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アトミック・ガールズ!  作者: EDA
33th Bout ~Winter of Fate~
903/955

08 宣誓

 多賀崎選手とマリア選手の熱戦に続いて、第九試合はサキと金井選手の一戦である。

 しかしそちらは、呆気なく終了してしまった。どうやら金井選手は自らもステップワークを駆使してサキを翻弄しようという作戦であったようだが、サキはするする接近したかと思うと居合切りめいた三日月蹴りを振りかざし、その一撃で金井選手を悶絶させてしまったのだった。


 一ラウンド十二秒で、サキの秒殺勝利である。

 ここでダメージを負ったならば、大晦日の大一番はどうなるか――と、ひそかに心配していた瓜子が脱力するような幕切れであった。


 しかしまあ、ノーダメージの完全勝利に文句をつけるいわれはない。それで瓜子が思いのままに祝福の言葉を捧げると、またサキに頭を小突かれることに相成った。


 フルラウンドの大熱戦の直後に秒殺のKO劇が披露されて、客席の盛り上がりは最高潮である。

 そんな中、本日のメインイベントである魅々香選手とラウラ選手の一戦が開始された。


 魅々香選手は王者であるが、こちらはノンタイトルマッチである。

 事情通の鞠山選手によると、ここでラウラ選手が勝利したならば、ダイレクトリマッチでタイトルマッチが企画されるらしい。魅々香選手に連勝できればラウラ選手が戴冠できるという、そんな構図であったわけであった。


 動画チャンネルの人気者であるラウラ選手には、それだけの期待がかけられているのだ。

 もちろん彼女は、実力も確かである。そうでなければ、《アトミック・ガールズ》よりも硬派である《フィスト》で厚遇されるわけもなかった。


 ただし、《アトミック・ガールズ》の選手を相手にすると、ラウラ選手は戦績が振るわない。瓜子にも多賀崎選手にも秒殺で敗北しているのだから、そこだけを鑑みればまだ《アトミック・ガールズ》の王者の器ではなかった。


(ただ、それ以外の試合では、ほとんど全勝なんだよな。《フィスト》のレベルがそこまで低いはずはないから、やっぱり相性の問題なんだろう)


 そんな思いを胸に、瓜子はその一戦を見届けることになった。

 魅々香選手とラウラ選手が対峙すると、客席にはいっそうの歓声が吹き荒れる。スキンヘッドで爬虫類めいた強面である上に筋骨隆々の魅々香選手と、金色に染めた髪に褐色の肌でタレントのように見目のいいラウラ選手は、見た目からして対極的な存在感を有していた。


 魅々香選手は柔術茶帯だが、ラウラ選手は黒帯である。

 背丈はほとんど差もないが、魅々香選手は肩幅が広くて腕も長いためにリーチでは圧倒的にまさっている。

 魅々香選手は豪快なパンチと堅実な寝技を武器とするオールラウンダーで、ラウラ選手はムエタイ&柔術のアウトファイター――そんなさまざまな情報が、いったいどのような試合になるのかという期待をかきたてた。


「ま、こいつはマコっちゃんに秒殺されてるからなー! マコっちゃんといい勝負をできるミミーだったら、楽勝っしょ!」


 多賀崎選手の勝利でご機嫌な灰原選手が遠慮のない意見を口にすると、彼女を上機嫌にした張本人が頭を引っぱたいた。


「御堂だったら、あんたみたいに相手を軽く見ないだろうね。……そうしたら、勝つのは御堂だろうさ」


「だったら、なんで引っぱたくのさー!」


「言い方ってもんがあるでしょうよ。お騒がせしちゃって、申し訳ありませんね」


 多賀崎選手が周囲の面々に頭を下げたが、いまさら灰原選手の軽口に腹を立てる人間は少ないことだろう。しかしそれも、多賀崎選手のフォローがあっての結果なのかもしれなかった。


 そんな中、メインイベントは粛然と開始される。

 ラウラ選手は、やはり得意のアウトスタイルだ。趣味でダンスをたしなむという彼女は、ステップワークも華麗であった。


 魅々香選手は深いクラウチングの体勢で、じわじわと距離を詰めていく。

 瓜子はスパーリングでしか魅々香選手を相手取った経験はないが、その迫力はまざまざと思い知らされている。余裕の表情を保ちながら、ラウラ選手もそれなり以上のプレッシャーを受けているのではないかと思われた。


