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第1話 ヒーローは転生する

「おーい!そろそろ起きてください!」


「そうだぞ!起きろ起きろ!!」


 ここは......?ぼんやりと眼前に広がる奇妙な光景。

俺は確かに死んだはずだ。ヒーロー気取りの行動をして死に、俺の周りの多くの人を悲しませてしまった。


「こんなの......俺の憧れてるヒーローじゃない」

聖は思わず言葉を漏らす。前腕で目元を覆い、奥歯はギリギリと音を立てた。


「おや?起きているのですか!よかったよかった!転生は無事、成功ですね!」


「起きてんのかよ!よかったぜー!!んじゃあ転生は成功だな!」


二つの声が聖の頭上で語り掛ける。なんだ?夢か?

重たい瞼をゆっくりとあげると徐々に視界が定まってきた。横たわる上半身を何とか起こして、辺りを見回す。


「なんだよここ......」


聖がいるのは薄暗く、ひんやりと肌寒い空間。 空間には見たこともないような大きな鏡と、その隣には玉座のような立派な椅子が置いてあるのみだ。

聖が驚いていると声の正体が眼前へとやってきた。

目の前にいるのは......妖精?スマートホンよりも少し小さな体をし、煌びやかな衣装に身を包んだ妖精のような生き物が、聖の前を浮いていた。

先ほど丁寧な口調で話していたほうが男の子で、もう一人が女の子らしい。

男の子のほうは透き通るような白髪で、美しいショートカットをしている。

女の子のほうはまつげが蝶の触覚のように長く、燃え盛る炎のような赤い髪を肩まで伸ばしている。


「私たちは妖精じゃありません、精霊です」


「そうだ!妖精じゃねぇ!精霊だ!」


なんとまぁやかましい。

ここは夢の中なのか……?けどそれにしては妙に身体中の感覚が冴えている。

これは本当に夢なのか?もし……現実なら、ここは何処だ?俺は何故生きている?それともここが地獄か?

分からない事があまりにも多すぎる。頭がオーバーヒートを起こしそうだ。

聞いてみるしか……なさそうだな。

精霊(?)たちのつぶらな瞳をじっと見つめ、聖は質問を投げかける。


「ごめんごめん……。それで精霊さん達、ここどこ?俺、死んだはずなんだけど……」


「そうです。確かに聖さんは1度、現世あらわよで死にました」


「そうだぜ!お前は1回、現世あらわよで死んでるんだぜ!」


「じゃあどうして……」


「ここは『転生の間』。聖さんには異世界に転生して勇者となり、魔王討伐を目指してもらいます」


「ここは『転生の間』って言うんだぜ!お前はこれから異世界転生して、勇者として魔王討伐をしてもらうんだぜ!」


「へ?」


思わずマヌケな声が零れる。

異世界転生ってあれか?最近漫画でよく見るやつか?でもそれって。

聖の脳内に一つの疑問が浮かんだ。


「なぁ、なんで俺なんだ?」


聖は付け加える。


「なんの変哲もない、ヒーローの真似事をして勝手に死んじまった俺が、なんで転生者として選ばれたんだ?」


「おや、こんな突飛な話を意外とすんなりと受け入れるのですね」


白髪の精霊が驚き、きれいな眼を大きく広げる。見つめていたら思わず吸い込まれてしまいそうだ。


「そうですね......」


白髪の精霊はゆっくりと話し始めた。


「確かに聖さんの死によって聖さんの家族、親戚、ご学友、多くの方々が今、現世あらわよで嘆き、悲しんでいます。そしてこんなにも多くの人を傷つけたあなたは、とてもあなたがなりたかったような"ヒーロー"などではありません」


