契約
「ヒャッホーーーーーッッッ最ッ高ッですねっ!!!!」
岩場を走り抜けるアトリが片手でガッツポーズをする。後ろには先程出逢った、相変わらず性別の掴み辛い──名前はアールチカと名乗った──不審者が乗り込んでいる。
アールチカを乗せて好き勝手かっ飛ばしていれば、やってくる紙魚を彼が捕まえて食べてくれる。おかげさまで、目的地には予想以上に早く辿り着けそうだ。
まともな感性があれば、怪物を食べるような怪しい人物を後ろには乗せないのだが、アトリはそんなことは気にしない。
「オレも最高だよ。お前やたらと紙魚に好かれてるらしいな? ああ、大漁大漁」
アールチカがぺろりと口の周りをひと舐めする。
「私じゃなくてこの手紙が美味しそうなんだと思いますよ。だって、みんなの気持ちが込められてますからね!」
「そりゃ黒紙魚はそっちを狙うだろうけどさ。オレが言ってるのは赤紙魚の話だ」
「!! さっきの赤い紙魚ですか? ていうか、あれ紙魚なんですか!?」
振り返って問いただしたいのを我慢して、代わりに速度を上げる。タイヤが大地を削る音が一際高くなった。
「あれも紙魚だ。けど、お前ほど狙われるやつはそういないな。何匹仲間を喰ってやっても諦めやしない」
「わ、私がカワイイから……?」
「なんでそうなるんだ? まあ、そういうポジティブ能天気なところが旨そうに見えるんだろ」
また一匹、紙魚を捕まえて貪り食うアールチカ。先程から数えて十匹は食べている筈だが、ペースは一向に衰えない。
「あの〜、お腹いっぱいにはならないんですか?」
「こんなもん、幾らあっても霞だよ。お前を食っても良いんだけどな〜、流石に胃もたれするかな〜、脂っこいかな〜」
「ちょっと!」
拳を振り上げる真似だけする。
ケラケラ笑ったアールチカは、少し首を伸ばして言った。少し遠くに、不夜城の如く輝く明るい場所がある。
「あれがお前の目指す街か?」
「ええ。コーネストン、工業が盛んな街ですね」
城壁まで来たところでバイクを止め、荷台を開いて手紙の束を取り出す。アールチカは黙ってそれを見ていたが、つまらなそうに欠伸をして、城壁にもたれかかって座り込んだ。
「待ってるからさっさと行ってこいよ」
「え? 待っててくれるんですか?」
「じゃあオレが居なくてお前どうやって帰るんだよ」
「それはそうなんですけど」
正直そこまで付き合ってくれるとは思っていなかったので、アトリは少し呆気に取られる。まあラッキーかな、と頭を掻いて、アトリはコーネストンの門を抜けた。
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アトリの暮らすセントラルシティとは違って、コーネストンでは石炭が主要なエネルギー源になっている。煤けた空気に咳き込みながら、手紙に書かれた通りの住所になんとか辿り着き、ポストへそっと投函した。
これであとはまたバイクに乗って、夜が明ける前に帰れば万事オッケーだ。簡単簡単。そう考えたところで、ふと思い当たる。
(あれ、もしかして試験も同じようにすれば受かるのでは?)
ちょっと悪魔が囁いた。
いや、でも、アールチカが請け負ってくれるかどうかにもよる。いや? でも? イケる……イケるんじゃないだろうか?
バイクの前で居眠りしていたアールチカをつつく。
「んあ……? ああ、帰ってきたか」
「あの、ものは相談なんですけど…………」
かくかくしかじか。
「お前見習いだったのかよ!? ど、通りでなんか雑魚いなとアハハハ!!!! いやいや、度胸があるのは嫌いじゃないぜ」
「弱そうで悪かったですね! ……それで、もし良ければ試験に協力していただけないかな〜……と」
指と指を突き合わせながら、恥ずかしそうに言うアトリ。カワイイアトリちゃんがこれをして、言うことを聞いてくれない生物はカルヴェル以外いなかった。
アールチカは目を細める。
「それは契約か?」
「えっ」
「契約だと言うなら受けてもいい」
商人などには見えないが、形式にこだわるタイプなのだろうか?
「じゃあ契約でいいです」
「対価は?」
「紙魚がいっぱい食べられますよ」
「…………よし、契約成立だな」
そういうアールチカの顔は、またあの嗜虐的な笑顔だった。思わずちょっと後悔してしまいそうになる。
「何、怖がることはないぜ。お前は呑気に守られていれば良いだけだろ?」
もしかしたら、とんでもない契約を交わしてしまったのでは?
アトリは何となく、そう思った。