07 熱情の伝播
そうして興行の終了を見届けたのちは、お馴染みの打ち上げであった。
そこで大はしゃぎしていたのは、もちろん灰原選手である。きっと退場後の控え室では、感涙にむせんでいたのだろう。目もとを赤く泣きはらした灰原選手は、子供のようにはしゃぎまくっていた。
「もー! マコっちゃんってば、勝ったくせにミミーよりぐったりしてるんだもん! あんまり心配させないでほしいよねー!」
その肉感的な腕は、当然のように多賀崎選手の腕を抱え込んでいる。
多賀崎選手は苦笑を浮かべつつ、「うるさいよ」と言い捨てた。
「こっちは胃袋が破裂したんじゃないかってぐらいの生き地獄だったんだからね。チームメイトだったら文句をつける前に、ねぎらっておくれよ」
「控え室では、さんざんねぎらったでしょー? とにかく、王座防衛おめでとー! さー、みんなも飲んで飲んでー!」
瓜子たちは温かい気持ちで、そんな両者のやりとりを見守っていた。
本日は普段に比べると、ささやかな人数である。四ッ谷ライオット、プレスマン道場、赤星道場、ドッグ・ジムの陣営に、観戦に駆けつけた十数名のみであるのだ。本日は珍しく、天覇館の面々も打ち上げを辞退していたのだった。
「まあ、みんなが気兼ねなく楽しめるようにっていう配慮だろうと思うよ。御堂さんも来栖さんも、そういう部分は奥ゆかしいからね」
ただひとり観客の立場であったために参席した高橋選手は、そんな風に言っていた。
すると、カクテル風のソフトドリンクをすすっていた鞠山選手が「ふふん」と鼻を鳴らす。
「そもそもは、対戦相手が打ち上げで同席するほうが普通の話じゃないんだわよ。常識を守って文句をつけられるいわれはないだわね」
「べつに誰も文句なんてつけてないっしょ? ミミーも来栖サンもこんなことを根に持ったりはしないから、だいじょーぶさ! 合宿稽古は、また一緒に楽しむんだしねー!」
と、灰原選手は果てしなく無邪気である。
すると珍しく、ランズ選手が携帯端末の翻訳アプリで発言した。
『ミカ・ミドウは負けましたが、以前よりもさらに強くなったように思います。それに勝利したマコト・タガサキに、敬意を表します』
「あー、ランズっちはミミーに負けたことがあったんだっけ! ま、そんなの大昔の話だしねー!」
灰原選手が元気に応じると、ランズ選手は小首を傾げながら携帯端末を差し出す。三日前から対面している灰原選手は得たりとばかりに、同じ言葉を繰り返した。今度は灰原選手の言葉が、英語に翻訳されて反復される。
「いやー、翻訳アプリって便利だね! これならいちいちオリビアに通訳をお願いしなくってもいいしさ!」
「これだけ人間がそろってて英会話を習得してる日本人がわたいだけというのは、嘆かわしい限りだわね」
「こっちは英会話教室に通ってるヒマなんてないんだよー! ま、あたしが海外デビューしたら、あんたを通訳としてコキ使ってあげるよ!」
「ああもう、低能ウサ公のやかましさが臨界突破してるだわね。マコトの防衛はおめでたい限りだわけど、とんだ弊害だわよ」
灰原選手と鞠山選手のやりあいも相変わらずであるが、まあこれも楽しい打ち上げの彩りである。本日は勝利した陣営ばかりが寄り集まっているためか、いっそう華やいだ雰囲気であった。
そんな中、シンガポール陣営の三名は静かに食事を進めている。彼女たちは全員酒をたしなまないし、食事に関しても節制しているのだ。そして日本語も覚束ないため、時おり翻訳アプリで試合の感想を語るていどであった。
瓜子とユーリはいちおうシンガポール陣営のすぐそばに腰を落ち着けているものの、あちこちから声を投げかけられるため、なかなか言葉を交わす隙もない。しかし、この温かな空間に身をひたしているだけで瓜子は満ち足りた心地であったし、グヴェンドリン選手なども安らかな面持ちでこの場の空気を楽しんでいるように見受けられた。
