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アトミック・ガールズ!  作者: EDA
32th Bout ~Autumn of Change~
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12 一進三退

 その後も一進一退の攻防を見せて、第一ラウンドは終了した。

 だが――ユーリにしてみれば、一進三退ぐらいの印象であったかもしれない。ユーリの攻撃はそれをガードするレベッカ選手の手足に多少のダメージを与えていたが、ユーリはその倍以上のダメージを全身に刻みつけられていたのだった。


「ポイントゲームとして考えても、現時点ではレベッカの圧勝なんだわよ。何せレベッカはすべての攻撃をガードしてるんだわから、クリーンヒットをくらいまくってるピンク頭にポイントをつける理由は皆無だわね」


「ああ。こっちはポイントゲームなんざ考えちゃいないから、ダメージを与えたことを喜びたいところなんだが……このペースは、まずいな」


「ちょ、ちょっとジリ貧って感じッスよねー。ユーリさんがこんな目にあうなんて、信じられないッス」


 そんな風に言ってから、蝉川日和は大慌てで瓜子の肩を揺さぶってきた。


「で、でも、猪狩さんだって大逆転してくれたッスからね! ユーリさんも、きっと大丈夫ッスよ!」


「確かにピンク頭は、毎回のように逆転勝利を収めてきただわよ。ただ今回は、少しばかり勝手が違っているようだわね」


 瓜子よりも早く、鞠山選手がそのように答えた。


「これまでの対戦相手は、とにかくピンク頭の攻撃を受けないように心がけていたんだわよ。それでもピンク頭はじわじわ追い詰めるか、一点突破で逆転を狙ってきただわけど……レベッカはピンク頭と真正面からやりあうことで、その目を潰したわけだわね。攻撃は最大の防御なりという格言を、レベッカは見事に体現してるんだわよ」


「そ、そんな不吉なこと言わないでほしいッスよ! 今だって、ユーリさんはじわじわダメージを与えてるじゃないッスか!」


「でもそれは、レベッカが想定してる範囲内のダメージなんだわよ。おそらくレベッカはそのダメージの蓄積まで計算に入れながら、試合を組み立てているわけだわね」


 鞠山選手は断固たる口調で、そう言った。


「つまり、ピンク頭はまだスタート地点に突っ立ったままなんだわよ。持ち前の爆発力でレベッカのペースを粉砕しない限り、判定負けはまぬがれないだわね」


「……そういうことだな。ジョンたちも、きっとそういう指示を送っているだろう」


 立松は、厳しい声でそう答えた。

 モニターでは、満身創痍のユーリが映し出されている。本日もチーフセコンドはサキで、氷嚢をユーリの全身に巡らせていた。


 いっぽうレベッカ選手も対角線上に座しながら、セコンド陣に手足を冷やされている。こちらはすべての攻撃をガードできているので、ダメージは手足にしか残されていないのだ。そのダメージがどれほどのものであるのかは、まったくうかがい知れなかった。


(まさか、こんな試合になるなんて……レベッカ選手は、やっぱり化け物だ)


 瓜子は、そんな思いを痛感させられていた。

 レベッカ選手の技術は、見事である。彼女はあらゆる技術を磨き抜いているために、あらゆる場面で優位に立つことができるのだ。


 しかしそれよりも瓜子を驚愕させたのは、その強靭なるメンタルであった。

 ユーリの攻撃からもたらされる痛みとダメージを受け入れて、自らのファイトスタイルを貫徹させようとする、その意志の強さが化け物じみていた。


(防具もなしに、ユーリさんと五分間も真正面から打ち合うなんて……普通だったら、壊れるはずだ)


 しかしレベッカ選手は、今も柔和な表情を保持している。

 おそらくは自分以上のダメージをユーリに与えることで、ユーリの規格外の攻撃力を少しずつ削っているのだ。これを続ければ、レベッカ選手よりも先にユーリが潰れる――レベッカ選手はそんな目算で、試合を進めているのだろうと思われた。


