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アトミック・ガールズ!  作者: EDA
33th Bout ~Winter of Fate~
910/955

ACT.3 Training camp 01 集結

『トライ・アングル』ワンマンライブの二日後――十一月の第四月曜日である。

 その日が新宿プレスマン道場における大がかりな合同稽古、あるいは仮想キャンプの幕開けであった。


 元来、道場のオープン時間は午前十時であるが、それも一時間繰り上げられている。そうして一般門下生のレッスンが開始される午後の五時までは、奥側の稽古場が貸し切りの状態とされるのだった。


 そこに出入りを許されるのは、大晦日のイベントに出場する女子選手とその協力者のみとなる。

 普段から出稽古に迎えている、灰原選手、多賀崎選手、小柴選手、小笠原選手、オリビア選手、高橋選手、鬼沢選手――出場選手である、鞠山選手、魅々香選手、赤星弥生子、青田ナナ――ギガント・ジムから新たに迎えた、横嶋選手、巾木選手――柔術道場ジャグアルの、兵藤アケミ、雅、香田選手、浅香選手――合宿稽古ではお馴染みの、武中選手――そして、シンガポールからやってくる、エイミー選手、グウェンドリン選手、ランズ選手――さらには、ロシアのオルガ選手も追加された。かつては彼女もプレスマン道場で稽古に励んでいた身であったので、今回も最終調整の場をお借りしたいという申し出が届けられたのだ。それで、せっかくならばと合同稽古にお誘いしたところ、一も二もなく快諾してもらえたのだという話であった。


 ともあれ、以上のメンバーと、それらの所属するジムや道場の関係者が、出入りを許されている顔ぶれとなる。

 女子選手だけでとてつもない人数であるが、もちろんその全員がいっぺんにやってくるわけではない。まずシンガポールやロシアの面々が来日するのは十二月になってからであるし、それ以外のメンバーも格闘技以外の仕事を抱える身であるのだ。完全にフリーの身であるのは、名古屋からやってくるジャグアルの面々と、年内は出稽古に集中すると決めたギガント・ジムの両名のみであるはずであった。


 また、ジャグアルの面々も地元に為すべきことを残しているため、初日から参加するのはアルバイトの長期休暇を取った浅香選手と特別顧問の雅のみであり、兵藤アケミは十二月になってから、香田選手は大学が終了するクリスマス前後から参加する予定になっていた。


 そんなわけで、稽古初日の朝一番から顔をそろえたのは、瓜子、ユーリ、灰原選手、多賀崎選手、小柴選手、小笠原選手、高橋選手、鞠山選手、魅々香選手、横嶋選手、巾木選手、雅、浅香選手という顔ぶれに相成った。


 これだけでも、十分に錚々たる顔ぶれであろう。

 初日の稽古を最初から見届けるために参じた立松も、稽古場に集まった面々に感慨深げな視線を巡らせることになった。


「半分がたはお馴染みの顔ぶれなのに、やっぱりずいぶん新鮮に感じられるもんだな。ジャグアルやギガントにはお初の相手もいるだろうが、どうか最後までよろしくお願いするよ」


 それぞれのジムや道場の流儀に従って、「押忍!」や「はい!」の声が入り乱れる。

 立松は満足そうにうなずきながら、さらに言いつのった。


「今日は初日なんで、俺もこの時間から駆けつけたがね。本来の業務は十時からなんで、今後は臨機応変に対応させてもらう。最初の一時間なんてのはほとんどウォームアップで終わっちまうだろうから、俺たちが毎日早起きする必要はねえだろう」


「それで、基本的には自分が合鍵をお預かりして、朝の開錠を受け持ちます。何か不測の事態で到着が遅れそうになるときはケータイでご連絡を入れますんで、よろしくお願いします」


 瓜子がそのように言い添えると、鞠山選手が「ふふん」と反応した。


「ということは、ようやくうり坊も原始人から進化したんだわよ? 昨今はみんなメッセージアプリ頼りなんだわから、ガラケーじゃ対応できないはずだわね」


「あ、はい。それに関しては、道場の端末をお借りしましたので……今日中に、アプリの使い方とかを勉強しておきます」


「往生際が悪いだわね。スマホに親でも殺されたんだわよ?」


「いやぁ、やっぱりスマホとかは使いなれないもので……もうしばらくは、原始人でいます」


 瓜子がそのように答えると、あちこちから笑い声が響きわたる。これで少しでも連帯感が補強されれば、幸いな話であった。


「あとな、のちのち面倒な話にならないように、きっちり告知させてもらう。今回の合同稽古で武魂会のお世話になる人らに関しては、こっちで必要経費を受け持つと同時に、多少ばかりのギャラを支払うことになったんだ。身銭を切るのは猪狩なんで、名目上そのお人らは猪狩に雇われる立場になるってこったな」


