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アトミック・ガールズ!  作者: EDA
31th Bout ~Scorching Summer~
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05 《アトミック・ガールズ》vs《フィスト》(下)

 スタミナを使い果たした愛音がセコンド陣に支えられながら退場したならば、対抗戦の副将戦であった。

《アトミック・ガールズ》陣営の副将は、大江山すみれだ。そちらのセコンドに赤星弥生子の姿があったためか、会場にはこれまで以上の歓声が巻き起こっていた。


「ふふん。うり坊との怪獣大決戦が地上波で放映されて以来、ジュニアの知名度もずいぶん上昇したようだわね」


 鞠山選手はそのように語っていたし、瓜子もそれを実感していた。赤星弥生子は《アトミック・ガールズ》においてもさんざんセコンドの役を務めていたが、瓜子たちが客の立場からその姿を見守るのはずいぶんひさびさのことなのである。やはり客席に陣取っていると、会場の賑わいもいっそうダイレクトに感じられるようであった。


 ともあれ、大江山すみれの入場である。赤星弥生子と大江山軍造と六丸を従えた大江山すみれは、本日も内心の知れない柔和な面持ちで花道を踏み越えた。

 それと相対するのは、ブラジル出身の選手である。《アトミック・ガールズ》で小笠原選手と対戦したサム・ウヌ選手と同様に、日本に在住する外国人選手であったのだ。彼女は静岡の道場で、ムエタイ&柔術のスタイルを磨いてきたのだという話であった。


「年齢はもう三十路だわけど、柔術の腕は茶帯でグラップリングの大会にもちょいちょい出場してるんだわよ。これまでに二回、わたいと優勝の座を争ったことがあるだわね」


「ああ、同じ茶帯だったから鞠山選手も対戦する機会があったんすね。やっぱり、強敵だったんすか?」


「でなければ、決勝戦まで勝ち残れるわけがないんだわよ。さすがの鬼っ娘も、グラウンドでは勝ち目がないだわね」


 大江山すみれも瓜子以上のグラウンドテクニックを有しているが、プロファイターとしては中の上という立場であるのだ。三十歳の柔術の熟練者には、さすがに太刀打ちできないはずであった。


「それじゃあ、立ち技で決めるしかないっすね。大江山さんなら、どんな相手でも勝機があるはずです」


「誰に勝っても誰に負けてもおかしくない、個性派の筆頭の片割れだわね。まあ最近は安定感も出てきただわから、心して見守るんだわよ」


 言われずとも、瓜子もそのつもりである。《フィスト》の関係者には申し訳ないが、瓜子は《アトミック・ガールズ》陣営の全勝を願う身であった。


 そうして両名がケージで向かい合うと――やはり、なかなかの体格差だ。今回は背丈もほとんど変わらず、純粋に身体の厚みで相手がまさっていた。


「アトム級とは思えない体格っすね。……あれ? 鞠山選手と対戦の経験があるってことは、もとはストロー級だったんすか?」


「そのときの大会は試合直前に計量するルールだっただわから、おたがいフライ級に該当する階級にエントリーしてたんだわよ。つまりあのブラジル娘も、平常体重は五十二キロ以上だってことだわね」


 それでおそらくMMAの試合では、ドライアウトで四キロ以上落としているのだろう。大江山すみれの正確な数値は知らないが、とにかく体格差は顕著であった。


(外国人選手は、骨格も違うしな。何にせよ、リーチ差もないなら……これは、強敵だぞ)


 しかし大江山すみれは、いつも通りのやわらかい表情で相手を見返している。まあ、どれだけ気合を入れても、外にこぼすことのない気質であるのだ。瓜子はそれを頼もしく思うしかなかった。


 そうして、試合開始のゴングが鳴らされる。

 大江山すみれはMMAらしいクラウチング、相手選手はムエタイらしいアップライトだ。相手選手には、テイクダウンを取られてもかまわないという自信がみなぎっていた。


 まずは尋常に、おたがいが牽制のジャブを放ちながら距離を測る。

 最近の大江山すみれはごく真っ当なスタイルで序盤をしのぎ、ここぞというタイミングで古武術スタイルに切り替えるというのが定番であったのだ。それはやはり、ノーガードのすり足移動では相手の攻撃をしのぎきれないという反省に基づいての結果なのであろうと思われた。


(アマの時代にだって、それでダウンを奪われてたんだからな。相手が強くなればなるほど、ノーガードでしのぐのは難しくなるはずだ)


 ただし、赤星弥生子は大江山すみれぐらいの年に、すでに古武術スタイルを完成させていたはずであるが――それはまあ、才能だとか執念だとかを含む個人差であろう。大江山すみれとて全身全霊で格闘技に向き合っているのであろうが、赤星弥生子というのは何もかもが規格外なのである。