 ラウラ選手は、牽制の関節蹴りを射出する。

 マットを踏みしめてその衝撃に耐えた魅々香選手は、逆の足で大きく踏み込みながら右腕を振りかぶった。


 魅々香選手には珍しい、スイッチと同時の右フックである。

 その豪腕がうなりをあげて、ラウラ選手のテンプルを撃ち抜いた。


 ラウラ選手は立った状態で半回転して、ばたりとマットに倒れ込む。

 レフェリーは躊躇なく両腕を交差させて、試合終了の合図を示した。


『一ラウンド、二十五秒! 右フックにより、魅々香選手のKO勝利です!』


 客席には怒涛の歓声が巻き起こり、灰原選手は「ほらほらー!」と快哉の声を張り上げた。


「あたしの言った通りじゃん! こんなやつ、マコっちゃんやミミーの相手じゃないんだよー!」


「……うん。たぶんこいつは、スロースターターなんだろうね。そうじゃなきゃ、こうまで秒殺が重なることはないだろうさ」


「とはいえ、この小娘を秒殺できたのはマコトとうり坊と美香ちゃんのみだわよ。この小娘を秒で仕留めるには、チャンピオンクラスの実力が必要だということだわね」


 魅々香選手と仲良しである鞠山選手も、ご満悦の表情である。

 ともあれ、メインイベントも無事に終了して、残すは閉会式のみであった。


「さあさあ、移動だ。邑崎も、動けるか?」


「もちろんなのです! これだけ時間をいただけば、完全回復なのです!」


 などと言いながら、愛音は両膝が震えてしまっている。なおかつ、左腕と左鎖骨のダメージが甚大で、けっきょくアームホルダーのお世話になることになったのだ。

 その痛々しい姿に苦笑しながら、立松は瓜子に向きなおってきた。


「試合は終わったが、お前さんは邑崎のセコンドだからな。どうせ入場口まではご一緒するんだから、肩でも貸してやれ」


「だ、大丈夫なのです! そもそも猪狩センパイは身長がアレなので、肩をお借りしても歩きにくいのです!」


「ちびすけで悪かったっすね。それじゃあ、ユーリさんに肩をお借りしたらどうっすか?」


「そ、そんなこと、できるわけがないのです! やっぱり猪狩センパイは、極悪非道の人でなしなのです! 人の皮をかぶったイノシシさんなのです!」


 そうして楽しく騒ぎながら、瓜子たちは試合場を目指すことになった。

 閉会式には、大晦日の合同イベントに出場する選手も招聘されている。今日の出場者であるサキと魅々香選手およびセコンドの高橋選手を除けば、こちらから参じるのは瓜子とユーリと鞠山選手の三名であった。


「それではまず、本日の出場選手の方々だけ入場をお願いします」


 入場口の裏手に到着すると、運営のスタッフがそのように告げてくる。

 合同イベントの話に触れる前に、今日の興行をきちんと総括するのだろう。駒形氏らしい、誠実な配慮であった。


 サキたちが入場したのちは、鞠山選手が扉にべったりと張りついて閉会式の様子をうかがう。

 おそらく駒形氏が挨拶しているのだろうが、歓声がすごいので瓜子の耳ではまったく聞き取れない。そんな中、瓜子はユーリに笑いかけた。


「ユーリさんは、まだちょっと不安そうなお顔っすね。心配しなくても、ユーリさんの出場にブーイングをあげるような人間はいないっすよ」


「うん……ユーリのようなフラチモノは、どれだけのブーイングをいただいても致し方ないのですけれども……せっかくのイベントを盛り下げてしまったら、申し訳なさのキョクチなのですぅ」


「だったらそこは、ユーリさんの力で盛り上げてください。ファンの期待に応えるのが、ユーリさんの身上でしょう?」


「うん……」と肩を落としかけたユーリは、にわかにしゃんと背筋をのばした。


「ユーリがしょんぼりしてたって、見苦しいだけだもんねぇ。せいいっぱいお胸を張って、ブーイングでも何でも笑顔で受け止めてみせるのです!」


「その意気っすよ。まあ、しょんぼりしたユーリさんも、なかなか可愛いもんですけどね」


「うにゃあ。不意打ちのノーサツ発言はヒレツなのですぅ」


 と、ユーリは身をよじりながら、瓜子の頬をつついてくる。

 きっと全力で、負の感情を体外に排出したのだろう。それはすなわちアイドルとしての仮面をかぶったということでもあったが、その無邪気な笑顔の魅力に変わりはなかった。


「それでは、猪狩選手と鞠山選手は入場をお願いします」


 スタッフの言葉に従って、瓜子と鞠山選手は花道に足を踏み出した。

 きっと反対側の花道からは、赤星弥生子が入場しているのだろう。会場には、試合中に匹敵するような大歓声が吹き荒れた。


 そうしてケージに上がってみると、すでにサキと魅々香選手と高橋選手がリングアナウンサーのもとに並ばされている。

 瓜子たちがその列に加わると、リングアナウンサーが笑顔で声を張り上げた。


『《アトミック・ガールズ》アトム級王者、サキ選手! 同じくストロー級王者、まじかる☆まりりん選手! フライ級王者、魅々香選手! バンタム級王者、高橋道子選手! そして、《ビギニング》ストロー級王者、猪狩瓜子選手! 《レッド・キング》の代表、赤星弥生子選手! 以上、こちらの六名の選手が、来たるべき大晦日の合同イベントに出場いたします!』


