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アトミック・ガールズ!  作者: EDA
33th Bout ~Winter of Fate~
933/955

インターバル 決戦前

 七試合に及ぶプレリミナルカードが終了して、インターバルの時間となった。

 青コーナー陣営の控え室には、とてつもない熱気があふれかえっている。そしてそこには、おおむね喜びの思いがわきたっていた。


 現時点での戦績は、五勝二敗という立派な内容となる。

 なおかつ、敗北を喫してしまったのは青田ナナと高橋選手であるが、前者は救急病院に向かったために不在であり、後者はきわめて満足げな笑顔であったため、ネガティブな雰囲気はいっさい存在しなかった。


 六丸の手によって応急処置を施されたサキは左膝にニーブレスを装着し、壁にもたれて座り込んでいる。左膝以外はノーダメージであるので、その不敵な面持ちに変わるところはない。


 魅々香選手は顔のあちこちにガーゼを貼られた痛々しい姿であるものの、その表情はやっぱり安らかだ。どれだけ強面であっても、そのやわらかい眼差しが魅々香選手の真情をあらわにしていた。


 鞠山選手は魅々香選手を上回る惨状で、両方の目尻にガーゼを貼られたあげく、ぱんぱんに腫れあがった顔をしきりに氷嚢で冷やしている。だけどやっぱり、ふてぶてしい面持ちはサキに負けていなかった。


 オルガ選手は完全にノーダメージであるため、試合前といっさい変わらないたたずまいとなる。ウェアを着込んでパイプ椅子に座したオルガ選手は、彫像のように不動で揺るぎなかった。


 高橋選手はくたびれきった様子でベンチシートにぐったり座しているが、その眼差しは誰よりも明るい。また、ダメージに関しては魅々香選手や鞠山選手よりもよほど軽微であった。


 グウェンドリン選手は試合を終えたばかりであるので、興奮さめやらぬ様子だ。ただし張り詰めていた気迫が消え去ったため、その顔には彼女本来の愛嬌や無邪気さが蘇っていた。


 あとは、セコンドとしての役目を終えた小笠原選手や小柴選手や鬼沢選手も、明るい表情で談笑している。大江山軍造もすっかりもとの陽気さを取り戻したため、セコンド陣も和やかな様相であった。


 そんな中、メインカードに出場する選手は、大トリの赤星弥生子を除く四名がそれぞれウォームアップを開始している。

 序盤の出番である灰原選手とエイミー選手は入念に、瓜子とユーリはゆっくり熱を入れている段階だ。七試合中の三試合が一ラウンド目で終了したため、インターバルは一時間近くにも及んだのだった。


「次はあたしがKOで飾ってみせるから、みんなも後に続いてよー?」


 灰原選手は高いテンションを維持したまま、トレーナーが構えるキックミットにパンチを撃ち込んでいく。イヴォンヌ選手という難敵を迎えながら、灰原選手の不敵さと明るさにも変わりはなかった。


 いっぽう、アメリア選手と対戦するエイミー選手は気合の塊だ。《アクセル・ファイト》のランキング上は、アメリア選手こそが王者のベリーニャ選手に次ぐ実力であるのだ。『アクセル・ロード』でユーリに敗れて《アクセル・ファイト》との契約が夢に終わったエイミー選手としては、人生最大の大一番であるはずであった。


 ただしエイミー選手は、《アクセル・ファイト》との契約に固執しているわけではないと語っていた。もとよりエイミー選手は《ビギニング》の舞台でユーリにリベンジしたいという新たな目標を掲げていたため、今はそれが《ビギニング》の王座獲得という目的にスライドされたのだという話であった。


『《アクセル・ファイト》は外部の団体との交流に消極的であるため、そちらではユーリと対戦する見込みも立ちません。それならば、私は《ビギニング》で王座を目指し、ユーリとの対戦の機会を待ちたいと思います』


