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アトミック・ガールズ!  作者: EDA
31th Bout ~Scorching Summer~
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06 別れの日

 翌日――八月の第三金曜日である。

 ドッグ・ジムにおける五日間の出稽古をやり遂げた瓜子とユーリは、きわめて賑やかな朝を迎えることになった。打ち上げを終えた後、こちらのマンションに宿泊した四名の客人たちが、その賑やかさの根源であった。


「ユーリ様、おはようございますなのです! 今日も一日、よろしくお願いいたしますなのです!」


「うるさーい……朝から大声ださないでよー……こっちは昨日のお酒が残ってるんだからさー……」


「だから、飲みすぎるなって言ったんだよ。ほら、蝉川も起きな。朝だってよ」


「お、起きたッス! みなさん、おはようございます!」


 リビングのトレーニング用マットに敷布を敷いて雑魚寝した四名は、それぞれの気性に見合った態度で朝の挨拶を交わしていた。

 灰原選手と多賀崎選手、愛音と蝉川日和の四名だ。これがすなわち、朝からプレスマン道場に向かうメンバーでもあった。


 本日は、シンガポール陣営の三名が稽古に取り組む最終日なのである。

 明日の早朝、三名は飛行機で帰国する。打ち上げも見送りも無用であるので、今日も開館から閉館までしっかり稽古をさせてほしいと、実直の極みである彼女たちはそのように願い出ていたのだった。


「でもうり坊たちは、またシンガポールで会えるんだもんねー。いいなー、あたしも連れていってほしいなー。魔法老女やミッチーばっかり、ずるいよなー」


「灰原選手は、二週間もお仕事を休むのが難しいんでしょう? それにやっぱり、多賀崎選手とペアでっていう条件が難しかったんだと思います」


「だって、あたしばっかり海外旅行を楽しんだら、マコっちゃんがすねちゃうじゃん」


「誰がすねるかい。あと、大事なセコンドの仕事を海外旅行あつかいするんじゃないよ」


 そんなやりとりも含めて、楽しい朝のひとときであった。

 かつてはこういった面々とお泊り会を楽しむ機会も多かったが――あれはメイの部屋であり、ユーリは渡米のさなかであったのだ。ねぼけまなこのユーリがふにゃふにゃ笑いながら客人たちの賑やかな様相を見守っているのが、瓜子にとってはひそかに感無量であった。


 そうしてその後はシリアルで簡単に栄養を補給して、いざプレスマン道場に出陣である。

 道場の開館は、午前十時だ。瓜子たちがガラスの扉をくぐると、受付カウンターでノートパソコンをいじっていた立松が「よう」と笑いかけてきた。


「朝からお疲れさん。ドッグ・ジムは、どうだったよ?」


「押忍。何から何まで、有意義でした。沙羅選手や犬飼さんは、やっぱりさすがっすね」


「グヴェンさんたちも、ご満悦だったよ。もう更衣室で準備中だぜ」


 道場からほど近いホテルに宿泊しているシンガポール陣営の三名は、おおよそ瓜子たちよりも早く参上しているのだ。最終日たる本日も、その例からもれることはなかった。


 更衣室に向かうと、まさしくそちらの三名が準備を整えている。そして、こちらを振り返ったグヴェンドリン選手が笑顔で「オス」と挨拶をしてきた。


「オハヨウゴザイマス。えー……キノウ、オツカレサマでした。キョウ、ヨロシクオネガイします」


「押忍。どうもお疲れ様でした。グヴェンドリン選手も、日本語がずいぶんお上手になりましたね」


「アリガトウゴザイマス。ウリコたち、オカゲです」


 エイミー選手やランズ選手も、それぞれ無言で頭を下げてくる。半月もの期間をともにしても、彼女たちの態度に大きな変化はなかったが――しかし、瓜子の側はそれを慕わしく思う気持ちが倍増していた。


 グヴェンドリン選手は社交的であるが、エイミー選手やランズ選手とはほとんど雑談した覚えもない。彼女たちの目的は充実した稽古であり、そのためにめいっぱい集中しているのだ。彼女たちが気安い態度を見せるのは、せいぜい打ち上げの場ぐらいであった。