「それにしても、今日は情けねー試合だったなー。本来だったら祝勝会にツラを出せるような身分じゃねーぞ、コラ」
と、サキが長い右足をのばして、愛音のおしりに爪先を食い込ませる。
ユーリのかたわらにひっそりと控えていた愛音は子供のようにむすっとした顔で、そちらをにらみ返した。
「……自分の不甲斐なさは、自分が一番理解しているのです。控え室でもさんざんお詫びしたのに、サキセンパイはまだいじめ足りないのです?」
「いじめじゃなくって、教育だろ。ウォームアップでバテバテになったことをセコンドに隠すなんざ、許されると思ってんのか?」
「……だからそれに関しては、何度も何度もお詫びを申しあげたのです」
「ふん。いっそ今日は負けるべきだったなー。そうしたら、てめーの馬鹿さ加減がもっと痛感できたろうによ。どっかのおせっかいな肉牛のせいで、台無しだぜ」
「ユーリは牛さんじゃないし、そんなにいじめたらムラサキちゃんが可哀想だよぅ」
そんな風に言ってから、ユーリは優しく愛音に微笑みかけた。
「でもね、ムラサキちゃんもユーリがおめめのことをみんなに隠してたことは知ってるでしょ? ユーリもそれで、道場のみんなに隠し事をしちゃいけないってわかったの。ムラサキちゃんも、これから気をつけてね?」
愛音を目もとを潤ませながら、「はいなのです……」とうつむいてしまう。
ユーリはいっそう優しい眼差しでその姿を見守り、サキは「けっ」とそっぽを向く。ユーリがこんなに先輩らしい姿を見せるのは珍しいことであったので、瓜子は温かな心地であった。
「あたしはむしろ、そんなコンディションでKO勝ちできる邑崎の地力に感心しちまったよ。先輩がたのありがたい言葉を噛みしめて、明日からも頑張りな」
心優しい多賀崎選手は、そんな言葉で愛音を慰めてくれた。
そうして瓜子がその優しさをありがたがっていると、多賀崎選手の穏やかな眼差しがこちらに向けられてくる。
「そんでもって、猪狩もこれまでお疲れさん。王座返還は残念だけど、そのぶん《ビギニング》で頑張っておくれよ」
「押忍。多賀崎選手も、あらためておめでとうございました。今日は王者に相応しい勝ちっぷりでしたよ」
「勝った後もなかなか立てないような、薄氷の勝利だったけどね。でもまあ、王座を守れたんだから自分でも文句はないさ」
そう言って、多賀崎選手はいっそう穏やかに微笑んだ。
「実のところ、猪狩と一緒に《フィスト》の王座を守ってたってのは、あたしにとって自慢だったんだよ。これからは、自慢のタネがひとつ減っちまうけど……そのぶん、死に物狂いで王座を守り続けてみせるよ」
思わぬ言葉を聞かされて、瓜子は思わず胸を詰まらせてしまう。
すると、灰原選手が眉を吊り上げて笑いながら、多賀崎選手の身を揺さぶった。
「あたしが隣にいるのに、離れた席のやつと盛り上がらないでよねー! そんなもん、浮気と一緒だぞー!」
「ああもう、あんたはいいかげん落ち着いておくれよ。それに、酒のピッチも早すぎるよ」
「今日飲まないで、いつ飲むのさー! もー、マコっちゃんだって最後の右フックをくらってなかったら、気兼ねなく飲めたのにさー!」
灰原選手は多賀崎選手のたくましい肩に頬ずりをして、多賀崎選手に苦笑を浮かべさせる。瓜子としては、やはり微笑ましく思えてならない睦まじさであった。
「よう、ちょいといいかい?」
と、そこで頭上から塩辛声が投げかけられる。瓜子が振り返ると、大和源五郎と犬飼京菜が並んで立ちはだかっていた。
「俺たちはそちらさんとも初顔合わせなんでな。よかったら、挨拶をさせてくれよ。……おい、ダニー、ちょっと頼むわ」
本日は犬飼京菜の試合を見届けるために、榊山蔵人や新人の女子選手も居揃っている。そちらでひっそりと輪を作っていたダニー・リーが、音もなくこちらに忍び寄ってきた。
