第6話 リベンジャー
「出せー!デルを吐き出せー!」
聖は幾度となく繰り返した特訓で染み付いた得意の連撃を繰り返した。
一撃、二連撃、三連撃。
攻撃には重心のブレも迷いもなく、しっかりと全身の力が攻撃に乗っている。
自分で感じる事が出来る程、聖は特訓以前よりも数段パワーアップしていた。
しかしバグスライムはヌルリと動いて、連撃を全て躱す。
───ブバァァァァァ!
バグスライムがもう一度けたたましく吠えた。
肌がビリビリと震え、聖は今までに感じたことのない感情を覚える。
その瞬間、聖の"戦意"はかき消された。
それはそれは火事の中に突撃した時にも、スライムと初めて対峙した時にも、デルと手合わせをした時にも感じる事は無かった、腹の底から感じる圧倒的な"恐怖"。
自分の一挙一動の間違い全てが死に直結すると、聖の本能は悟った。
怖い
足が震え、脳が上手く回転しない。
汗が体の穴という穴から吹き出している。
こちらは生身の人間、向こうは化け物。
明確な殺意を向けられた聖は恐怖で体が強張り、足が一瞬止まってしまった。
その隙をバグスライムは見逃さなかった。
体の一部を変形させ鞭のようにしならせると、聖の胴体へ叩きつけた。
「がぁっ!」
木の棒では防ぎきれず、聖の右脇腹に鈍い痛みが走る。
そしてそのまま4,5メートル吹っ飛び、聖は苦しそうに顔を歪めた。
「ちくしょう、ゲホッ、いでぇなこの野郎」
この一撃で聖のあばら骨は2本折れていた。また全身を地面に打ち、頭が重い。恐怖で足に力も入らない。
呼吸は不自然なリズムを刻み、スライムの唸り声と「コヒュー、コヒュー」という聖の呼吸音が平原に響いている。
人間は脆い。この世界で生き抜くには脆過ぎる。
人間は逃げる。辛いことから直ぐに目を背けてしまう。
人間は臆病だ。1度心が折れた人間は中々立ち上がれない。
「あーっ!痛てぇなぁ、立ちたくねぇなぁ。こんなバケモンに俺勝てんのかなぁ」
「痛いし、怖いし、もう諦めて逃げてぇわ!ははは」
聖はそのまま仰向けで空を仰いだ。
その日の空は残酷なほど真っ青で、雲ひとつなかった。
聖の心は折れた。
この世界で、化け物達が蔓延る異世界で、ただの人間には生きるのも命懸けだ。
歴代の転生者はスライムだろうがバグスライムだろうが、てこずる事など無かった。
ヒーローのように颯爽と現れ、魔王軍を追い詰める。地を砕き、海を割り、風を裂くような強さで。
もちろん聖にそんな力はない。小さな、小さな人間だ。
だが稀に、そんな脆くて、逃げて、臆病な人間の中でも僅かながら……何度も何度も立ち向かえる人間がいる。
「でもなぁ……勝ちてぇんだよなぁ、お前に。
スライムにずっとやられっぱなしで、腹立ってんだよ」
勇ましい者、それが『勇者』
額から流れる血を手の甲で拭い、聖は少し笑いながら立ち上がった。
「まずは……落ち着かねぇとな」
聖は、舌なめずりをして捕食体勢に入ったバグスライムから距離をとり深呼吸をした。
「すーー……はーー」
脳に、全身に、新鮮な酸素が送られて、聖の体は正常な働きを取り戻していく。
(落ち着いて、戦うんだ。諦めんな、頭をブン回せ)
聖の眼から怯えた色が消え、決意の炎が燃え盛る。
いつしか体の震えは無くなり、頭はクリアになっていた。
今の聖を突き動かすもの。
それは卒業試験に合格したいという『やる気』ではない。もちろん、痛みで頭がオカシくなった訳でもない。
この世界に来てから、負け続けたという純粋な『悔しさ』。
負けず嫌いの聖の脳みそが、痛みや恐怖心を『悔しさ』で塗り替え、頭の中は脳汁でダブダブに溢れかえる。
───ブバァァラァラァ!!
弱った聖を喰らう為、歯をむき出し、涎を散らしながら雄叫びを上げるバグスライム。
ズルズルと地面を這いずり、徐々に聖との距離を詰める。
その間にも、聖の頭は回る。
(このバケモンの特徴、見た感じだと体の『変形』と『硬質化』。体をムチみたいに変形させて近、中距離の攻撃をして来る。そんでもって接触する部分を固くして敵を攻撃。うーん、これどう倒すんだ?棒で殴っても硬質化されたら効かねぇし、そもそも俺普通のスライムすら倒し方知らねぇんだよな)
回る、回る。しかしバグスライムは止まらない。
もう待てないと言わんばかりに大きな口を開け、バグスライムは聖に飛び掛った。
ギザギザと生え揃った歯が、宙でギラリと恐ろしげに輝く。
「危ねぇ!」
間一髪で避ける聖。
「あっ!」
瞬間、聖の眼はしっかりとバグスライムの弱点を捉えた。
それはバグスライムが大口をあけたときにチラリと見えた、体内で僅かに光る球体。
聖はその球体をスライムの核であると確信した。
いや、そう信じるしかなかったのかもしれない。
食事が邪魔された事に腹を立てたバグスライムは、もう一度臨戦態勢を整える。
体からは形質変化によって作られた触手が4本生えており、ヒュンヒュンと空気を裂く音が響いている。
(恐らく、次のやり取りが最後のチャンス。痛みと恐怖心がぶり返したら、こんどこそ俺は立ち上がれないかもしれない。次、このバケモンが動いた瞬間、核をぶっ壊す!でもどうやって?)
回る、回る。聖の頭はフル回転する。敵の性質、特徴、自分の強み、武器、環境。
全てを考慮し最善の立ち回りを練るも、どれも上手くいくとは思えないような机上の空論ばかりであった。
ただ一つ、たった一つだけ、勝てるかもしれない案が浮かんだ。
危険な賭け、相討ち覚悟。ただし最も成功率が高いと思われる聖の導き出した最善の答え。
「これしかねぇよな……」
迷っている暇はない、覚悟は決まった。
最初のバグスライムの攻撃で半分程の長さに折れてしまった棒を、聖はギュッと握った。
いつしか周囲の物音は聞こえなくなり、バグスライムの動きが手に取るように分かる。
(あとちょっと、あいつが前へ動き出した瞬間!)
───ヴヴヴヴヴゥ……
バグスライムの体が震えだす。ギョロギョロと大きな目を動かし、視界を聖へと定めるのが分かった。
まだ、まだだ……。
バグスライムが前傾姿勢をつくり、大きな歯を食いしばる。
まだ、まだ……まだ!
次の瞬間、バグスライムが4本の触手を物凄いスピードで聖へと放った。
同時に、聖の脳が、腕へ、胴へ、足へ、『前へススメ』と叫びを上げる。
全身へ急速に信号が伝達し、聖の筋肉が弾む。
「おらァァァ!」
聖は大きく前へ足を踏み出した。
今回はバトルシーンが多く、書いていて非常に楽しかったのを覚えています!
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