 しかし瓜子は彼女たちのそういう実直さにこそ、感銘を受けている。彼女たちは日本で観光を希望することもなく、半月の間で完全にオフであったのは二日のみという、そんなストイックな日々であったのだ。瓜子やユーリも稽古に対する熱意は誰にも負けないつもりであったが、彼女たちは当然のように同じだけの熱意を携えていたのだった。


(まあ、専業か兼業かって違いも大きいんだろうけど……そもそもMMA一本で食べていこうっていう心意気が、嬉しいよな)


 そんな思いを抱えながら、瓜子は大勢の女子選手とともに稽古場へと向かった。

 そちらでは、事務作業を終えた立松が待ちかまえている。さらにリングでは、すでにサイトーがキック部門の男子選手の面倒を見ていた。


「キックの連中も試合が近いんで、おたがいの邪魔にならんようにな。じゃ、ウォームアップに取り掛かってくれ」


 ウォームアップを完了させたならば、蝉川日和はいそいそとキック部門と合流する。どのような会話が交わされたのか、朝一番でサイトーに頭を小突かれている蝉川日和の姿が、なんとも微笑ましかった。


「シンガポールのみなさんは、ついに最終日だ。餞別に、今日はみなさんのご要望を全面的に受け入れてやるよ。どんな稽古をお望みか、遠慮なく申し出てくれ」


 立松が翻訳アプリを使ってそのように伝えると、シンガポール陣営の三名はそれぞれ色めきだった。その末に提案されたのは、MMAルールのスパーリングである。


『この半月の締めくくりとして、実戦に近いスパーリングを希望します。そののちに、そのスパーリングから導き出される課題に取り組みたいと考えています』


「実戦に近いスパーリング、か。かといって、防具なしだの本気のスパーリングだのをお望みなわけではないんだろう?」


『はい。ただし、試合に近いスタイルでスパーリングをお願いします。ユーリにも、それを希望します』


 それはつまり、無秩序なコンビネーションの乱発を始めとする荒っぽい技も解禁せよ、という意味である。

 立松はいくぶん難しげな面持ちになったが、最後には了承した。


「寝技もありのスパーなら、ボディプロテクターをつけることもできん。それでもかまわないってんだな?」


『はい。こちらも負傷を避けるため、決して無茶な真似はしません』


「わかった。ただし、関節蹴りには手加減が必要だし、スープレックスも禁止のままだ。桃園さんのスープレックスをくらったら、一発で故障する恐れがあるからな」


 にこにこと話を聞いていたユーリは、たちまち「うにゃあ」と頭を抱え込む。

 そうして、その日最初のスパーリングが開始された。瓜子の相手は、さっそくグヴェンドリン選手である。瓜子は立松から携帯端末を拝借して、最後の確認をさせていただいた。


「えーと、仮想レッカー選手を演じる必要はないんすね? ……まあ、もともと自分じゃレッカー選手の代わりは務まりませんけど」


『はい。ウリコはウリコのスタイルでお願いします』


 そのように語るグヴェンドリン選手は、これまで以上の気迫をあらわにしていた。

 すると、瓜子の側もそれに呼応して、ぐんぐん心が研ぎ澄まされていく。朝一番からこれほどの集中力を要求されるというのは、かつてなかった話であった。


(なるべく試合に近いスタイルか。べつに普段から、試合とスパーでスタイルを変えてるつもりはないけど……やっぱり、強引な仕掛けなんかは自重してるもんな)


 そのささやかな自重を解禁してほしい、ということであるのだろう。瓜子はおたがいに怪我をしないという前提で、ぎりぎりのラインを探ってみようという所存であった。


「それじゃあ一ラウンド五分で、インターバルは一分。くれぐれも無理のないようにな」


 そんな立松の言葉とともに、スパーリングが開始された。

 ヘッドガード、エルボーパッド、ニーパッド、レガースパッドを装着し、オープンフィンガーグローブは6オンスだ。この姿で向かい合うことは多々あったが、やはり本日はグヴェンドリン選手の気合が違っていた。


