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アトミック・ガールズ!  作者: EDA
33th Bout ~Winter of Fate~
909/955

05 覚悟と勇気

 ライブを終えた後は、恒例の打ち上げであった。

 今回も、女子選手の一行はのきなみ招待されている。それをお断りしたのは、サキと理央の両名のみだ。明日の日曜日はあけぼの愛児園の児童たちと遊びにいく予定があるそうで、理央の体力を温存する必要があるとのことであった。


 しかし、他なる面々だけで、ずいぶんな人数である。

 本番前の楽屋でも語られていた通り、本日は過去最大の人数であったのだ。


 愛音、蝉川日和、灰原選手、多賀崎選手、鞠山選手、小笠原選手、小柴選手、オリビア選手、高橋選手というレギュラーメンバーに加えて、マリア選手と二階堂ルミ、浅香選手と連れの娘さんという、総勢十三名だ。『トライ・アングル』の他のメンバーが招待客の枠をほとんど使っていないからこそ、実現可能な人数であった。


 その中で、浅香選手と連れの娘さんだけは、正規の手順でチケットを購入している。

 だからというわけではないが、瓜子は打ち上げの場でまずそちらの両名のお相手をすることになった。


「もうご存じかと思いますけど、わたしも週明けからの合同稽古に参加できることになったんです! だから、今日の内に荷物を運び込んで、小笠原さんのお世話になることになりました!」


 小笠原選手の世話とは、宿泊施設についてである。関西からやってくるメンバーは、小笠原選手の伝手で武魂会の道場に併設された施設で寝泊まりすることが許されたのだ。


「アケミさんは十二月になるまで動けませんし、真央さんも大学が終わるまで参加できませんけど、雅さんは明日の夜に駆けつける予定です! あ、でも、雅さんは個人でホテルに泊まるって仰ってました!」


「雅さんは、つくづく団体行動が苦手なんすね。でも、明日から年の終わりまでホテルで過ごすとなると、大出費っすよね」


「はい! 雅さんは、実家がお金持ちみたいですね!」


 その口ぶりからして、浅香選手も雅の実家がどのようなものであるのかわきまえていないようである。瓜子もまた、着物にまつわる業種なのであろうという風聞しか耳にしていなかった。


「わたしは明日、ひとりで新幹線で帰ります。でも本当に、来た甲斐がありました」


 興奮さめやらぬ浅香選手に対して、連れの娘さんは陶然としている。柔術道場ジャグアルの道場主の娘さんだ。どちらも『トライ・アングル』のステージにご満足いただけたようで、瓜子も感無量であった。


「ジャグアルの人たちまで合同稽古に参加してくれて、本当にありがたく思っています。宿泊先のほうはどうにかなったみたいですけど、それ以外はみんな自腹なんですもんね」


「はい! でも、必要なのは食費ぐらいですからね! わたしたちだって勉強できるんですから、どうってことありません!」


 浅香選手はそのように言ってくれたが、やはり瓜子としては申し訳なさを払拭しきれない。よって、裏ではひそかに彼女たちを支援できないかと、立松に相談しているさなかであった。


(こっちの強化合宿に協力してくれるなら、ギャラを払うのが当然の話だもんな。相手の親切心に金銭で返すっていうのは、無粋な気もするけど……甘えるばっかりなのも、よくないはずだ)


 しかも瓜子は《ビギニング》の所属であるため、今回も莫大なファイトマネーを手にするのである。なおかつ、国内の興行であれば滞在費も生じないため、必要経費も皆無であったのだった。


