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アトミック・ガールズ!  作者: EDA
33th Bout ~Winter of Fate~
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03 手合わせ

 過酷で楽しい合同稽古は、ついに本格的に開始された。

 瓜子が最初に取り組むのは立ち技におけるテイクダウンのディフェンスで、同じ組に振り分けられたのは、高橋選手、魅々香選手、青田ナナ、マリア選手、浅香選手の五名である。


「同じ課題を持つ猪狩と高橋さんは、やりあう必要ないからな。それ以外の総当たりで、一ラウンド三分、インターバル三十秒で回してみよう」


 こちらの組には、立松がついてくれている。浅香選手と同門である雅は、寝技を中心にしたグループの面倒を見るようであった。


 そうしてスパーをしてみると、夏の合宿稽古の記憶がまざまざと蘇ってくる。高橋選手を除く四名とは、それ以来の手合わせであったのだ。


 誰もが強いのは当然として、それぞれ個性も際立っている。

 もっともオーソドックスであるのは青田ナナであるが、王道で強いというのが彼女の個性であるのだ。しかもバンタム級の体格であるのだから、二階級も軽い瓜子にはしんどい相手であった。


(あたしみたいな小さい相手で、青田さんのお役に立てるのかな)


 青田ナナの課題は、レスリング巧者であるパット選手と組み合いで負けないこととなる。あとは打撃の攻防でも押し負けないように心がけて、寝技で勝負をかけるという方針であるはずであった。


「ナナ坊は、とにかく猪狩を捕まえることに専念しろ。もちろん、一発の打撃ももらわないことを目標にしてな」


 立松は、そんな指示を飛ばしていた。

 パット選手は典型的なパワーファイターであるが、スピードのほうも相応であるのだ。どうやら瓜子が受け持つのは、そのスピードのほうのようだった。


(そういうことなら、遠慮なく突撃させていただこう)


 瓜子はメイを相手取るつもりで、青田ナナを相手取らなくてはならないのだ。スピードはメイのほうがまさっているはずだが、青田ナナの長いリーチをかいくぐることは有益な稽古になるはずであった。


(青田さんは、テイクダウンもお上手だもんな。これは確かに、難しい課題だ)


 その難しさが、瓜子を昂揚させていく。

 そして、青田ナナの放つ気合が、瓜子をどんどん集中させていった。


 一昨日は『トライ・アングル』のライブで、昨日は道場の休館日であったため、二日連続で稽古らしい稽古はしていない。せいぜい、自宅のリビングでユーリと取っ組み合ったぐらいだ。今日から始まる五週間の合同稽古に備えて、無理はしないように心がけていた。


 そのおかげもあってか、身体が軽い。

 シンガポールでの試合からもひと月半が経過しているため、瓜子は絶好調の状態にあった。


 それで瓜子は波に乗るようにして大きく踏み込み、青田ナナのレバーに強烈な一撃を叩き込むことがかなった。

 稽古用の重いグローブで拳の硬さは半減しているはずであるが、さすがにレバーにクリーンヒットではノーダメージというわけにはいかないだろう。青田ナナが身体を強張らせるのを感じ取った瓜子は、追撃せずに距離を取ることにした。


「今のは、いい動きだった。ナナ坊、大丈夫か?」


 青田ナナは「ええ」とだけ言って、拳を構えなおす。

 その目に、さらなる気迫の炎がみなぎっていた。


「……あたしも、フルでいくよ」


 そんな宣言とともに、青田ナナは力強く前進してきた。

 それで振るわれたのは、強烈なミドルキックである。

 瓜子はかろうじてバックステップでかわすことができたが、青田ナナがローや関節蹴りではない蹴り技から攻撃を始めるというのは珍しい話であった。


 そしてその後も、青田ナナは蹴り技を軸にして攻め込んでくる。

 ローや関節蹴りも組み込まれているが、時にはハイやサイドキックも振るわれた。青田ナナが蹴り技を苦手にしていないことは承知していたが、夏合宿の際よりも遥かに切れ味が増しているように感じられる。そういえば《アトミック・ガールズ》の九月大会でも、彼女はオリビア選手や高橋選手を相手に多彩な蹴り技を披露していたのだった。


(以前の青田さんがパンチ重視だったのは、きっとボクシング&レスリングの王道スタイルを目指してたからなんだろうな)


