表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
アトミック・ガールズ!  作者: EDA
33th Bout ~Winter of Fate~
897/955

02 開会

 すべての下準備を終えたのち、開会セレモニーが開始された。

 サブセコンドたる瓜子は雑用係たるユーリとともに、控え室でモニターを見守っている。他にも灰原選手や小笠原選手など、同じ立場である面々がモニターを取り囲んでいた。


 本日も、アマチュア選手によるプレマッチが二試合で、本選は十試合という構成になっている。


 本選の第一試合は、前回の査定試合でプロに昇格した浅香選手と、《フィスト》からやってきた新人選手。

 第二試合は、武中選手と同じく《フィスト》の若手選手。

 第三試合は、濱田選手と大江山すみれ。

 第四試合は、香田選手と時任選手。

 第五試合は、小柴選手と前園選手。

 第六試合は、沖選手と《NEXT》の若手選手。

 第七試合は、愛音と犬飼京菜。

 第八試合は、多賀崎選手とマリア選手。

 第九試合は、サキと金井選手。

 第十試合は、魅々香選手と《フィスト》のラウラ選手。


 以上が、本日のマッチメイクであった。

《フィスト》からは三名、《NEXT》からは一名の選手を招聘している。ここ最近は《フィスト》との交流が密になっていたが、《NEXT》の選手を招くのは武中選手以来であった。


 メインイベントの魅々香選手が相手取るのは、かつて瓜子とも二度のタイトルマッチで対戦したラウラ選手だ。フライ級に階級を上げたラウラ選手は《フィスト》の興行で多賀崎選手と沖選手に敗れていたが、それ以外の試合では順調に白星を重ねて本日のメインイベンターに抜擢されたのだった。


 サキは本年度、階級の異なる瓜子としか対戦していない。それは故障を抱えた左膝を慮ってのことであったが、なかなか目ぼしい対戦相手がいなかったのというのも大きな要因であるのだろう。

 愛音や大江山すみれは実力者なれども犬飼京菜より格下の番付であるためタイトルマッチに挑ませるには時期尚早であるし、かといってワンマッチで消化できるほど手軽な相手でもない――というのが、立松たちの推察するパラス=アテナの思惑であった。


 また、年に三回も国外遠征につきあっていれば、試合を組みにくいという面もあったのかもしれないが――同じ状況にあった鞠山選手は四回も出場しているのだから、さほどの影響はなかったのだと信じたいところであった。


 そんなサキに準備されたのは、新進気鋭のトップファイターと銘打たれながら、さらなる新鋭たちに蹂躙され尽くしてしまった金井選手である。

 金井選手は愛音と犬飼京菜と大江山すみれに敗北したあげく、同じような立場であった前園選手にも敗れてしまった。ベテランならぬトップファイターの中では、もっとも負けが込んでしまったのだ。よってこれは、試合数の少ないサキのために準備された調整試合であるはずであったが、それでも金井選手がトップファイターである事実は動かないので、まったく油断はできなかった。


(きっと、金井選手が弱くなったんじゃない。それ以上に、邑崎さんたちが強くなったっていうだけのことなんだ)


 きっと来年度は、愛音たちに小柴選手を加えた四名でサキの王座に挑戦することになるのだろう。本日、その全員に試合が組まれたのは、その優先順位を決めるための試金石なのだろうと察せられた。


 ただ心配なのは、サキと魅々香選手である。

 二人は《アトミック・ガールズ》の王者として、大晦日の合同イベントに抜擢されているのだ。しかしもしも本日KO負けなどをくらってしまったら、コミッションの取り決めで二ヶ月は公式試合を行えなくなってしまうのだった。


 もちろん、《アトミック・ガールズ》の試合は合同イベントよりも先に決定していたのだから、サキが負傷欠場することになっても文句をつけられることはないだろう。イベント開催の条件として出場することになった赤星弥生子と異なり、それで《アクセル・ファイト》の運営陣がごねる恐れはないはずであった。


 しかし、そんな裏事情を抜きにしても、このたびの合同イベントは日本国内の地上波で放映される上に、全世界で配信されるのだ。ファイターとして、これは絶大なるチャンスであるはずであった。


(でもきっと、サキさんや魅々香選手はアトミックを欠場するなんてことは考えもしなかったんだろうな)