「うちで一番英語が堪能なのは、ダニーなんでな。ダニー、礼儀正しく挨拶してくれや」
そんな風に語りながら、大和源五郎はどかりとあぐらをかく。仏頂面の犬飼京菜もそれに続き、ダニー・リーは片膝をつきながら英語で何かを語った。
シンガポール陣営でもっとも社交的なグヴェンドリン選手が、穏やかな面持ちでそれに応じる。ダニー・リーはひとつうなずいて、大和源五郎に向きなおった。
「彼女たちは《アトミック・ガールズ》の試合映像を取り寄せているので、京菜の存在もわきまえていた。京菜のアクロバティックな技を目の前で見ることができて満足している。……だそうだ」
「へえ、わざわざ日本の試合映像を取り寄せてるのかい。そいつはやっぱり、猪狩さんと桃園さんの研究のためなのか?」
「主体となるのはその両名だが、かつての『アクセル・ロード』がああいう結果に終わったので、日本の女子選手そのものに注目している。女子選手に限っては、今日も素晴らしい試合ばかりだった。……だそうだ」
「そうかそうか。お嬢の試合も楽しんでもらえたんなら、何よりだな」
大和源五郎は土佐犬のような顔に不敵な笑みをたたえつつ、瓜子のほうに向きなおってきた。
「それでついに日本にまで乗り込んでくるとは、けっこうな意気込みだよな。シンガポールの強豪選手と稽古をつけることができて、猪狩さんたちも大満足だろう?」
「ええ、もちろんです。こちらの三人は、本当に実力者ですからね。シンガポールやブラジルでも、さんざんお世話になりました」
「でも、猪狩さんと桃園さんはそっちのお二人に勝ってるんだよな。それでもやっぱり、有意義かい?」
「ええ。シンガポールの選手っていうのは、日本の選手ともまた毛色が違ってますからね」
「どんな具合に?」と、大和源五郎が身を乗り出してくる。
瓜子が「ええと」と思案を巡らせると、ダニー・リーが「待て」と声をあげた。
「シンガポールの面々も、こちらの会話の内容が気になるそうだ。俺が同時に通訳してもかまわないだろうか?」
「あ、はい。お手数をかけて申し訳ありません。……翻訳アプリのお世話になりましょうか?」
「そのアプリとやらがどれほどの精度なのかは知らないが、こういう話題では専門用語も入り混じるので適していないように思う」
あくまで冷徹な調子で、ダニー・リーはそのように言い放った。
まあ、通訳してもらえるならば幸いな話である。瓜子とて、三人に聞かれて困るようなことを口にする気はなかった。
「まずですね、シンガポールの方々は基本のパワーが違います。もともと平常体重が重いっていうのもありますけど、やっぱり骨格や筋肉の質の違いが大きいんでしょう。みんなそれぞれひとつ上の階級のパワーファイターと同等の腕力なんじゃないかっていう印象なんですよね。たとえばグヴェンドリン選手なんかは自分と同じストロー級ですけど、フライ級の多賀崎選手や魅々香選手に負けないパワーだと思います」
「ふん。同じアジア系でも、たいそうな差だな。まあ、骨格が違うってのは、見ただけでわかるよ」
「はい。あとは、そのパワーに裏打ちされたテクニックですね。立ち技でも組み技でも寝技でも、とにかく動きが緻密なんですよ。パワー頼りで雑にならないっていうか……まあ、シンガポールではみんなパワーがあるから、力まかせは通用しないんでしょうね。それにやっぱり、稽古のマニュアルがしっかりしてるんだと思います。力のあるジムは、タイや北米やブラジルなんかからトレーナーを招いてるって話ですしね」
「そいつは、道理だな。……でも、わざわざ日本くんだりまで修行にきたわけか」
「はい。日本はやっぱり、ガラパゴス化してる面があるんすかね。それでちょっと近代MMAのセオリーっていう面では後れを取ってるのかもしれませんけど、日本では古くから柔道や空手の文化が根付いてますし、総合格闘技の歴史もありますから、余所の国とは違う技術体系が確立されてるんじゃないかって……まあ、これはサキさんの受け売りっすけど」
