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アトミック・ガールズ!  作者: EDA
31th Bout ~Scorching Summer~
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02 レクリエーション

 そうして中庭における挨拶を終えたのちは――毎年恒例の、レクリエーションであった。


『私はプールでしか遊泳の経験がないため、少し緊張しています。でも、ひそかに楽しみにしていました』


 朗らかな笑顔でそのように告げてきたのは、グヴェンドリン選手である。彼女を筆頭に、シンガポール陣営の三名はいずれもスポーティーな水着を準備していた。


 いっぽう『P☆B』から新作の水着を押しつけられた瓜子は、溜息が止まらない。現在はビーチ用のパーカーとショートパンツでその姿を隠蔽しているものの、灰原選手と鞠山選手が存在する限りはいずれ水着姿をさらす運命であった。


「……よくよく考えると鞠山選手は海に入らないのに、不公平じゃないっすか?」


「わたいは色気を武器にしてないんだわから、不公平もへったくれもないんだわよ」


「自分だって、そんなもんを武器にした覚えはありません!」


「まあまあ」と取り成すユーリは、とろけるような笑顔である。そちらは大きなストローハットとパーカーを装着していたが、雪のように白い脚線美は剥き出しだ。試合用のショートスパッツと比べても露出面積の差はわずかであったが、そのわずかな差が色香を倍増させるのだった。


「準備は整ったねー? それじゃー、いざ出陣!」


 誰よりもテンションの上がっている灰原選手の号令で、女子選手の一行はビーチを目指した。

 鞠山選手の他にビーチ遊びを遠慮するのは、来栖舞と魅々香選手、兵藤アケミと雅の四名だ。ただし、試合衣装よりも露出の多いビキニなどを着込んでいるのは、瓜子とユーリ、愛音と灰原選手の四名ぐらいであった。


(……去年はそこに、メイさんも入ってたんだっけ)


 ユーリが準備した純白のビキニを纏い、鞠山選手から借り受けたヘアゴムで髪をくくったメイの愛くるしい姿は、今でも瓜子の脳裏に焼きついている。自分の水着姿を写真で残すのはまっぴらという心持ちでありながら、瓜子はメイの水着姿を撮影していなかったことを後悔しているほどであった。


(まあ、去年が最後の機会になるだなんて、そんなの想像できるわけないもんな)


 瓜子は感傷的な気分にならないように頭をもたげながら、熱く焼けた砂浜に足を踏み入れた。

 お盆の直前という時期で、ビーチは大いに賑わっている。先行した赤星道場のパラソルが右手側の岩場に近い位置に見えたので、一行は列をなしてそちらを目指した。


「あー、来た来た! みなさん、こっちが空いてますよー!」


 そちらで出迎えてくれたのは、またもや二階堂ルミである。エメラルドグリーンのタイサイド・ビキニでいっそう露出が増えた彼女は、二十歳の若さがまぶしかった。


「あー、ひよりちゃんはラッシュガードだったっけ! わかっちゃいるのに、ついつい可愛いビキニ姿を期待しちゃうんだよなー!」


「あたしはお許しがあっても、ビキニなんて着る気はないッスけどね」


 蝉川日和は相変わらず、二階堂ルミに対しては素っ気ない。豪快なタトゥーを入れている彼女や鬼沢選手は、ラッシュガードを着用しているのだ。左のふくらはぎに燕のタトゥーを入れているサキも、黒いサポーターで隠蔽していた。すべては、いたいけな子供たちへの配慮である。


「それじゃあ海に入らない面々は、荷物番をお願いするよ。赤星のほうでも人手が足りないみたいだから、俺ともうひとりお願いできるかな?」


「では、わたしが」と、来栖舞が率先して声をあげた。

 鞠山選手と魅々香選手、雅と兵藤アケミはペアになって、こちらのパラソルの荷物番だ。荷物と言ってもクーラーボックスとビーチタオルの山ぐらいであるが、これも重要な仕事であった。


 そうしてパラソルを立てたならば、鞠山選手は折り畳み式のデッキチェアを広げて優雅に寝そべる。大きなフレアハットと大きなサングラスと南国チックなワンピースというファッションも含めて、その姿はもはや合宿稽古の風物詩であった。キャップとTシャツとハーフパンツの姿で正座をする魅々香選手も、また同様である。


『ミカ・ミドウは、海に入らないのですね』


 と、ランズ選手が翻訳アプリを使って問いかけると、魅々香選手はおずおずと英語で答えた。そういえば、魅々香選手は『アクセル・ロード』の放映でも英語を喋る姿を披露していたのだ。

 そして、魅々香選手とランズ選手はその『アクセル・ロード』で対戦した間柄となる。圧倒的なパワーと頑丈さで押し寄せるランズ選手の猛攻をしのいだ魅々香選手が判定勝利をものにしたが、その一戦で肘靭帯の古傷が再発して二回戦をリタイアしたという、そんな顛末であった。


