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アトミック・ガールズ!  作者: EDA
32th Bout ~Autumn of Change~
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12 バンタム級・決勝戦 ~女帝ジュニアと青鬼ジュニア~

「花さん、戴冠おめでとう。人生初のKO勝利で戴冠なんて、ずいぶんドラマチックな結末だったね」


 小笠原選手が温かな笑顔でそのように告げると、鞠山選手は赤くなった鼻を「ふふん」と鳴らした。


「こんなもん、ドラマチックでも結末でもないんだわよ。わたいの覇道は、これから開始されるんだわよ」


「はいはい。何にせよ、お疲れ様」


 小笠原選手はあくまで気安い態度だが、その眼差しにすべての思いが込められている。いっぽう小柴選手は真っ赤に泣きはらした目で、盛大に拍手を打ち鳴らしていた。


「ほ、本当におめでとうございます……どうかこれからも、わたしたちのお手本になってください……」


「言われるまでもないんだわよ。あかりんも、王座を目指してしゃかりきに頑張るんだわよ」


 鞠山選手もまた、普段と変わらぬ軽妙なたたずまいである。

 しかしその眠たげな目は小柴選手に負けないぐらい赤くなっており、全身は汗に濡れており――そして腰には、チャンピオンベルトが巻かれている。控え室にいるほとんどの人間が、その姿に拍手を送っていた。


「お祝いのコメントは、もうおなかいっぱいなんだわよ。わたいはクールダウンがあるから、皆々はもう一方のタイトルマッチをしかと見届けるんだわよ」


 モニターでは、すでに高橋選手と青田ナナが向かい合っているのだ。

 本日のメインイベント、バンタム級王座決定トーナメントの決勝戦である。瓜子もまた、心してモニターに向き直ることになった。


 高橋選手は鋭く引き締まった面持ちで、青田ナナは勇猛なる気迫を撒き散らしながら、それぞれ相手の姿を見据えている。

 これは、わずか二ヶ月ぶりのリベンジ・マッチである。一回戦目で対戦した両者が、決勝戦で再び相対することになったのだ。これが、トーナメントの出場選手をリザーバーに選んだ結果であった。


 一回戦目では最終ラウンドまでもつれこみながら、試合時間の終了寸前に青田ナナが一本勝ちをもぎ取ったのだ。それまでは本当に大接戦であったので、まさしく執念の勝利という趣であった。


 その時代から、両者はおたがいのことを研究し尽くしている。それをわずか二ヶ月の間隔で再びぶつけ合うというのは、きわめて奇妙な心持ちであることだろう。そのやりにくさは瓜子も《カノン A.G》の時代、メイとの連戦で味わわされていた。


(でも、これは五分の勝負じゃない。青田さんのほうが、不利なはずだ)


 高橋選手はリザーブマッチをノーダメージの完全勝利で締めくくったが、青田ナナはオリビア選手を相手に苦戦を強いられたのだ。オリビア選手のレバーブローをまともにくらっていたのだから、ダメージはもちろんスタミナの回復にも影響が出ているはずであった。


 しかし青田ナナというのは、執念の選手である。

 去りし日の『アクセル・ロード』では多賀崎選手にも粘り勝ちしていたし、高橋選手との試合でもオリビア選手との試合でも、同じ執念をたちのぼらせていた。赤星道場の再興を悲願とする彼女は、ひとかたならぬ執念を携えているのだった。


(まあ、思いの深さに優劣はつけられないけど……とにかく青田さんは、接戦をものにする粘り強さを持ってるんだ。高橋選手、頑張ってください)


 瓜子にとっては赤星道場の再興も重要であるが、盟友たる高橋選手の敗北を願うわけにもいかない。また、同じ選手に連敗するのも、何としてでも回避したいはずであった。


 しかし高橋選手は、泰然とした面持ちである。

 無差別級の時代には気負うことの多かった高橋選手であるが、体重とともに気負いも抜け落ちたようであるのだ。ただその鋭い眼差しには、現役時代の来栖舞を思わせる気迫が宿されていた。


