09 白き怪物とガトリング・ラッシュ
スタッフの案内で、瓜子とサキは青コーナー陣営の入場口を目指すことになった。
十五分間のインターバルも間もなく終了して、エキシビションマッチの開始である。瓜子が普段と同じ調子で身体を温めていると、サキが遠慮なく頭を小突いてきた。
「おめーは何をはりきってやがるんだよ? さては、どさくさまぎれで肉牛をぶっ潰してやろうって魂胆か?」
「あはは。どうして自分が、ユーリさんにそんな真似をしなくちゃいけないんすか」
「ツートップの片方をぶっ潰せば、おめーの天下だろーがよ? しかも、ファイターとエロアイドルの両面でなー」
「エロくないですし、ユーリさんとツートップなんて恐れ多いばかりですね。自分は今でも、ユーリさんの背中を追いかけてるつもりですよ。……だから、エキシビションでも楽しみなんです」
それが瓜子の真情であり、それ以上でもそれ以下でもなかった。
ユーリとならば、きっとエキシビションでも楽しい試合ができる――そんな期待が、瓜子の熱情をかきたてているのだった。
「それでは、間もなく入場です」
扉の裏に控えたスタッフが、そのように告げてくる。
そうしてリングアナウンサーがエキシビションマッチの開始を告げると大歓声が巻き起こり、その隙間から『ワンド・ペイジ』の『Rush』が聴こえてきた。
瓜子は扉の前に立ち、大きく息をつきながら、山寺博人の魅力的な歌声が響きわたるのを待ち受ける。
そうして瓜子がいざ花道に足を踏み出すと、真っ向から歓声と熱気がぶつけられてきた。
同門の選手による公開スパーリングだというのに、公式試合にも負けない熱量だ。
しかし瓜子は、それを嬉しく思っていた。そんな風に考えられるようになったのも、この四年間の成長と変化であるのだろう。かつてはユーリとレオポン選手のエキシビションマッチにも、冷めた目を向けていた瓜子であったのだった。
やがて花道を踏み越えたならば、ウェアのTシャツを脱いでサキに手渡して、ボディチェック係の前に立つ。いちおう形ばかりは、ボディチェックを受ける手はずであったのだ。パンチが顔に当たる恐れもあったので、しっかりワセリンも塗っていただいた。
(まあ、ユーリさんのパンチが当たったら、中身のほうが大ダメージだろうけどさ)
ユーリはスパーリングやエキシビションでも適度に手を抜くというのが難しい性質であるため、危険な打撃技は瓜子の裁量で回避しなければならないのだ。それは試合とは異なる意味で、集中力を要求される話であった。
そうして瓜子がケージに入ると、今度は『トライ・アングル』の『Re:Boot』のインストゥルメンタルバージョンが流されて、さらなる歓声が爆発する。
ユーリもまた、いつも通りの華々しさで入場した。
熱狂する客席に手を振って、投げキッスを送り、時たまくるりとターンを切る。輝かしいスポットが、純白のユーリをさまざまな色合いに染めあげた。
ボディチェックを終えたユーリは、スキップまじりにケージインする。
そうして瓜子と目が合うと、いっそう嬉しげに笑みくずれた。あまり馴れあっていては客席の人々も興ざめであろうから、瓜子は目だけで微笑を返しておくことにした。
『第七試合! スペシャル・エキシビションマッチ! 五分一ラウンドを開始いたします! ……青コーナー、百五十二センチ、五十三・八キログラム、新宿プレスマン道場所属……《アトミック・ガールズ》ストロー級前王者……猪狩、瓜子!』
瓜子はいつも通り、軽く右腕を上げてから一礼してみせた。
通常の試合と変わらぬ様子で、声援が渦巻いている。瓜子も、それに相応しい試合を見せる心づもりであった。
『赤コーナー、百六十七センチ、六十四・二キログラム、新宿プレスマン道場所属……《アトミック・ガールズ》バンタム級前王者……ユーリ・ピーチ=ストーム!』
大歓声の中、ユーリは全身で幸せいっぱいの姿をアピールした。
やはりエキシビションマッチとはいえ、この瞬間のユーリをケージの対角線上で見守るというのは、実に不可思議な心地である。そして、それもまた瓜子の熱情に拍車を掛けるようであった。
瓜子は浮かれてしまわないように気持ちを引き締めながら、レフェリーのもとに歩を進める。
ユーリもまた、草原を駆けるゴールデンリトリバーのような風情でこちらに寄ってきた。
ユーリはピンクとホワイト、瓜子はブラックとホワイトの試合衣装だ。