 魅々香選手に英語が通じると知ったランズ選手は、自らも英語で言葉を重ねる。魅々香選手がまたそれに答えて、さらには鞠山選手までもが会話に加わった。


「わー、なになに? みんな英語でしゃべったら、あたしたちにわかんないじゃん! いったい何を話してるのさ?」


「いちいちやかましい低能ウサ公だわね。ランズは美香ちゃんに会える日を心待ちにしてただわから、ビーチ遊びの前におしゃべりを楽しんでは如何とアドバイスしただけだわよ」


「へーえ! ま、そっちのほうが楽しいなら、好きにすりゃいーさ! うり坊は、力ずくでも引っ張ってくけどねー!」


「そんな急ぐことないじゃないですか。さあさあ、ユーリさん。日焼け止めをお手伝いいたしますよ」


「にゃはは。それでは、お願いいたしますのですぅ」


 ユーリがはらりとパーカーを脱ぎ捨てると、クリーミーピンクのトライアングル・ビキニしか身につけていない純白の肢体があらわにされる。その規格外のプロポーションに、グヴェンドリン選手とエイミー選手がわずかに身をのけぞらせた。


『ユーリが更衣室で着替える姿は何度も目にしていますが、太陽の下で見る水着姿は迫力が桁違いです』


 と、グヴェンドリン選手はわざわざ翻訳アプリを駆使して驚嘆の思いを表明した。蝉川日和の腕を抱え込んだ二階堂ルミは、「ですよねー!」と陽気に笑う。


「うちは写真で見慣れてるけど、やっぱ生身は破壊力が違いますもん! うり坊ちゃんの水着姿も楽しみだなー!」


「だから、急ぐ必要はありませんってば。ほらほら、マリア選手が手を振ってますよ」


「じゃ、先に行ってますねー! ほらほら、愛音ちゃんも!」


「まったく、せわしない限りなのです」などとぼやきながら、愛音も二階堂ルミを追いかけていく。とりあえず、愛音が自主的にユーリのそばを離れるぐらいには、同世代間の親睦が深まっているのだ。ユーリにばかり固執しないというのは、立派な成長であるはずであった。


 他の選手もおおよそビーチに向かったので、こちらに居残っているのは灰原選手と多賀崎選手、そしてシンガポール陣営の三名のみとなる。ランズ選手は鞠山選手の誘導に従って魅々香選手と会話に励んでおり、残る二名はまだユーリに驚嘆の眼差しを向けていた。


『つい先日にはユーリのステージを拝見して、今日は水着姿を拝見しました。私はこのように美しい存在に二度までも敗れたのかと、複雑な心境になります』


「うにゃあ。エイミー選手に美しいなどと言われるのは、気恥ずかしさのキョクチなのですぅ」


「英語をあやつる知能がないなら、翻訳アプリの恩恵にすがるだわよ。まったく、世話のかかる物体だわね」


 ぶちぶちとぼやきながら、鞠山選手はわざわざユーリの言葉を通訳してくれた。


『ですが実際に、ユーリは美しいです。顔立ちの美しさはともかくとして、やはり筋肉が筋肉に見えないという特異体質が、いっそうの驚きをもたらすのでしょう。さらにミュージシャンとしての才能にも恵まれているのですから、驚きは増すばかりです』


「うにゃにゃあ。ですから音楽に関しては、メンバー様がたのお力にすがっているだけなのですぅ」


「もうちょっと、通訳し甲斐のある言葉をひねりだすだわよ。うり坊に管理責任を問うだわよ」


「いやあ、そんなもんを問われましても……ユーリさんは、ユーリさんですからねぇ」


 瓜子は苦笑を浮かべつつ、ユーリの真っ白な背中に日焼け止めオイルを塗りたくる。すると、グヴェンドリン選手が朗らかな笑顔に戻りながら瓜子に向きなおってきた。


『でも、ファイターらしからぬ美しさはウリコも負けていません。ユーリとはまったく種類が異なりますが、ウリコの美しさはシンガポールでも多くのファンを生んでいます』


「いえいえ、自分はそんな、大したアレではありませんので……ほらほら、灰原選手だってこんなにセクシーっすよ」


「二重の意味で、通訳する気が失せるだわね。美香ちゃんたちを見習って、もっと有意義な会話に励むだわよ」


「つっても、そっちは何を話してんのか意味不明だからねー! ミミーがこんなにおしゃべりするなんて珍しいけど、いったいナニをしゃべってんのー?」


「おたがいのトレーニング環境の情報交換だわね。あとは、ここ最近の試合に関するディスカッションだわよ」


「うひゃー! ビーチでするような話じゃないっしょ! どーせ午後からは地獄のトレーニングなんだし、今はめいっぱい楽しまないとさー!」


「『アクセル・ロード』ではプライベートな会話をする機会もなかったようだわから、おたがいに秘めていた思いがあるんだろうだわね。いつになくアクティブな美香ちゃんは、見ていて微笑ましい限りだわよ」