 合同イベントの概要については、すでに語られた後であるのだろう。この大歓声には、そのイベントに対する期待も込められているわけであった。


《ビギニング》に所属する瓜子も同じ場でお祝いさせてもらえるというのは、ありがたい限りである。今日はセコンドとして《アトミック・ガールズ》の公式ウェアを纏っているので、疎外感を覚えるいわれはどこにも存在しなかった。


 瓜子を除く五名の選手も、堂々としたたたずまいで立ち並んでいる。

 本日の出場選手であったサキと魅々香選手もノーダメージの秒殺勝利であったため、力強さに変わりはない。むしろ、試合のために調整してきたサキたちこそ、もっとも鋭い力感を発散させていた。


『それでは、各選手におひとりずつ、熱い意気込みを語っていただきたく思います!』


 と、ユーリを呼ぶ前に、インタビューが開始された。

 これもまた、ユーリの出場を発表すると観客の関心がそちらに集中してしまう恐れがあるためなのだろう。かえすがえすも、駒形氏の配慮が感じられた。


『うっせーなー。やりあう相手も決まってねーのに、意気込みもへったくれもあるかよ。アタシはただ、目の前の相手をぶちのめすだけのこった』


 と、アトム級王者のサキを皮切りに、インタビューは進められていく。まずは《アトミック・ガールズ》現王者の、軽い階級から順番に進めていくようであった。


『対戦相手は《ビギニング》の所属選手か《アクセル・ファイト》の所属選手か、マッチメイクが楽しみなところだわね。皆々も、期待して待つがいいだわよ』


『きょ、今日の試合でも何とか結果を出すことができましたので、大晦日でも勝利を目指せるように頑張ります』


『どんな選手をぶつけられるか、本当に楽しみなところですね。アトミックの選手が世界で通用するってことを、証明してみせますよ』


 そうして四名の王者たちがそれぞれの気性に見合ったコメントを残すと、次は赤星弥生子にマイクが向けられた。


『私が女子選手を相手取る公式試合に臨むのは、猪狩さんとの対戦以来の二年ぶりとなります。その試合で引き分けた猪狩さんも世界で力を示しているさなかですので、私もそれに続きたいと思っています』


 赤星弥生子のそんな言葉には、これまで以上の歓声が吹き荒れた。

 瓜子もまた、二年前の死闘に思いを馳せて、胸を熱くする。あれからもうすぐ二年も経つなどとは信じられないほど、赤星弥生子の強さはこの身に刻みつけられていた。


『では、最後に! かつて《アトミック・ガールズ》の絶対王者として君臨していた、猪狩選手もお願いいたします!』


『押忍。自分が絶対王者だなんて、おこがましい限りっすね。自分はいつでも必死でしたし、次の試合も必死で頑張ります。それでたぶん、自分がアトミックの選手にぶつけられる可能性は低いでしょうから、心置きなくみなさんの応援をさせていただきます』


 瓜子が語ると、また歓声が渦を巻く。

 それがひとしきり収まるのを待ってから、リングアナウンサーは駒形氏に向きなおった。


『それでは、駒形代表! 大晦日の合同イベントに関して、何か追加情報があるそうですね? そちらを、お願いいたします!』


『は、はい。たびたび出しゃばってしまいまして、申し訳ありません。この場をお借りして、皆様にお知らせさせていただきたいお話がございます。……かつて《アトミック・ガールズ》のバンタム級王者であったユーリ選手が健康上の不安を理由に《ビギニング》との解約解除に至った件については、まだ記憶に新しいかと思われます』


 駒形氏が放った『ユーリ選手』のひと言に、客席が大きくどよめく、

 額の汗をふきながら、駒形氏は懸命に言いつのった。


『原因不明の症状に見舞われたユーリ選手に関しては、皆様もさまざまな思いを抱いておられることでしょう。わたしもそのひとりに過ぎませんでしたが、このたび、大きな決断を下すことに相成りました。……わたしは《アトミック・ガールズ》を運営するパラス=アテナの代表として、再びユーリ選手を迎え入れたいと思います』