 何にせよ、試合は静かに進行されていた。

 通常のスタイルでも大江山すみれはカウンターを得意にしているので、相手選手もむやみに近づこうとはしない。ベテラン選手らしい、落ち着いた試合運びだ。


 すると、大江山すみれのほうが先に距離を詰めた。

 左ジャブを放ってからの、片足タックルである。相手選手はたたらを踏んだが何とか転倒をこらえて、ファイティングポーズを取りなおした。テイクダウンを取られてもかまわないというスタンスであっても、やはりそう簡単に不利な体勢にはなりたくないだろう。


 大江山すみれも深追いはせずに、間合いを取っている。

 そうして相手選手があらためて近づこうとすると、今度はインサイドに踏み込んでニータップを仕掛けた。


 これは相手選手も予想外であったらしく、マットに尻もちをつく。

 しかし大江山すみれはグラウンド戦に移行しようとはせず、また下がってしまった。


(相手に尻もちをつかせたのに、引いちゃうのか。まあ、寝技の技量は向こうのほうが上だろうから、むやみにつきあわないほうがいいんだろうけど……それならどうして、しつこくテイクダウンを仕掛けるんだろう)


 瓜子が小首を傾げる中、試合はスタンドから仕切り直しである。

 そしてその後も、大江山すみれは手を変え品を変えてテイクダウンの仕掛けを見せた。

 片足タックルに両足タックルにニータップと、さまざまな技術で相手をマットに転がしていく。しかし寝技に挑むことはなく、相手をマットに残して距離を取ってしまうのだ。この奇妙な作戦に、客席からも不審のざわめきがわきおこりつつあった。


「これって、どういうことなんでしょう? 寝技にいかないなら、テイクダウンを仕掛ける意味がないっすよね」


「うみゅ。ユーリはずっとおあずけをくらっているような気分なのです。……でも、オオエヤマちゃんはテイクダウンがお上手だねぇ。ユーリも見習いたいものですわん」


「そりゃあまあ、赤星道場はキャッチ・レスリングがルーツなわけですからね。もともとテイクダウンの技術を磨く環境が整っているんでしょう」


 そんな風に答えてから、瓜子はひとつの事実に思いあたった。相手は歴戦のトップファイターであるのに、面白いぐらいテイクダウンを取られているのだ。


(相手はムエタイ&柔術のスタイルで、立ち技も寝技も大江山さん以上なんだろうけど……ただ一点、レスリングだけは甘いってことか?)


 もちろん選手によっては柔術ルーツでも、テイクダウンの技術を磨く選手は少なくないことだろう。ベリーニャ選手なども、両足タックルは必殺技のひとつであるのだ。

 しかし中には鞠山選手のように、組み技のスキルアップを後回しにする選手も存在する。グラウンドで不利なポジションになっても逆転すればいいという発想で、組み技よりも寝技に磨きをかけるのだ。MMAの技術というのは極めようとすると際限がないので、そうして取捨選択する必要も生じるのである。先日瓜子が対戦したエズメラルダ選手も、まさしくそういったタイプであった。


 本日の対戦相手がどういうタイプであるのかは存じないが、少なくとも現段階ではあっさりとテイクダウンを取られてしまっている。また、自分からテイクダウンを仕掛ける素振りもないので、組み技よりも打撃技と寝技に重きを置くタイプではあるのだろう。これで大江山すみれがグラウンド戦にまで持ち込めば、寝技のスキルで対抗できるわけだが――今のところは、宝の持ち腐れであった。


(もしかして……こうやって、相手を削るのが目的なのか?)


