第21話:お昼を食べながら
フレディは再び、困ったような笑みを浮かべる。
「フレディ、ごめんなさい。話しがまったく見えないの」
「難しく考えなくていいよ。ここが俺の店で、モーリスが俺の代わりにこの建物に入っている店全体をまとめる仕事をしてくれているんだ」
「ここがすべて、フレディのものなの」
「うん」
一礼したモーリスが戻っていく。
再び私はフレディと二人きりになった。
「本当はここを足がかかりにして、色々始めようと思っていたんだけどね。
現王が倒れられて、一人で色々と背負わなくてはいけない殿下に頼まれたら、見捨てられなくてさ。結局、こっちは手つかずのまま来ちゃったんだよね」
フレディがにっと笑う。
なぜかこういう時に、無性に人が良い顔をする。
その顔を見ると、彼がすごく良い人な気がしてしまう。
(その顔は、反則だと思うわ)
私は気持ちを落ち着かせるために、紅茶を一口含んだ。
(殿下を助けているのだって、友達の親が倒れたから見かねて助けることにしたということでしょ。話だけなら、すごく良い人に聞こえちゃうじゃない)
いや、実際、良い人だ。フレディは悪い人ではない。
悪い人なら、そもそも殿下を助けるために下級文官試験を受けないだろう。
(フレディのお兄さんにしても、立派そうな方だったもの。この人が、下級文官でいる方が変なのね)
そんなフレディを、どうにか重用したいと、あれこれ画策する殿下の気持ちもわからないでもない。
でも、重用したいのは殿下の意向であり、フレディの意志はどうなのか。
フレディを殿下の傍に留めておきたいからこそ、私との縁談が持ち掛けられたのだ。彼にとっては、縁談を受けることは、それだけで先々の道が狭まることになるだろう。
(私との縁談はあくまでも、フレディが殿下の傍で働き続けることを望まれてのもの。フレディが文官として働き続けたいと望まないのであれば、この縁談は白紙の方がいいのではないかしら)
私の婚約は、あくまでも私の家との兼ね合いもある。
フレディを紹介してくれた妃殿下を立てたいとは思うけど、フレディの意志なくして、了承するわけにもいかない。
カップに手を添えたまま、私は薄茶色の液体を見つめる。
「フレディは、殿下の補佐をやめたいのではないの」
「いや。すぐに辞めたら、殿下が困る」
「もう少し、もう少し、なんて言っていたら、どんどん辞めれなくなるわ」
「うん。もう遅いよね」
「私との縁談なんて、ダメ押しみたいなものじゃない。縁談を受けてしまったら、ますますやめることが難しくならない。
本心では、殿下の補佐を辞めたいと思っているのなら、妃殿下からの紹介と言えど、この縁談を受けない方が賢明ではないのかしら」
ちらりと私はフレディを見た。彼が、二度瞬きした。
「はっきり言うねえ」
はっきり言うも何も、殿下はフレディを今後も重用するために、貴族の娘に婿入りさせたいと目論んでいるのだ。殿下の側近を辞めたければ、まずは、貴族の娘との縁談は断るべきだろう。
「ルーシーを断ってもさ、あの子はどうだ、この子はどうだと始まるんだ。
今までは、実際に紹介されるまでは至らないが、一度、こうやって一人と会うとなったら、次も会うと考えられ、俺は流される可能性が高くなる。
断るのも骨が折れるんだよ。
俺の生家も特殊だから、下手な貴族とはあまり縁戚を結びたくないんだ。それこそ、実家に迷惑をかけるわけにはいかないからね。じゃあ、実家のつてで伴侶を探すかといえば、色々、俺の場合は難しいところがあるんだよ」
「よく分からないわ」
フレディの言い回しは、遠回りなところがあって、私には理解しがたいところがある。
「兄貴が、今日の夜、顔を出すように言っていただろう」
「ええ」
「黙って、つきあってくれたら、意味が少し分かるよ」
視線を落としたフレディが紅茶をくいっと飲んだ。
モーリスが料理を運んできた。
スープとパンに、前菜の盛り合わせだ。
メインの料理もすぐにお持ちしますと去って行った。
お腹が空いていた私は、たまらずに食べ始める。
前菜は、野菜をメインにハムやチーズが添えられており、一つ一つ小ぶりであっても、美味しかった。
冷たいスープは野菜で作られたと思えないほど甘みととろみがあり、柔らかいパンは暖かく、ちぎろうとするともちっと弾力があった。
噛むほどに味があり、パンだけでもいくつでも食べれそうな気がした。
「ねえ、フレディ。どれも美味しいのね」
「うん。俺が外食する時はここでしか食べない理由、分かるだろ」
「確かに。でもなんで、ここでしか食べないの?」
「料理は、裏でどんな仕事しているのか見えないから、どうしても、初めて行く店は行きにくいんだ。ましてや、文官になると朝から晩まで殿下の執務室だろ。新しい店を開拓する余裕なんてなくなることは目に見えていたからな。外れもあることを前提に食べに行くって余裕がなくなるんだよ。少ない時間は、なるべく有意義に使いたいものだろう。
それで、細かいことは全部モーリスに任せて、俺はオーナーに徹することにしたんだ。食べる方専門だな」
モーリスがメインの皿を持ってやってきた。
魚料理にクリームソースが添えられており、細やかに切り取られた野菜が色鮮やかに散りばめられ、添えられている。
見た目だけでも十分に華やかで美味しそうだ。
「モーリス、これで終わり?」
「いえ、パスタとデザートがありますが、急ぎますか」
「うん。いつもより早回しで、午後はちょっと慌ただしいから」
「かしこまりました」
ぱたぱたとモーリスが早足で下がっていく。
「モーリスさんって優秀なのね」
「優秀だよ。彼がいるから、事業が回っているようなものだ。俺が殿下の傍で働いていられるのも、彼がいるおかげだよ」
お腹が満ちてくると、心も落ち着いてくる。
「フレディだって、本当は殿下の傍ではなくて、こういう仕事をしたいのでは?」
「そうだね」
「私と婚約したら、それこそ、殿下から離れられなくなるわよ」
フレディの目がちょっと大きくなり、再び二度瞬きを繰り返した。
「うん。でもね、俺には俺の事情があって、それでも、やっぱり、ルーシーがいいんだよね」
にこっと笑ってそう告げるフレディの笑顔の意味は私にはさっぱりわからない。
(この人、本当に、なにを考えているのかしら)