第23話:足を踏み入れるにも怖気づく
「王太子妃様に紹介された、フレデリックの縁談相手ですって! このちんちくりんが!!」
「パールに比べたら、たいていの子は小さく見えるだろう。こう見えても彼女は近衛騎士なんだよ」
「近衛騎士。見かけによらないのね」
「しかも、王太子妃付の近衛騎士だ」
へえとパール女史は口内で呟く。
パール女史は高身長だ。フレディも背が高いが、彼と並ぶほどの高さがある。
一歩引いてみると、優し気なフレディに、強気なパール女史はなかなか絵になる。
(自分の婚約者候補と並んで、見栄えがするという感想を持つ私もどうなのだろうか)
そもそも、まだ紹介を受けただけなので、婚約者でもないのだ。フレディの一面を知ってしまうと、このまま婚約する気になれない。
パール女史はそんな私の心情を知ってかしらずか、じっと見つめてくる。
「こんな小さな子が、近衛騎士ねえ」
「グレイス家は武門の家柄なんだ。俺たちからしたら、茶葉の産地としての方が有名だよね」
「たしかに、葉っぱ臭そうな子ね」
ちんちくりんと言ったり、葉っぱ臭そうと言ったり。見た目は綺麗だけど、失礼なことを平気で言う人ね。
「失礼ですね、パールさん。うちの茶葉は本当に美味しいんですよ。祖母が手入れしているハーブガーデンでとれるハーブティーはどこに出しても恥ずかしくないんですから」
「知っているわ。貴族御用達で、私たち一般人ではそもそも手に入らない品ですもの」
「うちを知っているの」
「もちろん。貴族の屋敷に招かれる時は、いただくことが多いのよ」
フレディに私の紹介を受けたパール女史は、改めて上から下まで私をじろじろと見定めてくる。挑まれているような錯覚を覚えて、私もじっと彼女を見返した。
「……まあ、可愛らしいといえば、可愛らしい方よね」
さっき、ちんちくりんって言っていたくせに!
むすっとする私から、パール女史はフレディへと視線を移す。
「でっ、フレデリック。この子を連れて、ここに来るからには、それなりに理由があるのでしょう」
「兄貴に今夜、ルーシーを連れてこいと言われてね。ここで色々準備を整えたいと思ったんだ。今日が忙しいのは、つまるところ、兄貴のところのイベントがあるからだろう」
「そうよ、フレデリック。予約は数軒入っていて、これから順番に回るところ。手伝えたらいいのだけど、今は手が離せないわ」
「急に押し掛けたのは俺だからね。俺たちは、ちょっと顔を出せる程度であればいいんだ」
「顔を出せる程度ねえ。それで、済めばいいでしょうけど」
「俺自身、長居はしないつもりだ。今夜の衣装を一揃いに、明後日、彼女の実家に挨拶に行く際に来て行けるワンピースが欲しいんだ」
それは私も用意したいと思っていた。
今日と明日の服はあっても、明後日実家へ行く時に、フレディを伴って軽装という訳にはいかない。今日、彼と別れてから、どこかで買い求めようかと思っていたのだ。
でも、その前に、この縁談をお断りすれば、実家に行く必要はないんだ。
「フレディ、いいのよ。実家への挨拶まで考えなくても」
そうだ。私は、まだ彼を連れていくとははっきり決めていない。
「そういう訳にはいかないよ。俺だって、ルーシーのお婆様やお母様に悪印象もたれたくないからね」
「でもよ。まだ二日もあるのよ。行くのは明後日よ。明日だってあるんだから、まだ色々検討する時間があるでしょう」
「時間なんてあっという間に過ぎてしまうよ」
「でも……」
「あとね、今の姿のままだと、会場入りするのも躊躇われると思うんだよね」
「シャツとパンツ姿で行こうというの。それは無謀ね」
「まだ、ルーシーはどこに行くのか、分かっていないんだよ、パール」
「説明しないの」
「百聞は一見に如かずだろ」
「言葉が足りない男は嫌われるわよ。仕方ないわね。衣装は運ぶの、着ていくの」
「運んで欲しい。部屋は用意しておくと兄貴が言っていたから、大丈夫だと思うよ」
「差し当たって、ここで着替えて、着替えた衣類は運ぶ衣装と一緒に持って行ってあげるわ。最後の予約は会場での衣装合わせなの。一通り終わったら、顔を出すわ」
「助かる。行けば、兄貴のところの誰かが手伝ってくれると思うんだ」
話がポンポンと決まってゆく。
私は彼らが何を言っているのかよくわからない。
フレディとパール女史だけに通じる会話に私が入り込む余地はなかった。
すると、パール女史が、店員に時間を訪ねた。あと五分ほどしか時間がないと確認すると、彼女は店内を回り、いくつかの品を店員に預けた。階段を駆け上がり、さらに数分で、降りてくる。
「フレディ、二階に部屋を用意したわ。私は出なくちゃいけないので、あとは適当に選んでちょうだい」
そう言い放つと、パール女史は慌ただしく店を出ていった。いつの間にか店先に馬車が止まっており、彼女はそれに乗り込むと、勢いよく去って行く。
店のなかがとたんに静かになった。
「フレデリック様、ルーシー様。こちらへどうぞ」
残された店員に案内され、私たちは二階へあがった。
「こちらへどうぞ」
案内してきた店員が、ある部屋の扉を開く。
一室まるごと、衣装が絢爛と飾られていた。
ドレスも数着。その衣装に合わせた装身具を添えて飾られている。
ワンピースが数着長椅子にかけられており、小物類もローテーブルに並べられていた。靴も、鞄も、何もかもが揃っている。
「これだけあれば、良いのがありそうだ」
目を輝かせるフレディがなにも気にせずに入っていく。
片や私は、足がすくんだ。
(こんな色とりどりの衣装と装身具が並んでいるところなんて、妃殿下の衣裳部屋しか見たことないわよ!)
フレディがあわあわしている私に気づく。
「このなかから好きなのを選んでいいよ。ルーシーの好みはどれかな」
フレディのまるで菓子を選ぶかのような一言に私の背筋がぞわっとした。
(さも当たり前のようにいうけど、ここに並んでいる衣装の総額っていくらなの!)
伯爵家の懐では手が出せない金額なのは間違いないわよね!