すると、通訳に励んでいたダニー・リーが、ちらりとサキのほうをうかがった。
サキは遠からぬ場所でビールのジョッキを傾けているが、今は四ッ谷ライオットの両名と話が弾んでいるようで、こちらの会話が耳に届いている様子はない。それを確認してから、ダニー・リーは通訳の合間に疑問の声をあげた。
「……サキはこちらの面々と問題なく交流できているのだろうか? あいつの不遜な態度は、どこの国の人間にとっても許容し難いのではないかと思うのだが」
「いえいえ。サキさんも意外に、外づらはいいんすよ。こと格闘技に関しては真剣な上に博識ですから、たくさんの人たちに信頼されていると思います」
「……そうか。それは意外な話を聞かされるものだ」
ダニー・リーが苦笑をこらえるように口もとを震わせると、犬飼京菜が「ふん!」と盛大に鼻を鳴らした。
「それより、話の途中でしょ! そいつらは、日本のマニュアルを学びにきたってわけ?」
「いや、むしろマニュアルに収まらない部分を学びたいっていう感じなんでしょうね。さっき日本には余所と違う技術体系が確立されてるって言いましたけど、明確なマニュアルが存在しないっていう面が強いんじゃないっすか? ジムや道場ごとに特色があって、それぞれ違うスタイルを身につけてるっていうか……だからこそ、合同稽古も効果的なんだと思います」
「近代MMAが確立されてからジムや道場が乱立したシンガポールと、大昔っから色んな格闘技をチャンポンにしてきた日本じゃ、やっぱり性質は真逆だわな。……じゃ、俺たちのジムにも興味を持ってもらえる芽はあるわけか」
と、大和源五郎がまた不敵な笑みをたたえた。
「それでお嬢にも興味を持ってるってんなら、話が早い。そちらのお三人をこっちのジムにお招きすることはできないもんかね?」
「ドッグ・ジムに? どうしてですか?」
「そりゃあもちろん、有意義な稽古のためにだよ。海外のトップファイターと手を合わせる機会なんざ、そうそうありゃしないからな。……よかったら、明日の日曜日にでもどうだい?」
やはり犬飼京菜は、試合の翌日でも稽古を休まないようである。
しかし残念ながら、明日の予定は埋まってしまっていた。
「申し訳ありませんけど、明日はユーリさんに音楽の仕事が入ってるんですよ。それでこちらのみなさんも、一緒に観戦する予定なんです」
「なに? 日本くんだりまで出向いて、そんな遊楽も楽しもうってのかい?」
「ええ。グヴェンドリン選手とランズ選手は『トライ・アングル』のファンだって言ってくれましたしね」
瓜子の陰で食事を進めていたユーリが、「うにゃあ」と恥ずかしそうに純白の頭をひっかき回す。
大和源五郎は残念そうに、「そうか」と息をついた。
「それで来週には、赤星の合宿だったか。それじゃあなかなか、時間は取れなそうだな」
「そうっすね。……やっぱり赤星の合宿に参加するのは、気が進みませんか?」
「ふふん。こうして酒を酌み交わすようになっても、打倒・赤星ってお題目に変わりはねえからな。そこだけは一線を引いておかねえと、俺たちは立ちゆかねえよ」
それは残念な限りであったが、瓜子としても無理強いはできない。そして瓜子も、彼らの心意気を尊重したいと願う身であった。
「……自分たちは京菜ばかりでなく沙羅にも注目している。その二人が在籍するドッグ・ジムにも関心がないわけではない。……だそうだ」
と、ダニー・リーがまたグヴェンドリン選手の言葉を通訳してくれた。
「それで、もしもこちらの両名が同行してくれるなら、ドッグ・ジムに出向くこともやぶさかではない。……だそうだ」
こちらの両名とは、もちろん瓜子とユーリのことである。
「それじゃあ」と、瓜子は声をあげた。