 鞠山選手が述べていた通り、攻撃は最大の防御なりという格言を体現しているかのようである。

 そしてそこに、肉を切らせて骨を断つという要素まで加えられている。

 ユーリのような怪物を相手にそんな真似をできることが、瓜子には信じられなかったのだった。


『セコンドアウト!』のアナウンスとともに、サキたちはケージを出ていく。

 全身に小さからぬダメージを負ったユーリは、それでも無邪気な表情をさらしていた。


 両方の目尻には血がにじみ、顔にも腹にも手足にも打撲の痕が残されている。

 ユーリが試合でダメージをもらうのは決して珍しい話ではなかったが、その姿は普段以上に痛々しく思えてならなかった。


『ファイト!』という掛け声とともに、両名はケージの中央に進み出る。

 ユーリはいっそうせわしなく、ぴょこぴょことステップを踏んでいた。


 前後だけではなく、左右にもステップを踏んでいる。

 おそらくは、レベッカ選手を攪乱しようという動きだ。爆弾じみた破壊力を持つユーリにこれほどせわしなく動かれるのは、対戦相手にとって大きな恐怖になりえるはずであった。


 しかしレベッカ選手は、いっかな動じた様子もなく間合いの内に踏み込んでいく。

 たちまち振るわれたユーリの左ローをチェックしたならば、右フックをお返しする。

 ユーリは頭部をガードしていたが、その外側をくぐった右拳がテンプルを撃ち抜いた。


 ユーリはいきなり、両足タックルのアクションを見せる。

 しかしそれは、鋭い膝蹴りで迎撃された。


 暴風のごとき勢いで、ユーリは右のオーバーフックを射出した。

 それを左腕でガードしたレベッカ選手は、右ストレートをユーリの鼻っ柱に叩き込む。

 さらにレベッカ選手が足払いのような左ローを繰り出すと、バランスを崩したユーリは呆気なく倒れ込んでしまった。


 するとレベッカ選手は迷う素振りもなく、ユーリの上にのしかかる。

 ユーリは素晴らしい反応速度でレベッカ選手の右足を両足でからめ取ったが、また顔面にパウンドを叩き込まれてしまう。

 そしてユーリがポジションを逆転させようと足を開いたならば、レベッカ選手は何の未練もなく立ち上がってしまった。


 そうしてスタンドで試合が再開されたならば、今度はレベッカ選手のほうが両足タックルを仕掛けてくる。

 ユーリは再びマットに倒されて、パウンドの乱打を浴びた。

 ここでもやはり、ユーリが両足でレベッカ選手の片足を捕らえた、ハーフポジションだ。


 レベッカ選手は絶妙なボディバランスでポジションをキープして、的確かつ力強いパウンドでユーリにダメージを与えていく。

 そしてユーリが足を開くと、やはりすぐさま立ち上がってしまった。


「ここも重要なチェックポイントだわね。レベッカはあるていどグラウンド戦につきあうことで、ピンク頭のリズムを崩してるんだわよ」


 鞠山選手が、どこか厳粛な声音でそう言った。


「これまでのピンク頭の試合では寝技に持ち込めば勝てるという空気があっただわけど、レベッカはその芽も潰してるんだわよ。ピンク頭の側がテイクダウンを成功させない限り、この流れは変えられないだわね」


「だったら、テイクダウンを仕掛けるしかないッスね!」


「さりとて、レベッカはテイクダウンのディフェンスも超一流なんだわよ。ピンク頭がタックルを成功させられる確率は、1パーセントもないだわね」


「ああ。希望があるとしたら、組みつきからのスープレックスだが……そんなことは、敵さんも先刻承知だろう」


「だったら、どうするんスかー! 早めに仕掛けないと、ユーリさんはダメージが溜まっていくいっぽうッスよー!」


「それを考えるのは、本人とセコンド陣の役割だわね。……そら、またその成果が発揮されただわよ」


 ユーリが再び、コンビネーションの乱発を見せた。

 レベッカ選手はやはり逃げることなく、暴虐な攻撃のど真ん中へと踏み込んでいく。

 そしてレベッカ選手がユーリの右ミドルをブロックして、右ストレートを叩き込むと、ユーリはトラバサミの罠めいた勢いで両腕を突き出した。とにかく強引にでも組み合いに持ち込もうという動きである。


