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アトミック・ガールズ!  作者: EDA
33th Bout ~Winter of Fate~
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02 魔法少女の考察

 赤星道場の四名が着替えを済ませて、すべてのウォームアップを完了させたのち、立松があらためて発言した。


「言うまでもなく、この合同稽古では大晦日に出場する面々のスキルアップを最優先にしていただく。出場選手は、前に出てもらえるかい?」


 立松の言葉に従って、八名の女子選手が進み出た。

 瓜子、ユーリ、灰原選手、鞠山選手、高橋選手、魅々香選手、赤星弥生子、青田ナナ――不在であるのは、サキただひとりだ。それに気づいたマリア選手が、ぴょこんと挙手をした。


「あの! サキさんは合同稽古に参加しないのですか?」


「いや、あいつも仕事を抱えてるんでな。でも、どうにかシフトをやりくりして、今日は昼から夕方まで参加する予定だよ」


「そうですか! それなら、よかったです! あと、邑崎さんや蝉川さんもいらっしゃらないんですね!」


「邑崎は大学、蝉川はバイトだな。蝉川も自分の試合があるんでしばらくは参加できないが、邑崎は可能な範囲で参加してくれるはずだよ」


「そうですか! よかったね、すみれちゃん!」


「……邑崎さんとはいつ再戦するかもわからないので、あまりスパーをする気になれませんけどね」


 大江山すみれが内心の知れない笑顔で答えると、立松は苦笑を浮かべた。


「最優先はこっちの八人とサキだから、他のことは勝手にしてくれ。で、鞠山さんがざっくりと稽古のプランを考えてくれたんだよな」


「あくまで、叩き台だわよ。最終的にどんな戦略を練るかは、本人と所属ジムの意向次第だわね」


 鞠山選手はにんまりと笑いながら、自分を除く七名の出場選手たちを見回した。


「まあ今回は世界の強豪が相手だわから、誰もがまんべんなく鍛えるしかないだわよ。ただやっぱり、相手によっては多少の調整が必要だわね」


「鞠山さんの分析力を頼れるのは、心強い限りです。私たちも、心して聞かせていただきましょう」


 鞠山選手に負けない風格を持つ赤星弥生子が穏やかに応じると、鞠山選手は気をよくした様子で「ふふん」と鼻を鳴らした。


「それじゃあまずは、ブラジルの野獣ビーストを相手取るあんたからだわね。あんたは今回も、古武術スタイルを軸にやりあうつもりなんだわよ?」


「いえ。彼女にあのスタイルは通用しないでしょう」


 赤星弥生子があっさりとそう答えたので、瓜子は思わず息を呑んでしまう。

 しかし鞠山選手のしたり顔に、変化はなかった。


「さすが、あんたは賢明だわね。あのガブリエラは規格外のパワーとスピードに動体視力と反射速度まであわせ持ってるだわから、古武術スタイルで迎え撃つのは危険きわまりないはずだわよ」


「えー? でも、あいつはベリーニャのカウンター一発でKOされてたじゃん。弥生子サンだったら、ラクショーなんじゃないの?」


「それが素人の浅はかさなんだわよ。ガブリエラに楽勝できるなら、男子選手にだって楽勝できるはずなんだわよ」


「そう。私のあのスタイルは、究極的に虚を突く戦法ですからね。相手の隙を誘うには、どうしてもしばらくは攻防を交わす必要が生じます」


「然して、あのガブリエラとノーガードでやりあうのは自殺行為なんだわよ。あっちが隙を見せる前に、パワーとスピードで押し込まれる危険が大だわね」


「ええ。彼女がもう少し慎重な部分を持っていれば、こちらもやりやすかったのですが……ああまで能動的なタイプですと、こちらも頭をひねらざるを得ません。古武術とMMAのスタイルを適度に織り交ぜて、臨機応変に対処するしかないでしょう」


「そこでキモとなるのは、グラウンド戦だわね。あんたが上を取れれば、そのまま勝利を目指せる可能性が高いだわけど……逆に上を取られたら、パウンドの嵐で追い込まれる危険があるんだわよ」