聖は少し俯き、唇を嚙み締めた。

白髪の精霊の言うとおりだ。俺のしたことはただの自己満足。結果として悲しむ人間が変わっただけだ。

そんなものは、"ヒーロー"とは言えない。自分勝手な大馬鹿野郎だ。


「しかしながら......」


白髪の精霊はまっすぐに聖を見据え、柔らかな笑みを向ける。どこまでも優しく、全てを包み込むオーラを放っている。


「しかしそんな『自分勝手な大馬鹿野郎』のおかげで、一人の尊い命とその周りの幸せは守られました。そこは、大いに胸を張ってください」


「そうだぜ!あんな勇気のいること、そうそうできるもんじゃないぜ!!」


赤髪の精霊もフワフワと宙を飛び回りながら、俺の傍で励ました。


ふいに聖の目から、一粒の涙が零れた。


「あぁ......吉田さんちのお母さん、無事だったんだな」


ここにきてからというもの、聖は自身の行動を悔いてばかりであった。

吉田さんちのお母さんはあの後無事に家族の元へ帰れたのか、ずっと気になっていた。

確かに今でも自身の死に対する、周囲の人間への罪の意識は拭えない。

しかし、少なくともその行いが無駄でなかったことが……。


「よかったぁぁ......!」


聖は大粒の涙を零しながら、嬉しそうに笑った。安堵が、体全身をピリピリと駆け抜ける。


涙でぐしょぐしょになった聖のもとへ、二匹が微笑みながらやってきて、口を開く。


「私たち二人の精霊は本来、転生者を選ぶ権利はありません」


赤髪の精霊も続ける。


「アタシたちはまだ未熟だから、本当は女神さまが転生者を選ぶんだぜ!」


「女神さまは見込みのある、異世界で魔王を倒してくれそうな人材を転生者として異世界に送り、その時転生者には天贈物ギフトと呼ばれる様々なものが女神さまから渡されます」


「例を挙げると......『一振りですべてを焼き払う伝説の魔剣』とか、『最強のチート種族値』とか、『圧倒的な魔力量』とかだな!!」



「女神さまは毎回、転生者たちの助けになるような超強力な力を贈っているのですが、それでも魔王軍はこちらの天贈物ギフトをはるかに上回る力で強くなっています」


「そうそう!それでも無いよりは全然マシなんだけどさ......今女神、お偉いさん方との会議でここにいないんだよ!」


「会議ィ!?」


思わず口をはさむ。会議ってなんだよ、サラリーマンか??


「ええ、なんでも魔王討伐の進捗が予定より遅れているようで、上役から詰められているようです」


「女神も大変なんだな......ハハハ!」


まるで人間界の会社みたいだと、聖は思わず笑いをこぼす。


「それが笑い事じゃないんです!」


「へ?」


思わず間抜けな声を漏らす聖。しかし精霊達は深刻そうな顔つきで聖を見つめている。


「さっき言ったよな?私たちは未熟だって。そして、転生者は女神が選んでるってよ」


「あ、あぁ。確かに言ってたな」


「じゃあどうして聖さんはここに、転生の間にいるのだと思いますか?」


「あれ……、確かに女神様がいないのに、なんで俺ここにいるんだ?女神様がいないと、人間を転生させることは出来ないんじゃないのか?」


「正確に言うと、『出来ることは出来る』です……」


「と言うと……?」


「私たちは未熟だから、天贈物ギフトを転生者達に渡せねぇんだよ!」


「えぇぇ!」


「じゃ、じゃあ俺は今のまんま勇者を目指すのか?」


「はい。まっっっっったくそのままの聖さん。種族値は人間、能力なし、魔力0、最強の武器もありません」


「そんなんでホントに勇者になれんのかよ!?」


「そこはお前が頑張るしかねぇだろ!」


「うぉおい!!!」


思わず聖は大声をあげる。

それもそうだ。

漫画やライトノベルをよく読むお陰で、転生とかいう摩訶不思議な現象は割と

「お!まじか!」

みたいな感じでスッと受け入れられた。

だがしかし!!