 するとレベッカ選手は逃げることなく、ユーリと組み合った。

 そうして開始されたのは、首相撲の差し手争いである。


 首相撲ならば、ユーリもジョンのもとで長きにわたって稽古を重ねている。そしてユーリも打撃戦よりは、密着した組み合いの攻防を得意にしていた。


 だが――先に有利なポジションを取ったのは、レベッカ選手である。

 ユーリの首筋を両腕で抱え込んだレベッカ選手は、ユーリの身を左右に揺さぶってから、強烈な膝蹴りをレバーに叩き込んだ。


 そうしてユーリがくの字になると、顔面にも膝蹴りを振り上げる。

 ユーリもそれはかろうじてガードすることができたが、離れ際の肘打ちはテンプルにクリーンヒットされてしまった。


 ユーリは、がくりと膝をつく。

 するとレベッカ選手はユーリをマットに押し倒して、何度目かのパウンドの嵐を降らせた。


 今回は、サイドポジションである。

 それでユーリがエスケープの動きを見せると、レベッカ選手は自ら右足をユーリの股に差し込んだ。

 ポジションキープのために上の人間がハーフガードを選択するというのは、ひとつの常套手段である。

 ユーリはおそらく反射的にレベッカ選手の右足を捕らえたが、その間もパウンドは続いている。この猛攻から逃れるには、やはりポジションを逆転させるか立ち上がるしかないのだ。


 どちらにせよ、ユーリは両足を自由に使う必要がある。

 そうしてユーリが足を開くと、レベッカ選手はすぐさま立ち上がってしまうのだった。


「徹底してるだわね。完全に、レベッカのペースなんだわよ」


 鞠山選手が、またつぶやいた。

 レフェリーに『スタンド!』と命じられたユーリは、ふらふらの状態で立ち上がる。パウンドのダメージは顕著であったし、その前には右ストレートと膝蹴りと肘打ちをもらっているのだ。なおかつ、こうまで完全に主導権を握られていれば、さしものユーリもスタミナを削られるはずであった。


 そんなユーリが次に見せたのは、ムエタイ流のアップライトのスタイルである。

 ケージの中央に陣取ったユーリは、そのままレベッカ選手の接近を待ち受ける。自分からは動かずに、カウンターを狙おうという作戦だ。


 しかしレベッカ選手は、遠い距離から関節蹴りを打ち込むことで、その作戦を無効化した。

 これではユーリがどのような攻撃を繰り出しても、届かない。

 ユーリも左足を浮かせて関節蹴りの衝撃を逃がしていたが、これでは蹴られるいっぽうであった。


 そして、レベッカ選手が何度目かの関節蹴りを繰り出したとき――ユーリは足を浮かせるのではなく、マットを踏みしめることで衝撃に耐えた。

 さらに、それを軸足として、白い肢体を旋回させる。大技の、バックスピンハイキックである。


 しかし遠い間合いであることに変わりはないので、レベッカ選手はゆとりをもって回避する。

 すると、横合いに一回転したユーリは、そのままレベッカ選手に組みつこうとした。


 その顔面に、レベッカ選手の左ジャブがヒットする。

 いかにも軽い一撃であったが、ユーリの突進力がそのままカウンターの威力に転化したのだろう。ユーリはその場に、片膝をつくことになった。


 するとレベッカ選手はユーリの横合いに回り込み、右の上腕を狙って蹴りを叩き込む。

 たまらずユーリはマットに背中をつけてグラウンド戦に誘ったが、レベッカ選手は応じずに後ずさった。


「どの作戦も、不発だわね。いよいよジリ貧だわよ」


「ユ、ユーリさんなら、大丈夫ッスよ! ユーリさんはもっとしんどい試合でも、大逆転してきたんスから!」


 瓜子も蝉川日和と同じように、ユーリの勝利を信じている。

 ただ――はからずも、蝉川日和の言葉がこれまでの試合との差異を物語っていた。


 確かにユーリはもっと大きなダメージを負った状態でも、逆転勝利を遂げてきた。膝蹴りの自爆で片足が動かなくなろうとも、カーフキックで片足を潰されようとも、あるいは赤星弥生子の猛攻で満身創痍になろうとも、持ち前の爆発力で苦境をひっくり返してみせたのだ。


 それに比べれば、現在のユーリはそこまで深刻なダメージを負っているわけではない。

 ただ、全身にまんべんなく中程度のダメージを散らされており――それが、ユーリの動きを鈍らせているのである。


 おそらくこのペースで試合が続けられても、ユーリがKO負けをくらうことはないだろう。

 しかしそれでは判定負けを喫するだけであるし、それこそがレベッカ選手の狙いであるのだ。


 立ち技でも組み技でも寝技でも、レベッカ選手が常に少しだけ優位に立っている。

 この状態で、いったいどのように逆転勝利を目指せばいいのか――瓜子がその答えを見出す前に、第二ラウンドも終了してしまったのだった。

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