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アトミック・ガールズ!  作者: EDA
31th Bout ~Scorching Summer~
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12 打ち上げ(下)

「やっほー! うり坊ちゃん、ユーリちゃん、お疲れ様でーす!」


 高橋選手と武中選手が退いたのちに押しかけてきたのは、お客として来場していた二階堂ルミである。本日も露出が多くて派手な身なりをした彼女は左右の腕に大江山すみれと蝉川日和の腕を抱え込み、ご満悦の表情だ。そして、お目付け役のように愛音が同行しているのも、ここ最近ではお馴染みの光景であった。


「今日は『トライ・アングル』の人たちがいなくて、残念だなー! でもまー人気バンドは忙しいから、しかたないですよねー!」


 左右の人間を巻き込みながら、二階堂ルミは瓜子たちの正面に着席する。愛音はひとり歩を進めて、ユーリのかたわらにそっと控えた。


「とにかく今日は、ナナさんも勝てたし! いやー、お酒が美味しいですねー!」


「あ、そうか。二階堂さんは、もう二十歳になったんすね」


「二十歳になっても、お酒をたしなむのはルミさんだけですけどね」


 大江山すみれは内心の知れない微笑みをたたえながら、そう言った。彼女も二階堂ルミも大学二年生になった愛音と同い年であるため、みんな今年で二十歳の世代であるのだ。しかしこちらでも愛音は飲酒をつつしんでいたし、蝉川日和は未成年の時代に禁酒と禁煙を誓った身であった。


「赤星の女の子でお酒を飲むのは、うちとナナさんとマリアちゃんだけなんですよー! でもナナさんは頭をぽかぽか叩かれたから飲めないっていうし、うちとマリアちゃんで盛り上げるしかないですねー!」


 そのマリア選手もお客として来場しており、今はさまざまな女子選手と楽しげに語らっている。そちらもまた、青田ナナの勝利によって普段以上の活力をみなぎらせているようであった。


「それにしても、今日の物販もすごかったですねー! うり坊ちゃんもユーリちゃんも、めっちゃ色っぽかったですよー! あ、うり坊ちゃんはデビュー四周年、おめでとうございまーす!」


「……すみません。話題を変えてもらっていいっすか?」


「それじゃー、《ビギニング》との契約、おめでとうございまーす! 《ビギニング》って、契約金もすごいんでしょー? いいないいなー! 強くて可愛くてお金持ちなんて、もう無敵じゃないですかー!」


「猪狩さんたちは、お金目的で試合をしてるんじゃないんスよ。そういう言い方は、控えるべきじゃないッスかね」


 蝉川日和が文句をつけると、二階堂ルミは「えー?」と小首を傾げた。


「でも、プロのファイターってめっちゃ大変なんだから、もっと稼げるべきじゃないかなー? そうしたら競技人口も増えて、クオリティアップにつながるんだろうしさ!」


「それは自分も、同感っすけどね。新しい競技がそれだけの市場を確保するってのは、やっぱり大変なんだと思いますよ」


「んー、でもアメリカやシンガポールでは、もうビッグビジネスになってるんですよねー? どーして先駆けの日本は、そうならなかったんだろー?」


「《JUF》の時代には、大きなお金が動いてたはずですけどね。けっきょく裏社会との関わりで潰れちゃいましたから……興行のありかたってものが重要なのかもしれません」


 二階堂ルミを相手にこんな話題に興じるのは、何だか奇妙な心地である。

 すると横合いから、別なる人影が近づいてきた。赤星弥生子に鞠山選手という、ちょっと新鮮な組み合わせである。


「世間知らずの娘っ子が寄り集まって、ずいぶん難解なテーマに取り組んでるだわね。わたいのビジネス講座が必要なんだわよ?」


「あ、どうも。お二人そろって、どうしたんすか?」


「夏の合宿稽古について、打ち合わせをしてたんだわよ。もう予定の日取りまでひと月を切ってるんだわから、うかうかしてられないんだわよ」


 赤星道場主催の夏合宿に関して、外部の女子選手の責任者は鞠山選手であるのだ。また、シンガポール陣営との連絡役も、英語が堪能な鞠山選手が受け持ってくれたのだった。


 試合場では初めての涙を見せていた鞠山選手であるが、もちろん現在は平常モードである。横に平たい顔にはきっちりとメイクが施されて、ずんぐりとした身体にはサイケデリックな色合いのワンピースを着込み、試合を終えた後の人間とは思えない華やかさだ。鞠山選手は瓜子たちの正面に膝を折りながら、大きな口で得々と語り始めた。


