じゃ……」
そういう意味に捕らえられてもしかたないか。あなたとは婚約したくありませんと明言したのだから。
フレディが嫌いかと言えば、嫌いじゃない。
悪い人かと言われたら、それはないとも分かる。
ただ、連れ歩かれた店を鑑みると、私とはどこか不釣り合いなのだ。
(貴族だからって昔ほど、めぐまれているわけじゃないのよ)
かたんと扉が開き、店員が入ってきた。
紅茶を用意し、ローテブルの端にベルを置いた。「衣装合わせを希望される時は、ベルを鳴らしてお呼びください」と出ていく。
再び私はフレディと二人きりになった。
「二日後、俺はルーシーの家に挨拶に行くつもりでいるよ」
「待って、それは……」
フレディが私に手のひらを向ける。言いかけた私は沈黙する。彼の話はまだ続くらしい。
「でも、このまま挨拶に行ったら、おそらく、ルーシーのお婆様あたりが俺との婚約に反対か、もしくは懸念を示すのではないかと思っている」
それこそ意味が分からない。フレディが平民だからか、それとも実家が商家だからか。うちだって、茶葉に関しては生産者であり、ハーブティーやフレーバーティーに関しては、祖母は商人のようである。
平民とはいえ、商家とつながりができることをそれほどいやがるとも思えなかった。ましてや、妃殿下からの紹介となれば、百歩譲って、渋々としても、了承するにちがいない。
「妃殿下からの紹介とあれば、祖母だとて無下にはできないわ。フレディだって、変な人じゃないし、殿下の傍で真面目に働いているのだもの。その点だけなら、祖母が反対するとは考えにくいんだけど」
フレディが両目を瞬き、ふっと笑う。
「評価してもらえてうれしいよ」
あっ、と私は声を出さずに口を丸める。褒めるつもりはないのに、褒めてしまっていた。口を結んで、ふんとそっぽを向く。
「客観的な感想よ。フレディが悪い人じゃないのは分かっているもの。フレディが懸念する祖母の反対理由が思いつかないだけよ」
あくまでも、フレディの人生と私の人生の接触点が小さすぎるというか。
将来を見れば、生きたい方向性が別れていくように見えるだけだ。
フレディが悪い人だとか、嫌な人だとか、そういう理由で、縁談を白紙にしたいわけじゃない。要は、互いに一緒に生きていくにしては、背景が違いすぎないかと言いたいのだ。
「そうだと嬉しいんだけどね。
ルーシーが俺のことを気に入ってくれたら、ルーシーのご実家も反対しにくいんじゃないかと思ったんだよ」
「私が? フレディを?」
「どこかの文官に恋をしているという理由で、半年の時間を稼いだんだろう」
「まあ、そうね。口からの出まかせだけど」
「それを逆手にとれればいいなと思ったんだ。嘘から出たまことってやつだね」
「嘘は嘘よ。妃殿下の傍でずっと働いていたのだもの、誰かに秋波を送る余裕なんてないわ」
「それは俺も同じだよ。職場での俺たちは、似た者同士なんだよ」
そう言われれば、そうである。
フレディは殿下につきっきりで、私は妃殿下につきっきりなのだ。
「ルーシーが好きな人が、最初から俺だったってことになれば、話が通りやすいなって思ったんだよ」
「そんな都合のいい話ありますか。時間は巻き戻りはしないんですよ」
「そうだね。二日で、半年分の時間を埋めることは難しいよね」
フレディが紅茶を一口含んだので、私も彼に習い、一呼吸置いた。
「職場のフレディを見ているだけなら、私と似て仕事一辺倒のようでしたし、殿下の意向も汲んで、この縁談もいいかなと思えたんですけどね」
「こっちの俺を見ていたら、躊躇した」
「そうね。違う世界を生きている人みたい。私とはどこかで、縁が薄れていきそうな気がしたわ」
「こういう俺も、俺なんだけどね」
カップをローテーブルにのせて、フレディは嘆息する。
「こっち側の俺は俺で、特別何かをしようとは思っていないんだ。
確かに、自分が手を出して色々なにかをするのは面白いよ。でもさ、パールにしろ、モーリスにしろ。とても彼らは優秀だ。彼らに全権を与え、彼ら自身の責任とそれに見合う対価があれば、彼らはその分野においては、俺以上の結果を出してくれる。
俺がすべてを取り仕切らなくても、いいんだ。チャンスを与える側にいることが、こちら側の俺の役割なんだ」
フレディが天井を仰ぎ見る。
「ルーシーが思うほど、俺とルーシーの人生の接点は乖離しないと思うんだ。
でも、心配になる気持ちもわかるかな。
違和感を覚えたんだろう。俺と一緒にいることに。普段の延長線上とは少し違うものね。
美味しい食事、綺麗な景色、美しい衣装。
そういうもので、目の色を変えないところが、ルーシーの良いところだね。言うなれば、見た目で騙されてくれないところかな」
「騙そうとしていたの?」
「いや。これも俺だよ、って見せているつもりだった。隠しても仕方ないだろ。結局は隠しきれないんだから」
「そうね。実家に挨拶に行った後で、実はこうでした、と言われる方が、不信感を覚えたかもしれないわ。最初から、見せてくれたのは、ありがたいかも」
「お昼を食べるぐらいで済まそうと思っていたら、兄貴と会ったのは予定外だったけどね」
「そうなの」
「うん。兄貴に、誘われたのも予想外だ。でも、誘われたら、行かなくちゃいけない。うちで今、一番偉いのは、長兄なんだ。三男の俺は、ちょっと逆らえない」
「兄弟でも序列があるのね」
「代替わりしたんだ。今は、兄貴がうちの当主なんだ」
「平民でも、当主とかあるの?」
「貴族の真似事だよ」
「真似事?」
「うん。ひと財産築くとさ、古き良き貴族の真似事をしたくなるものだよ」
貴族の真似事?
それがどういう意味なのか、私にはよく分からない。
フレディは両肘を膝につけて、頬杖をつく。
「俺は三男だから、第三者から見ると良いポジションに見えるんだ。責任も少なそうに見えて、自由そうに見える。そんなポジションから勝手に想像して、遊んで暮らせそうとか、贅沢できそうとか、都合の良い夢を見る女性は嫌なんだよ。
ルーシーは、結婚しても、働く気でいてくれそうだし、実家も堅実な経営をされている。料理や景色、衣装にも惑わされずに、将来を判断しようとしている。俺からしてみたら、よくこんな子、妃殿下が見つけてきたなと思うよ」
「褒めてもなにも出ないですよ」
「いいんだ。それは俺の正直な感想だから。
俺はルーシーに俺のことを知って好きになってもらいたかった。
でもさ、振り向いてほしいなら、俺の方が先にルーシーのことを好きになって、ちゃんと意思表示しないといけなかったよね」




