第10話 情報収集
「おぉぉお!」
聖が到着したのはバーワンという活気に溢れた街。
観光地としても有名で大都市からのアクセスもいいことから、非常に人気の高いことで知られている。
街に入って一帯には屋台が立ち並び、良い匂いが辺りに立ち込めている。
『旅人歓迎』と書いてある門をくぐると、聖はすぐさま腹ごしらえに向かった。
「デルと山の中にいたときはキノコやら果物やら山菜やらを煮たり焼いたりして食べてたからなぁ……」
ぶつくさと言いながらトインケとパイリから貰った金貨でどんどん料理を買っては食べていく。
串焼き、ソテー、焼きそば、ケーキ、アイス……。どれも元の世界とは異なる味付けであったが、聖の疲れた体に染み渡る美味しさであった。
「旨すぎて涙が出る~~~!」
◇◇◇◇
「全部旨かった〜!魔獣の肉とか使ってそうだけど……」
聖は「ははは......」と小さく笑った。
「あとは宿の予約取って、情報収集だな!」
美しい街並みを眺めながら宿屋を探す。
広場にはちょっとした噴水があり大道芸人がパフォーマンスをしている。
周りには多くの親子連れが芸に見入っており、聖は家族を思い出して少しだけブルーになった。
その噴水から五分ほど歩くと冒険者の為の施設がズラリと並ぶ地区に着いた。
辺りには武具の専門店や魔法を使ったアイテム販売店なんかもあって、『まさに異世界!』といった街並みだ。
寄り道をしつつ、宿屋を探す。
デルの言っていた『勇者育成学校』の入学試験までは2ヶ月ほどあるらしい為、長期滞在が可能であると尚良い。
幸い、繁華街からそれほど離れていない場所で条件にあう所を見つけたのでその宿で決定した。
荷物を預け、再び繁華街へ。
デルから多少は聞いていたものの、今の聖は異世界についての情報が圧倒的に不足している。
異世界の地理的、政治的な情報から入学試験とやらに至るまで、聞きたいことは山のようにある。
「お!ここなんか、いい情報が聞けそうじゃん!」
聖が目をつけたのは冒険者たちの集まる酒場。
同じ魔王討伐を志す者同士、有用な話を頂けるのではと踏んだのだ。
カランカラーンと心地よいベルが鳴る木製の扉を開けると中は想像よりも広く、多くの屈強な飲兵衛達が会話に花を咲かせていた。
手前には魔物の討伐依頼や山菜の採集などのクエストが受注できるギルドが併設されており、聖と歳が近い冒険者も多く訪れていた。
聖はまず冒険者ギルドで話を聞くことにした。
「すみませーん」
「はい!クエスト受注ですか?それともクエスト達成報酬受け取りですか?」
ギルド案内のお姉さんがニコリと笑い、問いかける。
「あ、いやそういうのじゃないんですけど、この町について色々聞きたいなって……」
「あぁ、それでしたら……おーい!ゲンさーん!こっちこっち!」
聖が照れくさそうに言うと、お姉さんは奥の酒場にいる大柄な男に手招きをした。
ゲンさんと呼ばれる立派な髭を携えた男は、ドスドスと床を踏み鳴らしながらこちらへ近づいてくる。
「おぉ!どーうしたんだぁ、アリシアちゃん?」
「えーっと……この冒険者の少年がこの街に来たばかりらしくて……それでゲンさん街の事詳しいし、色々と教えて上げて欲しいの!」
ギルドのお姉さんが申し訳なさそうに笑うと、ゲンさんは力強く胸を叩いた。
「おぉ!兄ちゃん、この街に来たばっかなのか、ガハハ!おぅ、任せろアリシアちゃん!俺様がたっぷり教えてやるぜ!」
ゲンさんは「こっちだ!ついてきな!」と聖の背中をバシッと叩くと、多くの酒飲み達が座るテーブルのひとつに座った。
「兄ちゃん、紹介するぜ!これが俺様の酒飲み仲間だ!ガハハ」
小さなテーブルを囲むようにして6人程席に座っている。
「はじめまして、ヒジリです。この街について色々教えてください!」
と簡単な挨拶をすると、「よろしく〜!」と皆拍手で迎えてくれた。
どうやら怖い人たちでは無いらしい。
「それでよヒジリ、おめーどこからバーワンまで来たんだ?」
ゲンさんが発泡酒を飲み干しながら聖に尋ねる。
旅人への何気ない質問、だが、聖の頬を汗が伝う。
(まずい……、何も知らな過ぎると怪しまれるんじゃないか?第一俺はこの世界の大都市の名前すら知らねぇんだし……。かと言って「異世界転生者です!」とは言えないしな……。仕方ない)
「あっ、あ〜実は俺、魔物に襲われてしまったらしくて、気がついたらこの街の近くで倒れてたんですよ……。なので記憶が〜無いんデスヨネ」
聖は目を泳がせ、声を上ずらせながら必死に返答した。
「おめぇよォ……」
「はっ、はひ……」
屈強な男たちの視線が一斉に聖へ注がれる。
(まずい!演技が白々しかったか?)
