05《アクセル・ファイト》九月大会(上)~ニューヨークのナイトメア~
シンガポール滞在の、折り返し地点――九月の最終日曜日である。
その日、瓜子は携帯端末のアラーム機能が鳴るよりも早く目覚めることになった。
ふかふかのベッドで目覚めた瓜子の五体は、温かくてやわらかくて力強い存在に拘束されている。本日も、同じベッドで眠ったユーリが瓜子の身を抱きすくめていたのだ。これはもう、どうしても逃れようのない朝の定例行事であった。
「ユーリさん、朝っすよ。ちょっと早いっすけど、起きませんか? ……もうすぐ《アクセル・ファイト》の試合が配信されるはずですからね」
本日は、メイやベリーニャ選手が出場する《アクセル・ファイト》のニューヨーク大会の開催日であったのだ。
正確に言うと開催日は昨日の土曜日であり、十三時間の時差があるシンガポールでは日曜日の午前八時からメインカードがライブ配信されるわけであった。
「むにゃあ……ごはん?」
「ごはんの前に、試合です。ベリーニャ選手の試合っすよ」
ユーリのまぶたが、ぱちりと開かれた。
ただし、全開にしてもとろんと眠たげな色っぽい目つきである。そしてユーリはその色の淡い瞳をきらきらと輝かせながら、瓜子の顔を見つめてきた。
「朝からうり坊ちゃんの温もりを満喫できて、しかもベル様の試合まで拝見できるなんて、まるで夢のようだねぇ……幸せすぎて、ねむねむになってしまいそうですぅ……」
「お願いだから、起きてください。ベリーニャ選手はメインイベントですけど、メイさんは第二試合なんですから」
「むにゃあ……遠きニューヨークのメイちゃまにうり坊ちゃんの愛を独占されてるような心地で、ちょっぴり物寂しいユーリちゃんなのですぅ……」
そんな甘えたことを言いながら、ユーリは最後に瓜子の身をぎゅっと抱きすくめて、解放してくれた。
大急ぎで身支度を整えたならば、隣の部屋のドアをノックする。その向こう側から現れたのは、早朝からにんまりと笑う鞠山選手であった。
「朝から騒がしいことだわね。そんなに慌てなくとも、まだ配信の時間ではないんだわよ」
「でもあの、接続とかにも手間がかかるでしょうから……」
「そんなもん、手間でもなんでもないんだわよ。まだまだ原始人の域から脱していないようだわね」
そんな風に言いたてながら、鞠山選手は瓜子とユーリを招き入れてくれた。
すると、ベッドのほうから枕を投げつけられてくる。瓜子が危ういタイミングでキャッチすると、サキの不機嫌そうな声が追いかけてきた。
「朝っぱら、うるせーんだよ。すっかり目が覚めちまったじゃねーか」
「あんただって、メイメイの試合を気にしてたんだわよ。今回はランカーの座がかかってるだわから、メイメイも正念場だわね」
鞠山選手はすました顔で言いながら、寝室に備えつけのテレビをリモコンでオンにした。そうして自前のノートパソコンを操作すると、テレビのディスプレイに映像が転送される。瓜子も自宅のマンションでは同じ操作にいそしんでいるが、出先で同じ真似をする自信は皆無であった。
画面には、薄明りの中で八角形のケージが浮かび上がっている。
まだ午前の八時まで時間があったので、プレリミナルカードとメインカードの間に存在するインターバルのさなかであったのだ。しかしその無人のケージを見やっているだけで、瓜子は胸が高鳴ってやまなかった。
鞠山選手は備え付けのスツールに着席して、瓜子とユーリは空いていたベッドにお邪魔する。そのタイミングで、再びドアがノックされた。
「おはよう。なんとか寝坊せずに済んだよ」
やってきたのは、高橋選手と蝉川日和である。立松とジョンは自前のタブレットで試合を視聴するとのことであったので、この部屋に集まるメンバーはこの六名が総勢であった。
こちらの寝室は広いので、六名もの人間が集まってもそう窮屈なことはない。ただし椅子は二脚しかなかったため、蝉川日和はサキが半身を起こしているベッドの片隅に腰を落ち着けることになった。
「やー、いよいよメイさんの試合ッスねー。正式契約してから初めての試合ッスから、メイさんも気合は十分ッスよねー」