そして防具は、やや重めである六オンスのオープンフィンガーグローブと脛を守るレガースパッドのみ着用している。それについては、リングアナウンサーが客席に説明してくれていた。
『本日のスペシャル・エキシビションマッチは、特別ルールが適用されます! 《アトミック・ガールズ》の公式ルールに加えて、肘打ち、膝蹴り、関節蹴り、スープレックスの四点を禁止事項といたします!』
そんなわけで、エルボーパッドとニーパッドも不要なわけである。
ユーリは加減がきかないし、肘打ちは加減をしても負傷を招く恐れがあったため、最初から禁止にしてしまおうと取り決めたのだ。そのほうが、ユーリものびのび戦えるはずであった。
『また、エキシビションマッチであるために、勝敗はつけられません! グラウンドでタップした場合は、スタンド状態から試合再開となります!』
公式試合との違いは、それぐらいのものであった。
あとは、当人たちの匙加減だ。最優先は負傷を避けることで、次はお客に喜んでもらうこと――そして最後に、自分たちも楽しむこと。それが、瓜子の定めた命題であった。
「それでは、くれぐれも危険のないように」
レフェリーもどこか取りつくろっているような面持ちで、グローブタッチをうながしてくる。
瓜子が両手を差し出すと、ユーリも両方の拳をぐりぐりと入念に押し当ててきた。
歓声がすごいために、ユーリも口を開こうとはしない。
ただその色の淡い瞳にあふれかえった輝きだけで、ユーリの思いは十分に伝わってきた。
瓜子とユーリはそれぞれフェンス際に退いて、試合開始のブザーが鳴らされる。
レフェリーの「ファイト!」という合図とともに、瓜子はステップで前進した。
スパーリングのときと同じように、ユーリは右腕をのばしてくる。
それにちょんとタッチしてから、瓜子はギアを上げてユーリの周囲を回り始めた。
ユーリはにこやかな面持ちで右目を閉ざしつつ、瓜子の動きに合わせて正対してくる。
危険な攻撃は当てないという約束であったので、通常のスパーリングよりも和やかな様相だ。
ただし、ユーリは当てたい攻撃を当てることも難しいのだから、わざと攻撃を外すというのも同様に苦手である。よって、瓜子のほうが細心の注意を払って回避に努めなければならなかった。
(まあ、幸いというか何というか、そういう殺陣は経験があるからな)
瓜子がわずかにステップをゆるめると、ユーリがゆったり足を踏み出した。
踏み出したのは左足で、いきなり右のハイキックが振るわれる。
教則ビデオにのせたいような、完璧なフォームのハイキックである。その美しさは、瓜子が出会った当時からすでに完成されていた。
その美しさに、客席からもどよめきがあげられている。
当たる間合いではなかったが、瓜子はスウェーバックでその優美なるハイキックをかわすことにした。
これは、『トライ・アングル』のミュージックビデオなどで慣れ親しんだ所作である。
遥かなる昔日に水着姿でこういった殺陣を披露したところ、異様な人気を博してしまったため、今でも新曲の撮影のたびに要求されることになってしまったのだ。
(そっちで好評だったんだから、きっとこういう場でもウケるんじゃないかな)
瓜子も遠い間合いから、右のミドルを射出する。
ユーリは過剰なバックステップで、それを回避した。演出ではなく、片目で距離感が覚束ないために挙動が大きくなってしまうのだ。しかし、殺陣や演舞には相応しい動きであるはずであった。
ユーリはお返しとばかりに大きく足を踏み込んで、バックスピンキックのモーションを見せる。
ユーリは加減がきかないが、こういう際にはより丁寧に技を出すように心がけているため、とてもモーションが読みやすい。それで瓜子も、余裕をもって回避できるわけであった。
そうしてユーリのバックスピンハイキックが先刻よりも美しい軌跡を描くと、また客席から歓声が爆発する。
ただ美しいばかりでなく、ユーリの蹴り技にはとてつもない力感も宿されているのだ。もしも目測を誤ってクリーンヒットされたら、大ダメージは確実であった。
その緊張感が、瓜子の集中力を研ぎ澄ませていく。
さすがに公式試合ほどではないが、なかなかの緊張と昂揚だ。ヘッドガードをつけていない分、スパーリングよりも危険度は高いのだった。
瓜子は牽制のジャブを放ち、今度はバックハンドブローに繋げる。