「ほうほう。つまりは、シンガポールまで同行したわたいたちなんかと、同じような立場ということだわね」


「そう。ちょうど武魂会でお世話になるのは小笠原さんとジャグアルの面々で、どのお人も大晦日のイベントと直接的な関わりがないからな。名目上は、フラットな立場の協力者に仕立てあげることができたってわけだ」


「それじゃあ本質は、フラットな立場の協力者じゃないんだわよ?」


「それに関しては、本人から説明してもらおう」


 立松にうながされて、瓜子は「押忍」と一礼した。


「今日から大晦日までの間、自分とユーリさんは数日だけ欠席することもあります。でも、その期間も小笠原選手たちはご遠慮なく稽古に参加してください。自分は自分だけじゃなく、大晦日に出場する選手全員のスキルアップを目標にしていますので」


「ふうん? じゃ、瓜子ちゃんはその出費を必要経費として申告しないってこと?」


 横嶋選手が言っているのは、おそらく税金の確定申告についてであろう。シンガポールに同行してもらったセコンド陣にまつわる滞在費やギャランティに関しては、ファイターの業務に必要な経費として計上しているのである。


「はい。こんな話で、節税するつもりはありません。とりわけジャグアルの人たちは身銭を切って名古屋から駆けつけてくださるので、少しでも負担を減らしたかったんです」


「まあ、普通に考えたらそうだよねぇ。あなただって、なんの義理もないのにバイトを休んでまで駆けつけたんでしょう?」


 横嶋選手に水を向けられた浅香選手は、「はいっ!」と元気に答えた。


「だけどわたしは、みなさんとの合同稽古がどれだけ身になるかを知っていますので! これでお金までいただいてしまうのは、なんだか恐縮です!」


「それじゃあ最初はボランティア精神で、一ヶ月以上も滞在するつもりだったの? ほんと、瓜子ちゃんみたいな善人には善人が寄ってくるんだねぇ」


 横嶋選手がくすくす笑うと、鞠山選手が遠慮なく発言した。


「そういうあんたたちも、自腹で合同稽古に参加するわけだわね。十分に豪気な話なんだわよ」


「わたしたちも《ビギニング》でそこそこのファイトマネーをいただけたから、それを自分に投資しただけですよぉ。もちろん稽古場をお借りする恩返しとして、大晦日に出場する人たちの手伝いを最優先にしますけどねぇ」


「おー、自分に投資って、いい言葉だねー! あたしも、使わせてもらおーっと!」


 と、しばらく退屈そうにしていた灰原選手が、にわかに勢いよく声をあげた。


「実はあたしも今回のイベントで、がっぽりファイトマネーをいただくことになってさー! それで年内は、仕事を休めるだけ休むことにしたんだよー! 毎回これぐらい稼げたら、ファイターを本業にできるよねー!」


「あんまり生臭い話を持ち出すんじゃないだわよ。デリカシーの欠落したウサ公だわね」


「金額を言わなきゃ、問題ないっしょ? でも、こんな大盤振る舞いして、パラス=アテナは大丈夫なのかなー? まさか、これを最後の興行にする気じゃないだろうね?」


「そんな心配は無用だわよ。地上波放送ならケタの違う放映権料がゲットできるだわから、三団体で折半してもそれなり以上の収益になるんだわよ。駒形代表は、それをきちんと出場選手に還元しようとしてるわけだわね」


「そっかー! じゃ、マコっちゃんたちも来年は出られるいいねー!」


「こんなイベントが毎年開かれるわけないだろ。ったく、お騒がせしちまって、申し訳ありませんね」


 多賀崎選手が頭を下げると、立松は厳粛なる面持ちで「いや」と応じた。


「そういう話も、多少はきっちりしておくべきだろう。出場選手はけっこうなファイトマネーをいただけるはずだが、それ以外のお人らは何の得もなしに集まってるんだ。普通だったら、気合に差が出て当然だわな」