「合宿の参加希望者の中には、トーナメントで勝ち進んだ人間が多数含まれてるんだわよ。ストロー級ではわたいと低能ウサ公、バンタム級では青鬼ジュニアにトキちゃんにオリビアという顔ぶれだわね。これがなかなかに厄介なんだわよ」


「押忍。やっぱりちょっと、全員参加は難しい感じになっちゃうんすかね?」


「同じ階級で二人までなら、スパーの班を分けるだけで事足りるんだわよ。それが三名になると、とたんに面倒が増えるだわね」


「うん。男子門下生も含めればかなりの人数だから、稽古の場を分けること自体は難しくないだろうけど……でも、みんなが求めているのは同じ女子選手との合同稽古だろうからね。シンガポールの有望な選手が三名も参加してくれるというのなら、なおさら意欲をかきたてられるところだろう」


 沈着なる面持ちで、赤星弥生子も言葉を重ねた。


「ただ、幸い――と言っていいかどうかはわからないけれど、小笠原さんとオリビアさんはそれぞれ空手道場の所属で、同門の選手は他にいないからね。これが高橋さんなどであったら、ナナは同門の来栖さんや御堂さんとご一緒することにも難色を示しただろうから、そういう意味ではまだしも不自由は少ないように思うよ」


「そうですか。自分としては、なるべく大勢の方々とご一緒させていただきたいんすけど……なんとかなりますかね?」


「猪狩さんにそんな真剣な目を向けられたら、奮起せずにはいられないね」


「真剣というか、完全におねだりの眼差しなんだわよ。どこかの物体が嫉妬の炎をたぎらせてるだわね」


「そんなことはないのですぅ」と、ユーリは口をとがらせながら、瓜子の袖を引っ張ってくる。そちらを笑顔でなだめてから、瓜子はあらためて赤星弥生子に向きなおった。


「やっぱり青田さんとしては、小笠原選手やオリビア選手に手の内を知られたくないっすよね。それは当然のことだと思います」


「うん。そしてそれは、小笠原さんやオリビアさんも同様だろう。だから、三人にはそれぞれ合同稽古のメリットとデメリットをはかりにかけて、参加を検討してもらおうと考えている」


 それは今さら取り沙汰するような話なのだろうかと瓜子が小首を傾げると、赤星弥生子は厳粛な表情で優しげな眼差しを浮かべながら説明してくれた。


「対戦の可能性がある当人同士が手を合わせないというのは、大前提だ。では、それ以外の人間はどうするかというのが焦点になってくるね」


「たとえば、トキちゃんやオリビアが青鬼ジュニアとスパーを控えたところで、赤星道場の関係者とスパーをしたら、あるていど手の内を明かすことになるんだわよ。いっぽう青鬼ジュニアもプレスマンの門下生および出稽古の選手とスパーをしたら、同様だわね。その間接的な接触から生じるメリットとデメリットのどちらを重んじるかだわよ」


「結論から言うと、ナナはメリットを重んじた。猪狩さんや桃園さんたちとスパーをしたならばあるていどの情報が小笠原さんたちに伝わってしまう可能性が生じるが、それよりも、数多くの実力者とスパーをできるメリットのほうが大きいと判じたんだ」


「いっぽうトキちゃんたちは、その気になれば天覇館や天覇ZEROにも出稽古に行けるんだわから、合宿稽古でしか味わえないのは赤星道場と関西勢とのスパーぐらいなんだわよ。シンガポール陣営も合宿の前後はプレスマンに腰を据えるんだわから、そこでも合宿稽古に固執する必要はないわけだわね」


