エピローグ②
この一年――正確には、十ヶ月と十一日間――瓜子はひたすら左肘の治療とリハビリに取り組んでいたが、その期間で女子格闘技界は大きく揺れ動いていた。
その中心にあるのは、《アトミック・ガールズ》である。
《アトミック・ガールズ》そのものと、《アトミック・ガールズ》から飛躍を果たした選手たちが、世間を大いに賑わせたのだった。
まず《アトミック・ガールズ》は昨年の合同イベントを経て、数々のトップファイターを卒業させることになった。
あの日に素晴らしい試合を見せた日本人選手の何名かが、海外のプロモーションにスカウトされることになったのだ。
まずは、魅々香選手と青田ナナが《アクセル・ファイト》にスカウトされることになった。
ゾエ選手に勝利した魅々香選手ばかりでなく、パット選手との試合で無念のドクターストップをくらった青田ナナも、アダム氏のお眼鏡にかなったのである。
まずは地方大会における単発の契約であったが、そちらで三勝をあげた魅々香選手はすでに正式契約を勝ち取っている。
また、青田ナナは指の骨折の回復を待つためにいくぶん出遅れてしまったものの、ちょうど今月に三戦目がマッチメイクされている。これに勝利すれば、正式契約も確実であるとのことであった。
いっぽう、《ビギニング》にスカウトされたのは、灰原選手と高橋選手である。
イヴォンヌ選手にレベッカ選手というかつての絶対王者と名勝負を繰り広げた両名にも、白羽の矢が立てられたのだ。
また、鞠山選手もひそかに声をかけられていたようだが、そちらはお断りしたらしい。鞠山選手は多忙であるし、日本国内の盛り上げに貢献したいという思いが上回ったようであった。
そうして《ビギニング》に参戦した灰原選手と高橋選手は、この一年弱で素晴らしい成績を残した。
ちょうど二人は瓜子とユーリが所属していた階級であったため、どちらも王者が不在であったのだ。それで王座決定トーナメントが開催されて、灰原選手は準優勝、高橋選手に至っては優勝を収めて《ビギニング》の王座に輝いたのである。
そのトーナメントは、いずれも素晴らしい試合尽くしであった。
どちらも四名ずつの選手がエントリーされたミニトーナメントで、灰原選手は一回戦目からレッカー選手という強豪を相手取ることになった。そして、かつてのムエタイ王者であったレッカー選手と真正面からやりあって、KO勝利を奪取したのである。
しかし、もう片方のブロックではグウェンドリン選手とイヴォンヌ選手の対戦が行われて、グウェンドリン選手が勝利した。そして決勝戦では一進一退の攻防を見せた末、グウェンドリン選手が灰原選手から僅差の判定勝利をもぎ取ったのだった。
いっぽう高橋選手の初戦の相手は、ジェニー選手である。
かつて瓜子がレッカー選手と対戦した日に、ユーリが対戦した相手だ。
まるで瓜子とユーリの軌跡を辿るかのように、二人はかつて瓜子たちと対戦した相手をぶつけられることになったのだ。
『プレスマシーン』の異名を持つ頑丈なジェニー選手を、高橋選手はKOで下した。
そして、もう片方のブロックはエイミー選手とレベッカ選手の組み合わせで、エイミー選手がからくも判定勝利をもぎとり――決勝戦では、高橋選手がエイミー選手から判定勝利をもぎとることになったのだった。
「でも、エイミーはあたしが勝てなかったレベッカに勝ったんだからね。あたしもレベッカにリベンジしない限り、チャンピオンを名乗る気にはなれないよ」
当時の高橋選手は、そんな風に言っていたものである。
そして高橋選手はこの十一月にも試合を控えているため、現在はシンガポールに発っている。試合の当日は、瓜子も配信の映像をリアルタイムで視聴する予定であった。
魅々香選手と高橋選手が世界に躍進したため、天覇館東京本部は大忙しであろう。来栖舞などは両方のセコンド役を務めているため、試合のたびに海外まで同行しているのだ。
また、赤星道場も青田ナナばかりでなく、ついにレオポン選手が《アクセル・ファイト》との正式契約を勝ち取ったため、同じぐらい賑わっているはずであった。
ちなみに赤星弥生子は、合同イベントを終えた後も《レッド・キング》の屋台骨を支えている。