 今度こそ、驚愕の歓声が爆発した。

 その歓声に負けじとばかりに、駒形氏も声を張り上げる。


『そしてユーリ選手には、大晦日の合同イベントにも参戦していただくことになりました! ユーリ選手、ご入場をお願いいたします!』


 大歓声の中、赤コーナー陣営の花道がスポットに照らされる。

 そこにユーリが純白の姿をさらすと、狂おしいほどの歓声が巻き起こった。


 無邪気の仮面をかぶったユーリは満面の笑みで、ひらひらと手を振っている。そして行進のさなかにくるりとターンを切って、いつも通りの魅力と活力を振りまいた。


 やがてユーリがケージに到着しても、歓声の勢いは変わらない。

 ユーリは四方に頭を下げてから、瓜子の隣に笑顔で立ち並んだ。


『ユーリ選手、おかえりなさい! 《ビギニング》との契約解除は残念な限りでありましたが、今こうしてユーリ選手をお迎えできることを、わたしは心から嬉しく思っています!』


 駒形氏からハンドマイクを取り返したリングアナウンサーが盛大に声を張り上げると、客席の熱狂は怖いぐらいに高まった。


『ありがとうございまぁす。ユーリなんかが出戻っちゃっていいのかなあという思いは尽きないのですけれど……少しでもみなさんに恩返しできるように、ユーリも頑張りまぁす』


 ユーリは、あくまで屈託がない。しかし、たとえ負の感情を体外に排出していようとも、その笑顔が作り物なわけではないのだ。因果なことに、ユーリのアイドルとしての仮面もまた、ユーリの素顔のひとつであったのだった。


 そして、語る言葉にも嘘はない。こんなににこにこ笑っていたら、本当に申し訳なく思っているのかと疑いたくなってしまうところであろうが――ユーリは感情の部分をコントロールしているだけで、言葉の内容に偽りはなかったのだった。


『ただ一点、ご確認をさせていただきたいのですが……健康上に、不安はないのでしょうか? 試合の直後に心肺の停止が確認されるというのは、只事ではないと思うのですが』


 リングアナウンサーのそんな言葉に、大歓声が不安げなどよめきに変質する。

 瓜子自身、この場でその話題に触れるとは想像していなかったので、思わず息を呑んでしまった。


 しかし、ユーリの笑顔に変わりはない。

 ユーリは無垢なる笑みをたたえたまま、『はぁい』と応じた。


『ユーリはおばかちゃんですので、医学的なお話はこれっぽっちもわからないのですけれど……ユーリはたとえ心臓が止まってしまっても、不死鳥のごとく蘇る所存なのですぅ』


 さすがに客席の人々も、それだけの言葉で安心することはできないだろう。

 すると――駒形氏が、再びハンドマイクを握りしめた。


『わたしは、ユーリ選手のお言葉を信じます! それでも、万が一の事態が生じたならば……わたしが、全責任を負わせていただく所存です! これはわたしの独断専行であり、《ビギニング》や《JUFリターンズ》の運営陣はもちろん、パラス=アテナの他なるスタッフにもいっさい責任はないものと思し召しください!』


 瓜子は今度こそ、心臓をつかまれたような心地であった。

 駒形氏はせいいっぱい背筋をのばして、客席に言葉を届けている。その小柄でころころとした身体には、やはり如何なる力感も感じられなかったが――ただその瞳にだけは、スチット氏にも負けない熱情が渦巻いていた。


『きっと世間には、ユーリ選手の出場を危険視する御方もおられることでしょう! ですが、ユーリ選手ご自身にも非はありません! すべてを決断したのは、このわたしです! わたしの判断が間違っていたならば、わたしがすべての責任を負いましょう! ですから皆様は、なんの憂いもなく、ユーリ選手の応援をお願いいたします! また、大晦日の合同イベントにおいては、ユーリ選手ばかりでなくすべての出場選手が、これまでで一番の熱狂をもたらしてくれるはずです! わたしはそのためにすべての力を振り絞ることを、ここにお約束いたします!』


 駒形氏はきわめて誠実な人柄であるが、余人の注目を集めるような存在感やバイタリティなどは持ち合わせていない。

 だが今は、その誠実さが炎となって吹きあがり、広大なる会場を駆け巡っているかのような迫力であった。


(駒形さんは、きっと……自分の思いを伝えるために、ユーリさんの参戦をこの場で発表したんだ)


 駒形氏はすべてを捨ててでも、ユーリに晴れ舞台を与えたいと願ってくれたのだ。

 それを理解した瓜子は、目もとからあふれる熱いものを止めることができなかったし――ユーリもまた、無垢なる笑みをたたえたまま、その白い頬を涙で濡らしていたのだった。

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