第3話:王太子妃と初顔合わせ
王太子妃付の近衛騎士としての仕事内容を一通り教えられてから、王太子妃との初顔合わせとなる。そこから、事前に説明と指導を受けていた業務内容を、前任者が見ている前で一週間ほど滞りなくこなすことができたら、引き継ぎは終了する。
騎士姿で出仕した私は更衣室で、侍女の制服に着替えて職場に出た。
王太子妃付の近衛騎士は、日常から女性王族を護衛するため侍女に擬態する。スカートのなかにガーターのような皮ベルトを着用し、左右に短刀を隠しもつ。
スカートのポケット部分の口が通常の制服より広くなっており、実はそこが穴になって開いている。手を突っ込むと、短刀の柄を掴みあげれる仕様であり、いざという時に抜刀できるようになっていた。
それ以外は、一般の侍女と変わりがない。同じ騎士でさえ、知らなければ侍女と見紛う。
身重の前任者に「王太子妃様の前で粗相しそうになった時だけフォローするから、すべてあなたに任せるわ。教えることは教えているもの。その通りこなせば、大丈夫よ」と優しく背を押され、王太子妃の部屋へ向かう。
初日であるため、女性職管理の長たる女官長も同行する。
女性の近衛騎士は特殊で、近衛騎士団長から女官長の管理下へ出向する形がとられている。私の直属の上司は、近衛騎士団長から女官長にかわった。
女官長と前任者と連れ立って、私は王太子妃の前に並んだ。
柔らかな淡雪のような髪色にサファイアのような青い目をした、王太子妃ジュリエット・トワイニング・クリムフォードは、二十二歳でありながら、円熟な女性にも、儚げな乙女のようにも見える。
(これで、私と二歳しか違わないのよね)
まばゆい美しさに私は言葉を失う。北の辺境伯の娘であり、王太子がその美貌を見初めたという話は有名だった。
女官長と前任の近衛騎士が挨拶し、私の番になる。事前に用意していた挨拶を、緊張したまま、なんとか告げた。
王太子妃が微笑みかけてくる。
その美しい面に、同性ながら、ドキドキしてしまう。
「緊張しなくていいわ。よろしくね」
「よろしくお願い致します」
かしこまった返答に妃殿下は頬に手を寄せて、困り顔を浮かべた。
「そんなに緊張されないで、せっかく傍にいつもいてくれる方なの。仲良くできるように、年の近い子がいいとお願いしたことを、女官長や近衛騎士団長が配慮してくれて、とても嬉しかったのよ。あとは長く勤めてくれそうな方ね。すぐに変わってしまうのは悲しいもの。仲良くしてね、ルーシー」
「はっ、はい。よろしくお願いします」
気安く名を呼ばれびっくりした。
遠目から見れば雪深い辺境から訪れた雪の精のようであり、その立ち姿はどこか近寄りがたい。気品漂う高潔な方という印象を持っていた。
にもかかわらず、目の前にいる王太子妃は愛くるしい笑みを浮かべ、感情豊かに笑い、話す。まるで、普通の女の子だ。黙っている時と、動き話す時の印象が違いすぎる。
「緊張しないで。なんて言っても、初日だものね、難しいわよね。いいのよ、じきに慣れるわ」
(美しさと愛らしさが両立する女性。こんな女性が本当にいるものなのね)
女であるとか男であるとか、そんな垣根を越えて、人を魅了する美しさをもつ妃殿下に私は見惚れてしまった。
挨拶を終えた女官長が退室し、前任者と共に残された私に、王太子妃が笑いかける。
「早速だけど、お茶を淹れてもらいたいわ。私、お茶が大好きなのよ。毎日数回は淹れてもらうことになるわ。これは私の侍女として一番大事な仕事なのよ」
「かしこまりました」
ちらりと前任者をみると軽く頷く。
それでいいという意味だ。事前に教えられていた通り、隅にあるティーセットを用いて準備する。
騎士養成機関でも、女性騎士は侍女教育を受ける。日常から女性王族をより身近に威圧感なく護衛できるように、男性とは少々異なるカリキュラムが組まれていた。
テーセットが置かれたワゴンの下段には多種類の茶筒が置かれていた。
(茶うけがない時は、熟れた桃の香りがするお茶を好まれるのよね)
いくつか開いてみて、香りを確かめる。数個目の茶筒から熟れた桃の香りがしたので、台にのせた。
大型の保温ポットに入ったお湯をそそぎ、温めたティーポットから湯を捨てて、茶葉を入れる。そこに勢いよくお湯を入れた。茶葉が躍り、沈む間、蓋をして、待つこと数分。色づいた液体をカップに注ぐ。
今までかいだことがない、熟れた桃を連想させる香りが立ち上った。
おぼんにのせて、王太子妃にお出しする。
王太子妃はティーカップを手にして、香りを楽しむ。
「良い香りだわ。とても、甘くて、良い香り……」
口元をほころばせ、両目を細くし王太子妃殿下に、私はほっと内心胸を撫でおろす。
前任者より、茶葉が数種類用意されている説明は受けていた。殿下や客人が訪れる時は、薫り高い茶葉で紅茶をお出しし、茶うけの時は妃殿下のご希望を伺う。紅茶だけを堪能する時は、熟れた桃の香りがする紅茶を好まれているのだ。
私は、ちゃんと教えられた通りにできた。ほっとする。
「ルーシーはお茶を淹れるのがとてもお上手ね」
「恐れ入ります」
「あなたを選んで本当に良かった。今日から毎日、お茶を淹れてもらえると思うと、とても嬉しくなるわ」
「もったいなお言葉です。お褒めいただき、心よりありがとうございます」
かしこまってしまう私にも、妃殿下は優し気に微笑んでくれる。
(とてもお優しい方で良かった)
緊張しながらも、初の顔合わせは無難に終わった。
王太子妃の言葉はお世辞でも嘘でもなかった。
お茶の淹れ方を毎回褒めてくれるようになり、あげく「ルーシーに毎日、淹れてほしいぐらいだわ。次の私の担当はいつなの?」と言われるようになった。
職場も王太子妃の意向を優先し、私が妃殿下の傍にいる日数が徐々に増えていった。
三か月経つ頃には、「ルーシーがいないとお茶の時間がどこか寂しいわ」とこぼされるようになり、ますます私の立場は強固になる。
落ち目とはいえ、武門を誇る伯爵家の長女に相応しい立場に、周囲も自然と納得した。
思わぬ多忙さに目を丸くするものの、忙しさに絡めとられているうちに、マシューのことや婚約のことを、私はすっかり忘れてしまった。
忙しいことに私は助けられていた。