「それ以前に、これはランキング戦なんだわよ。まあ、正式契約をゲットしたからこそ、ランキング戦が実現したわけだわね」
そしてメイが本日対戦するのは、かつて《スラッシュ》というローカルプロモーションで王者であった選手である。経営不振に陥った《スラッシュ》は先年に《アクセル・ファイト》に吸収合併されて、有望な選手はのきなみ取り込まれたのだった。
そしてメイも、かつての《スラッシュ》の王者である。当時はベリーニャ選手も《スラッシュ》に所属していたため、メイはそれを追いかける格好で乗り込むことになったのだ。
しかしメイとベリーニャ選手では二階級分もウェイトが違っていたため、なかなか対戦の機会も訪れなかった。ベリーニャ選手は無差別級の王者であったが、それは重量のかさむ選手が制限なく暴れるための場であり、軽量級のメイはなかなか割り込むチャンスがなかったようであるのだ。
そうして世界最高峰たる《アクセル・ファイト》が女子部門を発足させたため、ベリーニャ選手はそちらに参戦するべく《スラッシュ》を離脱した。ただし契約上の問題で一年間は北米のプロモーションに参戦することができなかったため、武者修行のために来日して、のちのちメイもそれを追いかけることになった――というのが、瓜子たちの知る両名の軌跡であった。
(それで二人とも《アトミック・ガールズ》に参戦することになったんだから、あたしやユーリさんにとっては何よりの幸運だったよな)
ただ、それらの思い出は大事に胸にしまっておくとして――本日メイは、彼女が離脱したのちに《スラッシュ》の王者となった選手と対戦するのである。北米においては元王者同士の対戦ということで、なかなかに盛り上がっているのだという話であった。
そしてこれは、ランキング戦だ。相手選手はストロー級のランキング第八位であり、メイが勝利すればその座を奪えるはずであった。
ただしこの選手は、本年の五月まで第六位という立場であった。五月大会でランキング八位の選手に敗北を喫したため、ランクを入れ替えられることになったのである。
逆に言うと、相手のランクが下がったために、新参のメイにもチャンスが巡ってきたということなのだろうか。
まあそういった内情はともかくとして、相手選手はさぞかし奮起していることであろう。ここで負けたら連敗となり、またひとつランクを落とすことになるのだ。実力至上主義の《アクセル・ファイト》において、それは大きな傷になるはずであった。
「《アクセル・ファイト》はたとえランカーでも、調子を下げた選手は容赦なく切り捨てるんだわよ。今回の対戦相手は《スラッシュ》での実績を買われてランク入りしたんだわから、いっそうシビアな目で見られるだろうだわね」
「ほへー。勝負の世界は厳しいッスねー。あたしも切り捨てられないように、頑張るッスよー」
「そういえば、日和も《G・フォース》のランカーだっただわね。そろそろアトミックもランキング制度を取り入れてもいい頃合いなんだわよ」
そんな言葉を交わしている間に、ついにケージにリングアナウンサーが現れた。
会場には歓声が吹き荒れて、瓜子もいっそう胸を高鳴らせる。しかし第一試合は、見覚えのない男子選手の一戦であった。
「このニューヨークは、北米で最後にMMAの興行が認可された区域なんだわよ。総合格闘技法案の反対派だった下院議長が汚職で失脚したことで、ようやく認可がおりたわけだわね」
「へえ。ニューヨークなんて北米の代表みたいなイメージなのに、MMAが禁止されてたんだ? そんなの、ちっとも知らなかったですよ」
「禁止されていたのは、あくまでMMAの興行なんだわよ。ニューヨークのジムで鍛えながら他の州まで遠征してた選手たちは、議長の失脚に祝杯をあげただろうだわね」
時にはそんな含蓄を得ながら、瓜子は見知らぬ男子選手の試合を見守った。
そうしてそちらの試合が赤コーナー陣営の選手のパウンドによるKO勝利で終了したならば、ついにメイの出番である。瓜子は思わず身を乗りだしてしまい、再びサキに枕を投げつけられることになった。