 そんなやりとりも耳に入っていない様子で、魅々香選手とランズ選手は英語で語り合っている。どちらも訥々とした口調であるが、確かに熱心ではあるのだろう。その姿に、多賀崎選手も口もとをほころばせた。


「こうしてみると、ユニオンMMAには人柄のいい人間が集まってるんだね。あたしはロレッタと再会したって、こんな風におしゃべりできる自信はないよ」


「あと、ピンク頭や沙羅が対戦した連中もねー! なーんかニヤニヤしてて、いけ好かない感じだったもん!」


 聞き覚えのある固有名詞が連発されたせいか、グヴェンドリン選手が興味深げに視線を巡らせる。それで鞠山選手がしかたなさそうに通訳すると、グヴェンドリン選手は珍しくも苦笑を浮かべた。


『あまり他の選手を悪く言いたくはありませんが、イーハンやロレッタが高慢であるのは事実だと思います。ただユーシーに関しては、勇ましい人柄を演出しているのではないかという印象です』


「んー、ユーシーってのは、どいつだったっけ?」


「沙羅と対戦したアディソンMMA所属の選手だわよ。……バンタム級現王者のレベッカと同門だわね」


 眠たげなカエルのような目で、鞠山選手はユーリのほうをちらりと見やる。しかしユーリはにこにこと笑うばかりであったので、鞠山選手はさらに言葉を重ねた。


「それでもって、イーハンはうり坊と対戦するストロー級現王者のイヴォンヌと同門のプログレスMMA所属なんだわよ。それにユニオンを合わせて、シンガポールの三大勢力だわね」


「ふーん! そのレベッカとかイヴォンヌとかいうのは、どーゆー連中なんだろうねー?」


 灰原選手の言葉を鞠山選手が通訳すると、グヴェンドリン選手の表情がにわかに引き締まった。


『レベッカは沈着、イヴォンヌは陽気という人柄ですが、私は根底に似たものを感じています。それは、機械のような精密さと冷酷さです』


「冷酷? 陽気で冷酷って、よくわかんないなー!」


『人柄ではなく、ファイトスタイルに関してです。彼女たちは無慈悲なまでに、相手の長所を潰します。彼女たちに敗北した選手は自分の価値を見失い、引退する人間も少なくありません』


「へーえ! でも、グウェンもイヴォンヌってやつと対戦したことがあるんじゃなかったっけ?」


『はい。彼女がまだ王者でなかった時代、一度だけ対戦しました。私もまたなすすべなく、敗北したのです。一時は引退を考えましたが、周囲の助けがあって立ち直ることができました』


 そう言って、グヴェンドリン選手は力強く微笑んだ。


『ウリコとイヴォンヌの試合ではどちらが勝利するのか、私にもわかりません。ですが、私はウリコが勝利することを願っています。そして、自分もイヴォンヌを倒した後に、ウリコの王座に挑戦したいと考えています』


「おー、熱烈なラブコールだねー! あたしはうり坊に逃げられちゃったから、あんたは逃げられないうちに頑張りな!」


 灰原選手は陽気に笑いながら、グヴェンドリン選手の逞しい背中をばしばしと引っぱたいた。

 言葉の意味はわからずとも、思いは伝わったのだろう。グヴェンドリン選手は力強い笑みを浮かべたまま、「ハイ」とうなずいた。


 瓜子も《ビギニング》の過去映像で、グヴェンドリン選手とイヴォンヌ選手の一戦を見届けている。当時はどちらも若かったが、ムエタイからMMAに転向したばかりであったイヴォンヌ選手があらゆる局面でグヴェンドリン選手を圧倒して、フルマークの判定勝利をものにしたのだ。確かにあのときのグヴェンドリン選手は、絶望に打ちひしがれているように見えたものであった。


 しかしグヴェンドリン選手は絶望から立ち直り、今もなお《ビギニング》のトップファイターとして活躍している。

 瓜子は全力で勝利を求める所存であったし――たとえ負けても、グヴェンドリン選手を見習うつもりであった。


(グヴェンドリン選手のおかげで、イヴォンヌ選手のイメージはどんどん固まってきたからな。最高の結果を目指せるように、頑張ろう)


 瓜子がそんな思いを新たにしたとき、灰原選手がいきなり「あのさー!」と声を張り上げた。


「うり坊は、いつまでピンク頭の背中をまさぐってるつもりなのさ? ピンク頭をオイル漬けにでもするつもりー?」


「にゃはは。うり坊ちゃんの温もりが心地好くて、ユーリも止める気持ちになれなかったのですぅ」


「いちゃいちゃするのは、夜にしてよねー! さー、海に突撃だー!」


 ということで、瓜子もパーカーとショートパンツを剥ぎ取られて、楽しいビーチ遊びに興じることになったのだった。

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