「私も、そのように考えていました。おそらくは、最初にグラウンドで上を取ったほうが、大きく勝利に近づくことでしょう」


 赤星弥生子の返答に、鞠山選手は満足そうに目を細めた。


「それじゃああんたは、どういう戦略を練ってたんだわよ?」


「グラウンドで上を取るにはテイクダウンの成功が必須ですし、テイクダウンを成功させるには打撃の攻防で優位に立つ必要が生じます。打・投・極をまんべんなく鍛えるという方針に異存はありませんが、その優先度を上から順番に振り分けるべきでしょうね。最優先にすべきは打撃技の錬磨、その次がテイクダウンのオフェンスとディフェンス。寝技に関しては最悪、現状維持さえできれば問題はないと考えています」


「ふふん。やっぱりあんたに、わたいの講釈は必要なかっただわね」


「いえ。鞠山さんと意見を一致できたことで、より確信を抱くことができました」


 規格外の風格を持つ両名が意見の一致を見たことで、一部の人間がほっと胸を撫でおろしたようである。実は瓜子も、そのひとりであった。


(でも、鞠山選手と弥生子さんががっちりタッグを組んだら、こんなに心強いことはないよな)


 そんなことを考えていると、今度は瓜子にお鉢が回ってきた。


「いっぽううり坊は、寝技でメイメイに後れを取っているはずだわね。そのパワーバランスに変化はないんだわよ?」


「押忍。最近はメイさんの試合で寝技の展開になることも少なかったんで、推測するしかありませんけど……メイさんがこれまで通り寝技の稽古を積んでいたら、大きな変化はないでしょうね」


「ふむだわよ。この一年のメイメイの成長は、試合でしか計測できないんだわよ?」


「押忍。フロリダの方々とは、そんなに連絡も取り合っていませんので」


「それならうり坊が磨くべきは、テイクダウンディフェンスだわね。もちろんテイクダウンを取られた後にグラウンドから逃げる技術も磨く必要があるだわけど、テイクダウンを取られないに越したことはないんだわよ。そこのあたりが、対イヴォンヌ戦とのささやかな違いだわね」


 イヴォンヌ選手は攻撃的でありながら、最終的には判定勝利を狙うスタイルだった。それに対抗するために、瓜子はテイクダウンを取られるリスクを背負って果敢に攻め込もうという方針であったのだ。


 いっぽうメイは判定勝負を狙うようなタイプではなく、KOや一本を積極的に狙ってくる公算が高い。また、イヴォンヌ選手ほど完成されたオールラウンダーではなく、本質的にはストライカーで、組み技と寝技はごく限られた技術を徹底的に磨いているというスタイルであった。


 もちろんこの一年ばかりで、メイも新たな強さを身につけていることだろう。

 しかし、これまでの試合でメイが意外な動きを見せることはごく少なかったし、フロリダの篠江会長や専属トレーナーたるリューク・プレスマンもどちらかといえば長所をのばすタイプだと聞き及ぶ。瓜子たちが抱くメイ像に、大きな変化は生じていないはずであった。


 その末に、立松はまずテイクダウンを取られないように心がけるべきだと主張しており――そこでも、鞠山選手と意見が一致したようであった。


(やっぱり見る目がある人たちは、同じような結論に行き着くんだな)


 瓜子がそんな感慨を噛みしめている間に、鞠山選手の分析が次々に披露されていった。


 レベッカ選手を相手取る高橋選手は瓜子と同様にテイクダウンディフェンスを磨き、立ち技に勝負をかけるべきである。その際には、レベッカ選手にあまり免疫がないと思われる空手および柔道ルーツの技が有効であるという話であった。


 イヴォンヌ選手を相手取る灰原選手は、かつての瓜子と同じような戦略となる。寝技では力量差が甚だしいため、テイクダウンのディフェンスよりもグラウンドから逃げる技術を磨きぬき、テイクダウンを取られる覚悟で積極的に攻め込むのが肝要という論調だ。


 パット選手を相手取る青田ナナは、立ち技で相手の勢いをいなしつつ、いかにグラウンドで優位を取るかが肝要であるという話であった。相手はレスリング能力も高いので、それにどこまで対抗できるかが勝負の分かれ目になるとのことである。


 瓜子が知らない《アクセル・ファイト》のゾエという選手と対戦する魅々香選手は、相手の敏捷性にどこまで対抗できるかが胆となる。ゾエ選手は南米系で、確たるKOパワーは有していないと見なされているが、全身がバネのような躍動感であるという話であった。


「……それで最後は、あんただわね」


 と、鞠山選手は眠たげな目でユーリの姿をにらみ据える。


「最近のベリーニャは達人のごときカウンター技を習得して、いっそう厄介な存在に成り果てたんだわよ。おそらくはボクシング仕込みのアウトスタイルも捨てたわけではないだろうだわから、きわめて厄介な二刀流だわね。なおかつ、寝技勝負では……まあ、五分の状態では勝ち目がないだわね」