 しかし彼女の父親である青田コーチはもともとムエタイの選手であるし、師範代の大江山軍造は空手の選手だ。蹴り技を磨く環境は、他の道場にまったく負けていないはずであった。


(やっぱり青田さんも、試行錯誤してるんだ)


 青田ナナは夏合宿でシンガポール陣営の地力を思い知らされて、スタイルチェンジを余儀なくされるだろうという見込みであったのだ。その成果が、ついに表面化したのだろうと思われた。


(でもまだ、甘い部分がある)


 青田ナナのサイドキックを受け流した瓜子はその勢いで大きく踏み込み、今度はボディアッパーをクリーンヒットさせた。

 それでも青田ナナは執念でつかみかかってこようとしたが、瓜子はその腕をすりぬけて距離を取る。そこで立松が、「ストップ!」と声をあげた。


「今日は、猪狩が絶好調だな。ナナ坊、大丈夫か?」


「……大丈夫です。いちいち止める必要はありません」


「しかし、朝から一発目のサーキットでダメージを溜めるわけにもいかんだろ。身長差のせいで、ボディにくらいやすいみたいだな」


 青田ナナはぎゅっと唇を噛んでから、爛々と光る目で瓜子をにらみつけてきた。


「……今のは、サイドキックに狙いを定めてたの?」


「押忍。他の蹴りに比べて、サイドキックは隙が多いように感じました。アクション的にも組み技につなげにくいんで、そっちのプレッシャーも軽いんだと思います」


「……わかった。ありがとう」


 瓜子は思わず、「えっ」と目を丸くしてしまう。

 青田ナナと知り合って以来、面と向かってお礼を言われたのはおそらく初めてのことであったのだ。


「……なんだよ、何かおかしいかよ?」


 と、青田ナナはいっそう怖い目つきになる。

 瓜子は「いえいえ」と応じながら、スパーの再開に備えることにした。


(きっと青田さんは弥生子さんと同じかそれ以上に、赤星道場で強くなることにこだわってきたんだ。それで初めての出稽古に取り組むにあたって、覚悟を固めることになったんだろう)


 であれば、その覚悟を無駄にさせるわけにもいかない。

 瓜子も相応の覚悟をもって、青田ナナと向かい合うことになった。


              ◇


「初っ端から、実のある稽古ができたな。これも、鞠山さんの分析力のおかげだ」


 ひと通りのスパーが終了した後、立松による総括が開始された。


「ナナ坊も御堂さんも、やっぱり猪狩のすばしっこさに悩まされたみたいだな。むしろ、マリアの嬢ちゃんや浅香さんのほうが、上手く対応できてたように見えたぜ」


「いやー、わたしも大変でしたよー! 猪狩さん、明らかに夏より動きがキレてますよね!」


 と、マリア選手は黒い瞳をきらきらと輝かせている。

 いっぽう浅香選手は荒い息をつきながら、恐縮した。


「わ、わたしはリーチのおかげだと思います。それで何とかしのぐことはできましたけど、オフェンスにはつなげられなかったので……どうも、すみません」


「そこまで上手くやられたら、先輩様たちの立つ瀬がねえさ。……猪狩は、どんな風に感じたんだ?」


「押忍。マリア選手のスピードと浅香選手のリーチには、三分間じゃ対応できませんでした。動きの精密さでは、青田さんや魅々香選手のほうが上なんでしょうけど……そういうワンポイントでやりにくさの差が出るんだろうと思います」


「なるほど。いかに自分のストロングポイントをぶつけるかって話だな。そういう意味でも、マリアの嬢ちゃんと浅香さんは上手くやってくれたと思う。……ただ逆に、他の三人にはあまり通用しなかったみたいだな」


「ナナちゃんとはしょっちゅうやりあってますし、高橋さんと魅々香さんは動きが読みづらいんですよねー! やっぱり天覇の選手って、独特のリズムがあるんだと思います!」


「そ、そうですね。他の方々にはパワーとテクニックで負けちゃうんで、まったく太刀打ちできません」


「ああ。こうやって相性を確認しながら、最適なパートナーを探すとしよう。それで、出場選手同士の相性でいうと……ナナ坊は、高橋さんや御堂さんとのスパーも有益みたいだな」