ユーリの防御する腕を狙った攻撃であったが、ユーリはきちんとバックステップで回避してくれた。
ユーリもまた、その身に刻みつけたコンビネーションの乱発をお披露目する。
これはスパーリングで禁止されているので、瓜子はひさびさにその迫力を目の当たりにすることになった。
(ユーリさんの対戦相手は、本当に一瞬も気が抜けないんだろうな)
瓜子はユーリとスパーリングを重ねているため、おおよその呼吸は見て取れる。しかし初見の人間であれば、あまり理にかなっていないユーリの動きに困惑させられることだろう。そして、一発でもクリーンヒットされたら致命傷になりかねないのだ。こんなに怖い相手は、そうそう存在しないはずであった。
そうしてしばらく打撃技を交換していると、『一分経過!』のアナウンスが聞こえてくる。セコンドの代わりに、リングアナウンサーが時間経過を報せてくれたのだ。
すると、ユーリが期待を込めた眼差しを向けてきた。
そろそろグラウンドに移行したい、という合図であろう。瓜子は牽制の左ジャブを出してから、両足タックルに繋げることにした。
距離感が覚束ないユーリは、タックルの成功率も低いのだ。
ただし、相手の身体と接触したならば、誰よりも機敏に反応することができる。それで、グラウンドの移行については瓜子から仕掛ける手はずになっていた。
このタックルに関して、瓜子は妥協していない。現在の集中力で可能な範囲の、全力のタックルである。
しかし、瓜子の両腕が膝裏に絡むと同時に、ユーリはぴょんっと両足を後方に投げ出してバービーの動きを見せる。瓜子ごときの両足タックルは、容易に回避することができるのだ。
そうして獲物を逃がした瓜子はマットに突っ伏して、背中からユーリにのしかかられてしまう。
瓜子は身をねじって仰向けになりながらユーリの片足だけでも捕らえようと苦心したが、その頃にはもうサイドポジションの形が完成されていた。
(もう、ほんとに加減がきかないなぁ)
瓜子の腹に、ユーリの腹がどっしりと乗せられている、重心の乗せ方も隙がなく、瓜子は漬物石に圧迫されているような心地であった。
ユーリと出会ってからの数年間で、いったい何度この苦しみを味わわされたことだろう。
瓜子だって寝技は上達しているはずであるのに、ユーリはそれ以上のスピードで進化しているため、実力差は広がるいっぽうである。立ち技ではその立場が逆転するわけであるが、現在のこの苦しさに変わりはなかった。
(でも、本当に大変なのは、これからだ)
ユーリがポジションキープを重視する人間であったならば、この苦しみが延々と継続されるのだ。ユーリに重し役をお願いする際に、瓜子は何度となくその苦悶を味わわされていた。
しかし、そういった制約がないスパーリングであれば、ユーリは好きなだけ動き回る。それを相手取るのは、また別種の試練であった。
ユーリはパウンドのひとつも落とすことなく、サイドポジションからトップポジションに移行する。
柔道で言う、上四方のポジションである。ユーリのくびれているがふよふよの質感をした腹部に呼吸を圧迫されて、瓜子は死ぬような思いであった。
瓜子は何とか横を向いて呼吸のすべを確保しつつ、牛のように重いユーリの身を押し返すべくブリッジを試みる。
しかし瓜子がどれだけ暴れても、ユーリの重心は小揺るぎもしない。そしてその腕が、上から瓜子の首を抱え込もうとしていた。
近年のユーリが得意にしている、ノースサウスチョークである。
その動きでユーリの身がやや横合いにずれたので呼吸の圧迫は消失したが、このまま黙って技の完成を待つわけにはいかなかった。
(この技は、スパーでもう何百回もくらってるんだ)
瓜子はユーリの腕のホールドが固まる前に身をねじり、グラウンドそのものから逃げようと試みた。
しかし、ユーリがそんなに容易く逃がしてくれるわけがない。ノースサウスチョークの完成が難しいと見て取るなり、ユーリはすみやかにホールドを解除して、またトップポジションをキープした。ひとつの技に固執しないのも、ユーリの大きな特性のひとつであるのだ。
ここでユーリを落ち着かせても益はないので、瓜子はがむしゃらに身をよじる。
するとユーリはそのアクションごとふわりと包み込むかのように、さらに深く瓜子の身にのしかかってきた。
(今度は、なんだ? アームロックか……それとも、足か?)
