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「暗いよ゛ぉ〜寒いよ゛ぉ〜怖いよ゛ぉ〜…………」


 ピスピス鼻を鳴らしながらバイクを押して進むアトリ。数刻前の、ノリにノリまくった調子はもうどこにもない。

 すっかり暗くなってしまった荒野は霞がかった月の下、冷え込んだ空気でアトリを包む。


 獣や紙魚の危険こそないものの、この闇では足元が見えにくい。崖や窪み、地割れにアトリ自身で気付けなければ、アールチカにはどうしようもない。

 加えて大した旅装備も持っていないのだ、道だって少し間違えるだけで荒野を彷徨って死ぬ。


「ぎゃーすか喚くなスカポンタン! アホだアホだと思ってはいたが、ここまで間抜けだとはなぁ……」

「何を他人事のように言ってるんですかアールチカ! 絶賛遭難中なのはあなたも一緒なんですけど!?」

「オレは別に荒野でも困らないし死なない。食い物はあるし、寒さも暑さも関係ないからな」

「ンぼぼーーーーーッッッ!!!」


 可愛げの欠片もない声を上げたアトリは、怒るのにも疲れてとぼとぼ歩く。


「…………そのジェム、使わないのか」


 アールチカが指さしたのは、リタイア用の連絡ジェムだった。何かどうしようもない状況に陥った時にそれを割れば、試験監督の持つ対のジェムが光り、迎えに来てもらえる。しかし、それを使うと失格扱い。また来月の試験を待たねばならない。


「使いませんよ! 決まってるじゃないですか」

「どう考えても今が使い所なんだが……」

「これでもまだ、ちゃんと帰れば合格ですからね! フッフッフ、私は諦めてませんよォ!!!」

「ふーん」

 天高く澄み渡った夜空に、一等星が輝いていた。


──────────────────────


「アトリちゃん…………遅くないかしら?」

「遅いな……」


 王都正門下に、アトリの帰りを待つ人々が集まっていた。サラミルエは心配そうに遠くの方を見て、カルヴェルも流石に不安げに腕を組んでいる。


「配達先への到着の連絡は、お昼前にはあったのに…………」

 夜が更けていくにつれ、一人また一人と人だかりから離れて、何度となく門を振り返りながらも家に帰っていく。とうとう、サラミルエとカルヴェルと同僚の配達人を数人残して、他は皆いなくなってしまった。


「何か下手やって立ち往生してるのかもしれないな……。バイクを出してきてくれ、俺が見てくる」

 整備係の肩を叩いてカルヴェルが言った。それを咄嗟に引き止めたサラミルエは、躊躇いながらも首を振った。

「それじゃあアトリちゃん、失格になっちゃうわ」

「また来月挑めばいい」

「そんな気軽に言わないで!」


 いつになく大声を出したサラミルエにびっくりして、カルヴェルの動きが止まる。


「天才だなんて呼ばれたあなたには分からないかもしれないけど……私は知っているわ。次の試験までの一ヶ月ってね、とっても長いのよ。次こそはって気持ちが折れるには充分過ぎるくらい長く感じるの。丈夫な心は壊れにくい分、一度壊れたら戻りにくいわ。あの子は元気に見えるけど、それ以上に落ち込んでるのよ」


「何かあってからじゃ遅い。帰ってこなきゃ次も無いんだ」

「アトリちゃんは賢い子だから本当に駄目ならちゃんと棄権する。何も連絡がないってことは、まだ大丈夫ってことよ」

「だが…………」


 そこへ、一人の配達人が大声を上げた。

「カ、カルヴェルさん!! あの光……!!!」


 地平線の辺りに灯りがちらついている。あの色合いは、間違いなく練習用バイクの非常用ライトだった。


 へろへろとやってくるライトに声援を送る。流石に聞こえない距離だろうが、向こうにも王都の明かりは見えているはずだ。


 名前を呼ぶ、悲鳴に似た声があがる。

 ゴールはすぐそこにあるのだ。


 そんなとき、ライトがふっと掻き消えた。

 違う。消えたのではなかった。

 遮られたのだ。




 アトリの行く手を阻むように、城ほど大きな紙魚の怪物が、夜の闇から飛び出してきた。

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