そんな中――青コーナーの花道から、メイが登場する。
その勇壮なる姿を目にしただけで、瓜子は目がしらが熱くなってしまった。
メイとはもう、九ヶ月近くも会っていない。
篠江会長からの定時連絡で元気なことは知れているが、それだけで安心できるわけもないのだ。たとえモニター越しでもメイの力感にあふれた姿を目にすることで、瓜子はようやく胸を撫でおろすことがかなうのだった。
《アクセル・ファイト》でも公式ウェアと試合衣装の装着が義務づけられているため、メイもセコンド陣も同じウェア姿で入場している。そのカラーリングは、瓜子と同じく白と黒のツートンだ。
メイは肌が黒いので、白いカラーが映えている。赤みがかった金色のドレッドヘアーも、その前髪から覗く鋭い眼光も、厳しく引き締まった表情も、何もかもが瓜子の知る通りの姿であった。
ただ一点、普段と異なっている点があった。
肩まで届くドレッドヘアーが、頭の後ろで結われていたのだ。長い前髪だけは垂らしていたが、メイがそのように髪をくくるのは食事と海水浴の際のみに限られていた。
「どうせだったら前髪もあげて、愛くるしい素顔をさらすべきなんだわよ。メイメイは、自分の魅力をわかってないだわね」
「はあ……でも、どうして今回に限って髪を結んでるんでしょう? もしかしたら、グラウンド戦で邪魔になるっていう判断なんすかね」
「たぶん、ニューヨークの規制なんだわよ。髪型やサポーターなんかの着用に関しては州ごとに規定が違ってるだわから、それに順じただけのことだわね」
鞠山選手の説明に、高橋選手が「なるほど」と声をあげた。
「でも、髪型の影響ってけっこう大きいよね。あたしなんかは面倒なのが嫌いなんで、のばす気にもなれないけど……メイは試合でも稽古でも、髪を結んだりしてなかったろ? 髪を結ぶことがストレスになったりすることはないのかな」
「へん。うざってー前髪は相変わらずだから、視界なんかに変わりはねーだろうがな。ただ、頭を引っ張られる感覚ってのは、ちっとばっかり慣れが必要かもなー」
またじわじわと長くなりつつある真っ赤なショートヘアーをかき回しながら、サキはそのように言い捨てた。
「ま、それが嫌ならバッサリいっちまえばいいだけのこった。そうしなかったのは手前の判断なんだから、負けた言い訳にはならねーよ」
「メ、メイさんは負けたりしないッスよ。猪狩さんが、心配しちゃうじゃないッスか」
「知らねーよ。こんなていどで負けるんなら、それまでってこったろ」
サキの言葉は容赦なかったが、瓜子もそこまで大きな不安にとらわれてはいなかった。メイであれば、どんな苦境でも乗り越えてくれるはずであったし――髪を結ったぐらいでメイの集中が乱されるとは思わなかったのだ。
(ただ、本当にぎりぎりの勝負だったら、そんなちょっとしたことでも明暗を分けるのかもしれない。……あたしと対戦するときは、そんな要素をひとつも残してほしくないな)
瓜子がそんなことを考えている間に、ボディチェックを済ませたメイがケージに乗り込んだ。
ハーフトップとファイトショーツを纏ったメイの肢体は、研ぎ澄まされた刃物のように引き締まっている。その美しくも力強いボディラインに、瓜子はまた胸を熱くしてしまった。
そして赤コーナーからは、対戦相手が入場する。
こちらは、南米の血筋であるのだろう。黄褐色の肌で、黒い目にぎらぎらとした光が宿されている。肉厚で、どっしりした体型であった。
全身の骨が重くて細い瓜子とメイにとっては、もはや宿命である体格差だ。本日の対戦相手も、明らかにひと回り大きな体格をしていた。
「敵さんは、立ち技を主体にしたオールラウンダーだったっけ? メイを相手にどこまでやれるか、見ものだな」
高橋選手もいよいよ熱のこもった様子で、身を乗り出す。音楽好きの高橋選手は『ジャパン・ロック・フェスティバル』への遠征で、メイと親交を深めたような印象であった。
そうして六対の目に見守られながら、ついに試合開始のブザーが鳴らされる。
メイと相手選手は、どちらも弾丸のごとき勢いで前進した。