 前回の試合でも、これは『女帝』たる来栖舞と裏番長たる赤星弥生子の代理戦争などと騒がれていたのだ。

 だが、高橋選手はそんな風評をも黙って呑み込んで、静かにたたずんでいる。高橋選手は一切の邪念なく、この大一番に立ち向かっているはずであった。


「いよいよなのです。愛音には、どちらが勝利するかも見当がつかないのです」


 と、ユーリのかたわらに控えた愛音も、ひそかに発奮している。

 これは、ユーリが返上したバンタム級王座を懸けた一戦であるのだ。制定が遅かったバンタム級には長きの歴史も存在しないが、ベルトの重みに変わりはなかった。


 そうして、試合開始のブザーが鳴らされて――両名が、勢いよく前進した。

 さきほどの試合とは対照的に、どちらも力感にあふれた突進だ。瓜子も再び、拳を握り込むことになった。


 まずは左ジャブや関節蹴りなどで間合いの取り合いが始められるが、その攻撃の一発ずつにも牽制では収まらない迫力が満ちている。小細工を排して、正面から打ち合おうという気配である。


 しかしまた、両者ともにそうまで直情的なファイトスタイルではないし、正面からの打ち合いが真っ向勝負のひと言で片付けられないことは、青田ナナとオリビア選手の一戦でも証明されていた。オールラウンダーたる青田ナナが組み技を見せずに打撃戦を続けるというだけで、それはひとつの戦略になり得るのだ。


 高橋選手も組み技や寝技を磨いているが、あくまでストライカーである。瓜子も合宿稽古の経験から、組み技や寝技はまだまだ青田ナナのほうが上であろうという手応えをつかんでいた。


 そんな青田ナナが、真正面から高橋選手と打ち合っている。

 組み技のフェイントもかけているようであるが、実際に仕掛けようとはしない。オリビア選手との対戦と同じように、中間距離に留まって、果敢に打撃技を繰り出していた。


 オリビア選手をもKOに下したのだから、青田ナナもいっそうの自信を携えていることだろう。

 しかし、高橋選手もその試合を目にしている。よって、青田ナナの挙動に困惑した様子もなく、冷静に迎撃していた。


 そうして一分半ほどが経過した頃、高橋選手のほうが組み技を仕掛けた。

 相手の肩口に手をかけて、足を払おうとする。柔道仕込みの、足技だ。柔道と空手の融合から始まった天覇館では、こういった技を磨く技術体系が確立されていた。


 青田ナナはそれを突き放して、打撃戦を再開させようとする。

 しかし高橋選手はその猛攻をくぐり抜けて、今度は首相撲を狙おうとした。

 青田ナナも機敏に反応して回避したが、いくぶん風向きが変わってきた。やはり高橋選手はオリビア選手よりも組み技や寝技が得手であるので、勝手が違うのだ。リズムさえつかめば、高橋選手の側が組み技で優勢になる可能性もなくはなかった。


「ナナ坊はさっきもKOで勝てたから、立ち技のほうがリズムをつかみやすいんだろう。それにつきあう必要はないわな」


 立松は、そんな風に言っていた。やはり立松も瓜子と似たような立場であるため、出稽古でお世話をしている高橋選手の勝利を願っているのだ。


 青田ナナは執拗に打撃技を出しているが、高橋選手はそれを受け流しながら、テイクダウンのチャンスをうかがっている。

 オールラウンダーの青田ナナが立ち技に固執して、ストライカーの高橋選手が組み技を狙うという、錯綜した構図だ。これも、青田ナナの常ならぬ戦略に高橋選手の側が対応した結果であった。


 しかしもちろん、青田ナナの背後には赤星弥生子と青田コーチが控えている。その両名が、ひとつの戦略にこだわるわけもなかった。

 試合時間が三分を過ぎたところで、青田ナナもテイクダウンの仕掛けを見せ始める。

 本来は、これこそが青田ナナの正しい姿であるのだ。立ち技と組み技を適度に散らすことで、どちらの攻撃も成功率が上昇するはずであった。


 すると高橋選手もすみやかに順応して、自らも打撃技と組み技を使い分ける。

 この器用さは、最近の高橋選手の強みである。試合中の沈着さを獲得したことで、高橋選手は格段に戦いの幅が広がったのだった。


(そういう意味で、二人は似てる。きちんと王道のMMAを学んできた、外連味のないファイトスタイルなんだ)


