第8話 裁縫美人
「お疲れ様、聖くん」
優しい笑みを浮かべたデルが、聖の元へと歩み寄る。
一方聖は全身の損傷が激しく出血量も限界で、あと1分もせずに死んでしまうといった所である。
デルは血溜まりに膝をつき、倒れている聖の頬を優しく撫でた。
ヒューッヒューッと、聖のか細い呼吸を宥めるように「大丈夫、大丈夫」と囁く。
「君は僕が死なせない。君の冒険はまだ始まったばかりなのだから」
そう呟くと、デルの手のひらが紫色の光を放った。
辺りには禍々しいオーラが漂い、2人を包む。 デルを囲むようにして周りの草花は枯れ、太陽は雲に覆われる。
デルが地面に手をつくと魔法陣が現れた。
「イヅクモ、いるか?いるならば出来るだけ急いで欲しい」
デルがそう言うや否や魔法陣からイヅクモと呼ばれる女性が出現した。
気が震え、大地が唸り、大きな雷鳴が轟く。
イヅクモは真紅の長い髪を掻き上げながら、大きなため息をついた。
「ちょっと、いきなり呼び出すのはやめてっていつも言ってるよね?アタシ今、授業中だったんですけど!」
「たはは、ごめんごめん。でも本当に時間が無いんだ」
イヅクモは足元に転がる聖をじっと見つめる。
その姿を見て瞬時に状況を把握したようだ。
「コレはまずいね。なんならもう死んでるかも……アタシの力でも助かるかわかんないよ」
イヅクモはしゃがみ聖の胸に手を翳すと、言葉を続けた。
「ま、コイツが生きるか死ぬかはコイツの精神力次第かな。肉体的には死んでるけど、魂がまだ器に結びついてさえいれば助かるよ」
そう言うとイヅクモは自身の前腕からとび出た縫い針を引っ張ると、体液から作り出す縫い糸で聖の傷の縫合を始めた。
「デル、アンタこの子眠らせて」
「うん、分かった」
「デル、アタシの首筋に刺さってる裁ち鋏抜いて、渡して」
「はいどーぞ、頑張って」
「こりゃ内蔵も傷ついてんな〜、腹開けるしかないか……」
治療が始まってから1時間程たったとき、イヅクモが後ろに手をついて大きく息を吐いた。
「ぶふぅ〜、やーっと終わったよ。ねぇデル!水!」
「ハハハ……ごめんごめん。ありがとう、お疲れ様」
デルが呪文を唱え水を宙に発現させると、 イヅクモは顔を近づけチュポンと吸い込んだ。
額の汗を拭いイヅクモは再び口を開く。
「一応アタシ特性の糸で縫合したから明日には元気いっぱい動けると思う。後は仮止めしてある魂をもっかい元気な器に戻すだけなんだけど……さっきも言った通りコイツの精神力が鍵になってくるのね」
「コイツ、なーんか弱っちそうだけど大丈夫そう?」
イヅクモは目の前の聖を見て懐疑的な眼をデルに向ける。
「アハハハハハ!」
「うわ、なんだいきなり笑いだして、気持ちわるい!」
「ハハハ……ごめんごめん」
お腹を抑えながら、デルは答える。
「彼の精神力は僕達なんかじゃあ測れない程に強く、逞しいよ」
「へー、アンタがそこまで言うなんてコイツ何者なの?」
イヅクモが聖の額を「うりゃっ!」と爪で弾いた。
「近いうちに分かるよ、僕も聖くんもそっちに行く運命だからね」
「まさか……!ねぇ、アンタがコイツにどんな感情を抱いてるか知らないけどさ、アタシの邪魔だけはしないでよ」
イヅクモが低い声で囁いた。周りの木々がザワザワと揺れる。
「そんなに怖い顔をしないで!大丈夫だから。それより早く聖くんを治してあげてよ」
「チッ、なーんかはぐらかされた気がするけど……まあいいや。後でちゃーんとお代は頂くからね!」
イヅクモは目を瞑り、呪文を唱え出す。
「魂の……盟約を唱え……生命の息吹を……器へと……」
イヅクモの呪文により宙で繋ぎ止められていた聖の魂が新たなの器、聖の修復された体へと戻ってゆく。
魂が無事に収まった聖の体はビクン、ビクンと大きく脈打ち、動かなくなった。
イヅクモが聖の胸へ再度手を翳すと、大きく目を見開いた。
「魂が新しい器にもう定着してる…!普通は拒絶反応を起こして数分間、体が痙攣するはずなんだよ。こんなことって……」
唖然として視線を移すと、デルが誇らしそうに笑っていた。
「聖くんの魂は彼の肉体と深く結びついているんだ。魂が肉体を駆動し、どんな時でも前へ進む。」
「だからこそ彼は……」
そこまで言うとデルが俯き、寂しそうな顔を見せた。
「それ以上は言わなくていいわ、分かってる。」
イヅクモはフンッと小さく鼻を鳴らすと、結ってあった髪を解いて手櫛で梳かした。
「だけど気をつけなさいよ。コイツこの調子じゃいつ死ぬか分かんないわよ!」
「アハハ!そしたらイヅクモ、またキミにお願いするよ」
「それはゴメンだわ……って、あぁ!」
「ん?いきなり大声だしてどうしたの?」
「ちょっと!!アンタのせいで5時間目の授業始まっちゃったじゃない!どーしてくれんの!?」
デルは「ごめんごめん」と頬をかきながら、もう一度地面に魔法陣を出現させた。
そしてイヅクモの目を見て頭を下げた。
「本当にありがとう。埋め合わせは近いうちにするよ」
イヅクモが魔法陣に両足を乗せると、体がグングンと吸い込まれていく。
「別にいいわよ、裁縫でストレス発散出来たし。まぁでも、買い物の荷物持ちくらいはやってもらおうかしら」
「アハハ、分かった。楽しみにしてるよ」
そうしてイヅクモは魔法陣の中へ消えていった。
イヅクモを見送ったデルは聖の方へ視線を落とす。
「この2週間本当に楽しかったよ、ありがとう。大丈夫、また近いうちに会えるさ」
デルは自分に言い聞かせるようにそう言った。
そして聖を愛おしそうに見つめた後に、立ち上がり森の奥へと消えていった。
いつしか平原には陽の光が当たり、草花が生命を取り戻す。
辺りを優しく吹く風が、聖の新たな冒険の幕開けを予感させた。
この回で第1章 『異世界特訓編』が完結になります。
次回からは『勇者育成学園編』とどんどん盛りあがっていくので、これからも末永くお付き合い頂ければ幸いです。