メイのステップの鋭さは相変わらずであるが、相手選手もまったく負けていない。そして、リーチでまさる相手選手のほうが、先制のショートフックを繰り出した。
それをダッキングでかわしたメイは、横殴りのボディフックをお返しする。
それを右腕でブロックした相手選手は、すぐさま右膝を振り上げて――その一撃が、メイの腹にめりこんだ。
瓜子が息を呑む中、メイはバックステップを踏み、相手選手がそれを追いかける。
メイは迎撃の右ストレートを繰り出したが、それはウェービングでかわされた。
相手選手は再びショートフックを放ち、メイは再びダッキングで回避する。
次の瞬間、相手選手は再び膝蹴りを繰り出した。
先刻と同じようなタイミングあったためか、メイはかろうじて両腕でブロックする。
すると、思わぬ回転力で振るわれた右フックが、メイのテンプルに炸裂した。
瓜子は思わず、ベッドから身を乗り出してしまう。
試合開始早々の打撃戦で、メイが二発も先行されたのだ。これまでに、メイがこれほどの苦境で試合をスタートさせたことはなかった。
いい打撃をもらってしまったメイは、いくぶんふらつく足取りでアウトサイドに逃げていく。
相手選手は勇猛そのものの形相でそれを追いかけて、鋭い右ミドルを繰り出した。
メイは両腕でブロックしたが、勢いに負けていっそう足取りを乱してしまう。
相手選手は迷う素振りもなく、メイのもとに左右の拳を叩きつけた。
ステップワークを得意にするメイが逃げることもできず、亀のように縮こまってしまう。
しっかりガードを固めているが、体積の小さいオープンフィンガーグローブにボクシンググローブほどの防御力はない。何発かの拳は腕の間をすりぬけて、メイの顔面にヒットした。
「完全にリズムをつかまれたなー。このままだと、初回でKOもありえるぞ」
「メ、メイさんなら大丈夫ッスよ! ……でも、メイさんがいきなりこんな大ピンチなんて、初めて見たッス。メイさん、調子でも悪いんスかね?」
「最初の膝蹴りをもらうまでは、絶好調だったろ。ま、一発攻撃をもらうごとに動きが落ちていくのは、自然の摂理だわな」
「そうだわね。相手選手の反応速度が、メイメイの想定を上回っていたか……あるいは、メイメイの動きが自分の想定よりも鈍いんだわね。わたいの目には、後者に見えるんだわよ」
「想定よりも自分の動きが鈍いって、どういうこと? やっぱり、調子を崩してるとか?」
「メイメイのコンディションを知るすべはないだわね。でも、最初の一発で歯車が狂ったことは確かなんだわよ」
瓜子とユーリを除く面々は、そんな風に語らっていた。
瓜子は口を開くこともできないまま、歯を食いしばってメイの苦境を見守る。そしていつしか、ユーリの温かい手が瓜子の手に重ねられていた。
メイはなんとか足を使って逃げようと試みたが、すぐに追いつかれてまた乱打を浴びてしまう。
迂闊に動くと、フェンスに押し込まれる危険もあるだろう。これでいっそうの劣勢に陥ったならば、早々のレフェリーストップもありえなくはなかった。
相手選手の拳を受けるごとに、メイの軸がじわじわと揺らいでいく。
あのフィジカルモンスターであるメイが、パワーで圧倒されてしまっているのだ。相手も外国人選手であり、これだけの体格差であるのだから、それも致し方のない話であったが――それでも、メイがここまで守勢に回されたことは、かつてなかったはずであった。
それに瓜子は、相手選手にそこまでの脅威を感じていなかった。
五月大会の放映を目にした際にも、これならばメイのほうが強い――と、瓜子は確信していたのである。それから四ヶ月ばかりが経過した現在も、瓜子の印象は変わっていなかった。
普段のメイであれば、このような窮地には陥っていなかったはずだ。
そしてサキの言う通り、試合開始直後のメイはいつも通りの力感をみなぎらせていた。それがいきなり膝蹴りをくらって、調子を乱してしまったのだ。どうしてこのような事態に至ってしまったのか、瓜子にはさっぱり意味がわからなかった。
(本当に調子が悪いんですか? でも、メイさんなら絶対に勝てるはずです! 頑張ってください、メイさん!)