 それでは世界に通用しないと、かつてメイはそのように言っていた。

 また、グヴェンドリン選手たちも、日本人選手に個性的なスタイルを求めていた。パワーで劣る日本人選手の強みは、独自性の高さであるという認識であったのだ。


 しかし今は、世界に目を向けている場合ではない。これは、《アトミック・ガールズ》のタイトルマッチであるのだ。まずは日本で一番にならない限り、世界を目指す資格さえ覚束ないのではないかと思われた。


 それに、青田ナナの執念は本物である。

 合宿稽古ではシンガポール陣営に太刀打ちできなかったが、あれはあくまでスパーリングであったのだ。執念を剥き出しにする試合の場では、何がどのように転がっても不思議はなかった。


 そんな執念を武器にして、青田ナナがじわじわと高橋選手を追い詰めていく。

 高橋選手の沈着さを、青田ナナの勢いが上回り始めたのだ。打撃技も組み技も青田ナナのほうが手数でまさり、壁レスリングでも優勢を取っていた。


 やはり総合力で言えば、青田ナナのほうが上であるのだ。

 さらには執念が上乗せされて、戦況はどんどん青田ナナのほうに傾いていく。そうして青田ナナの右フックが高橋選手のこめかみをとらえたところで、第一ラウンドは終了と相成った。


「ふう。やっぱりこの二人だと、長期戦にもつれこむね。よくも悪くも手が合うから、なかなか決着がつかないんだ」


「そうですねー。でも、ミチコのほうがスタミナを残してると思いますよー。まだまだどうなるかわかりませんねー」


 このトーナメントから脱落した小笠原選手とオリビア選手は、そんな風に語っていた。

 どちらも穏やかな声音であるが、今後は彼女たちもこの試合の勝者に挑んでいく立場となるのだ。その胸には、他の誰よりも闘志が渦巻いているはずであった。


「確かにナナ坊は、けっこうなスタミナを使っただろうな。準決勝でもあれだけ削られたんだから、普通だったらバテバテだろう」


 立松はそれしか言わなかったが、おおよその人間に真意は伝わっているだろう。モニターでは、是々柄が青田ナナにマッサージを施していたのだ。


 インターバルでケージの内側に入れるのは、チーフセコンドのみとなる。それでマッサージの名手たる是々柄をチーフセコンドに仕立てあげて、残る二名はフェンス越しにアドバイスを送るというのが、赤星道場の大一番における常套手段であったのだ。これで青田ナナは、最大限に疲労を回復できるわけであった。


 いっぽう赤コーナー陣営では、来栖舞が高橋選手の首筋に氷嚢をあてがいながら、静かに声をかけている。こちらはこちらでベテランのトレーナーではなく、来栖舞をチーフセコンドとしていたのだ。それは高橋選手の精神面に大きく影響を及ぼすはずであった。


 そうしてインターバルの時間にも、人知れず静かな戦いが繰り広げられて――第二ラウンドが開始された。

 ここで攻勢に出たのは、高橋選手である。

 一ラウンド目でポイントを取った青田ナナがスタミナの温存に移行すると見越して、積極的に前に出たのだ。青田ナナはすぐさま迎撃の姿勢を取ったが、スタミナの欠乏は傍目から見ても明らかであった。


 やはり是々柄がどれだけマッサージの名手であっても、人の技には限界があるのだろう。

 しかし、そこで粘るのが青田ナナなのである。

 高橋選手に若干の優勢を譲りつつ、致命的な攻撃はもらわない。ガードを固めながらも要所では手を返し、ここぞという場面ではタックルも仕掛けた。スタミナが尽きかけているところでテイクダウンを仕掛けるのは地獄の苦しみであるはずだが、青田ナナにはそれをこらえる精神力が備わっているのだ。