 ここ最近は機動力を重視していたグヴェンドリン選手が、ぐっと腰を落としてじりじりと前進してくる。いかにもタックルを意識した挙動で、十センチ長身であるグヴェンドリン選手の頭が瓜子よりも低い位置に下げられていた。


 瓜子はこれまで通り、ステップワークでそれに対抗する。体格で劣る瓜子が優位に立つには、やはり機動性と小回りで勝負するしかないのだ。


(ただ、グヴェンドリン選手が組み技を狙ってるなら、こっちの打つ手も変わってくるからな)


 そのように考えた瓜子は、遠い距離から前蹴りを放った。

 それも、腹ではなく顔面を狙った前蹴りだ。そのように頭を下げていれば瓜子でも狙いやすかったし、相手の重心を上げさせるためにも頭部への蹴りは有効であった。


 左腕でそれをガードしたグヴェンドリン選手は、同じ姿勢のままさらに前進してくる。

 これぐらいの攻撃ではスタイルを変えまいという、断固たる意志が感じられた。


(でも、そこまで姿勢が低いと、ステップは踏みにくい。それでもあたしのステップワークに対抗できるって考えなのか?)


 そのように考えた瓜子は、サークリングで対抗することにした。

 灰原選手や鞠山選手のように、グヴェンドリン選手を中心にしてぐるぐると回る。グヴェンドリン選手も機敏に正対してきたが、その低い姿勢では距離の調整までは及ばなかった。


 角度で優位に立てなくとも、距離を支配できれば優位に立てる。

 瓜子は円を描く過程で相手に近づき、左ジャブを撃ち込んだ。

 グヴェンドリン選手はしっかりガードしたが、カウンターまでは狙えない。正対するのに精一杯で、距離とタイミングをつかめていないのだ。


(それでもこのスタイルを崩さないってことは……徹底的に、組み技ねらいなんだな)


 瓜子は撒き餌をまくような心地で、奥足からの右ローを繰り出した。

 蹴り技であれば、瓜子も足が止まる。その一瞬で、グヴェンドリン選手がぐっと肉迫してきた。


 それを期待していた瓜子は、カウンターの縦肘を繰り出す。

 かつて愛音が《フィスト》の大会で相手の鼻を潰した、ムエタイの技だ。もちろん瓜子も愛音と同様に、ジョンからこの技を学んでいた。


 グヴェンドリン選手はさらに頭を屈めて、その一撃を頭上にやりすごす。

 そして、瓜子の両足に両手をのばしてきた。


(やっぱり、そうくるか)


 ローを出した直後である瓜子は、まだステップを踏む準備ができていない。

 両足を後方に逃がすバービーも、すでに間に合わないタイミングであろう。

 よって瓜子は、第三の対処法――その場で大きく足を開いてタックルを防ぐと同時に、グヴェンドリン選手の首に右腕を回した。


 カウンターの、フロントチョークである。

 瓜子はかつてブラジルのエズメラルダ選手と対戦する際、彼女が得意とするこの攻撃のディフェンスを徹底的に鍛えぬいたのだ。そうしてディフェンスを磨くには技の要領やタイミングを理解する必要があるので、オフェンスに活用できることも多かった。


 タックルを防がれて、首まで取られそうになったグヴェンドリン選手は、強引に身をねじって斜め後方に逃げようとする。

 瓜子はグヴェンドリン選手の首を解放すると同時に、左足を跳ねあげた。

 遠ざかっていくグヴェンドリン選手の顔面に、瓜子の足先が吸い込まれていく。形としては、いちおう前蹴りということになるのだろう。普段のスパーリングでは見せることのない、強引な追撃であった。


