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令嬢騎士と平民文官のささやかななれそめ  作者: 礼(ゆき)
『令嬢騎士と平民文官のささやかななれそめ』長編版
26/90

第16話:半休申請が通ったのはいいけど服がない

 昼近くなり、私とフレディは部屋を出た。入れ替わりで、片づけるための侍女が入ってくる。

 私たちを見て、彼女は不思議そうな顔をした。


 誤魔化すように軽く会釈をして、そそくさと立ち去る。


 妃殿下の元に戻ると、昼食の準備が整っていた。

「お待たせして申し訳ありません」と断り、いつも通り、お茶を淹れる。所作手順は慣れており、間違うことはないが、心はふわふわとし、どこか上の空だった。


(実家に行くのは三日後。明日から二日間、午後に急なお休みなんてとれるのかしら。人の配置だってあるでしょうに……)


 フレディが何を考えているか。私はいまいちつかめなかった。

 明日と明後日は二人で出歩くとして、しあさっては私の実家に挨拶する。大まかな予定はたっても、二人でどこに行くのか見当もつかない。


(平日に出歩くなんて、いつぶりだろう。ましてや、男性と出かけるのも、二年ぶりぐらいかしら)


 表向き妃殿下につつがなくお茶を出していながら、フレディのことが気になって仕方ない。


 好きとか、嫌いとか。そういう感情は見えない。ちょっと話しただけでは、彼がどんな人か分からなかった。穏やかそうに見えるのに、最後にちらりと見せた一面はそんな見た目とはかけ離れていた。


「どうしたの、ルーシー。ぼんやりして」


 覗き込む妃殿下が、手のひらをふる。


「あっ、妃殿下。すいません……」

「フレディのことが気になるの」

「いや、えっと……。そういうわけでは……。ただ、彼が明日と明後日、午後休みましょうと言い出しまして。どうしたものかと……」

「あら、それはいいわね。二人で出かけるの」

「そのように彼は言っていましたが、そんな急な半休申請が通るものでしょうか」

「その辺は、大丈夫よ。殿下に任せておけばいいの。心配しないで」

 

 


 夕刻、女官長が直々に妃殿下の元を訪ね、私の午後半休の申請が入ったことを知らせに来た。

 妃殿下の了承を取り付け、私の二日分の休みが確定した。

 急な休みは困ると言われることもなかった。


(殿下の指示で申請が入ったのね)


 こんな私的なことに権利を乱用しても良いものかと思ったが、殿下にとって、フレディの置かれている状況は重要なことなのかもしれない。

 ここまで来たら三日間、彼がどんな人なのか知るために、真剣に向き合わないと。


(結婚となれば、一生だもの。祖母や母に紹介する前に、どんな人か知ることは大事よね)


 仕事を終えた私はうんうんと一人頷きながら、寮に戻った。






 寮の食堂で夕食を食べ終え、共同風呂で汗を流して、自室にこもる。

 寝間着に着替えて、タオルで髪を拭きながら、クローゼットを開けた私は固まった。


「服がない!」


 寮に入るのは半年の予定だった。しかも、その期間は仕事中心で過ごそうとしていたため、仕事着と寝間着、簡易のシャツとパンツという最低限の衣装しか揃えていなかった。


(フレディはデートと言っていたのよ。なのに、スカート一枚ないとは……)


 今さらながら、この半年間、私がいかに、色気のない生活をしてきたか痛感する。そのつけが、最後の最後で怒涛のように襲ってきたようだ。


 とりあえず、身ぎれいに見える服を、ばさっとベッドの上にハンガーごと投げる。


 ベージュとグレーのパンツに白いシャツ二枚。

 出歩くときは、一人という想定しかしていなかったことをありありと見せつけた。


 私は両手で顔を覆った。


「どうしよう……」


 デートに行ける服がここにはない。

 すでに夜半。実家にとりに行く時間もない。濡れそぼった髪で夜中に出歩く度胸はない。


(早朝早く、実家に戻る? 無理よ無理。だって、そしたら、遅刻しちゃう。無理な午後半休の申請が通されているのに、その日に限って、遅刻なんてできない)


 それなりに、小奇麗な恰好で行くしかない。

 にしても、こんな格好で現れたら、どれだけ、男っ気がなかったのかというのがばれちゃうわよね。

 

 隠しても仕方ない。

 明日はベージュ、明後日はグレーのパンツと履き替えていくしかない。


(実家に戻る時は仕事着でいいけど、フレディを連れていくなら、考えないとダメかしら。

 夕刻、フレディと別れたら、急いでどっかで衣装を揃えた方がいいかも……)


 ベッドに投げた衣類を持ち上げ、見比べる。

 ため息が出た。考えてもないものはないのだ。

 クローゼットに戻し、仕方ないので、そのままベッドに潜り、私は寝てしまった。





 翌日、出仕すると、妃殿下が楽し気に報告してきた。


「今日のお仕事は、お昼は私のお茶を淹れるまでよ。

 お茶を淹れてくれたら、仕事着から私服に着替えて、お出かけしてね」

「よろしいのですか。食後のお茶が冷めてしまいます」

「いいのよ。今日は私の侍女の大事な一日ですもの。私のお茶よりずっと大事だわ。

 フレディは、王宮の正門で一時に待っているわ。一時間あれば十分準備出来るわよね」


 寮に戻って着替え、王宮の正門へ向かうルートを脳内で振り返る。時間的にはギリギリかもしれない。


「わかりました。お茶をお淹れしましたら、すぐに戻らせていただきます」

「うん。楽しんできてね、ルーシー」


 昼時。

 お茶を淹れた私は、華やかな笑顔に見送られ、寮に戻った。




 

 寮の部屋にて、クローゼットから、ベージュのズボンと白いシャツを出す。これしか持ち合わせがない私に、虚しさを覚える。


 仕事一辺倒で走ってきたおかげで、気持ちは落ち着いても、新たな出会いを受け入れる準備はまったくできていなかった。


(そもそも、半年の期限。最後の最後で、こんな展開が待っているなんて思ってもみなかったもの)


 妃殿下から男性を紹介されるなど、想定外だ。

 



 

 シャツとパンツに着替えて、肩にひっかける小さな鞄に貴重品だけ詰め、急ぎ私は寮を出る。

 早足で駆け抜ける。空は青く、風も心地よい。

 王宮の正門前に着いた。周囲を見回す。


 門から少し離れたところに、塀を背にしたフレディがいた。両手をぶらりと下げて、空を見上げる彼は、眩しそうに目を細める。


(綺麗な立ち姿)


 彼もまた、シャツとパンツという軽装だった。


(良かった、服装のつりあいはとれそう……)


 フレディが顎を引く。片手を口元に寄せ、まるであくびを噛みつぶしているかのような仕草をする。


 どう声をかけたらいいのだろう。惑う私の歩みが遅くなる。


 あと数歩というところで、足が止まりかけた。

 気配を察したフレディがこちらを向く。


 グレーの綺麗な髪が風になびき、彼の目元が和らぐ。

 陽光に照らされた笑顔は、初対面の印象そのままに優しそうだった。 



いつも読んでいただきありがとうございます。

ブクマ、ポイント、心よりありがとうございます。多謝。

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