 そうしてラウンドの終盤では、また青田ナナが右フックをクリーンヒットさせた。

 これまでの劣勢を帳消しにするような、強い一撃だ。そうして第二ラウンドが終了すると、あちこちから溜息がこぼされた。


「最後の一発で、今のラウンドもわからなくなったね。高橋のほうがずっと優勢だったけど、青田にポイントをつけるジャッジがいてもおかしくなさそうだ」


「ふふん。それで初回は確実に青鬼がポイントを取ってるだわから、道子はKOか一本を狙うしかなくなったわけだわね。さすが赤星陣営は、ポイントゲームにも隙がないんだわよ」


 いつの間にかクールダウン終えていた鞠山選手が、ガーゼだらけの顔でそのようにうそぶいた。

 その言葉の通り、高橋選手は追い込まれてしまった。最終ラウンドでポイントを取っても判定勝利を狙えるかどうかは不明であるため、KOか一本を狙わなくてはならなくなったのだ。


(粘り強い青田さんを相手に、最終ラウンドで決着をつけるのは難しいだろうけど……頑張ってください、高橋選手)


 瓜子がそのように念じる中、最終ラウンドが開始された。

 高橋選手は、猛然と前に出る。そして青田ナナも、残存する体力を総動員して立ち向かった。


 これまでのラウンドと同じように、高度な技の攻防が繰り広げられる。

 どちらも立ち技と組み技を織り込んだ、MMAならではの攻防戦だ。そしてどちらも防御力が高いために、なかなかグラウンド戦にまでは発展しなかった。


 優勢であるのは、やはりスタミナにゆとりのある高橋選手のほうだ。

 ただそれは手数の多さと勢いに限った話で、おたがいに深刻なダメージは受けていない。また先刻のように一発の有効打で脅かされるていどの差であった。


 ただ――このまま終われば、青田ナナのほうも確実な判定勝利は望めなくなる。最低でも、第二ラウンドを上回るぐらいの反撃が必要になることだろう。

 高橋選手は静かな気迫で、それを跳ね返した。青田ナナの執念と、高橋選手の静かな気迫――まったく異なる二つの力が、正面からせめぎあっているようであった。


(二人とも、本当にレベルが高い。それで……絶対的な強みも弱みもないから、消耗戦になるしかないんだ)


 瓜子であれば寝技に、ユーリであれば打撃技に、それぞれ穴がある。よって、不利な部分を突かれる前に自分の有利を押し通そうという戦いになるわけだが、この二人にはその強みも弱みも存在しないわけであった。


 そうして前回はスタミナ切れを起こした高橋選手がわずかに判断を間違えたことにより、敗北を喫したという構図になっていた気がする。立ち技で優勢になりながら寝技に移行して、一本負けを喫することになったのだ。


 しかし本日の高橋選手は、最終ラウンドの終盤に至っても力強く攻撃を振るっている。

 もちろん序盤に比べれば動きは落ちているし、手数もだんだん減ってきていたが――それよりもさらに、青田ナナの動きが落ちていたのだった。


 ここに来て、オリビア選手との対戦が響いてきたのだろうか。

 くどいようだが、レバーのダメージというのはスタミナの回復にも大きく関わってくるのだ。逆に言えば、ここまでスタミナの枯渇を感じさせなかったのが、青田ナナの執念と是々柄の手腕であったのかもしれなかった。


 しかしそれでも、青田ナナは倒れない。

 その顔は、また泣きそうな形相になっていたが――彼女はそんな顔をさらしながら、オリビア選手や多賀崎選手に勝利していたのだった。


(このまま時間切れになったら、判定はどうなるんだろう。最終ラウンドは、僅差で高橋選手につきそうだから……やっぱり、第二ラウンド次第か)


