第2話 ヒーローは敵対する
「いてて……」
体がまだフワフワと不思議な感覚がする。目を開けると美しい木々の緑が目に映った。
手をついて体を起こす。下には鮮やかな、そして見たことない草花が生い茂っており、聖の体を優しく支えている。
どうやらここは小さな丘の上らしく、見渡す限り壮大な緑が広がっている。美しい景色に澄んだ空気、体の調子も次第に良くなっていく。
「ここが……異世界!」
異世界転生は無事に成功したようだ。聖は安堵のため息を小さく漏らす。そして胸の前で拳をきつく握りしめた。
「俺は絶対、ヒーローになるぞ」
天気は快晴、心地よい風が吹き聖の髪を優しく揺らす。新たな旅立ちに聖の心は踊った。
「取り敢えず……近くの街を探すか」
やはり、まずは情報収集が肝心である。今自分はどこにいるのか、言葉はそもそも通じるのか、魔王軍の状況、武器の調達に旅の用意。
街の人々と話し、交流することで得られることは大きい、それに必要最低限の物を手に入れなければと聖は考えた。
「よし、行くか!!」
おもむろに立ち上がり、服に付いた草を軽く払うと、聖は大きく一歩を踏み出した。これからの長旅の、最初の一歩。聖は街を目指し小丘を下り始めた。
「いでっ」
が、直ぐにつまづいた。あんなにカッコつけたのに……。
「あいたたたた、ってぅお!」
軽く擦れた額を擦りながら起き上がると、つまづいたであろう場所に真っ白な小包を見つけた。
中を見ると、金貨がギッシリと詰まっている。どうやらトインケとパイリが渡し忘れ、咄嗟に門に投げ込んだに違いない。
聖はそれを拾い制服のズボンのポケットへとしまった。これでひとまず"飢え死に"という最悪のENDは回避出来た。
「気を取り直してっと」
聖は立ち上がりもう一度歩き出す。金貨をジャリジャリと音を鳴らしながら、街を目指して先を急いだ。
◇◇◇◇
小一時間ほど歩いただろうか。聖は遠目に青色の物体が動くのが見えた。
「もしかして……!」
聖の足は自然と早くなる。早く、早くソレが見たい!
息を切らしてその物体がいた所に辿り着くと、そこにはスライムがいた。体がは美しい花浅葱で、つぶらな瞳がなんとも愛らしい。
「すげぇ……本当にスライムだ!」
スライムといえば昔からファンタジーの雑魚敵の筆頭格。どんな勇者もまずはスライムを倒し、Lvをあげるのだ。
聖が当たりを見渡すと、自分の腕の長さほど、太さもそこそこの木の棒が落ちていた。
聖がその棒を軽く振り回すと、棒はブンブンと気持ちのいい音をたてた。
「よし……!」
聖は棒をギュッと握りしめ、スライムを真っ直ぐ見つめた。
可愛い見た目をしているがコイツは魔物。倒さない事にはLvは上がらず、先に進めない。
「おりゃぁぁぁぁ!!」
聖は棒を振りかぶり、スライムに向かって一目散に突進した。近づくや否や、すぐさま棒を力いっぱい振り下ろす。
(もらった……!)
聖はニヤリと笑った。しかし次の瞬間、スライムはヌルリと攻撃を躱し、棒を伝って聖の体を這い始めた。
「どわぁ!てめぇ、離れろ!」
慌ててスライムを体から払おうとする聖。しかしスライムはそれすら器用に躱してヌルヌルと這い続ける。
「しっしっ!あっちへ行k」
聖の抵抗も虚しく、スライムは首筋をヌルリと伝い、聖の頭部を自身の身体で覆った。
「モガモガモガ……」
聖は精一杯藻掻くも、スライムは中々離れない。
(やべぇ、呼吸が出来ねぇ……。俺、スライムなんかで、こんな序盤で死ぬのか?)
(苦しい、ちょっとホントにヤバいぞ!冗談抜きで死ぬ!死ぬ!)
気を失うすんでのところで、スライムは満足したのかトゥルンと聖の頭部から離れ、近くの森へと入っていった。
「ガハッ、ゴホッ……ハァハァ」
「マジで死ぬとこだった……」
聖は肘と膝を地面について四つん這いになりながら、苦しみと悔しさに顔を歪めた。
「俺、こんなに弱ぇのかよ」
舐めていた。スライムに負ける冒険者なんて聞いた事も無いから、「まぁ軽く倒してLvを上げますか〜」みたいな気持ちでいた。
しかし現実は聖の想像よりも遥かに過酷で、これからの旅の壮絶さを物語っていた。
(俺は、スライムにも負けるめちゃくちゃ弱ぇ奴だ。こんなんじゃ勇者になるどころか、3日後には旅の途中で死ぬ)
ただの人間、天贈物無し。それが如何にこの世界で生きることが難しいか、魔王討伐など到底叶わない事か、聖は知ってしまった。
「それでも……」
聖の目は死んでいなかった。顔に残ったスライムの体液を制服のシャツで拭い、もう一度落とした棒を握りしめる。
そしてもう一度立ち上がり棒を振りかぶった。
「それでも……勝つまで努力すればいいんだろ!」
「オラァ!」
聖の特訓は夜まで続いた。綺麗な星空には、聖が棒を振る「ブンッ」という乾いた音が響いていた。