 少なくとも、瓜子であればそのようなことは考えないし、実際に《ビギニング》ブラジル大会の前月にサキとのタイトルマッチに挑んでいたのだ。サキや魅々香選手であれば、若輩の瓜子よりも《アトミック・ガールズ》に強い思い入れを抱いているはずであった。


『わ、わたしは十二月の合同イベントでも、出場のオファーをいただくことができました。でも、今は目の前の試合に集中して……《アトミック・ガールズ》の王者としての務めを果たしたいと思います』


 選手代表の挨拶では、魅々香選手もそのように宣言していた。

 大歓声の中、開会セレモニーはつつがなく終わりを告げる。プレマッチの試合が行われる中、こちらは出場選手のケアであった。


「デバンまでは、まだジカンがあるからねー。アイネはちょっとかかりギミだから、しばらくはカラダをヤスめておくといいよー」


「はいなのです! すべてご指示に従うのです!」


 愛音は鼻息を荒くしながら、パイプ椅子に腰を下ろした。

 前回の《フィスト》の大会では体調不良を隠していた愛音であるが、本日はまごうことなきベストコンディションであるようだ。日増しにきつくなっていく減量をも乗り越えて、そのしなやかな体躯には気合と力感がみなぎっていた。


 序盤の出番である浅香選手や武中選手は、ウォームアップに余念がない。あまり交流のない濱田選手は控え室を出て、廊下でウォームアップに励んでいるようだ。何にせよ、控え室には熱気が充満しており、セコンドである瓜子の心も否応なく熱くしてくれた。


「そ、それでは、いってきます!」


 プレマッチの第一試合が終わったところで、浅香選手の陣営が控え室を出陣していく。雅はそちらのセコンドで、兵藤アケミは香田選手の陣営だ。


「会場も、いい具合に盛り上がってるみたいだね。格闘技チャンネルの連中は、こういう現状をしっかり把握できてるのかなぁ?」


 と、小柴選手のウォームアップの準備をしながら、小笠原選手がそんな言葉をこぼした。


「確かに猪狩たちはアトミックを卒業しちゃったけど、そのぶん《ビギニング》で大活躍して、日本の格闘技ファンもいっそう盛り上がってると思うんだよね。この盛り上がりに便乗しないでアトミックの放映を打ち切るなんて、アタシには理解できないよ」


「ふふん。それも一理あるだわけど、物事は多面的に考えるべきなんだわよ」


 と、同じく小柴選手のセコンドである鞠山選手が、そのように言葉を返した。


「確かにうり坊たちの活躍で、日本の格闘技ファンも大いに盛り上がっているようだわね。ついでに言うなら《ビギニング》は海外の興行だわから、アトミックと客を奪い合う事態にも至っていないんだわよ」


「でしょ? だったら――」


「でもそれは、興行の集客についてなんだわよ。テレビ番組ないし動画配信の顧客の奪い合いという意味では、むしろヒートアップしてるんだわよ。《ビギニング》の試合を配信している配信サービスの顧客が増加すれば、格闘技チャンネルを放映しているCS放送局の顧客が減少しても不思議はないんだわよ。それで放送局の首脳陣が格闘技以外のスポーツ番組に予算を割こうと考えても、なんら不思議はないんだわよ」


「……それじゃあやっぱり、自分たちの卒業が大きく関わってるってことっすね」


 瓜子が思わず口をはさむと、鞠山選手は眠たげな目でにらみつけてきた。


「さりとて、たかだかCS放送局の一番組のためにファイターが出世を自重するなんて、本末転倒の極致なんだわよ。そんなちっぽけな話にかかずらっていたら、格闘技業界は衰退の一路を辿るんだわよ」


「でも……《アトミック・ガールズ》にとっては、決してちっぽけな話ではないでしょう?」


「答えは、否なんだわよ。そもそもは、CS放送局の放映権料を頼みの綱にしていた現状が間違ってたんだわよ。それこそ《アトミック・ガールズ》は《アクセル・ファイト》や《ビギニング》を見習って、新たなビジネスプランを構築するべきだわね。いい機会だから、わたいも運営陣のヒップを叩いてさしあげるんだわよ」