どんな動きにも対応できるようにと、瓜子は意識を集中する。
果たして――ユーリは瓜子の胸もとにのせたへそを支点に横回転して、サイドポジションに舞い戻った。
それと同時に、瓜子のレバーが圧迫される。
サイドポジションに移行するなり、ユーリはニーオンザベリーのポジションを取ったのだ。瓜子の右脇腹を圧迫しているのは、ユーリの右膝であった。
このまま、マウントポジションを狙うのか。
それともその動きをフェイントにして、アームロックを狙ってくるのか。
はたまた逆側の足で瓜子の腰をまたぎこして、逆向きのマウントポジションから足を狙ってくるのか――ユーリであれば、そんなセオリーから外れたアクションに至っても不思議はなかった。
ユーリがどんな選択をしようとも対処できるようにと、瓜子は心を研ぎ澄ませる。
客席は、とてつもない大歓声だ。ユーリを応援する声と瓜子を応援する声がせめぎあって、会場の屋根を吹き飛ばしそうな勢いであった。
瓜子がそれを嬉しく思ったとき――その大歓声が、ふっと遠ざかった。
聴覚が鈍くなった分、別なる感覚がどんどん鋭さを増していく。右脇腹にのせられたユーリの右膝から、血の流れまでもが感じ取れるかのようであった。
(おいおい、まさか――)
これは、集中力の限界突破の兆しである。
エキシビションマッチでそのような領域を目指すいわれはなかったが、さりとて自分の意思で制御できるものでもない。瓜子は自分の肉体の融通のきかなさに苦笑してしまいそうだった。
(まいったな。このままいったら、とうてい五分間ももたないぞ)
そのように判じた瓜子は、じわじわとスローモーになっていく時間感覚の中で、意識的に深く呼吸をした。
おそらく瓜子はこの領域に突入すると、呼吸が止まり、血圧が急上昇するのだ。それで肉体に大きな負荷がかけられるため、短時間で尋常でなく体力を奪われるのだった。
(しっかり呼吸さえしていれば、少しは負担が減るかもしれない。というか、酸欠状態を抑えたら、この状態を解除できたりしないのかな)
瓜子がそのように思案している間に、ユーリがふわりと左足を振り上げた。
逆側の足で瓜子の腰をまたぎこし、逆向きのマウントポジションを狙っているのだ。
普段であればそれを防ごうとする右腕を蹴っ飛ばされて、ポジションを奪われてしまうところであったが――今の瓜子は、限界を超えたところまで神経が研ぎ澄まされている。ただやみくもに腕をのばすのではなく、もっとも効果的なアクションを選択することができた。
(ユーリさんはただでさえ馬鹿力なんだから、腕一本で止められるわけがない。全身の力で、ガードするんだ)
瓜子は右脇腹を右膝で抑えられた不自由な体勢の中で、かなう限り上体を起こした。
そうして右腕を深く曲げつつ、前方に突き出す。瓜子の上を通りすぎようとするユーリの左足の白い腿に、自分の上腕の裏側をあてがう位置取りだ。
瓜子が想定した通りの軌道で、ユーリの左腿が瓜子の右上腕に接触する。
そして瓜子はその暴虐なる突進力を跳ね返すのではなく、その力を利用して身をよじった。
ユーリ自身の怪力で押し出されて、瓜子の背中がマットにこすれる。
そうして瓜子の身がずれたため、右脇腹にのせられていた右膝がマットにずり落ちた。
ユーリの右膝が外れたならば、もはや瓜子は自由の身である。
なおかつ、思わぬ形で右膝の抑え込みが解除されたため、さしものユーリも重心を乱している。
瓜子は深い呼吸を心がけながら左の足裏でマットを踏みしめつつ、上体を起こして、右腕をユーリの股座に差し込んだ。
