表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
アトミック・ガールズ!  作者: EDA
31th Bout ~Scorching Summer~
827/955

02 開幕

 運営陣への挨拶を終えた一行は、関係者用のリングサイド席へと案内をされた。

 かつては《レッド・キング》でも同じような歓待を受けたものであるが、やはり業界の最大手たる《フィスト》は賑わいが違っている。一般席がソールドアウトであるのは事前に聞いていたが、関係者枠のリングサイド席も素性の知れない人々でびっしりと埋め尽くされていた。


「最後まで余っていた席を、残らずこっちに提供してくれたってことなんでしょうね。これも、猪狩さんのおかげです」


 小柴選手はにこにこと笑いながら、そんな風に言ってくれた。もとより純真にして誠実なる小柴選手であるが、敬愛している小笠原選手が上京している期間はいっそう上機嫌で屈託がないのだ。


 すでに開演の時間が近いため、会場には熱気があふれかえっている。瓜子たちはなるべく人目を忍びつつ、リングサイド席の前から四列目に横並びで腰を落ち着けることになった。

 ユニオンMMAの三名は鞠山選手とオリビア選手に左右を固めてもらい、瓜子とユーリは鞠山選手の隣にお邪魔する。タイトル返還の挨拶は興行の中盤のインターバル明けであったので、それまでは瓜子ものんびりと観戦することができた。


「……そういえば、あんたとピンク頭はもともと解説者として招待されてたんだっただわね? どうしてお断りしたんだわよ?」


「ええ? どうして鞠山選手が、そんな話を知ってるんすか?」


「わたいの情報収集ネットワークを侮るんじゃないだわよ。きりきり質問に答えるだわよ」


「はあ……解説者なんて、自分たちには荷が重いって考えたんすよ。そうでなくても、試合はじっくり拝見したかったですし……」


「意識の低さは、相変わらずだわね。もうちょっと、日本代表としての自覚を持つんだわよ」


 瓜子はキャップごしに頭をかきながら、「押忍」と答えるしかなかった。

 その間、鞠山選手の向こう側ではグヴェンドリン選手が周囲に視線を巡らせている。そして翻訳アプリを使おうとすると、鞠山選手がストップをかけた。


「客席での通話は禁止されてるだわから、翻訳アプリも自粛するべきだわね。何かあるなら、わたいが通訳するだわよ」


 鞠山選手がその言葉を英語で伝えると、グヴェンドリン選手は申し訳なさそうに微笑みながら何事かを語った。


「この同じ会場でウリコたちが数々の名勝負を繰り広げてきたのかと思うと、むやみに昂揚してしまう。ただそれと同時に、会場の規模が小さいことを不思議に思う。ウリコやユーリほどの選手が、どうしてこれほど小規模の会場で試合を行わなければならないのだろう? ……だそうだわよ」


「それはちょっと、自分では説明しきれない話題っすね。よかったら、博識な鞠山選手を頼らせていただけないっすか?」


「そんなおべんちゃらでわたいを動かそうだなんて、不届き千万なんだわよ」


 などと言いながら、鞠山選手は英語で長々と解説してくれた。

 グヴェンドリン選手は納得した様子でうなずき、パイプ椅子に座りなおす。その姿に、瓜子は興味をそそられた。


「あの、鞠山選手はなんて説明したんすか?」


「ああもう、わたいの苦労はつのるばかりだわね。……日本はプロ団体が乱立していてそれぞれが興行を打ってるから、どうしたってお客の取り合いになって、興行の縮小化を余儀なくされてるんだわよ。《フィスト》と《NEXT》と《パルテノン》と《アトミック・ガールズ》が合体したら《ビギニング》に負けないぐらいの巨大勢力になって、同程度の興行を開ける可能性も生じるんだわよ」


「ああ、アトミックは隔月ですけど、他の団体はだいたい月イチで興行を売ってるんですもんね。それを合計したら、一万人ぐらいのお客は……呼べるんすか?」


「実のところ、話はそう簡単じゃないだわね。たとえお客ののべ人数が一万人に達したとしても、それぞれの団体のお客はかなりの率でかぶってるはずなんだわよ」


 そう言って、鞠山選手はずんぐりとした肩をすくめた。


「ただし、《ビギニング》や《アクセル・ファイト》の日本大会では一万人規模の集客を見込めるんだわから、潜在的な客数自体に問題はないだわね。あとは、熱量の問題なんだわよ」