「ああ。桃園さんならそうそう一本を取られることはないだろうが、トータル的には劣勢に追い込まれちまうだろうな」


 立松が厳しい面持ちで応じると、鞠山選手は「そうだわね」と首肯した。


「そこでキモとなるのは、やっぱり立ち技なんだわよ。ベリーニャの唯一の弱みは平常体重を上げないポリシーから生まれるパワー不足と打たれ弱さだわから、なんとか立ち技で一発を当てて、グラウンドにおけるパワーバランスをひっくり返すしかないだわね」


「ああ。テイクダウンのディフェンスなんかは、二の次だろう。桃園さんならテイクダウンを取られてもそれなり以上に対抗できるはずだから、打撃と寝技を磨きぬくべきだろうな」


 ベリーニャ選手に対する対策には前々から頭を悩ませていたため、立松の言葉にもよどみはない。ユーリもまた、とても穏やかな面持ちで二人の会話を拝聴していた。


「それで、鞠山さん自身はどんなプランを立ててるんだい? 俺らも去年痛感させられたけど、ミンユーってのはなかなかに厄介な相手だろう?」


 鞠山選手が対戦するのは、瓜子が昨年の大晦日に対戦した《ビギニング》の初代王者・ミンユー選手である。三十一歳のベテラン選手であると同時に、隙のないオールラウンダーであり、判定勝負が多いという点は他の多くの《ビギニング》王者たちと共通していた。


「《ビギニング》も過去の試合映像が見放題になっただわから、対策も練り放題なんだわよ。ベテランのミンユーは研究の材料が多すぎて、困るぐらいだわね」


「へー! あんたなんかは、それ以上にトシをくってるけどねー!」


「雅ちゃん、低能ウサ公がまた何か騒いでるだわよ」


「だ、だからいちいち雅ねーさんを引っ張り出すなってばー! 雅ねーさんも、おっかない笑顔でにらまないでよー!」


「ともあれ、わたいの課題はいかに相手をグラウンドに引きずりこめるかだわね。それにはまず、ポイントゲームを制する必要があるんだわよ。逃げるだけじゃ勝てないという意識を相手に植えつけて、アクティブに攻めさせるのが肝要だわね」


「それじゃあ、まずは立ち技だな。でもミンユーが相手だと、あっちからテイクダウンを仕掛けてくる可能性もあるだろう。あいつに上を取られても問題はないっていう計算かい?」


「相手のリズムで上を取られるのは、多少のリスクが生じるだわね。どんな状況でもタップまでは奪わせないだわけど、あれだけのパワーとテクニックを持った相手だと塩漬けが厄介なんだわよ」


「それじゃあ、打撃と組みの攻防に同程度の重きを置くってこったな。ミンユーに関しては、実際に手を合わせた猪狩を頼ってくれ」


「もちろん、うり坊にはのちのちじっくり聞かせていただくだわよ」


 そんな具合に、ひと通りの考察は完了した。

 お次はその考察に基づいた、稽古の振り分けである。テイクダウンディフェンスを優先して磨くべきという命題を与えられた瓜子は、同じ課題を持つ高橋選手、および反対の課題を持つ青田ナナと魅々香選手が同じ班となり、さらにマリア選手と浅香選手が加えられた。


「猪狩と高橋さんはテイクダウンのディフェンス、ナナ坊と御堂さんはオフェンスを磨く稽古だな。マリアの嬢ちゃんと浅香さんは、相手によってスタイルを切り替えてくれ」


「猪狩はまた、ひときわでかぶつのグループに割り振られちまったね」


 と、高橋選手が気さくに笑いかけてくる。高橋選手と青田ナナと浅香選手はバンタム級であるし、まだ減量を始めていない魅々香選手とマリア選手もそれに負けないボリュームであったのだ。マリア選手は《レッド・キング》の試合を控えていたが、そちらでは男子選手と対戦するためにむしろウェイトを上げているぐらいの状態にあった。


(でも、いきなり新鮮な組み合わせだな)


 この中で、普段から出稽古でお相手をしているのは高橋選手のみである。もちろん見知った相手ばかりでも文句をつけるいわれはなかったが、こうまで新鮮な相手ばかりであるといっそうの気合がみなぎってやまなかったのだった。

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