「……ええ。体格も合いますし、技術的にも申し分ありません。おたがいの課題をこなすのに、有効だと思います」


「出場組の四人は、しばらく固定でもいいかもな。猪狩的に、マリアの嬢ちゃんと浅香さんはどうだ?」


「押忍。マリア選手のステップワークは少しメイさんと似たところもあると思うんで、引き続きお願いしたいです。浅香選手は、寝技の稽古をお願いしたいっすね」


「ああ。そっちも二の次にはできねえからな。……お、そっちも終わったかい」


「ばっちりだわよ。次のサーキットでは、何人か人員をトレードしたいところだわね」


 ドリンクボトルを手に、全身汗だくの姿で、鞠山選手はにんまりと笑う。彼女と同じグループであった灰原選手たちは、のきなみマットにへたりこんでいた。


「こっちの出場組には、鞠山さんや灰原さんも有効だろうな。そっちは、如何だい?」


「うり坊やマリアに、ステップワークでひっかき回す役をお願いしたいだわね。あとやっぱり、立ち技の稽古ではピンク頭が邪魔なんだわよ」


 マットにぺたりとしゃがみこんでいたユーリが、「あうう」と頭を抱え込む。しかし、他なる面々に比べれば、まだしも元気そうであった。


「桃園さんの立ち技は、クセが強すぎるからな。もうちょいメンバーがそろうまでは、寝技に専念させておくか」


「あの物体を喜ばせるのは癪だわけど、それが無難だわね。そっちにめぐみんをお借りしても問題ないんだわよ?」


「ああ。浅香さんもずいぶん立ち技が上達してきたし、リーチも大きな武器だけどな。やっぱり本領は、寝技だろう」


 そんな風に応じてから、立松は瓜子たちを見回してきた。


「本人たちからは、何か要望はあるかい?」


「……ギガントの面々に、それぞれ立ち技と寝技の腕を披露してもらいたいところですね」


 青田ナナが低い声で答えると、魅々香選手も恐縮しながらうなずいた。

 そのさまに、鞠山選手は「ふふん」と鼻を鳴らす。


「巾木嬢の立ち技、横嶋嬢の寝技というわけだわね。まあ確かに、あれは手を合わせる価値があるんだわよ」


「うん? なんだい、その呼び方は?」


「あの二人とは不定期に顔をあわせてるだわから、まだ距離感があやふやなんだわよ。この仮想キャンプが終わるまでに、どんな距離感が構築されるかだわね」


 そんな風に語る鞠山選手のように、シンガポール遠征に参加したメンバーはギガント・ジムの両名の実力を体感している。また、ここ最近の出稽古に参加していた面々も然りである。初の対面となったのは、ジャグアルと赤星道場のメンバーに、小笠原選手と魅々香選手という顔ぶれであった。


「それじゃあ、寝技の組は、ピンク頭、めぐみん、横嶋嬢……いっそ青鬼ジュニアも、そっちに加わるんだわよ? そうしたら、巾木嬢と低能ウサ公を献上するから、うり坊とマリアをいただきたいんだわよ」


「ああ。まずは思いつく通りに動かしてみよう。午前中いっぱいで、あらかた目処はつくだろうさ」


 斯様にして、早々にメンバーチェンジが行われた。

 今度は、鞠山選手、赤星弥生子、大江山すみれ、多賀崎選手、小柴選手、小笠原選手といったグループだ。かえすがえすも、バラエティにとんだ顔ぶれであった。


「うり坊は、テイクダウンのディフェンスを心がけながら攻め込むのが課題だわね? それじゃあ、武魂コンビを除く面々でお相手するだわよ。ジュニアはマリアとやり合う必要はあるんだわよ?」


「いや。マリアとは道場でやりあっているので、必要ありません。空いた時間は、休んでもらいましょう」


「調整期間の二人は、インターバルも必要だわね。他の面々は、気合を入れてうり坊のお相手をお願いするだわよ」


 雅が寝技グループのほうに移動したので、こちらは鞠山選手と赤星弥生子が取り仕切るようだ。赤星弥生子も最初からスパーに参加したらしく、ほどよく汗をかいていた。


 そうして、過酷なサーキットの二周目である。

 青田ナナとは別のグループになってしまったが、瓜子の気合に変わるところはなかった。

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