「そんなしみったれた人間は、最初からこの場に集まらないでしょうけどね」


 と、小笠原選手もゆったりと声をあげた。


「イベントに出場する日本人選手が活躍すれば、格闘技業界が盛り上がります。それに協力するのだって、自分に投資するようなもんですよ。……それでもって、さっき浅香も言ってた通り、こういう合同稽古がどれだけ身になるかは痛いほど理解してますからね。どこを見回したって、損なんかありません」


 そのように言ってから、小笠原選手は小柴選手のほうを振り返った。


「で、同じ立場でありながら、武魂会に寝泊まりする人間だけギャラがいただけちゃうわけだよ。それを気にして、最初にきっちり説明しておこうって話になったんだろうね」


「なるほど! でも、そんな話に文句をつける人間はいないはずです!」


「うん。猪狩たちは、それを確認したかったんだろうと思うよ」


 それは、小笠原選手の言う通りであった。まあ、確認したかったというよりは、筋を通したかったのだ。こんな話に文句をつける人間がいないことは、最初からわかりきっていたのだった。


 この場にはこれだけ大勢の人間が集っているが、それぞれ立場や環境が異なっている。

 それでも根源にあるのは、強くなりたいという思いであるはずだ。

 そこに損得勘定は存在しないはずであった。


「それじゃあこの後は、合同稽古の期間中の細かい取り決めなんかを説明しておきたいんだが……いい加減に、身体が冷えちまうわな。あとは事務的な話が多いんで、ウォームアップをしながら適当に聞いてくれ」


 立松がそのように語ったとき、稽古場の扉がノックされた。

 その常ならぬ現象に、立松は「あん?」と眉をひそめる。関係者であればノックなど不要であるし、関係のない人間がここまで入ってくることはないはずであった。


「どなたさんだい? 今は関係者以外、立ち入り禁止だよ」


「失礼します」という声とともに扉が開かれると、稽古場の面々がどよめいた。

 姿を現したのは、赤星道場の女子選手たち――赤星弥生子、青田ナナ、マリア選手、大江山すみれの四名であったのだ。


「こちらの出稽古に参加するのは初めてでしたので、どのように振る舞うか迷ってしまいました。私たちも、これから参加させていただけますか?」


「ああ、もちろんさ。そっちのお二人も、つきあってくれるんだな」


 それは、マリア選手と大江山すみれのことであろう。彼女たちは出場選手ではなかったが、赤星道場の関係者として出入りを許されていた。


「私とマリアは《レッド・キング》の試合の調整期間に入っていますので、限定的な参加となります。それでよければ、お願いします」


「了解したよ。それじゃあ、猪狩、更衣室に案内してやれ」


 瓜子は「押忍」と応じながら、赤星弥生子たちのもとに歩を進めた。

 その間も、稽古場はまだ少しどよめいている。やはりプレスマン道場に赤星道場の面々を迎えるというのは、椿事であったし――ギガント・ジムの両名に至っては、これが初の対面であったのだった。


「みなさん、ご参加ありがとうございます。これから大晦日まで、よろしくお願いします」


 瓜子がそのように告げると、赤星弥生子は凛然とした面持ちで「うん」とうなずいた。


「これは、誰にとっても正念場だろうからね。日本人選手が全員勝利できるように願いたいものだ」


「ええ。こんなメンバーが集まったら、誰にも負ける気はしませんけどね」


 瓜子がそのように応じると、赤星弥生子は凛々しい面持ちのまま目もとだけをやわらげた。


「猪狩さんも、意欲に満ちみちているようだね。これだけでも、出向いた甲斐があったというものだ」


 瓜子たちはたびたび赤星道場の合宿稽古に参加していたが、赤星道場の女子選手が余所の合同稽古に参加するというのは、これが初めてのこととなる。赤星道場の強さを証明したいと願う彼女たちは、他の勢力と一線を引いた関係を保っていたのであった。


 そんな彼女たちが、総出でプレスマン道場にやってきたのである。

 それだけ彼女たちも、大晦日のイベントを重く考えているのだろう。

 その強い思いこそが、この場に集まった面々を望む結果に導いてくれるはずであった。

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