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令嬢騎士と平民文官のささやかななれそめ  作者: 礼(ゆき)
『令嬢騎士と平民文官のささやかななれそめ』長編版
28/90

第18話:勘違いと思ったら、勘違いじゃない

「ルーシー? どうしたのかな」

 

 足がすくんでいる私の元にフレディが戻ってきた。

 あわあわする私は、震える指で彼の背後を指さす。


 フレディが私の指先を辿り、ゆっくりと振り向く。

 その先には、王都でも随一の宿泊施設がある。


 古い王城を改装し、国外の要人も利用する。貴族の結婚式場としても人気があり、冠婚葬祭どんなイベントにも、大小関わらず、対応することでも有名だ。

 庭も当時の様式を残し、中心部にありながら、歴史を感じさせる趣がある。

 そんな格式を有する建物に、こんな軽装で入る度胸は私にはなかった。


「ああ、勘違いしたんだ。大丈夫だよ、あそこじゃないから」

「えっ?」

 

 彼の背後を指さしていた震える指先を、フレディの手が包む。指から力がぬけると、彼の手が私の指を押し開き、互いの手のひらを合わせてから包みこむ。

 繋がった手がゆっくり降ろされると、私はフレディと手を繋いでいた。


「あそこ、王城の次に目立つもんね。勘違いしてもしかたないよ。

 俺たちが行くのは、あっちだよ」


 横をむいたフレディがくいっと顎を動かした。示された方向に視線が向く。


 宿泊施設の正門から左右に塀が伸びるものの、道沿いに再び建物が並び始めると、並ぶ建物の後ろ側に塀が潜り込んでいく。

 通りに面して建物が並び始める端に、三階建ての建物があった。


「俺たちの目的地は、一番手前の建物だ。そこの三階だよ」


 私はきょとんと目を丸くする。


「えっ? ああ、そうなんだ」


(そうよね。うん、そう。平民の文官。しかも下級文官の給料って、騎士の初任給並みじゃない。あんな高級そうな宿泊施設にいつもいく店があると思う私が早とちりなのよ)


 勘違いして驚いた私はドキドキする胸を撫でた。  


「さあ、行こうか」


 フレディは手を繋いだまま、歩き出す。さも最初から繋いでましたと言わんばかりに、自然に彼の手があたしの手を包んでいる。


(なんで、いつの間に手を繋いでいるのよ)


「フレディ!」

「なあに」


 びっくりしている私に向けられるフレディの笑顔に、私は次の言葉が出なくなる。


(もう、いいわよ。そもそもデートなんでしょ)


「……いえ、なんでもないです」


(驚いているうちに流されて、手まで繋いでいるって、なんなの……)


 フレディの手がちょっと開き私の手をもう一度包みなおした。今さら、振りほどくこともできなくて、仕方ないから、彼の手に沿うように指先をちょっと曲げた。


(無性に、恥ずかしいんですけど……)








 手を繋いだフレディと三階の建物を見上げる。

 横を見ると、塀に沿って並ぶ他の建物は二階建てばかりだった。


「この建物だけ三階で庭もあるのね、後は軒並み二階建てなのね」

「端っこの建物で、最近建ててるからね。三角形の土地が残っていたから、庭付きで建てたんだよ」

「一階はお菓子屋さんなのね」

「そう、二階がその菓子店が経営するカフェになっている。でっ、俺たちが行くのはこっちだよ」


 フレディに手を引かれて、私は来た道を少し引き返す。

 三階建ての建物の横には三角の土地に庭が作られていた。その三角の庭から建物の側面まで小道が続き、建物の側面には上階へとのびる階段があった。


 手入れが行き届いた綺麗な庭には、色とりどりの花が咲いており、枯れかけた花は毎日のように摘み取っている様で、咲き誇る花々はみな生き生きとしていた。


 菓子店も庭側に窓をもうけ、カウンター席を用意している。二階にももちろん庭側に窓があった。三階にも窓があるものの、高すぎて内部までは見えなかった。


 階段をあがる。上から降りてくる人と何人かすれ違う。

 忙しいランチタイムも終わりかけている。昼食を食べ終えた人が帰っていくのだろう。


 階段をのぼりきると、小さな空間があり、左右に雰囲気の異なる店の入り口があった。


 片方の店は扉が開かれ、なかから話し声がざわざわと流れてくる。壁には今日のランチメニューと値段が記されていた。

 私たちがよく利用する店の雰囲気とも近く、値段も手ごろだ。


(これぐらいの店なら一般的よね)


 平民の文官が行くなら妥当な店だ。一つの店しか行かないのも、ただ単に新しい店を開拓するのが面倒なだけかもしれない。

 なにせフレディは殿下の傍で働いており、忙しいのだから。


 フレディが握ぎる手がくいっと引かれた。


「俺たちはこっちだよ」

「こっち?」


 もう片方のぴたりと扉が閉まっている店へ私を引っ張ってフレディが入ろうとする。店の扉横に、譜面台のような台があり、紙が一枚挟まれていた。

 ちらりとその紙が目に入る。小さな文字は読めなかったものの、数字だけが目についた。


(桁が違う!)


 昼時でありながら、真向いのお店の十倍ほどの値段に私は目を剥いた。

 フレディは、店構えも値段も気にする風もない。


「フレディ、こっちって、どういうこと?」

「どういうこともなにも、こっちが俺が外食する時に来る店なんだ」

「でもね、でも。値段」

「ああ、あれね。一応、一般の人が間違って入らないように、色々分かるように出しておいているんだ」

「出しておいてるって?」


「だって、間違って入って、席に座ってからメニューを見て、びっくりさせたら可哀そうだろ。すいませんって出ていかなくちゃいけないのもさ」

「えっ? ねえ、どういうこと」

「基本的に、あっちとこっちは同じ店なんだ。あっちが一般用で、こっちが俺専用なの」

「えっ、ねえ、フレディ。専用って、どういう……」


 店内に入ると、もう一つ扉があった。ためらうことなくフレディが扉を開く。


 仄暗かった周囲が開け、視界が急に明るくなる。

 眩しくて目を細めた。


 徐々に慣れ、目を開くと、そこには、例の高級宿泊施設の庭園が窓一面に広がっていた。


 喉の奥で悲鳴がつぶれた。

 

(なんなの、この特等席!)


 

いつもお読みいただきありがとうございます。

ブクマ、昨日で、投稿前から比べ30増えました。ポイントでの応援も含め、心よりありがとうございます。

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