赤星弥生子は合同イベントにおいて、ガブリエラ選手を下すことがかなった。負傷のせいで満足な稽古を積むことができなかった赤星弥生子は、本人にとっての禁断の戦法――試合の開始と同時に大怪獣タイムを発動させるという荒技に出て、野獣のごときガブリエラ選手を秒殺してのけたのである。
それで赤星弥生子にも《アクセル・ファイト》からスカウトの声がかけられたが、当然のようにそれを辞退した。
そして今も、赤星弥生子は《レッド・キング》で男子選手を相手取っている。
赤星弥生子は肉体の限界が近く、あと一年ていどで引退する見込みであるようだが――最後まで、《レッド・キング》と運命をともにしようという覚悟であるのだろう。あとは、青田ナナやマリア選手や大江山すみれが、赤星弥生子の分まで奮闘するしかなかった。
そうして《アトミック・ガールズ》から飛躍した選手たちは、世界で確かな実績を残すことがかなったが――当時の《アトミック・ガールズ》は、大きな窮地に立たされていた。何せ、《アトミック・ガールズ》の王者であった魅々香選手と高橋選手、人気選手の灰原選手を失うことになったのである。ちょうどCS放送局との契約を打ち切られたタイミングであった《アトミック・ガールズ》は、まさしく崖っぷちであったはずだ。
それを救ったのが、ユーリを筆頭とする数々の選手たちである。
さらには鞠山選手が運営陣の尻を叩くと同時に打開策を提示して、《アトミック・ガールズ》もまた大きな飛躍を果たしたのだった。
結論から言うと、鞠山選手が提示したのは動画配信サービスへの進出である。
ちょうど世間では、動画配信サービスが映像媒体の主流になりつつあったのだ。《アクセル・ファイト》や《ビギニング》もそちらで確かな収益をあげながら知名度を向上させていたので、《アトミック・ガールズ》もそれに続くべし――というのが、鞠山選手の主張であった。
そこで最大のセールスポイントとされたのは、やはりユーリの存在であったのだと聞いている。
ユーリは原因不明の症状を抱えているため、海外のプロモーションに進出することがかなわない。よって、《アトミック・ガールズ》と専属契約を交わすことが可能であり――それが、動画配信サービス企業の興味をくすぐったようなのである。
何せ、当時のユーリは世界中から絶大な関心を集めていたのだ。
なおかつそれは、ベリーニャ選手に勝利したためではなく――ベリーニャ選手に勝利できなかったためとなる。
大晦日のあの一戦において、ユーリは最後の最後でベリーニャ選手からタップを奪ったが、すでに時間切れで無効であると見なされたのだ。
その裁定が下されたとき、会場には凄まじいブーイングが吹き荒れていた。
その後、蘇生を果たしたユーリとベリーニャ選手が握手を交わすと、しかたなさそうにブーイングは取りやめられたが――しかし、人々の不満は消え去らず、年を越えても炎上し続けた。なおかつ、この一戦は世界中で注目されていたため、世界中に燃え広がっていったのだった。
あの興行の運営には三団体が関わっていたのだから、いわゆる身びいきでベリーニャ選手の勝利とされたわけではない。
ベリーニャ選手のタップは、本当にタイムアップと同時であったのだ。そのゼロコンマ数秒の差でベリーニャ選手の判定勝利とされた裁定について、世間の人々は大きな不満と憤懣を抱いていたのだった。
それでも運営陣は裁定をくつがえすことはなかったので、この一件は長きにわたって取り沙汰されることになった。
それでユーリは、世界中から大注目されることになり――それが、《アトミック・ガールズ》と動画配信サービス企業の契約を成立させたわけであった。
その契約が履行されたのは、本年の三月からである。
一月は収容人数三百名の小さな会場でしのぎ、三月の興行から大々的な再スタートが切られて――その配信が、絶大なる視聴者数を獲得したのだという話であった。
ちなみにその日の目玉イベントは、バンタム級とフライ級の王座決定トーナメントの開幕およびアトム級のタイトルマッチとなる。
これまでの王者であった高橋選手と魅々香選手が卒業したために王座決定トーナメントが開催されて、アトム級ではサキと犬飼京菜によるタイトルマッチが組まれたのだ。
