第11話:お見合い相手と初顔合わせ
「それに、ルーシー。あなたは仕事が好きでしょう」
妃殿下がぱっと晴れやかな表情に変わる。
「恋愛結婚より、お見合いが丁度良いのよ。このまま働いていたら、恋愛に時間を割く気はおきないでしょう」
まったくもってその通りだ。
私は呆れてしまう。
そこまで読まれている分かりやすい私に対してと、先々を見通しながらもそれを悟らせない妃殿下の微笑みが張り付いた鉄面皮に。
「ジュリエット様はなにを考えていらっしゃるのでしょうね」
妃殿下はふふっと笑う。
「あら、私は、自分に近しい侍女が独身でいることが心配なだけよ」
「先ほど、私を乳母にしたいとおっしゃられましたよね」
「それは願望ね。あなたの子どもと私の子どもが一緒に育ったら、とても楽しそうだわ。男の子同士で乳兄弟がいるのは、憧れるでしょう」
「うまくいかないかもしれませんよ」
「夢を見るのは楽しいわ。あなたの子どもと一緒に育って、良い友達になれたら、願ったりよ」
無邪気に笑う妃殿下。その晴れやかな表情からは、彼女の深い真意は読み取れない。
呆れる私の口角が自然とあがる。
王太子妃の見据える先に一緒に行ってみるのも面白い。
「では、王太子妃様のお望みのままに」
「私、あなたのそういう聡いところがとても好きよ。色々思惑もあるけど、一面においては、ただの好意でもあるのよ。三日後に登庁する時には、紹介できるように準備しておくわね」
会話は終わり、再び柔軟運動を始めた。
その日はいつも通りの仕事を終え、寮へ帰った。
翌日と翌々日は、久しぶりの二連休だ。初日の午前中は、ゴロゴロと寝て過ごし、食べてから、また寝てすごした。
晴れやかな気持ちだった。
ふられた時は痛かったけど、もう辛くない。突拍子もない妃殿下の話もちゃんと受け止めている。祖母に婚約者をすすめられた時は、待って、と叫びたかったけど、今は、そろそろいいかも、と思えるようになった。
私の受け止め方が変わったんだ。
(気持ちが整理出来てからつながるご縁か……)
心配なのは、私が仕事をし続けてもいいかどうかってことよね。
その辺は、相手がどんな考えの人か、ちゃんと話さないといけないわ。
三日後、登庁した私を妃殿下は晴れやかな笑顔で歓迎した。
「待っていたわ、ルーシー。さあ、お見合い相手に会いに行きましょう」
(まっさきにこれ?)
若草色に着飾った妃殿下が手を差し伸べる。
その手を取るわけにもいかない私が困惑していると、妃殿下の手が伸びて、私の片手を包み込んだ。
目の前に、妃殿下の両手に包まれた手が掲げられる。これには私も目を剥いた。
「ジュリエット様!?」
「さあ、行きましょう」
「行くってどこに!?」
「もちろん、王太子殿下の執務室よ」
「殿下の執務室! お見合い相手に会うのになんでですか!!」
「心配しないで、大丈夫だから」
「大丈夫って、なにがですか! ジュリエット様、ねえ、ああ……、どこに……」
悲鳴をあげる私を攫うように連れ出した妃殿下はずんずんと廊下を進む。
そのまま王太子殿下の執務室の扉前まで来てしまった。
(朝っぱらから、なんで、こんなところに来ているの)
妃殿下の勢いは止まらない。すぐさま扉をノックして、「殿下、いらっしゃるなら、入ってもよろしいですか」と問いかける。
心の準備が整わない私は一人あわあわしてしまう。
返答を待たずに、妃殿下は扉を開けた。
待ってという間もない。
その瞬間、私は凍り付いた。そこには執務用の机に向かって書類を広げ、仕事をする王太子殿下がいた。机の横には、補佐をする文官もおり、二人が一斉にこちらをむいている。
緊張が足先から立ち上り、肩が強張った。
(なんで、なんで、こんな仕事中の殿下の元に連れ出されるの! 私のお見合いの話ではなかったの? お見合いに、なんで殿下が関わるの!?)
理解できないまま、ぐるぐると混乱する私をよそに、妃殿下は殿下に朗らかに話しかける。
「殿下、ルーシーを連れてきたわ。フレディもいるわね。良かったわ」
「ジュリエット、よく来たね。君が来るから、私も急いで午前の仕事を片付けていたよ」
殿下は立ち上がり、妃殿下の元へと近づいてゆく。
「場を変えよう。近場の応接室に面会用の部屋を用意している」
「ありがとうございます、殿下」
「いいんだよ、ジュリエット。フレディに貴族の娘を紹介したいと思っていたんだ。まさか、ジュリエットから良い娘がいると紹介してもらえるとはね、どこで縁がつながるか、分からないものだね」
「本当に、そうですわね」
妃殿下の前に立った殿下がちらりと私を見た。
どきりとした私は、侍女らしく足をそろえ、手を腹に重ねて、深々と頭を下げた。
(殿下が絡むってことは、今回の婚約結婚の話は、王太子妃独自の判断ではないのね!)
思った以上にことが大きいのかもしれないわ。
だって、殿下は言ったもの。『貴族の娘を紹介したいと思っていたんだ』と。
これは、一体どういう背景があるの!
心音が大きくなる。握った手が汗ばんできた。
「頭を上げて、礼はいらないよ。席はこちらに用意してある、ついて来てほしい」
王太子の言葉に私は素直に従う。
王太子殿下に導かれ、妃殿下とともに別室へと移動する。殿下の後ろに妃殿下と私が続き、その後ろから、殿下とともにいた男性文官がついてきた。
程なく到着した別室は、そこそこ広い歓談用の部屋であり、壁には絵画が飾られ、ピアノやハープという大型の楽器がいくつか隅に置かれていた。
部屋の中央にはソファ席があり、そのテーブルの上には、菓子類が飾られている。すぐ横にワゴンがあり、お茶を淹れるセットも用意されていた。
私は瞬いて、妃殿下を見た。殿下が振り向き、腕を組む。
妃殿下が悪意一つないと言いたげな、微笑みを浮かべる。
「ルーシーに紹介したいというのは、私たちの後ろにいる男性よ」
ばっと私は振り向いた。
後ろからついてきた男性は一人しかいない。彼は殿下の仕事を手伝っていた人であり、殿下の侍従のようについてきた人だ。
私は彼をまじまじと見てしまう。
背の高い、グレーの髪色にブラウンの瞳をした、見慣れない男性がそこにいた。
すかさず、王太子妃が立っている男性を紹介する。
「殿下の補佐をされているフレデリック・フォーテスキュー氏よ」
紹介された男性は私に軽く目礼した。