「おめぇ、大変だったなぁ……!」
「良くここまで来たな!兄ちゃん!」
「よし、いっぱい笑って思い出せ!ねーちゃん!この兄ちゃんにジュース!」
「なっ......」
(なんていい人たちなんだ!俺はこんないい人たちを騙す訳には、騙す訳には……!)
「えっ、あっそうなんです……!ひっぐ、大変で大変で……ひっぐ、ひっぐ」
聖はのった。
そこからの情報収集はスムーズに進んだ。
なにせ記憶喪失のフリをしている為「国王の名前は?」とか、「魔王はどんな奴?」という風に、この世界の一般常識を尋ねても不自然では無い(?)のだ。
ゲンさん達から得た情報をまとめると
・現国王はドルマン三世、二世が亡くなると同時に即位した若き王様。三世は元々腕利きの勇者で、自身を『カジワラ』と名乗っている。
・魔王の姿を見たものはこの世界に極小数しかおらず、稀に現れる規格外の強さを誇る勇者ですら魔王の側近に倒されてしまい、姿を知らない。
・この国はラガルド国という。首都はマスティアといい、ここバーワンから列車で30分ほど揺られた所にある。
・『勇者育成学校』は私立、公立と様々な形態で多くの場所に存在するが、最も栄誉な学校は首都:マスティアにあるラガルド国立勇者育成学園『マグリード』。マグリードの卒業生には明るい未来が約束される。
・3ヶ月後には多くの育成学校が一斉に入学試験を始める為、受験生はそろそろ願書を出さなくてはならない。
・日本の大学入試制度のように、公立の学校は前期/後期の二回しかチャンスがない。
と言った感じであった。
聖が勇者育成学校の入学を検討している事を伝えると、この他にもゲンさんは勇者育成学校の入試制度や各学校の倍率、試験内容など多くの情報を聖に教えてくれた。
「ところで、ゲンさんはどうしてそんなに勇者育成学校について知っているんすか?」
聖が素朴な疑問をぶつける。
「おぉ、それはなぁゲンさんの娘さんは勇者志望の魔法使いなんじゃよ」
「ガハハ、そうなんだよ!愛する娘の為に少しでも力になれればと思ってなぁ、色々と資料を貰って調べてたんだ」
(なんていいお父さんだ……!でもゲンさんの娘さんかぁ……。ちょっと怖そうだなぁ)
聖の頭に杖をブンブンと振り回す、筋骨隆々とした少女の姿が浮かんだ。
「それで、娘さんはどこの学校を志願してるんすか?」
「あぁ、それが最難関のマグリードに行くと言って聞かなくてなぁ。俺様の娘とはいえども、まグリードの去年の倍率は200倍だったし……。まぁ一応有名な私立も受けさせるがな!ガハハ」
ゲンさんの話ではマグリードは魔王討伐をした勇者を数多く排出し、様々な道のプロの指導を最高の環境で受けられるというのだ。
聖は倍率200倍という数字に若干引きながらも、話を聞いている内にマグリードに入学したいと思い始めた。
「へぇ〜、じゃあやっぱりゲンさんの娘さんは凄い魔法使い何すね!俺もマグリード受けてみたいなぁ。聞いた限り設備とかも凄そうだし……」
そこまで言うとゲンさんが手に持っていた木製のジョッキを年季の入った机にドン、と力強く叩きつけた。
「マジか!あちゃー……ヒジリ、残念ながらそれはもうダメだ!」
ゲンさんが悔しそうに額に手を当てる。
「どうして……?」
聖はつい前のめりになる。
「マグリードは他の学校と違って願書の締切が早くてよぉ……一昨日締め切っちまったんだ」
「おっ……一昨日⁉」
聖は愕然とした……。
デルの勧めから勇者育成学校への入学を決めたものの、ゲンさんから聞いたマグリードでの学園生活は想像するだけでも最高に楽しそうであった。
それなのに……
「受けることすら許されないなんて……」
「ど、どんまい!!」
「バーカ、おめぇは口下手なんだから余計な事言うでねぇよ」
「だってよ!ヒジリがあまりにもかわいそうでよ!」
ドンヨリと暗いオーラを放つ聖を励まそうと、ゲンさん達は明るく振舞った。
「まっ、まぁよ!一応後期日程もあってそっちは倍率1000倍超なんだが……。ほ、他にもいっぱいいい学校あるしよぉ!そうだ、区立のウィガルなんてどうだ……!?あそこは先生に有名な剣聖の……」
「それ!願書の締切いつすか!?」
聖は興奮のあまり立ち上がり、尋ねる。
「お、ウィガルに興味があるのか!そうだな〜、確か2週間後の……」
ゲンさんはゴソゴソと布袋の中の資料を漁った。
しかし聖はゲンさんを真っ直ぐと見つめ、ハッキリと告げた。
「いや、マグリードの後期日程の方っす」
次回から始まる入試試験パートを書くのが、楽しみで仕方が無い……!




