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令嬢騎士と平民文官のささやかななれそめ  作者: 礼(ゆき)
『令嬢騎士と平民文官のささやかななれそめ』長編版
27/90

第17話:お昼ご飯を食べに行くと

 朗らかな笑顔のフレディが軽やかに近づき、私の前に立つ。

 背の高い彼を見上げた私は、肩にかけた鞄の紐をきゅっと握った。


(どうしよう。緊張してきた)


 誰かと出かけるのも久しぶりで、どんな顔で、どんな話をしたらいいのか迷ってしまう。


「ルーシー、お疲れ様」

「いえ。私こそお待たせして、ごめんなさい」

「私も着いたばかりですよ。同じ時間に退勤しているんですからね」

「そっか、そうですよね」


 待たせてなくて良かった。ほっとする。

 横に立ったフレディと並んで歩き始めた。


「ところで、お昼はまだですよね」

「はい。妃殿下にお茶をお淹れしてすぐ出てきましたので……」

「私も、ギリギリまで書類を眺めてまして、食べていないんです。

 まずは近場で食事にしましょう。なにか食べたいものはありますか? 好き嫌いもあれば、先に教えてくれると嬉しいです」

「いいえ、とくに好き嫌いはないです」

「それは良かった」


 正門を背に進むと大通りに出る。平日でも道行く人は多い。

 道沿いには、値段を気にしなければ、一通り必要な品は手に入る多様な店が並ぶ。

 料理店が散見され、いくつかの店には入ったことがあった。


「ルーシーも外食する機会はあるのですか」

「ありますよ。騎士の同期で集まる時はよく利用します」

「へえ。貴族の方でも、こういう場に来るんですね」

「卒業したての時期は薄給ですし、友人の屋敷だと何かと気を使うので、集まる時は外にするんですよ」


 話しているうちに可愛らしいオープンテラスのカフェは通り過ぎた。


(男性なら、ああいう雰囲気の店はないか)


 ちょっと名の知れた料理店が見えてきた。そこのランチタイムにもまだ間に合う時間帯だ。


(あの店、夜はそこそこの値段するから、ランチは割安でけっこういいのよね)


 あの店あたりに入るのかなと思っても、あっという間にそこも通り過ぎた。

 ちらりと横を見るとフレディはまっすぐ前を向いている。左右に目配せする気配もない。


「フレディ?」

「なに」


 呼ぶと、穏やかな表情で私を見た。


「近場の店に行くのでしょう。もう、何軒か通り過ぎてしまったわ。この先も数軒、飲食店が見えるけど、目的地があるなら、どこか教えてもらえないかしら」

「ああ、ごめん。私がいつも外食に利用する店は一つしかないものだから。先に目的地を伝えたら良かったね」


「フレディの行きつけのお店に連れて行ってくれるの」

「まあ……、そんなところかな」


 ふっとフレディが空に視線を投げる。

 じっと青空に向けてから、再び私を見た。


「俺、基本的に、そこしか行かないんだ」


(俺?)


 突如、一人称が変わった。


「色んな店があるのに?」

「うん」


 フレディがにこにこと笑う。

 人懐っこい砕けた雰囲気が漂い、私は彼をまじまじと見上げてしまう。


「一人称、『俺』に変わりましたね」

「気づいた?」

「気づきますよ」

「職場じゃないし、いつまでもかしこまっているのもなんだよね。今はプライベートなんだし」


 言葉遣いも変わった。


「ちょっとびっくりしました」

「職場だと、周囲の目もあるからね。一応、平民だし、わきまえてえおきたいんだ。それとも、しゃべり方気になる?」


 殿下に望まれて働いているとはいえ、職場ではなにかと気を使うこともあるのだろう。


「いいえ。

 私的なひと時ですし、こんな時までかしこまっていては、逆に疲れそうですもの。フレディが楽なら、それでいいですよ」

「ありがとう」

「昨日、会ったばかりの人だもの。知らない一面がいっぱいあって、当然だわ」


 まっすぐ彼の目を見て告げると、嬉しそうに笑った。


(なにが嬉しいのかしら)


 フレディの仕草や表情の意味はよくわからない。


「俺も久しぶりのまとまった休みなんだ。いっつも殿下の執務室で書類とにらめっこしているからさ。今日と明日は、ルーシーと羽を伸ばすよ」


 妃殿下付の近衛騎士に抜擢されてから、休みはとっても、遊びに行くことはなかった。フレディだけでなく、私も羽を伸ばすのは久しぶりだ。


「私も休日に目的もなく過ごすのは珍しいです」

「出かけたりしないの?」

「どうしても、休日だと思うとゴロゴロしたくなるんです」

「違いない。買い物はどうするの?」

「大通りは近いですけど、値が張るでしょう。入用な物があれば、ちょっと遠出して、平民街まで行くようにしているんです」

「その辺は堅実なんだね」

「寮費が給与天引きされているので、屋敷にいた時より手取りが減ってますからね。堅実にもなりますよ」


 ふっとフレディがふきだし、こぶしを口に寄せて笑い出した。

 いきなり笑われ、私はかっと頬が熱くなる。


「なっ、なんで、そこで笑うんです?」

「なんでって。貴族のお嬢様と話しているより、普通の女の子と話しているみたいでね」

「これが普通ですよ。貴族でも肥沃な耕作地を管理する領地や鉱山を保有する領地をもつ有力貴族ならいざ知らず、うちの名産なんて、茶葉、ですよ。羽振りがいいわけないじゃないですか」


 細めた両目で私を見て、フレディは口元をほころばす。


「そりゃ、そうだ」

「貴族だって、領地を手放した家もちらほらあり、ピンからキリまでありますからね。貴族だから、誰もがお金持ちというわけではないんですよ」


 ちょっと口をすぼめて、私はフレディを軽く睨んだ。


 フレディがふっと前を見た。視線につられて私も前を向く。


「あっ、ついた。ここだよ、ここ」

「ここって……」


 私の足が止まる。


 そこは王都でも有名な宿泊施設。

 大きな門の向こうに、庭園に囲まれて、城がそびえている。


「フレディ!」


 数歩進んだ彼が振り向いた。


「ここって……」


 フレディが小首をかしげる。


「お腹空いているでしょ。早くいこう」


 彼はそう言って手を差し伸べてきた。


(待ってよ。そこに、シャツとパンツの軽装で入る度胸はないわよ)


 青くなる私に怪訝な表情をフレディは浮かべた。




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