一転危険!
配達人の試験は単純だ。
試験用の手紙を運び、帰ってきた時に文字が食べられていなければ良い。武装は禁止。バイクは練習用のもの。
試験中の見習いは襲わないという暗黙のルールが盗賊たちの間にはある。しかし、野生動物にそういったものは通用しない。だから、試験に出て、帰ってこない見習いも時折いる。
それでも見習い配達人たちはこの試験を待ち望み、一人前になろうと躍起になるのだ。
「ヤッホホ〜〜〜イ!! 順、調、順、調!!」
器用にも、動くバイクに乗ったまま、ハンドルから手を離して伸びをするアトリ。緊張感は微塵もない。白い髪をかきあげて、気持ち良さそうに欠伸をする。
「アールチカ、危ないことは任せましたからね!」
「へいへい」
どこからともなく返事が聞こえる。
実は『契約』を結んだあと、アールチカはアトリの影に入ってしまった。それでようやく、彼が尋常の生物ではないことに気がついたのだが、お気楽なアトリはそれをあまり気にしていなかった。
彼女にとって大切なのは、配達人になることだけだからだ。
「この調子で行ければ日が暮れる前に帰れそうですね」
すでに折り返し地点の街に辿り着き、あとは帰るだけ。紙魚や危険な野生動物はアールチカが全て処理してくれるので不安は特にない。
鼻歌なんて歌いながら、勝利の晩餐について考えてみる。試験合格のお祝いは、担当の管理官が行うのが通例。つまり、カルヴェルに奢らせることが出来るのだ!
アトリは、クソ高いものをねだってやろうと含み笑いをした。そうだ、あれがいい。大通りにある超高級レストランの、限定デザート。あれを、アトリと、サラミルエと、ついでに近所の子どもたちの分も奢ってもらおうではないか。
取らぬ狸の皮算用。余計なことばかり考えていたアトリは、内燃機関石が明滅し始めていることに気がつかなかった。
影の内から声がする。
「おい、バイクの音がおかしいぞ」
「ええ? ………………あれぇ!?」
プシュプシュと白煙を吐き出した内燃機関石に、ひびが入ってそのまま砕けた。段々とバイクが止まる。
ジェムの使用限界だ。
「な、なんで、使用回数はちゃんと管理されてる筈じゃ………………」
狼狽えるアトリの脳裏に、数日前の記憶が蘇る。子どもたちから依頼を受け、見栄を張って夜中にこっそり抜け出たアレ。間違いない。あの不正使用でカウントが狂ったのだ。
「うっそでしょ…………!?!?」
ベチベチとバイクを叩いても、完全に壊れたエンジンは沈黙している。
髪の毛と同じくらい顔色が白くなるアトリ。
かくして合格間違いなしの天才美少女配達人見習いアトリちゃんは、危険で危なくデンジャラスな荒野のド真ん中に立ち往生する羽目になってしまったのであった。