「よって、私やマリアたちとのスパーをも避けようと考えるならば、いっそう合宿稽古に参加する甲斐もないだろう。そこまで考慮してもらい、あとは本人の意思にゆだねたいと思っている」


 すると、ユーリが「うにゃあ」と頭を抱え込んだ。


「申し訳にゃいのですが、ユーリは途中で意味がわからんちんになってしまいましたぁ。長々と説明していただいたのに申し訳ない限りなのですぅ」


「そうか。必要であれば、かみ砕いて説明させていただくけれども……どのあたりまで理解してもらえたのかな?」


「はあ……大前提というところまでは、にゃんとか……」


「話が進まないから、この低能なる物体は黙殺するだわよ」


 鞠山選手に一刀両断されたユーリは「よよよ……」と瓜子にしなだれかかってくる。おそらくは、どさくさまぎれのスキンシップである。


「自分はだいたい理解できたと思います。それじゃああとは、ご本人たちの返答次第っすね」


「うん。猪狩さんにも、納得してもらえたかな?」


「押忍。小笠原選手とオリビア選手は、きっと参加してくれるんじゃないかと思います。……というか、自分だったら参加したいと思うはずなんで、同じように考えてくれることを期待します」


 瓜子が笑顔を返すと赤星弥生子も薄く口もとをほころばせて、ユーリは瓜子の頬にぐりぐりと頭を押しつけてきた。壁レスリングを想起させる、強烈な圧迫だ。


「それじゃあさっそく、小笠原さんとオリビアさんに話を通してこよう。鞠山さんも、もう少しだけおつきあい願えるかな?」


「幹事としては、致し方ないだわよ。五分やそこらで済む話なんだわから、大した手間ではないだわね」


 そうして両名が腰を上げたので、瓜子は慌てて「あっ」と声をあげた。


「すみません。お祝いが遅くなっちゃいましたけど……鞠山選手、黒帯の昇段、おめでとうございます」


「……正式な昇段は、協会に登録を通してからなんだわよ」


 鞠山選手はぷいっとそっぽを向いて、そのまま立ち去っていく。

 赤星弥生子は中腰の体勢で、瓜子に囁きかけてきた。


「鞠山さんが実力に見合った立場を手にすることができて、私も喜ばしく思っている。ドミンゴさんを合宿稽古にお招きすることができなくて、残念だよ」


「ああ、ドミンゴさんはすぐブラジルに帰っちゃうみたいっすね。きっと今回の来日は、鞠山選手に黒帯を授与するのが目的だったんでしょう」


「うん。鞠山さんの懐の深さは、師匠ゆずりなのだろうね」


 そんな言葉と優しい眼差しを残して、赤星弥生子も立ち去っていく。

 ずっと黙り込んでいた二階堂ルミが、そこで「ふひー」と息をついた。


「やっぱ上に立つヒトたちって、大変ですねー! でも、今年もみなさんと合宿に行けるのは超ハッピーですー!」


「わたしもシンガポールの方々とスパーできるのは、楽しみでなりません。海外のトップファイターと手を合わせる機会なんて、なかなかありませんからね」


 内心の知れない微笑みをたたえたまま、大江山すみれもわずかに意欲をたぎらせる。

 しかし彼女や愛音たちはその前に、《フィスト》の八月大会である。赤星道場の合宿稽古は、その大会の翌週に開始されるのだった。


「自分も大江山さんとの合宿稽古を楽しみにしていますから、なるべく怪我のないように頑張ってくださいね」


「うわー、そんなこと言われたら、すみれちゃんは余計にはりきっちゃいますよー! すみれちゃんだって弥生子さんに負けないぐらい、うり坊ちゃんラブなんですから!」


「……口をつつしんでください、ルミさん」


 大江山すみれが目を細めながら微笑みかけると、二階堂ルミは「うひゃー!」とはしゃぎながら蝉川日和の背中に隠れようとする。そしてこちらではまだユーリが瓜子の頬を頭で圧迫しており、愛音はそれをじっとりと見据えていた。


 そうして本日の打ち上げは、ますます賑やかに過ぎ去っていき――瓜子たちは、長い夏の次なるステップに進むことに相成ったのだった。

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