表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
4/19

第2話 ヒーローは敵対する

「いてて……」


体がまだフワフワと不思議な感覚がする。目を開けると美しい木々の緑が目に映った。

手をついて体を起こす。下には鮮やかな、そして見たことない草花が生い茂っており、聖の体を優しく支えている。

どうやらここは小さな丘の上らしく、見渡す限り壮大な緑が広がっている。美しい景色に澄んだ空気、体の調子も次第に良くなっていく。


「ここが……異世界!」


異世界転生は無事に成功したようだ。聖は安堵のため息を小さく漏らす。そして胸の前で拳をきつく握りしめた。


「俺は絶対、ヒーローになるぞ」


天気は快晴、心地よい風が吹き聖の髪を優しく揺らす。新たな旅立ちに聖の心は踊った。


「取り敢えず……近くの街を探すか」


やはり、まずは情報収集が肝心である。今自分はどこにいるのか、言葉はそもそも通じるのか、魔王軍の状況、武器の調達に旅の用意。

街の人々と話し、交流することで得られることは大きい、それに必要最低限の物を手に入れなければと聖は考えた。


「よし、行くか!!」


おもむろに立ち上がり、服に付いた草を軽く払うと、聖は大きく一歩を踏み出した。これからの長旅の、最初の一歩。聖は街を目指し小丘を下り始めた。


「いでっ」


が、直ぐにつまづいた。あんなにカッコつけたのに……。


「あいたたたた、ってぅお!」


軽く擦れた額を擦りながら起き上がると、つまづいたであろう場所に真っ白な小包を見つけた。

中を見ると、金貨がギッシリと詰まっている。どうやらトインケとパイリが渡し忘れ、咄嗟にゲートに投げ込んだに違いない。

聖はそれを拾い制服のズボンのポケットへとしまった。これでひとまず"飢え死に"という最悪のENDは回避出来た。


「気を取り直してっと」


聖は立ち上がりもう一度歩き出す。金貨をジャリジャリと音を鳴らしながら、街を目指して先を急いだ。



◇◇◇◇



小一時間ほど歩いただろうか。聖は遠目に青色の物体が動くのが見えた。


「もしかして……!」


聖の足は自然と早くなる。早く、早く()()が見たい!

息を切らしてその物体がいた所に辿り着くと、そこにはスライムがいた。体がは美しい花浅葱で、つぶらな瞳がなんとも愛らしい。


「すげぇ……本当にスライムだ!」


スライムといえば昔からファンタジーの雑魚敵の筆頭格。どんな勇者もまずはスライムを倒し、Lvをあげるのだ。

聖が当たりを見渡すと、自分の腕の長さほど、太さもそこそこの木の棒が落ちていた。

聖がその棒を軽く振り回すと、棒はブンブンと気持ちのいい音をたてた。


「よし……!」


聖は棒をギュッと握りしめ、スライムを真っ直ぐ見つめた。

可愛い見た目をしているがコイツは魔物。倒さない事にはLvは上がらず、先に進めない。


「おりゃぁぁぁぁ!!」


聖は棒を振りかぶり、スライムに向かって一目散に突進した。近づくや否や、すぐさま棒を力いっぱい振り下ろす。


(もらった……!)


聖はニヤリと笑った。しかし次の瞬間、スライムはヌルリと攻撃を躱し、棒を伝って聖の体を這い始めた。


「どわぁ!てめぇ、離れろ!」


慌ててスライムを体から払おうとする聖。しかしスライムはそれすら器用に躱してヌルヌルと這い続ける。


「しっしっ!あっちへ行k」


聖の抵抗も虚しく、スライムは首筋をヌルリと伝い、聖の頭部を自身の身体で覆った。


「モガモガモガ……」


聖は精一杯藻掻くも、スライムは中々離れない。


(やべぇ、呼吸が出来ねぇ……。俺、スライムなんかで、こんな序盤で死ぬのか?)


(苦しい、ちょっとホントにヤバいぞ!冗談抜きで死ぬ!死ぬ!)


気を失うすんでのところで、スライムは満足したのかトゥルンと聖の頭部から離れ、近くの森へと入っていった。


「ガハッ、ゴホッ……ハァハァ」


「マジで死ぬとこだった……」


聖は肘と膝を地面について四つん這いになりながら、苦しみと悔しさに顔を歪めた。


「俺、こんなに弱ぇのかよ」


舐めていた。スライムに負ける冒険者なんて聞いた事も無いから、「まぁ軽く倒してLvを上げますか〜」みたいな気持ちでいた。

しかし現実は聖の想像よりも遥かに過酷で、これからの旅の壮絶さを物語っていた。


(俺は、スライムにも負けるめちゃくちゃ弱ぇ奴だ。こんなんじゃ勇者になるどころか、3日後には旅の途中で死ぬ)


ただの人間、天贈物ギフト無し。それが如何にこの世界で生きることが難しいか、魔王討伐など到底叶わない事か、聖は知ってしまった。


「それでも……」


聖の目は死んでいなかった。顔に残ったスライムの体液を制服のシャツで拭い、もう一度落とした棒を握りしめる。

そしてもう一度立ち上がり棒を振りかぶった。


「それでも……勝つまで努力すればいいんだろ!」


「オラァ!」


聖の特訓は夜まで続いた。綺麗な星空には、聖が棒を振る「ブンッ」という乾いた音が響いていた。

評価をするにはログインしてください。
この作品をシェア
Twitter LINEで送る
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