なんの力も無いまま転生する勇者とか……、


「勇者とか……」




「ちょ〜面白そうじゃねぇか……!」




「やっぱり……無理ですよねって、えぇ!?」


白髪の精霊は大きな眼を最大限に見開き、驚きの声を漏らす。赤髪の精霊もこちらを不安そうに見つめている。


「そう言ってくれるとこっちはすげー助かるんだけどよぉ、ホントに大丈夫か?」


「だってそんな酷い条件で異世界転生した奴なんていないだろ?そんな中で勇者になって、魔王をブッ倒したら、それこそ本物の"ヒーロー"じゃねぇか!ヒーローってのは、いつも逆境からスタートすんだよ!」


「ま、まぁ……確かに。実は私たちが聖さんを天贈物ギフトも渡せない状態で無理やり転生の間へ連れてきたのも、そういったピンチの中でも前を向く()()()()()を、あの火事の事件から見出したからなんです」


「お前ならもしかしたら、なんもねぇ状況からでも、この最悪な異世界に平和を取り戻すヒーローになってくれるかもってな」


「ヒーロー……」


聖の肌はビリビリと震えた。鳥肌がたち、奥歯がムズムズする。

まさか、まさか平凡な高校生だった自分が、漫画の世界みたいに世界を救うヒーローになれるかもしれない。そう思うだけで聖の全身は喜びに震えた。


すぅ……と、白髪の精霊が小さく息を吸う音が聴こえた。そして聖の方を向き、真剣な眼差しを向ける。


「もう一度聞きます。貴方には魔王軍が世界滅亡を目論むこの異世界で、なんの天贈物ギフトもないただの人間として転生し、勇者となって世界平和を叶えて貰います」


続けて赤髪の精霊が口を開く。


「本当に、いいんだな?」


聖は大きな笑みを浮かべた。ニッと白い歯を見せる。


「勿論だ」


精霊たちはお互いの顔を見合わせ、イタズラに笑った。そしてこくりと頷くと、スーッとどこかへ飛んでいき、程なくして自分の体ほどもある四角い物体を運んできた。


「これは私たちからの餞別です。天贈物ギフトよりもよっぽど粗末な物ですが、きっと聖さんが本当にピンチな時、災いを退けてくれるはずです」


「まぁ無いよりはマシだぜ〜」


「あぁ、2人ともありがとう」


そう言うと、聖は2人から小さな正方形の形をしたなにかを受け取った。

正方形には綺麗な模様が掘られており、色は真っ黒だ。

時々模様から光が漏れ、それがまたなんとも言えない美しさをしている。

聖はその物体をギュッと握りしめた。掌には汗が少し滲んでいた。


「それじゃあいくよ」


精霊たちが大きな鏡の前に手をかざすと、2人の手のひらに陣紋が現れ、鏡が激しく光った。

鏡は虹色の光を大きく放ち、煌びやかなオーラが部屋中に行き渡る。


聖は鏡の前へと足を進めた。1歩ずつ、踏み締めて。視線は真っ直ぐ、瞳は揺るがず。

覚悟は決まった。これからどんなことが起こるか、正直な所不安も大きい。勇者になんて本当になれるのだろうか。口でああは言ったものの、本音を言えばかなりビビってる。

鏡の前へと立つ。異世界へのゲートから漏れ出すオーラが、新たなる旅立ちを予感させる。それは簡単な旅路ではないだろう。

それでも、聖の心は踊っていた。汗が吹き出すと同時に笑みが零れる。


「じゃあちょっくら、"ヒーロー"が世界を救ってくるわ」


聖は大きく1歩を踏み出した。途端に体がグッと鏡の中へと吸い込まれ、ぐにゃりと身体が歪むような不思議な感覚に襲われる。


「名前を言うのを忘れてました!私の名前はトインケ。こちらはパイリです!」


「覚えておいて!お前がなんかあったら私たちが絶対助けに行くから!」


「ありが……」


言い終わる前に聖の体は完全に鏡の中に取り込まれる。

視界は徐々に濁っていき、頭が回らなくなっていく。

薄れゆく意識の中で、聖はトインケとパイリの

「がんばれー!」と叫ぶ声が聞こえた気がした。





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