 残り時間が一分を過ぎたところで、瓜子はそんな想念に至った。

 これこそが、部外者の思考であるのだろう。実際に試合を行っている選手たちは、試合終了のブザーが鳴らされるまで勝利をもぎ取ろうとしているのだ。


 瓜子にそんな事実を思い知らせたのは、高橋選手であった。

 動きの鈍っていた高橋選手が、最後に猛ラッシュを仕掛けたのだ。


 よりスタミナが枯渇している青田ナナは、力なく後ずさっていく。

 そのままフェンスに押し込めば、高橋選手はいっそうの優勢を取れるはずであった。


 そうして高橋選手が右のフックを振りかぶると、青田ナナが恐るべき執念で両足タックルを仕掛けた。

 高橋選手もまた、驚異的な粘りでその両足タックルを踏みこたえる。しかし最後には膝が砕けて、青田ナナの背中に覆いかぶさる格好となった。


 このままグラウンドに移行して、上のポジションをキープすれば、最終ラウンドは完全に高橋選手のものだろう。

 しかしまた、最終ラウンドは最初から高橋選手が優勢であったし、不明であるのは第二ラウンドであるのだ。ここでさらにポイントを稼いでも、試合の結果に大きな変動はなかった。


 高橋選手もそれを理解していたのか、あるいはセコンドから指示が飛ばされたのか、青田ナナの背中を突き放して、距離を取る。

 残り時間は、四十秒ほどだ。

 青田ナナも、ここは休みたいところだろうが――しかし、判定が不明であることは、そちらも同様である。この最終ラウンドを劣勢のままで終われば、けっきょくは第二ラウンドの不安定な裁定に勝負をゆだねるしかなかった。


 青田ナナは、本当に泣いているような形相で立ち上がる。

 そして自ら、高橋選手に向かっていった。


 最後に大きな一発を当てて、最終ラウンドにも希望を残そうというのだろう。

 それを迎え撃つ高橋選手は――汗だくの顔で、とても静かな面持ちであった。


 両者の距離があっという間に詰まったが、青田ナナは攻撃のモーションを見せない。

 おそらく、カウンターを狙っているのだ。高橋選手がどのような手を出してきても、的確にさばいて、自分の一発を当てる――そんな並々ならぬ気迫が、物理的な圧力でもって瓜子の胸に迫ってきた。


 高橋選手は腰を落として、右腕を振り上げる。

 右フックに似たモーションだ。青田ナナは震える左腕で頭部をガードしながら、自らも右腕を振りかぶろうとした。


 だが――それは、高橋選手のフェイントであった。

 おそらく瓜子は、誰よりも早くその事実を察していた。それは以前に、瓜子自身が高橋選手に手ほどきした技であったのだ。


 右腕を振りかざした高橋選手は、左足を支点にして後方に旋回した。

 目標物を失って、青田ナナの右フックは空を切る。

 そして、真横に一回転した高橋選手の右肘が、青田ナナの右こめかみに叩きつけられる。


 バックスピンエルボーである。

 瓜子がひそかに手ほどきして以来、その技が試合で使われるのは初めてであるはずであった。


 青田ナナは、スローモーションのようにゆっくりと倒れ込む。

 高橋選手も旋回と衝突の勢いに負けて、ぐらりと倒れかかったが――なんとかその場に踏み止まり、震える両腕でファイティングポーズを取った。


 マットに突っ伏した青田ナナを、高橋選手が泰然と見下ろしている格好である。

 レフェリーは青田ナナの肩を揺さぶったが、反応はない。

 そうしてレフェリーは両腕を交差させて、試合終了のブザーが鳴らされた。


『三ラウンド、四分五十四秒! バックスピンエルボーにより、高橋道子選手のKO勝利です! 《アトミック・ガールズ》バンタム級第四代王者は、高橋選手に認定されました!』


 その瞬間、控え室にとてつもない熱気がわきたった。

 大勢の人々が、手を打ち鳴らしている。この場には、来栖舞の盟友が居揃っており――そして、高橋選手は古きの時代から来栖舞の後継者と見込まれていた存在であったのだった。


 もちろんこれは、高橋選手個人の勝利である。

 しかし瓜子とて、小学生の時分から《アトミック・ガールズ》の試合を観続けていた立場である。瓜子を魅了したのはサキの存在であるが、来栖舞の偉大さを忘れたことはない。それで瓜子も大きな感慨を胸に、自らも手を打ち鳴らすことになったのだった。

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