「はあ。熱量っすか?」


「第二次格闘技ブームの時代は、アリーナ会場で月イチの興行を打っても万単位のお客を呼べたんだわよ。もし乱立化する団体が一本化されても、それだけの集客を見込めるカードを組めるかどうかが問題なんだわよ」


 そのように語りながら、鞠山選手はころんとした指先を瓜子の鼻先に突きつけてきた。


「女子選手で言うと、あんたたちだわね。あんたたちは《ビギニング》と専属契約を結んだから、もう日本の団体の公式試合には出場できないんだわよ。全団体の女子選手をかき集めたとしても、あんたとピンク頭ぬきで一万人のお客を呼べると思うんだわよ?」


「いや、自分やユーリさんだけで一万人もお客を呼べるわけじゃありませんし……カード次第では、可能なんじゃないっすか?」


「日本人選手オンリーじゃ、不可能なんだわよ。そもそもブームの時代だって、花形は外国人選手だったんだわよ? 卯月大明神の威光はあらたかだわけど、毎月試合をすることは不可能なんだわから、団体には複数のスター選手が必要なんだわよ」


「ああ、なるほど……」


「それで海外からスター選手を招聘するには、とてつもない資金力が必要になるんだわよ。今の日本の団体を一本化したところで、まだまだ資金力が足りてないだわね。現在の北米およびシンガポールの隆盛は、やっぱりスポーツ賭博の是非が大きく関わってるんだわよ。《アクセル・ファイト》もスポーツ賭博が合法であるネバダ州を拠点にしていなければ、あれほどの発展は見込めなかっただろうだわね」


「……すみません。自分には難しすぎる話題でした。やっぱり鞠山選手って、運営陣に負けないぐらい博識で、業界の行く末を思いやってるんすね」


「ふん。こんなもんは、門前の魔法少女なんだわよ。本当の苦労を背負ってる運営陣に比べたら、わたいなんて外野で騒いでるだけなんだわよ」


 鞠山選手のそういう心意気は、どこかサキとも似通っている。だから瓜子も、心から敬服することができるのだ。

 そうして瓜子がひそかに感服していると、グヴェンドリン選手が笑顔で鞠山選手に呼びかける。その言葉を聞いた鞠山選手は、芝居がかった仕草でがっくりと肩を落とした。


「ウリコと何を語っていたのか、自分にも聞かせてほしい、だそうだわよ。これじゃあ通訳の無限地獄だわね」


「そうっすか。自分が英語をできないばっかりに、どうもすみません」


「謝るだけなら猿でもできるんだわよ。猿だかイノシシだか、はっきりさせてほしいところだわね」


 そんな素っ頓狂な悪態をつきながら、鞠山選手は膝の上に抱えていたサイケデリックな柄のハンドバッグをまさぐった。そこから取り出されたのは、タブレットである。


「口を使うより、タイピングのほうがまだしも楽だわね。この会場ではこいつを活用することに決めただわよ」


 鞠山選手はタブレットと同サイズの平べったいキーボードを取り出すと、恐るべき速度でタイピングを開始した。タブレットの画面はあっという間に英文字で埋め尽くされて、瓜子は仰天してしまう。


「も、ものすごいスピードっすね。鞠山選手って、どこまで芸達者なんですか」


「こんなもんを芸にした覚えはないだわよ。いちいち大げさなイノシシ娘だわね」


 そうして画面上の英文字を読破したグヴェンドリン選手が何か語ると、今度はその内容が日本語で記されていく。


『資金力と観客の熱量の問題、理解しました。日本の興行が縮小化されてしまったのは残念ですが、それでも瓜子やユーリのような才能が誕生したのですから、今後の躍進にも期待をかけたいと思います』