「また格闘技の話? こんな日ぐらいは、ライブの話で盛り上がりなってば!」


 と、どこからともなく出現した灰原選手がビールのジョッキを片手に、瓜子の肩を抱いてくる。それに続いて、多賀崎選手もやってきた。


「今日は本当に、過去最高の盛り上がりだったね。桃園も、すごかったよ」


「うにゃあ。ユーリはみなさんのご支援あってのことですのでぇ」


 猛烈な勢いで食欲を満たしていたユーリは、ふにゃふにゃとした笑顔を返す。そのいつも通りの脱力加減に、多賀崎選手は安心したような笑顔を見せた。


「体調にも問題はないみたいだね。明後日からの合同稽古も、楽しみにしてるよ」


「だーかーらー! ライブの話をしなってば! マコっちゃんだって、何度も泣きそうになってたっしょー?」


「あんたみたいに大泣きはしてないけどね。……桃園本人とそんな話をするのは、ちょいと気恥ずかしいんだよ」


「うにゃあ。ユーリこそ、多賀崎選手におほめのお言葉をいただくのはシュウチの限りなのですぅ」


 そうしてこちらが楽しく騒いでいると、タツヤやダイもにじり寄ってくる。これも打ち上げでは、お決まりのパターンであった。


「みんな、お疲れさん! 次は、みんなが頑張る番だな! 久子ちゃんもあんな厄介なやつとぶつけられて、てんてこ舞いだろ?」


「もー! タツヤくんたちまで、格闘技の話? ピンク頭やうり坊の格闘技バカが伝染っちゃったんじゃないのー?」


「ライブなんざ、終わっちまったら話すこともねーからな! それよりやっぱり、大晦日の大一番だろ!」


「本当だよ! 全員が全員、海外の強豪選手とやりあうんだもんな! マジで、観にいけないのが残念だよ!」


 そんな風に言ってから、タツヤはしょんぼりと肩を落とした。


「でも、小笠原さんがエントリーされなかったのは残念だよなぁ。普通だったら、ユーリちゃんの次に選ばれそうなのによ」


「トッキーはミッチーにベルトを譲っちゃったから、しかたないんじゃん? ま、あたしも人のことは言えないけど、何せ人気者だからなー!」


「そんな台詞を吐いてもムカつかせないのが、久子ちゃんの特技だよな。……でも、マジで残念だよ。小笠原さんが出場してたら、絶対に《ビギニング》や《アクセル・ファイト》にスカウトされてただろうからなぁ」


「トッキーだったら、自力でどーにかできるって! まずはあたしらがうり坊に続いて、突破口を開いてやるさー!」


 灰原選手が元気いっぱいに宣言すると、タツヤもそれに感化されたように彼らしい笑顔を取り戻した。

 なおかつ、灰原選手たちは《ビギニング》に契約解除されたユーリの前でも、こういった話題を避けたりはしない。それもまた、ユーリであれば自力で運命を切り開くと信じているがためであるのだろう。その遠慮のなさこそを、瓜子は何より得難く思っていた。


「ねえねえ、瓜子ちゃん。ちょっといいかなぁ?」


 しばらくして、そんな風に声をかけてくる者があった。

 誰かと思えば、円城リマである。彼女は打ち上げが始まってから、ずっと姿が見えなかったのだ。


「リマさん、どこにいたんすか? 打ち上げには出ないで帰っちゃったのかと思ってました」


「うん。瓜子ちゃんに話があったから、居残ってたんだよぉ。少しだけ、時間をもらえる?」


 円城リマにそのように言われては、断ることもできない。愛音は蝉川日和とともに赤星道場のお二人のお相手をしていたので、瓜子は多賀崎選手にユーリの身を託して腰を上げることになった。


「実は、頭痛がぶり返しちゃってさ。きちんとしゃべれるぐらい回復するまで、車で休ませてもらってたんだよぉ」


 なるべく人気のない壁際まで退くなり、円城リマはそのように告げてきた。


「それは大変だったっすね。もう大丈夫なんすか?」


「あんまり大丈夫じゃないけど、まともにはしゃべれてるでしょ? もうあんまり長くはもたなそうだから、単刀直入に言わせてもらうねぇ」


 普段と変わらぬ穏やかな笑顔で、円城リマは瓜子の耳もとに口を寄せてきた。


「申し訳ないんだけど、ヒロくんのお相手をしてくれる? 瓜子ちゃんたちがシンガポールから戻って以来、ヒロくんはずっと心配してたからさぁ」


「え? 確かにあの頃は、心配をかけちゃったと思いますけど……ヒロさんは、まだ心配してくれてるんすか?」


「いやぁ、ヒロくんはずっと瓜子ちゃんたちのことを心配してたけど、なかなか声をかけるタイミングがなかったみたいでさぁ。それで悶々としてる間に、瓜子ちゃんたちが自力で元気になったもんだから、今度は子供みたいにすねちゃったんだよねぇ」


 瓜子が目をぱちくりさせていると、円城リマはくすくすと笑った。


「すねたっていうか、自分が何の力にもなれなかったことにモヤモヤしてるって感じなのかなぁ。それでわたしと大喧嘩して、第二の離婚の危機だったんだよぉ」


「そ、それは本当のお話なんですか? 冗談だとか言わないでくださいよ?」


「冗談なんて言わないよぉ。わたしたちって、それぐらい面倒くさい人間だからねぇ。だから瓜子ちゃんを養子にいただいて、かすがいになってほしかったんだけどなぁ」


 円城リマは笑いながら、「あいててて」と自分のこめかみを押さえた。


「そろそろタイムリミットかなぁ。まあそんな感じで、こっちの空気を緩和させるためにも、ヒロくんのお相手をしてくれる? どうせ瓜子ちゃんとじっくりおしゃべりしたら、ヒロくんなんてすっかりご機嫌なんだろうからさぁ」