そのバンタム級のトーナメントにエントリーされたのは、ユーリ、小笠原選手、オリビア選手――そして、《パルテノン》から派遣された強豪選手の四名となる。鬼沢選手とジジ選手が諸事情によって参戦できなかったため、外部の団体に協力を願うことになったのだ。
この試合でオリビア選手に勝利したユーリは、五月大会で小笠原選手にも勝利して、三たびバンタム級の王座に輝くことがかなった。
しかしまた、オリビア選手と小笠原選手の奮闘も、素晴らしかった。小笠原選手に至っては、ついにユーリに一本を許さず、判定勝負にまで持ち込んだのである。ユーリの試合が判定にまでもつれこんだのは、ベリーニャ選手との二度にわたる試合を除けば、デビュー戦以来のことであった。
そしてその後もバンタム級は、《パルテノン》や《フィスト》や《NEXT》などから続々と強豪選手が押し寄せて、大いに盛り上がっている。さらには新人選手の浅香選手も躍進を果たして、その盛り上がりに貢献しているのだ。来年には、彼女がユーリの王座に挑戦する筆頭だと見なされていた。
いっぽうフライ級では、多賀崎選手、マリア選手、沖選手、時任選手がエントリーして、多賀崎選手が優勝を飾ったが――それから四ヶ月を経た九月大会において、波乱が起きた。着実に戦績をあげてタイトルマッチに挑んだ香田選手が、多賀崎選手に勝利したのである。
柔術道場ジャグアルの所属選手が初めて《アトミック・ガールズ》で栄冠を飾り、セコンド役であった兵藤アケミはケージの上で香田選手を抱きすくめながら号泣していた。その姿には、瓜子ももらい泣きをしてしまったものであった。
あと、波乱と言えば、アトム級である。
三月大会で犬飼京菜に勝利したサキは、五月大会を欠場し、七月大会では大江山すみれを挑戦者に迎えて再度のタイトルマッチに勝利したが――それで左膝靭帯の負傷が再発して、長期欠場を余儀なくされたのだ。
そこでサキは、瓜子と同じ北米の医療機関で治療を受けることになった。
それには、数百万円の治療費がかかるわけだが――サキは大晦日の合同イベントおよび《アトミック・ガールズ》における二度のタイトルマッチで、ぎりぎりその額を確保していたのである。
つまり現在の《アトミック・ガールズ》は、出場選手にそれだけのファイトマネーを支払っているのだ。
動画配信サービスとの契約が、それだけの収益をもたらしたのである。
少なくとも、王者であるサキやユーリには、《ビギニング》や《アクセル・ファイト》の所属選手にも負けないファイトマネーが支払われているのだった。
「……アトム級は誰が新しい王者になるのか、楽しみっすよね」
瓜子がそんなつぶやきをこぼすと、隣を歩いていたユーリが「にゃはは」と笑った。
「ずいぶん唐突な発言ですにゃあ。うり坊ちゃんがひそかに愛しきサキたんの妄想をこねくり回していたのかと思うと、浅ましき嫉妬心をキンジエナイのですぅ」
「サキさんじゃなくて、サキさんが返上したタイトルのことを考えてたんすよ。できれば、邑崎さんの奮闘を期待したいところっすよね」
「うみゅ。でもでも、アトム級も強豪選手がそろいぶみですからのぅ。大江山すみれ殿やイヌカイちゃんなど、引く手あまたなのでぃす」
「たぶん、引く手あまたの使い方を微妙に間違えてるっすよ」
しかしまあ、どのような結果に落ち着くにせよ、アトム級も大いに盛り上がることだろう。この十一月から、いよいよ王座決定トーナメントが開始されるのだ。そしてそこには、春先から《アトミック・ガールズ》に参戦していた《パルテノン》の横嶋選手もエントリーされているのだった。
横嶋選手と巾木選手も、ついに《アトミック・ガールズ》に乗り込んできたのだ。
実のところ、香田選手にタイトルマッチのチャンスが与えられたのは、巾木選手にKO勝利したためとなる。今も巾木選手は鹿児島のジムにおいて、リベンジと王座の奪還に執念の炎を燃やしているはずであった。
なおかつ、横嶋選手が王座決定トーナメントにエントリーされたのは、小柴選手に勝利したためとなる。小柴選手も健闘していたが、最後の最後で横嶋選手の術中にはまってしまったのだ。瓜子の見る限り、両者の実力は完全に伯仲していた。
ちなみにストロー級は、王者の鞠山選手を中心にして大いに盛り上がっている。