さらに左腕を突き上げて、ユーリの右の肩口を抱え込み――そのまま身をよじって、ユーリの身をマットに押し倒した。
瓜子が、ユーリからポジションを取り返したのだ。
しかもこれは、サイドポジションである。ユーリはべったりとマットに背中をつけて、瓜子が横からのしかかっている格好であった。
しかし瓜子は、ユーリの身にふくれあがっていく躍動感を知覚している。
まるで、時限爆弾を組み伏せているような心地だ。このままでいれば、瓜子も爆風で吹き飛ぶだけなのではないかと思われた。
そして、右腕がざわざわと粟立っていく。
ユーリの股座に差し込んでいるほうの腕である。のろのろと流れる時間の中で瓜子が右腕を引き抜くと、それを追いかけるようにしてユーリの白い両足ががっちりと閉ざされた。
(足で、あたしの右腕をロックしようとしたのか)
そしてユーリは爆発するような勢いで、上体を起こそうとしている。
皮膚感覚で、その右腕が瓜子の首裏を抱え込もうとしているのが知覚できた。
しかし、右腕のロックは回避できたので、首だけ抱えられても危険な事態には至らない。
そのように判じた瓜子はユーリの右腕のアクションを黙殺して、マットについていた右膝を振り上げた。
ユーリは足を閉ざすというアクションに及んでいたので、次の動きは遅れるはずだ。
その間隙を突いて、瓜子はユーリの腰をまたごうとした。これは、マウントポジションに移行する千載一遇のチャンスであったのだ。
(あたしがユーリさんからマウントを取るなんて……人生初の快挙だぞ)
瓜子の胸が高鳴ったが、それもゆっくりと感じられる。瓜子は深呼吸を続けていたが、まだ限界突破の領域からは脱せずにいた。だからこそ、今この状況に至っているのだ。
ぴったりと閉ざされたユーリの両足をまたぎこえて、瓜子は右膝をマットにおろす。
そして、ユーリの姿を見下ろすと――その左腕が、上腕までしか見えなかった。肘から先は、瓜子の右腿に隠されていたのだ。
(……マジですか)
瓜子はユーリの左腕ごと、腰にまたがった状態であったのだ。
そしてすでに、ユーリの身には次なる爆発の力が溜められている。ユーリは瓜子の右腿を抱えながらブリッジをして、さらなる逆転を狙っていた。
(それを封じる技術なんて、あたしは習った覚えがないよ)
であれば、瓜子にできることはひとつである。
瓜子はユーリの怪力が爆発する瞬間に合わせて、自らも右足でマットを蹴って、横合いに跳躍した。
やはり瓜子が集中力の限界突破という領域にあっても、寝技ではユーリにかなわないのだ。瓜子がどれだけ正しい道を選ぼうとしても、ことごとくユーリに追いつかれてしまうのだった。
(やっぱり、ユーリさんはすごいや。ユーリさんこそ、本当のモンスター――)
と、マットの上を転がった瓜子が、身を起こそうとした瞬間――白い塊が、腹にぶつかってきた。
重い衝撃が、のろのろと瓜子の体内に浸透していく。そして、まだのばしきっていない両膝の裏に圧力をかけられて、瓜子はなすすべもなくマットに押し倒されることになった。
そうして頭上に輝くのは、ユーリの笑顔である。
ユーリは瓜子が転がっている間に身を起こして、両足タックルを炸裂させて、そしてマウントポジションを奪取したのだった。
ユーリの瞳は、星のように輝いている。
鞠山選手や卯月選手と寝技のスパーに取り組むとき、ユーリはいつもこんな風に瞳をきらめかせているのだった。
(……それなら、あたしも頑張った甲斐がありましたよ)
そうして瓜子はユーリの重量に耐えながら深呼吸を繰り返して、さらなる死闘に立ち向かうことに相成ったのだった。