「はあ……なんというか、返す言葉も見つからないんすけど……」


「わたし相手に頭を悩ませる必要はないよぉ。それじゃあ、よろしくねぇ」


 円城リマは大儀そうに身を起こすと、ひらひらと手を振って打ち上げの場から退室していった。

 瓜子は大いに思い悩みながら、山寺博人の所在を確認する。彼は珍しくリュウと膝を突き合わせて、ひっそりお酒を楽しんでいるようであった。


(……とりあえず、放ってはおけないよな)


 瓜子は気持ちをしっかりと持って、山寺博人のもとに歩を進める。

 まずは瓜子の接近に気づいたリュウが、「よう」と笑顔を向けてきた。


「どうしたんだい? 単独行動なんて、珍しいじゃん」


「あ、はい。ちょっとヒロさんにお話があったんすけど……そちらも大事なお話し中っすか?」


「へえ、今度は山寺が呼び出される立場になったのか。ダイたちにバレたら、また大騒ぎだな」


 と、リュウはいつも通りの笑顔を見せながら、自分のグラスを手に立ち上がった。


「こっちは別に急ぎの用件じゃないから、かまわないよ。ここなら盗み聞きの心配もないだろうし、ゆっくりしていきなよ」


「あ、どうもすみません。なんだか、追い出すみたいな格好になっちゃって……」


「いいっていいって。俺もそろそろ賑やかな面々が恋しくなってきた頃合いだったからさ」


 優しいリュウに頭を下げてから、瓜子は彼の温もりが残された座布団に着席した。

 とたんに、山寺博人は不機嫌そうな仏頂面をぐっと近づけてくる。


「さっき、あの馬鹿女とつるんでるのが見えたぞ。どうせまた、ロクでもないことを吹き込まれたんだろ?」


「あ、いえ……ヒロさんにも色々と心配をおかけしてしまったので、きちんとおわびをしておこうかと思って……」


「やっぱり、そんな話かよ」と、山寺博人はさらに顔を寄せてくる。その長い前髪の隙間から、うっすらと目が見えるぐらいの至近距離であった。


「あいつは俺がお前たちのことで不機嫌になってるって、勝手に決めつけてるだけなんだよ。俺はあいつのいい加減さにムカついただけで、お前たちは関係ない」


「そ、そうっすか。でも、自分たちが心配をおかけしたのは事実ですし……」


「ふん。そんなもん、自力で解決したじゃねえか」


 と、山寺博人は仏頂面で言い捨てる。

 瓜子としては、どこまで円城リマの言葉に信憑性を置くべきか、判断に困る場面であった。


「……なんだよ、そのツラは? あの馬鹿女に、何を吹き込まれたんだ?」


「あ、いえ、ええと……なんと言うべきか……」


「何にせよ、終わった話にうだうだと文句をつける気はねえよ。覚悟を決めたんなら、最後まで突っ走りやがれ」


 そのように語る山寺博人は、ひどく真剣な眼差しになっている。

 それで瓜子が背筋をのばすと、山寺博人はさらに言いつのった。


「そんな話は、楽屋で終わってんだろ? 俺たちだって、お前と同じ覚悟を決めてるんだよ」


「その、覚悟っていうのは……ユーリさんのことっすよね?」


「他に、何があるんだよ? こんな話は、見守るほうがしんどいに決まってるんだからな」


 山寺博人の骨張った拳が、ごつっと瓜子の膝を小突いた。


「それでもお前は、あいつを見守るって決めたんだろ? だったら俺たちだって、お前を見習うしかない。それでみんな、腹をくくることに決めたんだよ」


「え……それって、どういう……」


「一番しんどいのは、一番あいつのそばにいるお前だろ。だったら、俺たちが泣き言を垂れてるヒマなんてあるかよ。……お前は俺たちの手本なんだから、しゃっきりしろや」


 瓜子の膝を小突いた山寺博人の拳は、そのまま瓜子の膝に触れている。

 衣服の生地ごしに伝えられるその温もりが、瓜子の涙腺を刺激してやまなかった。


「……すみません。ヒロさんにおわびをしにきたのに……またお世話をかけちゃいました」


「いいから、涙をひっこめろよ。また俺をあいつらの餌食にしてえのか?」


 と、山寺博人の声がふいに苦笑の気配をはらむ。

 それでは瓜子も、涙のひっこめようがなかった。


 いったいどこからどこまでが円城リマの思惑であったのか、瓜子にはさっぱり見当もつかなかったが――ともあれ、瓜子は山寺博人と語ることで、また大きな勇気を授かることがかなったのだった。

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