こちらも外部の団体から強豪選手を募り、群雄割拠の様相であるのだ。人気選手の灰原選手は卒業してしまったものの、武中選手や宗田選手、亜藤選手や山垣選手もその激流の中で奮闘しているさなかであった。
それらの熱気と活力が、《アトミック・ガールズ》の屋台骨を支えているのだ。
ユーリがもっとも太い柱であることは事実であるのだろうが、たったひとりのスター選手でそうまで興行を盛り上げることはかなわない。《アトミック・ガールズ》に参戦しているすべての選手が、この日本に新たな渦を巻き起こしているのだった。
そんな中、灰原選手たちの他にも海外に進出した選手が多少ながら存在する。
その筆頭は、鬼沢選手である。彼女は現在、ブロイ氏が発足させたフランス初のMMA団体でジジ選手としのぎを削っているさなかであった。
フランスはこれまでMMAの興行が禁止されていたが、本年になってついに合法化されたのだ。それで、ジジ選手と一勝一敗の戦績であった鬼沢選手が、日本人選手の中で最初のスカウトの対象になったのだった。
それに、小笠原選手やオリビア選手も、韓国のプロモーションから声をかけられたらしい。
おそらくは、ユーリとの対戦がプロモーターの目を引いたのだ。それぐらい、二人はユーリを危ういところまで追い詰めていたのだった。
「だけどまあ、どうせだったら《アクセル・ファイト》や《ビギニング》に乗り込みたいところだからね。つつしんで、お断りさせていただいたよ」
当時の小笠原選手は、朗らかに笑いながらそんな風に言っていた。
「それに、《アトミック・ガールズ》もずいぶん面白くなってきたところだからさ。これをほっぽり出して海外進出するのは、ちょっとばっかり惜しいでしょ」
小笠原選手は、そんな風にも言っていた。
動画配信サービスのおかげで、《アトミック・ガールズ》も世界中で視聴できる環境になったのだ。なおかつ、王座を獲得すれば、《ビギニング》や《アクセル・ファイト》にも負けないファイトマネーを手にすることができる。《アトミック・ガールズ》がそれだけの力をつけたからこそ、外部からもさまざまな強豪選手が押し寄せているのだった。
ただ――のぼるものがあれば、沈むものもある。
ストロー級の黄金世代であった後藤田選手は、三月大会で現役選手を引退していた。
黄金世代の中でも最年長であった後藤田選手は、やはり長いキャリアにおけるダメージの蓄積が深刻で、自ら身を引くことになったのだ。その引退試合の花道を飾ったのは、同じ黄金世代である山垣選手であった。
山垣選手の荒っぽい打撃技でKO負けを喫した後藤田選手は、澄みわたった笑顔で涙をこぼしながらケージを下りていった。
今後は天覇館の指導員として、後進の育成に専念するとのことである。中学時代から後藤田選手の活躍を見守っていた瓜子は、彼女の前途を祝わずにはいられなかった。
あとは女子選手ならぬ身で、衝撃の引退を果たした人物もいる。
誰あろう、卯月選手である。
ミドル級に階級をあげたのちも着実に戦績を積み重ねて、卯月選手はついにジョアン選手の王座に挑戦する資格を得たのだが――結果は判定勝負の引き分けに終わり、王座の奪還には至らなかった。そしてその場のインタビューにおいて、引退を発表したのだった。
卯月選手は三十代の前半であったが、やはりダメージの蓄積が深刻であったのだ。
なおかつ、大怪獣タイムの発動が、肉体にいっそうの負担を強いるらしい。それで赤星弥生子も、あと一年ていどで引退すると決意を固めることになったのだった。
それが五月の話であり、現在の卯月選手は――プレスマン道場の名誉顧問に就任して、ちょくちょく日本にも顔を出していた。
「実は、赤星道場でトレーナーとして雇ってもらえないものかと打診したのですが、すげなく断られてしまいました」
当初の卯月選手はお地蔵様のようにとぼけた顔で、そんな風に言っていたものである。
心配になった瓜子はつい赤星弥生子に電話をしてしまったが、案の定、そちらは怒り心頭であった。ただ、どこか子供っぽい怒り方であるように感じられたので、瓜子はひそかに安堵の息をついたものであった。
斯様にして、時代は流れすぎている。
瓜子がひたすらリハビリと稽古に打ち込んでいる間に、それだけの変転が巻き起こっていたのだった。