「はい。日本にも、有望な選手は山ほど居揃ってますからね」


「……あんたの言葉も、わたいがタイピングするんだわよ?」


「あ、自分はタイピングとか、よくわからないもので……お手数かけて、申し訳ありません」


 そうして親切な鞠山選手のおかげで意思の疎通が成立し、瓜子とグヴェンドリン選手は笑顔を見交わすことになった。

 そのタイミングで、ついに客席の照明が落とされる。客席には歓声が巻き起こり、ケージにたたずむリングアナウンサーにスポットが当てられた。


『お待たせいたしました! これより《フィスト》有明大会の開会セレモニーを開始いたします!』


 まずは《アトミック・ガールズ》と同様に、出場選手の入場である。

《フィスト》はアマチュア大会も充実しているため、プレマッチというものも存在しない。本日も、プロファイターによる十試合がすべてであった。


 序盤は見知らぬ男子選手が、続々と入場する。

 本日は《フィスト》で初の試みとなる、女子選手主体の興行であるのだ。今日に限っては、これらの男子選手たちが前座であるわけであった。


 そうして第六試合から、ついに女子選手の入場である。

 その先鋒が、瓜子たちの直属の後輩である愛音であった。


 青コーナー陣営から愛音が姿を現すと、客席にはいっそうの歓声が吹き荒れる。『トライ・アングル』の活動で顔と名前を売った愛音は、これだけの人気を獲得しているのだ。

 そんな愛音が細身の身体に纏っているのは、《アトミック・ガールズ》公式のウェアとなる。カラーリングはユーリとおそろいで、ホワイトとピンクだ。夏場であるためにTシャツとジャージのボトムのみで、拳には白いバンテージが巻かれていた。


 ユーリがリングサイド席で見守っていることを承知している愛音は、存分に奮起した顔つきでケージに上がり込み、先に入場していた男子選手たちの斜め前方に立ち並ぶ。

 次には愛音の対戦相手が入場して、その次が大江山すみれだ。

 大江山すみれも《アトミック・ガールズ》の公式ウェアで、カラーリングはレッドとホワイトになる。これは《アトミック・ガールズ》と《フィスト》の対抗戦であるため、それに参戦する三名は公式ウェアと試合衣装を着用するように申しつけられていた。


 栗色の髪をツインテールにした大江山すみれは内心の知れない微笑みをたたえつつ、愛音の斜め前方に立ち並ぶ。

 そして彼女の対戦相手に続いて、大将たる犬飼京菜が登場した。

 誰よりも小さな犬飼京菜は、ブラックとグリーンのウェアだ。

 犬飼京菜の小ささに、客席の人々はどよめいている。《アトミック・ガールズ》ではお馴染みの姿であったが、身長百四十二センチ、体重四十キロという数値は、現存するプロファイターで最小なのではないかと思われた。


 そうして間にひと組の男子選手をはさんで、次がメインイベントである。

《フィスト》女子フライ級のタイトルマッチで、青コーナーから登場する挑戦者は、魅々香選手だ。魅々香選手もまた、ホワイトとブラックの公式ウェアであった。

 スキンヘッドで、頬のこけた不吉な面相であり、上半身は男のように逆三角形のラインを描いている。肩幅が広くて、腕が長く、さらには広背筋が異常なまでに発達しているのだ。その魁偉なる姿に、客席がまたざわついた。


 そして最後に、王者の多賀崎選手が入場する。

 多賀崎選手は、四ッ谷ライオットのロゴが入っているTシャツと黒いジャージのボトムという姿であった。これまた運営陣からのお達しで、多賀崎選手は《アトミック・ガールズ》のウェアと試合衣装を着用することを禁じられたのだ。多賀崎選手とて《アトミック・ガールズ》を代表する選手に他ならなかったが、今日ばかりは《フィスト》陣営の人間として魅々香選手を迎え撃つようにと指示されていたのだった。


(まあ、多賀崎選手としては割り切れない部分もあるだろうけど……試合には関係ないからな)


 多賀崎選手はいつも通りの気合の入った面持ちで、赤コーナー陣営の先頭に立ち並んだ。

 きっと女子選手が《フィスト》のメインイベントを飾るというのは、そうそうないことなのだろう。瓜子は我がことのように、誇らしい気分であった。


(今日は、多賀崎選手を応援させていただきます。でも、魅々香選手も頑張ってくださいね)


 そうして多賀崎選手は、堂々たる態度で選手代表の挨拶を述べて――《フィスト》八月大会は、ここに開幕されたのだった。

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