 試合時間が三分を過ぎたところで、相手選手に変化が現れた。黄褐色の肌に汗が光り、肩が上下し始めたのだ。

 何度もマットに倒されてそのたびに起き上がるというのは、それだけでスタミナを使うものであるのだ。ストライカーたる瓜子も、その苦しさはわきまえていた。

 それに、自分のペースをつかめないストレスも、スタミナの消費に拍車を掛けることだろう。さらに言うならば、女子選手の三十歳というのは決して若い世代ではなかった。


 おかしな具合に試合が進行しているために、客席には選手を冷やかすような喚声があげられている。

 すると、相手選手がやおら気合をみなぎらせて、大きく踏み込んだ。第一ラウンドが終わる前に戦況を変えてやろうという意欲に満ち満ちた前進だ。


 その鼻先に、大江山すみれの長い右足がのばされる。

 カウンターの、前蹴りである。

 それで顔面を蹴り抜かれた相手選手は、がくりとつんのめった。


 するとその下降していく下顎に、今度は左拳が飛ばされる。

 振り子のような、左アッパーだ。

 命中したのは拳ではなく拳の側面であったが、相手選手は倒れ込む過程であったため、重力がカウンターの効果を生み出して――結果、相手選手は意識を失ったようであった。


 客席が騒然とする中、大江山すみれの勝利がコールされる。

 ケージに拍手を送りながら、鞠山選手は「ふふん」と鼻を鳴らした。


「けっきょくは、相手の焦りと打ち気を誘うのが目的だったわけだわね。相手はもちろん自分の強みと弱みも分析し尽くした、小憎たらしいぐらいの完全試合だわよ」


「そうっすね。邑崎さんが悔しがりそうで、ちょっと心配です」


「泥試合でも完全試合でも、勝ちは勝ちだわよ。まあ、今日の相手は鬼っ娘の泥臭さを引き出せるレベルじゃなかったということだわね」


 そんな寸評も知らぬげに、大江山すみれはレフェリーに右手を掲げられている。

 その背後に控える赤星弥生子の姿が、瓜子の胸を温かくさせた。赤星弥生子は凛然とした面持ちだが、きっと大江山すみれの完全勝利を心から喜んでいることだろう。大江山すみれの悔し涙を見届けたことのある瓜子も、それは同様であった。


 そうして対抗戦の大将戦、犬飼京菜の登場である。

 グリーンとブラックのウェアに小さな身を包んだ犬飼京菜が登場すると、客席がまたざわついた。本当に、犬飼京菜というのは幼子のような小ささであるのだ。


 それと相対する相手選手は、よりにもよって百六十センチという長身である。こちらは北陸のフィスト・ジムに所属するトップファイターであるとのことであった。


 アトム級で百六十センチというのはなかなかの長身であるし、犬飼京菜との身長差は十八センチだ。両者がケージで向かい合うと、ざわめきはいっそう大きく広がっていった。


 ただし《アトミック・ガールズ》においては、サキも愛音も大江山すみれも百六十センチを超える長身だ。犬飼京菜はそれらのトップファイターを相手取ってナンバーツーという立場であったのだから、今さら身長差を気に病んでも詮無き話であった。


(犬飼さんこそ、誰に勝っても誰に負けてもおかしくないスタイルだもんな。でも、きっと今日は勝ってくれるさ)


 そうして試合開始のゴングが鳴らされると、犬飼京菜は猛然と突進した。ひさびさの、ロケットスタートである。

 相手選手はいくぶん身をすくめつつ、大股で横合いに跳びすさる。犬飼京菜がこういった奇襲を得意にしていることは、少し情報を集めるだけで耳に入るはずであった。


 ただし彼女は、犬飼京菜の恐ろしさを見くびっていたようである。

 犬飼京菜は正面から相手がいなくなっても迷わずに跳躍して、旋回した。

 相手選手が逃げのびた先に、犬飼京菜の左足が振りかざされる。ジャンピングバックスピンキック、あるいはローリングソバットである。蹴りの軌道はミドルであったが、高く跳躍しているために蹴り足は相手の頭部をガードする右腕にヒットした。


 完全にブロックされてしまったが、小さな犬飼京菜が全身を躍動させた大技だ。相手選手は大きくよろめいて、背中をフェンスに衝突させた。


 すると、マットに降り立った犬飼京菜が、獣のような敏捷さで相手選手に向きなおる。

 そうして犬飼京菜は頭からマットにダイブして、逆立ちの体勢で振り上げた右足で相手の下顎を蹴り抜いた。古式ムエタイの技、『ヤシの実を蹴る馬』である。


 完全に意識を飛ばされた相手選手はフェンスにもたれたまま、ずるずると倒れ込む。

 客席には、怒号のような歓声が吹き荒れていた。


「犬っ娘の対策が甘かっただわね。まずはファーストアタックを正しい形でさばかないと、次の展開もへったくれもないだわよ」


 鞠山選手は涼しい面持ちで、そんな風に評していた。

 瓜子もまた、今さら犬飼京菜の豪快な勝利に驚きはしないが――それでも、心を震わされていた。犬飼京菜の生命力を爆発させるような試合には、いつも心を揺さぶられてしまうのだ。


 それに、セコンド陣の姿を見ると胸が温かくなるというのは、赤星道場と同様である。どうやら本日も大和源五郎が肩車をしようと画策したようで、犬飼京菜は人食いポメラニアンの形相でその腕から逃げ惑っていた。


 ダニー・リーは冷徹な無表情、マー・シーダムは穏やかな微笑をたたえているのみであるようだが、誰もが心から犬飼京菜の勝利を喜んでいるに違いない。犬飼拓哉という存在を中心に集まった彼らは、赤星道場に負けないぐらい深い絆で結ばれているのである。


 かくして、本日の対抗戦は《アトミック・ガールズ》の全勝で幕を下ろしたのだった。

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