 グヴェンドリン選手はすんでのところで首をねじったが、ヘッドガードに守られた右頬を浅く蹴り飛ばされて、バランスを崩す。

 瓜子は蹴り足をそのまま前側に下ろして、左の追い突きを繰り出した。

 その拳は右頬にクリーンヒットして、グヴェンドリン選手は背中から倒れ込んだ。


 これが試合でも、瓜子が寝技に持ち込む場面ではないだろう。

 よって、瓜子は倒れ込んだグヴェンドリン選手の左足を、軽く蹴っ飛ばすことにした。

 グヴェンドリン選手はすぐさま上体を起こして、左膝を深く折り曲げる。そして、右腕と右足を前に突き出して、瓜子の接近を食い止めた。相手の接近を防ぎながら立ち上がる、柔術立ちのモーションである。


 瓜子はかまわずグヴェンドリン選手の右足を蹴りながら、奥手の右拳を揺らめかせる。立った瞬間に右ストレートを撃ち込むぞというプレッシャーである。実際に撃ち込むかは別として、試合ではこういうプレッシャーの積み重ねが勝負を左右するはずであった。


 グヴェンドリン選手は炯々と目を光らせながら、折り曲げた左足一本の力で立ち上がる。

 タイミングが合わなかったので、瓜子も右ストレートは取りやめておいた。

 その代わりに、右足を振り上げて前蹴りを狙う。それを左腕でガードしてから、グヴェンドリン選手は距離を取ろうとした。


 これが試合であったならば、グヴェンドリン選手を休ませるべきではない。

 そのように考えた瓜子はしつこく追いすがり、また右ストレートのモーションを見せた。


 それで焦ったのか、グヴェンドリン選手は左のショートフックを飛ばしてくる。

 グヴェンドリン選手は、焦ると手が出てしまうのだ。瓜子も度重なるスパーによって、グヴェンドリン選手のそんな悪癖を認識していた。


 瓜子はグヴェンドリン選手の左拳をダッキングで回避して、低い姿勢のまま右拳を旋回させる。

 グヴェンドリン選手の左脇腹に、瓜子の右フックがクリーンヒットした。


 本来は、ここにアッパーを重ねたいところであったが――今は、角度とタイミングが合わない。

 そのように考えた瓜子は、目の前に存在するグヴェンドリン選手の足に着目した。


 瓜子はそのまま前進して、相手の腹に肩をぶつけつつ、両足を絡め取る。

 結果、両足タックルが成功して、グヴェンドリン選手はまた背中から倒れ込んだ。


 しかし瓜子は寝技に移行せず、すぐさま立ち上がる。まだまだオールラウンダーのグヴェンドリン選手とグラウンド戦に興じるのは得策でないという判断だ。そうして瓜子は、再びグヴェンドリン選手の足を蹴り飛ばすことにした。


 おたがいに防具をつけた足が、ぼすぼすとぶつかりあう。

 これならば、ダメージが溜まることもないだろう。怪我を避けるという大前提で、実戦さながらのスパーリングに取り組む――今のところ、瓜子は初志を貫徹できていた。


 そこに、どすんと重たい音が響きわたる。

 瓜子が立ち位置を変えながら視線を飛ばすと、ユーリと対戦していたエイミー選手がマットに倒れ込んでいた。きっと何か、ユーリの荒っぽい技をくらってしまったのだろう。すぐさま半身を起こしたので、攻撃をガードしつつ勢いで吹き飛ばされたのかもしれなかった。


 その向こう側では、ランズ選手が灰原選手の乱打にさらされている。

 ステップワークで翻弄されたあげく、乱打戦を仕掛けられたのだろうか。十五キロ以上もウェイトでまさるランズ選手が、防戦一方であった。


 瓜子がそんな観察をしている間に、グヴェンドリン選手がすっくと立ち上がった。

 試合中にわき見をすることはありえないので、瓜子は大いに反省する。

 するとグヴェンドリン選手が肩で息をしながら、汗だくの顔で瓜子に笑いかけてきた。


「ウリコ、ツヨいです。もうイッポン、おネガいします」


 瓜子も笑顔で「押忍」と応じて、過酷で楽しいスパーリングが再開された。


                 ◇


『やっぱり、ウリコは強いです。私が勝利するには、長きの時間とトレーニングが必要でしょう』


 グヴェンドリン選手があらためてそのように告げてきたのは、すべてのトレーニングを終えてからのことであった。

 道場で丸一日が経過して、時刻は午後の十時である。道場の清掃はキック部門が担当する日取りであったので、瓜子たちは壁にもたれて息を整えながら、それぞれリカバリーの軽食をとっているさなかであった。


