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美貌のヒト

 かすかに洋墨(インク)の匂いがする。それに、くぐもった泡の音。紙魚(しみ)だ。


 ハンドルを握り直して、口をきっと結ぶ。

 この先すぐに渓谷を渡る吊橋がある。そう幅のある橋でもないから、勢いをつけ過ぎては転落しかねない。


(ここで撒く……? いや…………)


 こんなこともあろうかと、運搬局からパチってきたものがもう一つある。

 カルヴェルの専用武装だ。

 ジェムの力で空気を圧縮し撃ち出す、という代物らしい。飛距離はないが、弾切れもない。無骨なデザインがアトリには不釣り合いだ。


 流石にカルヴェルとは違ってバイクに乗ったままでは狙いを定められないので、慎重に止めて周囲を警戒する。


(そんなに数は多くない筈……)


 ごぽっと音がして、紙魚が一匹飛び込んできた。上擦った声をあげて銃口を向け、引き金を引くと、紙魚は弾けて消えた。


「た、倒せた!!」


 思わずその場で飛び跳ねる。

「ほらやっぱり、武器さえあれば私は無敵なんだって!」

 続けてやってきた紙魚も、引きつけてからしっかり撃ち抜く。撃つ度に反動で手首がもげそうになるが、なんとか狙いは反らさないでいられる。


 辺りが黒いインク溜まりで満ち、不穏な気配がなくなったことを確認すると、アトリは機嫌よく再びバイクに乗ろうとした。が、


「………………あれも紙魚……なの?」


 少し遠くに浮かび上がった、真っ赤な影。

 アトリが見たことのある黒い紙魚ではなく、赤みがかった魚。姿も、金魚を思わせる豪奢な尾ひれが目立つ。


 気がつくとその怪物は目の前にいて、アトリの喉元に向かって口を開けていた。独特(インク)の香りに包まれる。


「あ」


 銃は間に合わない。エンジンも間に合わない。そもそも、紙魚が積極的に人間を狙うのはおかしい。なんで、なんで、なんで。疑問で身体が動かない。


 だが、紙魚が視界から消える。

 はっと我に返ると、紙魚を掴む手があった。苦しそうに暴れる紙魚を、手は更に強く爪を立て、紙魚はすっかり動かなくなった。


 紙魚を捕まえていたのは見知らぬ人だった。

 男装の麗人にも、中性的な美青年にも見える美しいヒト。その顔には嗜虐的な笑みが浮かんでいて、おぞましいくらい綺麗な口が、紙魚に齧りついた。


「し、紙魚を食べ…………!?!?」


 身だけでも三十センチはあろうかという紙魚をあっという間にぺろりと平らげたその人は、くるりとこっちを見て言う。


「なんで配達人がこんな時間にいるんだ」

「え、いや、そっちこそ」

「オレは配達人じゃない」

「配達人じゃなかったら只の紙魚を生食する不審者なんですけど…………」


 まあ、配達人だったとしても不審者だ。

 ついでに言えば、アトリも正式には配達人じゃない。


「わ、私は急ぎの配達があって…………」

「ついていってやろうか」

「えっ、あまりにも不審者。このアトリちゃんがいくらカワイイからってそんな」

「お前がカワイイかどうかは知らんが、このまま進めばどうせ同じような紙魚が出る筈だ。そうしたらまた食えるだろ。食わせろ」


 絵画のように美しい顔を近づけられると、アトリでも少し照れてしまう。

 狼狽えているアトリに微笑みかける。


「良いじゃないか、Win-Winだろう?」


 彼からは少し、洋墨(インク)の香りがした。

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