「いっそのこと、他の女子選手の方々もご一緒させていただけませんか? ちょうど再来週の頭から、選手だけで自主稽古をしようって話になってたんですよ」
「再来週の頭? ……ああ、世間様は山の日やら何やらで連休だったっけか」
「ええ。しかもそのままお盆休みに突入する日取りですからね。どこのジムも休館なんで、道場の鍵を借りて自主稽古する予定だったんです。もしドッグ・ジムで受け入れていただけるなら、みんなで押しかけますよ」
今のところ、ドッグ・ジムで出稽古の経験があるのはプレスマン道場の門下生のみである。この提案が通るかどうか、瓜子としても確証は持てなかったが――果たして、大和源五郎は「そうかい」と笑った。
「それでシンガポールのお人らをお招きできるなら、是非もねえな。たしか沙羅のやつも、その連休は空いてるはずだ。……お嬢も、異存はねえよな?」
「ふん。赤星の連中がいないならね」
「赤星は赤星で、有志で稽古をする段取りみたいっすね。合宿にお邪魔する直後だから、そっちはご遠慮したんすよ」
「それじゃあ、決まりだ。こっちは日曜日も盆もないからな。一般門下生が休みなぶん、都合がいいぐらいだぜ」
ドッグ・ジムも、じわじわと一般門下生が増えているのである。それもまた、瓜子にとっては喜ばしい限りであった。
「ちょうどこの場にほとんどのメンバーがそろってるんで、今日の内に話を通しておきますね。日によっては十人以上になりそうですけど、問題ないっすか?」
「うちのジムに収まる人数なら、かまいやしねえよ。……また猪狩さんの世話になっちまったな」
「いえいえ。ドッグ・ジムの方々に稽古をつけてもらえるなら、自分もありがたいっすよ」
そうして瓜子は犬飼京菜にも笑顔を送ったが、やっぱり「ふん!」とそっぽを向かれてしまう。
ともあれ、話はまとまったようである。意気揚々と立ち去っていく大和源五郎たちを見送りながら、瓜子はユーリに呼びかけた。
「また夏のスケジュールが充実しちゃいましたね。ユーリさんも、感無量でしょう?」
「うみゅ。ひさびさに沙羅選手と寝技のお稽古ができたら、嬉しいねぇ」
ユーリは無邪気そのものの面持ちで、にぱっと笑う。
日曜日も盆もないのは、ユーリも同様なのである。ユーリが求めているのは、充実した稽古の場のみであり――そして今では、数多くの女子選手がその熱情に引きずられているのだった。
(まあ、ユーリさんがひとりで引っ張ってるわけじゃないけど……船頭のひとりなのは確かだよな)
今では数多くの女子選手がユーリの熱情に共鳴して、過酷な稽古に取り組んでいる。それこそが、女子選手の実力の底上げの根源であるはずなのだ。そして、もともとユーリに負けない熱情を抱いていた赤星弥生子や犬飼京菜が共鳴したことで、加速度的に熱情が伝播したのではないかと思われた。
(だからこそ、今日のイベントも成立したんだろうしな)
プレスマン道場と赤星道場とドッグ・ジムの三名が対抗戦に選出されたのは、いかにも象徴的である。
そして多賀崎選手はプレスマン道場で出稽古に励む身であったし――魅々香選手は合宿稽古だけ参加しつつ、あとは独自に対抗の力を磨いているという印象であった。
(もちろん、あたしらと関わりのない人たちも、あちこちで頑張ってるんだろうけどさ)
たとえば、先日の《アトミック・ガールズ》の興行では亜藤選手や山垣選手も結果を出した。ここ最近はプレスマン道場とゆかりの深い勢力が実力をのばしているが、それに対抗しようという勢力もじわじわ台頭しているのである。それもまた、熱情の伝播の一環であるのかもしれなかった。
何にせよ、この数年で日本の女子格闘技界は大いに活気づいたはずだ。
その結果として、瓜子やユーリは世界に進出することになり――そして海外の選手たちも、こうして日本にやってきたのである。これがまたさらなる熱気を生み出すのではないかと、瓜子はひそかに胸を高鳴らせていたのだった。




