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プロローグ "ヒーロー"になりたい!②

聖のお向かいさんのお家は本当に仲の良い家族だ。苗字は吉田さん。

父母娘の3人家族、休日になるとよくみんなでお出かけをしていた。

出かける前には真っ白な軽自動車に乗り込み、水撒きをしている聖にむかって、窓からニコニコ手を振ってくれた。

娘さんは中学2年生。娘の反抗期はもう終わったのよと、うちの母と吉田さんちのお母さんが話しているのを聞いた。


そして今、その吉田さんの家が燃えている。

炎がごうごうと立ち上り、真っ黒な煙があがっている。

家の前には大勢の人、ご近所さんの姿もあれば、ただの野次馬のような人もいる。

そしてその集団の最前列に、家に向かって泣き叫び炎の中へ向かおうとする中学生の少女と、少女を抱きしめ涙ながらに制止する中年男性の姿があった。吉田さんちのお父さんと娘だ。

しかし、母親の姿は無かった。逃げ遅れてしまったのかもしれない。

聖は辺りを見回した。消防隊は来ていなかった。

助けに行こうとする人間もいない。

吉田さんちの父親は最も守るべきものを、2人が愛する娘を守る為に必死に感情を押し殺してこの場にいる。


そして勿論、ピンチに駆けつけるヒーローなんてものはいない。

轟々と燃え盛る炎の前で、ただ祈る事しか出来ないのだ。


聖は自分の心臓の鼓動が早くなるのを感じた。全身に血液がギュギュギュと流れゆくような感覚がし、視界が広がっていく。


「なぁ、ヒジリぃ」


顔が炎で真っ赤に照らされたひろポンが、聖に言う。


「くれぐれもさ、変なコトは考えるなよな」


「俺だって助けたいけどさ、俺たちは()()()()()()()()。普通の高校生だぜ?」


聖は答えない。


「なぁ、聞いてるのかよ!おい!!」


聖は少しだけ笑った。


あぁ、聞こえてるよ。ひろポンの声は全てしっかりと聞こえている。

けれど、けれど俺にはこの家族を見殺しにすることは出来ない。

俺は漫画みたいなヒーローじゃない、ヒーローになんか今後一生かかってもなれっこない。そんな事は百も承知だ。


ずーっと努力してた。


いつ世界滅亡の危機が迫ってもいいように、毎日激しいトレーニングをしてみた。

それでも得たのは丈夫な肉体と体育の授業の評定くらい。


勉強だってした。でも、勉強すればするほど現実的な事しか考えられなくなる。

両親と先生から向けられる期待の眼差し。

嬉しい感情と夢を見る事の消費期限に挟まれて、いつも悔しかった。


気づいていた。

俺は小さな頃からなんにも変わらない、漫画の世界に憧れる幼稚で夢見心地な人間だと、とっくに気付いていた。

厨二病だと周りから笑われていた時、心の奥底では納得してた。


「だから……」


もう、迷いは無かった。

聖の気持ちを察したひろポンが慌てて制す。


「落ち着けヒジリ!もうすぐ消防隊も来るって!だから……」


聖はひろポンの顔を見ずに、真っ直ぐに家だけを見つめていた。


「だから……、せめて目の前でピンチの人間を救うくらいの"ヒーロー"に、俺はなるよ」


誰にも止められなかった。ひろポンの悲鳴にも近い声が耳をかすめる。

消防隊を待つなんて俺には出来なかった。

沸騰しそうな脳みそ、激しく脈打つ心臓、張り裂けそうな血管。焼け付く肌。

自分の体の全ての状態が手に取るように分かる。危険信号が全身に行き渡る。


それでも足は止まらなかった。


家の中へ入り吉田さんちのお母さんを探す。

既に炎は玄関付近にまで行き渡り、この家もどこまでもつのか分からない。

幸運にもリビングですぐに見つかったが、辺りは炎に囲まれ、彼女は煙を吸い込みすぎたのかぐったりとしている。


あぁ、このまま俺が何とかしなければこの母親は死んでしまうだろう。そう思った瞬間に体は炎に飛び込んでいた。

体が焼ける感覚。しかし不思議と痛みも、恐れも無かった。


「吉田さん、大丈夫すか!」

聖は炎に囲まれる吉田さんの元へ急いで駆け寄った。


「三毛縞さんとこの……!なんでここに!?」


彼女は驚きの顔を見せる。

しかしその眼にははっきりと絶望が写っており、全身の力は既に入っていないようだった。


「安心してください。俺がぜってー家族の元まで連れてきます!」


そう言って聖は白い歯を見せて笑った。


ふと思い出す。

それは俺が小さいころから大好きで、何度も読み返したヒーロー漫画。

俺の好きだった漫画のヒーローは、憧れていたヒーローは、ピンチな人を不安になんかさせなかった。

宇宙海賊が主人公の住む町に襲来して多くの仲間が死んでしまった168話、俺の一番お気に入りの話。

かつてない強敵に多くのヒーローが絶望して、人類は地球滅亡を覚悟してた。

それでもただ一人、諦めなかった主人公。

怖くても、痛くても、絶体絶命でも……。どんな時もこの言葉で勇気を……。


「辛い時こそ、ニッカリ笑って1歩前へ。」


聖は彼女をしっかりと胸の前で抱き抱えると、震える足を大きく前へ踏み出した。

速く、速く!今はただ、この人を助ける事だけを……!


この瞬間とき、聖は本物の"ヒーロー"になった。


燃え盛る炎が2人を襲う。吉田さんはもう虫の息だ。

それでも足は止めない、止まらない。

1秒でも早く安全な場所へと連れて行くため、それだけを考えて玄関へと向かう。


「もうちょい……!!」


目が霞む。頭が働かない。煙を吸い込みすぎたのだ。それでも前へ。

あと3歩、3歩で玄関から2人の体が出るといったその時であった。


刹那、玄関の天井が焼け崩れた。豪炎の衣装を纏った瓦礫が2人に降りかかる。

咄嗟の出来事に聖の頭はオーバーヒートを起こす。

しかし体は動いた。最後の力を上半身に込める。

瞬間、聖は吉田さんを家の外へ放った。


吉田さんは無事に庭の上へと届いた。

燃え盛る炎の中、聖が、一人の何の変哲もない高校生のヒーローが、彼女を救ったのだ。


「ああ......良かった」

腹部を木片が貫き、皮膚は焼け爛れた聖は、涙を零しながらそう呟いた。






もう一度聖の上空の天井が大きな音とともに崩れた。

この日、聖は瓦礫に潰され息を引き取った。












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