第16話 絶望の空腹と出会いのパンチ
試験開始から9時間、残り時間はおよそ10時間。
残り受験生は842人にまで絞られた。
日はとうに落ち、街頭だけが不安に満ちた受験生達の脳内を暖かく照らす。
「にしても腹減ったなあ......。日が落ちてからしばらく経ったし、今は大体19時くらいか」
聖はすっからかんのお腹を擦りながら、小さくぼやいた。
既に空腹も疲労も限界である。
試験開始から既に14人以上の受験生に、2匹の魔物と戦闘を行った聖の体には傷と痣が無数に出来、シャツは血と汗でビショビショに濡れていた。
幾ら強くなったといえど、残った受験生はいずれも聖より総合ステータスの高い猛者たち。
空中を滑空し不規則な攻撃を仕掛けてくる龍人族に、小柄な体格を生かした素早い動きの小人族。
炎をまとった拳で戦う戦士や、遠距離から雷を放つ魔法使い等、一筋縄ではいかない強敵たちと何度も接敵してきた。
そしてその度に傷口を処置し、骨折を鼻歌で紛らわせて何とか立ち上がってきた。
また、常に受験生や会場内に解き放たれた魔物からの攻撃を警戒していなければならない為、すり減った精神を脳内麻薬で誤魔化しているのだ。
「どうにかして飯と水を調達しないと......。脳にエネルギーが渡らねえから冷静な立ち回りが出来なくなるぞ......!」
この時、聖は《《栄養不足や脱水症状でそもそも動けなくなる》》という可能性が頭に浮かばない程に、限界を迎えていた。
視点は定まっておらず、息切れも早い。
そんな状況の中でも聖は、ただひたすらに試験を勝ち抜くことだけ考えていた。
「マスティアの郊外にはまだ再開発されてない、小さな林があったはず......。そこで湧き水と食えそうな野草でも探すか......!」
幸いなことに道中は魔物にもライバルたちにも会うことはなく、大きく腹の虫を鳴かせながら聖は林の中へ足を踏み入れた。
◇◇◇◇
草木を掻き分け食物を探すこと30分。突如、聖の目の前に重厚感のある木製の宝箱が現れた。
(ろ......露骨な罠だろコレーーーーー!!!)
中に食べられるものが入っているかも......と、宝箱に手をかけようとするもすぐさま引っ込める。
幾ら疲れているといえど、聖もバカではない。様々な可能性が頭を巡った。
(まず第一に考えられるのはミミック〈宝箱に擬態し、蓋を開けたを喰らう魔物〉。でもなんでこんな林の中に⁉二つ目はほかの受験生の罠。だけどわざわざ人目につかない場所に労力をかけて設置するか?)
聖は手に持っていた剣で宝箱をつつく。動かない。
どうやらミミックではないようだ。
(あと考えられる線は......うーん)
顎に手を置き、宝箱をじっと見つめる。
(うーーーーーーーん)
───ぐ~~~~~~~~
(ま、いっか!!開けちゃえ開けちゃえ!!)
前言撤回、極限の空腹の中、聖はバカになっていた。
何かしらの食料が入っていることを一心に願いつつ、宝箱の蓋に聖の手が触れた。
触れた......?
聖の手のひらには、シルクのような肌触りとほのかに暖かな感触。
軽いパニックの中、透き通るように真っ白な《《ソレ》》の正体は女性の手の甲であるとわかった。
「おい......」
「......え⁉」
「この宝箱......アタシの手の方が先に触れてるよな?」
「そ......そうだね」
「てことはさ......この宝箱はフツーに考えてアタシのものだよな?」
「いやー......どうかな......?だってこれは俺が先に見つけて、開けようとしていたとっ......」
「うっせー!さっさと死ね!!」
───バキッ
瞬間、聖の眼前にきれいな花火が打ちあがった。人中に生暖かい液体が伝うのを感じる。
柔らかな大自然の布団に、人々を高くから見下ろす星々。
聖はその場に仰向けで倒れた。
ヒロイン登場か……!?