 鞠山選手がそんな風に奮起してくれるのは、心強い限りである。

 瓜子が精一杯の思いを込めて「よろしくお願いします」と伝えると、鞠山選手は「ふふん」と鼻を鳴らしてから小柴選手のウォームアップを開始した。


 モニターではプレマッチの第二試合も終了して、ついに本選が開始される。

 本選の第一試合は、浅香選手と《フィスト》の新人選手の一戦だ。


 浅香選手はこれがプロファイターとしてのデビュー戦、相手は今年の始めにプロ昇格して三戦目であるという。

 体格は、浅香選手のほうが上回っている。彼女は身長百七十五センチという、バンタム級においてもかなりの長身であるのだ。なおかつ、減量とリカバリーにもしっかり取り組んでいるらしく、実に均整の取れた逞しい体格であった。


 そして浅香選手は柔術茶帯である上に、豪快な打撃技もめきめき成長している。前回の査定試合では、得意の寝技を披露するまでもなくKO勝利を奪取していたのである。


 彼女は本当に、バンタム級における期待の新人であり――そして本日も、その前評判を裏切らない活躍を見せてくれた。今回もまた力強い打撃のコンビネーションで猛威を振るい、最後には強烈な膝蹴りでKO勝利を果たしたのだった。


「やっぱり浅香選手の実力は、確かですね。また寝技の展開にならなくて、ユーリさんは残念だったでしょう?」


「うん。でもでも、浅香選手が勝ってよかったねぇ」


 ユーリはふにゃんと微笑みながら、ぺちぺちと手を叩いていた。

 やがて浅香選手の陣営が凱旋したならば、香田選手の面倒を見ていた兵藤アケミが「よくやったね」と逞しい背中を引っぱたく。


「真央も、負けてられないよ? フライ級はあんた、バンタム級はめぐみが、それぞれ王座をつかむんだからね」


「は、はい。全力を尽くします」


 内気な香田選手は、おどおどと視線を泳がせる。

 しかしその首から下は、本日もどの選手よりも分厚くパンプアップされていた。


 第二試合は、武中選手と《フィスト》の若手選手である。

 こちらの選手は中堅のポジションだが、勢いのある打撃技を売りにしているらしい。いつも熱戦を繰り広げているために人気も高く、それでトップファイターたる武中選手の相手に抜擢されたようであった。


 武中選手は前回の興行で宗田選手に打ち勝ち、なんとか首の皮一枚がつながった。今回は格下の相手であったので、なおさら負けられないという心境であろう。並み居るトップファイターに連敗を喫してしまったのならば、同格や格下の相手にしっかりと勝利をおさめて実力を示す必要があった。


 そんな武中選手に対して、相手選手は定評通りの打撃技を仕掛けてくる。

 熱血の気質である武中選手はそれを真正面から受け止めつつ、一瞬の隙をついてテイクダウンを奪取した。


 相手もそうまで寝技は苦手でないという話であったが、上のポジションを取った武中選手は強かった。パウンドの連打で着実にダメージを与えて、相手が背中を見せたならばチョークスリーパーのプレッシャー、それで仕留められなければ再びパウンドの連打で、レフェリーストップのTKO勝利をものにした。


「宗田さんに比べれば、打撃の勢いもぬるく感じました! ここから、また一歩ずつ上がっていきます!」


 控え室に戻った武中選手は顔に多少の色をつけられていたが、心から充足した表情であった。

 連敗の苦しみを負っていた武中選手が、連勝の喜びを手にしたのだ。瓜子も惜しみない拍手で、武中選手の健闘を祝福させていただいた。


(でも……《フィスト》はまだ、アトミックを甘く見てるのかな。それとも、大きな団体だから余裕があるのかな)


 本年に入ってから、《アトミック・ガールズ》に参戦した《フィスト》の選手はのきなみ敗北を喫している。プレマッチから本選に至るまで、誰ひとり勝利をあげていないのではないかと思われた。なおかつ、《フィスト》のほうで行われた対抗戦においても、《アトミック・ガールズ》陣営の全勝であったのだ。


(もしかしたら、その両方なのかな。ちょっとぐらい負けが込んでも《フィスト》の屋台骨は揺るがないだろうから、そんなにシビアな選出をしないで選手を送り込んで……それで、こんな結果になったのかもしれない)


 そうだとしたら、きっと来年には本腰を入れて、強豪選手を送り込んでくることだろう。《フィスト》の運営代表の質実な人柄を知る瓜子は、そんな風に信じることができた。

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