 午後から合流した小笠原選手たちも、汗だくの姿でプロテインドリンクをすすっている。朝から稽古を積んでいた瓜子は疲労困憊で、シンガポール陣営の三名もひときわぐんにゃりと弛緩していた。


『ユーリも、同様です。粗い打撃技を許可しただけで、強さが倍増します。そして試合では、さらに倍増するのでしょう。ユーリは、怪物です』


 エイミー選手も携帯端末を片手にそのように告げると、充足しきった面持ちでしゃがみこんでいたユーリは「うにゃあ」と純白の頭をひっかき回した。


『また、多くの選手が潜在能力を秘めています。あなたたちは私たちよりも、練習と試合で実力が違っているのでしょう。故障を避けるために危険なスパーは避けていましたが、もっと早くその事実を知るべきであったかもしれません』


 普段は寡黙なランズ選手も、そのように言いたてる。どうやら彼女は灰原選手ばかりでなく、小笠原選手や多賀崎選手にも痛い目を見させられたようであった。


『ですが、十分に刺激的な日々でした。この半月の時間は、一年のトレーニングに匹敵するでしょう。この成果は、十月の試合でお見せすると約束します』


「うん。日本でみんなの試合を見届けさせていただくよ。こうやって一緒に汗を流した相手が五人も出場するなんて、なかなか贅沢な話だよね」


 小笠原選手が笑顔でそのように応じると、エイミー選手がいつになく穏やかな面持ちで振り返った。


『トキコたちの試合をリアルタイムで観戦できないのが、残念です。いつか《アトミック・ガールズ》の試合が海外でも配信されるように願っています』


「そいつは運営陣の頑張り次第だね。でも、そんな風に言ってもらえるだけでありがたいよ」


『はい。ユーリとウリコの活躍によって、スチット代表の目は《アトミック・ガールズ》に向けられるでしょう。もしかしたら、《ビギニング》にスカウトされる日のほうが早いかもしれません』


「おー、マジで? だったらあたしは、アトミックのチャンピオンベルトをぶらさげながら待ってるよー!」


 マットにだらしなく寝そべっていた灰原選手が、へろへろの笑顔でそのように答えた。翻訳アプリを使用しなかったので、その言葉は届かなかったはずだが――グヴェンドリン選手たちもまた、笑顔であった。『チャンピオンベルト』のひと言で、灰原選手が勇ましい言葉で応じたことは理解できたのだろう。


「で、今日はほんとにこのまま帰っちゃうのー? せめて、お茶でもしていかない?」


「だから、アプリを使えっての。……やっぱり今日は、真っ直ぐホテルに戻るのかい?」


 多賀崎選手が小笠原選手から借り受けた携帯端末でそのように告げると、グヴェンドリン選手が『はい』と応じた。


『私たちには、休息が必要です。今日は早々に帰って、明日の帰国に備えようと思います』


「そっか。次に会えるのはいつになるかわからないけど……あたしらも、みんなの試合を楽しみにしてるよ。シンガポールに戻っても、元気でね」


 グヴェンドリン選手は『はい』とうなずいてから瓜子に向きなおってきた。


『ウリコとユーリは、来月シンガポールで再会できます。おたがい勝利を目指して、頑張りましょう』


「はい。その日を楽しみにしています。帰りの飛行機も、どうぞお気をつけて」


 瓜子はそんな型通りの挨拶をすることしかできなかった。

 しかし、それはお互い様のことであった。質実なるグヴェンドリン選手たちも、むやみに感傷的な言葉を口にしようとはせずに、ただ穏やかな笑顔で心情を伝えてくれたのである。


 瓜子たちは、強くなるためにこの場に集ったのだ。

 その成果は、それぞれの試合で見せるしかない。そしてそのときこそ、本当の意味でこの半月の喜びを分かち合えるのかもしれなかった。

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