 日本にやってきた初日に、エイミー選手はそのように言い放っていたのである。

 よって今回は、アメリア選手に打ち勝って自分と《ビギニング》の力を世界に証明したいという思いを原動力にしているらしい。それは、《アトミック・ガールズ》から選抜された選手たちと、おおよそ同じ思いであるはずであった。


 そんな思いがより純化されているのは、やはり赤星弥生子であろう。彼女こそ、赤星道場の強さを証明するために外部の興行に臨んでいる身であった。

 そんな赤星弥生子が相手をするのは、《アクセル・ファイト》の次代の王者と見なされているガブリエラ選手である。ランキングこそ第四位であったが、彼女はアメリア選手やパット選手を上回る潜在能力を有していると目されているからこそ、両者と対戦する前にベリーニャ選手とのタイトルマッチが組まれたのだった。


 そのタイトルマッチの結果は惨憺たるものであったが、運営陣の評価に変わりはないのだろう。だからこそ、彼女はアメリア選手たちを差し置いて赤星弥生子の対戦相手に任命されたのである。


 赤星弥生子は試合の一週間前まで稽古を行えないというハンデを追いながら、そんな難敵を相手取るのだ。

 同門の青田ナナが無念のドクターストップに終わってしまった現在、赤星弥生子の胸中にはさらなる激情と覚悟が宿されているはずであった。


 いっぽう灰原選手はイヴォンヌ選手を打ち倒すことで、《ビギニング》との契約を虎視眈々と狙っているらしい。プロファイターとして生きるからには大きな舞台と立派なファイトマネーをつかみたいという、ごく真っ直ぐな熱情だ。


 そして瓜子やユーリなどは、何よりも個人的な欲求に従って今日の試合に臨もうとしている。

 今回ばかりは、所属団体や所属道場の威信なども副次的な要素に成り下がってしまっている。瓜子はメイと、ユーリはベリーニャ選手と、試合がしたい――掛け値なしに、それが一番の目的であった。


(あたしに限っては同門対決だから、道場の威信もへったくれもないもんな)