瓜子が心中でそんな声を張り上げたとき、相手選手のオーバーフックが再びメイのこめかみを撃ち抜いた。
大きくバランスを崩したメイは、横合いに倒れ込んでいく。
その過程で髪を結っていたゴムバンドが弾け飛び、赤みがかった金色のドレッドヘアーが炎のようにたなびいた。
そして――ぎりぎりのタイミングでダウンをこらえたメイが、すくいあげるように右拳を旋回させた。
息を呑むほど美しい軌跡を描いて、メイの右拳が相手選手の左脇腹にめりこむ。
その一撃で、相手選手はマウスピースを吐き出した。
相手選手は、苦悶の形相で後ずさろうとする。
マウスピースが落ちたため、レフェリーはタイムストップをかけようとした。
そしてメイはその両方よりも早く、左拳をスイングさせた。
暴風のごとき左フックが、相手選手の顔面にクリーンヒットする。
白いものと赤いものが、相手選手の口もとから弾け散った。マウスピースが外れていたため、前歯の何本かが吹き飛んだのだ。
レフェリーは慌てふためいた顔で、横合いから割って入ろうとする。
しかしその前に、メイのボディアッパーが相手選手のみぞおちを貫いた。
相手選手が倒れかかったため、レフェリーはメイではなくそちらを抱きとめる。
ざんばら髪を顔に垂らしたメイは、ぜいぜいと荒い息をついており――大歓声の中、試合終了のブザーが鳴らされた。
瓜子は脱力して、ユーリの肩にもたれかかる。
ユーリは「うにゃあ」と嬉しそうな声をあげながら、瓜子の頭に頬ずりをした。
「メイちゃまの逆転勝利だったねぇ。うり坊ちゃんも、ひと安心だねぇ」
「はい……こんなの、心臓に悪いっすよ」
すると、鞠山選手が「ふふん」と鼻を鳴らした。
「まるでゴムバンドに力を封印されていたかのような覚醒っぷりだっただわね。これは本当に、髪を結んだことで集中が阻害されたかもしれないんだわよ」
「うんうん。相手だって、《アクセル・ファイト》のランカーなんだからな。やっぱりそういう小さなことでも、馬鹿にはできないよ」
「とにかく、勝てて良かったッスねー! さすがメイさんッスよー!」
重い空気が垂れこめていた室内にも、もとの熱気がよみがえっていく。
そんな中、テレビのモニターでは勝利者インタビューが開始された。インタビュアーは、《アクセル・ファイト》の代表たるアダム氏だ。
『血も凍る悪夢のような反撃で逆転勝利を収めた、メイ・キャドバリーです。メイ、今日は《スラッシュ》の元王者対決という評判を呼んでいましたが、やはり簡単な相手ではなかったですか?』
これは《アクセル・ファイト》のメイン興行であるため、日本のスタジオのスタッフがリアルタイムで和訳してくれる。
メイはざんばら髪で半分以上顔を隠したまま、『いえ』と答えた。
『相手の動きは、想定を超えていませんでした。ですが、私の不注意で最初の攻撃をもらってしまい、主導権を握られてしまいました』
本来のメイとは異なる口調で語られる通訳の言葉が、なんともおかしな感じである。瓜子はむしろ、その裏に聞こえる英語の肉声に心を満たされることになった。
『不注意ですか。メイは、コンディションを崩していたのですか?』
『いえ。コンディションとは関係のない不注意です。普段とは異なる環境が、私の集中を乱したようです。……つまり、すべては私の未熟さが原因です』
そのように語りながら、メイはテレビカメラのほうに顔を向けてきた。
ざんばら髪の隙間から、メイの黒い瞳が覗いている。そこには、どこか不安そうな――そして、ちょっぴりすねているような光が灯されているように感じられた。
『二度とこのようなことがないように、私は稽古に励むしかありません。……チームメイトに失望されないように、頑張ります』
ユーリの温もりを感じながら、瓜子は涙をこぼしてしまいそうだった。
(失望なんて、しないっすよ。あたしもメイさんに負けないように、頑張ります)
そうして瓜子は、モニター越しにメイと見つめ合い――心からの充足を噛みしめることに相成ったのだった。