 そうして立場や目的に違いはあれども、目指しているものに変わりはない。

 すべての力を振り絞って、勝利を目指すのだ。

 その一点が一致している限り、瓜子は何を恥じることなく盟友たちとともにあることができた。


「ここまでは、上出来すぎるぐらい上出来だと思うよ。何せ、サキとオルガ以外のみんなはオッズとかの番付をひっくり返して勝ってるんだからね」


「そうですよね! みなさん、本当にすごいと思います!」


「こん調子じゃ、何人もスカウトでひっこんかれそうやね。まあ、おいは目先んベルトば目指すだけやけどな」


「はは。そんな話は、明日からのことだよ。今は、みんなを応援しないとね」


 そんな声を聞きながら、瓜子は立松の構えたミットに軽く拳を当てていく。

 いっぽうユーリはマットに転がり、柔術式の準備運動だ。まだまだ先は長いので、瓜子もユーリもオーバーワークに気をつけなければならなかった。


「お、青田から連絡だ。治療が終わったんで、これからこっちに戻ってくるとよ」


 大江山軍造のそんな言葉に、ユーリの準備運動を見守っていた柳原が「そうですか」と応じる。


「試合中は指の痛みなんて感じないでしょうから、ナナさんは本当に悔しかったでしょうね。でも、彼女は本当に立派だったと思いますよ」


「ふん。結果を出さねえと食っていけねえのが、この世界だけどな」


「ええ。それでも、《アクセル・ファイト》のトップランカーをあと一歩ってところまで追いつめたんです。あんな凄い試合を見せつけられて、俺は悔しいぐらいですよ」


「こっちもそっちも、最近は女どもの勇躍が目覚ましいからな。男どもにも、奮起してもらいたいところだぜ」


「こっちは早見さん、そっちはレオポンくんしか結果を出せていませんからね。俺も来年は、進退をかけるつもりですよ」


 選手の熱気は、トレーナー陣にも伝播している。それを心強く思いながら、瓜子は加減を忘れた右フックをミットに叩きつけた。


「今日は、すぐにギアが上がっちまうな。時間はあるから、ちょいと休憩だ」


「押忍」と応じて、瓜子は拳を下ろした。

 そして半ば無意識のままに、赤星弥生子のほうへと目を向ける。


 赤星弥生子は控え室の最奥部に移動させたパイプ椅子に座して、身じろぎもしていない。

 ただそのかたわらに、六丸がちょこんと控えていた。

 言葉を交わすわけでもなく、ただ赤星弥生子のもとに寄り添っている。そんな姿を目にしただけで、瓜子は胸が温かくなった。


「六ちゃんは、弥生子ちゃんの癒やしアイテムっすからね。アロマテラピーみたいなもんっすよ」


 いきなりそんな声が背中のほうから響きわたり、瓜子は「うわあ」と首をすくめてしまう。

 そうして背後を振り返ると、大江山すみれに襟首をつかまれた是々柄がじたばたともがいていた。


「すみれちゃんは拘束が雑なんで、もうちょっとで手が出そうだったっす。その前に振り返ってくれて、何よりだったっす」


「はあ……是々柄さんは、おひまそうですね」


「開放骨折じゃ、あたしの出番はないっすからね。ナナちゃんが戻ってきたら、癒やしのマッサージをプレゼントする所存っすよ」


 是々柄は相変わらずの態度であったが、つい先刻には高橋選手や魅々香選手にも癒やしのマッサージとやらをプレゼントしていたのだ。たとえ同じ控え室でも、是々柄が試合の当日に外部の選手の面倒を見るのは初めてのことであった。


(なんだかんだで、是々柄さんも仲間意識を持ってくれているのかな)


 瓜子がそんな風に考えていると、是々柄の襟首を解放した大江山すみれが内心の知れない微笑みを向けてきた。


「猪狩さんの出番も、もうすぐですね。連敗しているメイさんには申し訳ないですけど、どうか今日も勝ってください」


「押忍。結果はわかりませんけど、死力を尽くすことはお約束します。……大江山さんがメイさんを気づかってくれるのは、嬉しいっすよ」


「そうですか。わたしも犬飼さんに連敗しているので、メイさんに境遇を重ねているだけですけどね」


 そう言って、大江山すみれは笑みを深めた。


「メイさんも怖いぐらいに強いことは知っていますが、わたしの目標は猪狩さんです。自分が目標にしている選手が負けてしまうのはすごく悔しいので、よろしくお願いします」


「あはは。今日はユーリさんや弥生子さんも出場してるから、大江山さんは気が休まらないっすね」


 大江山すみれはもともと赤星弥生子を目標にしており、それといい勝負をした瓜子とユーリも目標に付け加えられることになったのである。


「弥生子さんは絶対に勝ってくれますから、何も心配していません。一番わからないのは……やっぱり、ユーリさんですね」


 大江山すみれは、マット上のユーリをちらりと盗み見た。


「普通に考えれば、ベリーニャさんの勝利は動かないんでしょうけれど……それを言ったら、弥生子さんだってユーリさんに勝てるはずでしたからね。ユーリさんは、本当に底が知れません」


「ええ。それは自分も同意するっすよ」


「ユーリさんがベリーニャさんに勝ったら、格闘技界の常識がひっくり返っちゃいそうですよね。それはちょっと、怖い気もしますけど……どうせだったら、盛大にひっくり返してもらいたいです」


「そうっすか。自分はユーリさんが全力を尽くせたら、それで十分っすよ」


 あとはユーリが、無事に戻ってきてくれればいい。

 それが、瓜子の真情のすべてであった。


 そうして熱っぽい空気の中、時間はどんどん流れ過ぎていき――瓜子たちは、ついにメインカードの開会セレモニーを迎えることに相成ったのだった。

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