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アトミック・ガールズ!  作者: EDA
31th Bout ~Scorching Summer~
815/955

03 対戦表

 大歓声の中、瓜子とユーリはそれぞれのチャンピオンベルトを駒形氏に返上した。

 ラウンドガールたちの手によってそれらのベルトが高々とかざされると、あらためて歓声が吹き荒れる。瓜子は大いなる感慨を噛みしめながら、そのさまを見守ることになった。


『続きまして、王座決定トーナメントの組み合わせを発表いたします! トーナメントにエントリーされていない八名の選手のみなさんは、ご退場をお願いいたします!』


 プレマッチに出場するアマチュア選手とワンマッチに出場する小柴選手たちが、花道を退場していく。いっぽう瓜子とユーリは、この場に留まるように指示を出されていた。


『たったいま返上された二本のベルトを懸けて、総勢十六名の精鋭が王座決定トーナメントに挑戦いたします! まずは、ストロー級の組み合わせから発表いたします!』


 人々は、これまでと異なる熱気でもって歓声を張り上げる。

 リングアナウンサーはそれを焦らすようにたっぷりと間を取ってから、ついに宣言した。


『《アトミック・ガールズ》ストロー級王座決定トーナメント、第一回戦第一試合――赤、バニーQ選手! 青、奥村選手!』


 どよめきをはらんだ歓声の中、名前を呼ばれた選手がケージに足を踏み入れる。

 灰原選手と奥村選手はおたがいに気合の入った顔つきで笑いながら握手を交わし、左右に分かれて立ち並んだ。


『第二試合! 赤、山垣選手! 青、宗田選手!』


 これがMMAの復帰試合となる宗田選手を相手取るのは、黄金世代のひとり山垣選手であった。

 山垣選手は不敵に笑い、宗田選手はにこにこと笑う。そうして握手を交わしたのち、灰原選手と奥村選手の斜め後方に立ち並んだ。


『第三試合! 赤、亜藤選手! 青、武中選手!』


 武中選手は、歴戦のレスラーたる亜藤選手との対戦だ。

 この日のために茶色のショートヘアーを金色に染めた武中選手は燃えるような気合であり、亜藤選手はふてぶてしい笑顔であった。


『第四試合! 赤、後藤田選手! 青、まじかる☆まりりん選手!』


 大トリは、ベテランのグラップラー対決である。

 すでに魔法少女のいでたちである鞠山選手はスカートのような装飾をつまみながら、後藤田選手は静謐なる面持ちで、それぞれ一礼した。


『以上! こちらの四組が、ストロー級王座決定トーナメントの第一回戦となります! 猪狩選手が返上した王座を、いったいどの選手が獲得するのか! 皆様も、刮目してお見守りください!』


 客席からは、絶え間なく歓声が降り注がれている。

 そんな中、八名の選手は力強い足取りでケージを下りて、花道を引き返していった。


『続きまして、バンタム級の組み合わせを発表いたします! 《アトミック・ガールズ》バンタム級王座決定トーナメント、第一回戦第一試合――赤、オリビア・トンプソン! 青、三ツ橋美紀!』


 オリビア選手が相手取るのは、未知なる強豪のひとり三ツ橋選手であった。

 オリビア選手はにこやかな面持ちで、三ツ橋選手はどこか重々しい無表情で握手を交わす。


『第二試合! 赤、高橋道子! 青、青田ナナ!』


 青田ナナを迎え撃つのは、高橋選手であった。

 あらためて、瓜子は息を呑んでしまう。無差別級からバンタム級に転向したことで実力を上げた高橋選手と、《アトミック・ガールズ》の外で輝かしい戦績を築いてきた青田ナナ――いったいどちらが勝利するのか、瓜子には見当もつかなかった。


『第三試合! 赤、鬼沢いつき! 青、ジジ・B・アブリケル!』


 第三試合は、鬼沢選手とジジ選手の再戦であった。

 こちらでは初めて握手が交わされず、おたがいが申し合わせたように拳と拳をぶつけた。


『第四試合! 赤、小笠原朱鷺子! 青、サム・ウヌ!』


 未知なる強豪のもうひとりを相手取るのは、小笠原選手であった。

 両名がケージに上がると、いっそうのどよめきがあげられる。サム・ウヌ選手は身長百七十五センチで、小笠原選手に次ぐ長身であったのだ。


『以上! こちらの四組が、バンタム級王座決定トーナメントの第一回戦となります! 未知なる強豪を含む八名がどのような激闘を繰り広げるのか、皆様もご期待ください! ……それでは、選手退場です!』


 ストロー級に負けない歓声を浴びながら、バンタム級の八名もケージを下りていく。

 そして、リングアナウンサーのマイクは瓜子とユーリに向けられた。


『ストロー級もバンタム級も、実に興味深い組み合わせとなりました! 猪狩選手! ストロー級の第一回戦に関して、どのように思われましたか?』


『押忍。ストロー級の選手の中で調子を上げているのは、灰原選手――あ、いや、バニーQ選手とまりりん選手だと思いますけど、自分は黄金世代の方々にも注目しています。それに、《NEXT》で活躍する武中選手やキックで実績を作った宗田選手も気になりますね。奥村選手も、ここ最近は結果を出していますので……本当に、誰が優勝してもおかしくないと思います』


『なるほど! では、ユーリ選手! バンタム級の組み合わせについては、如何でしょうか?』


『はぁい。初めて参戦されるお二人も強そうですねぇ。ユーリもトーナメントに出場したくて、うずうずしちゃいましたぁ』


『三ツ橋選手もサム・ウヌ選手も《フィスト》で実績を残していますので、《アトミック・ガールズ》生え抜きのオリビア選手と小笠原選手も油断できないことでしょう! それではお二人も、今日の激闘を最後までお見守りください!』


 それでようやく瓜子とユーリも、退場することを許された。

 試合に出場しない二人にも、惜しみなく歓声が注がれる。瓜子は恐縮しながらも、やっぱり誇らしい気持ちであった。


 入場口では、蝉川日和が待ち受けている。わざわざ瓜子たちを出迎えに来てくれたのだろう。そして、プレマッチに出場するアマチュア選手たちが気合をみなぎらせながらキックミットを蹴っていた。


「いやー、どっちのトーナメントも盛り上がりそうッスねー。ただ、灰原さんがちょっぴり気の毒だったッスよー」


「気の毒? どうしてっすか?」


「だってトーナメントに出る八人の中で、奥村って人だけが中堅って扱いなんでしょう? 楽そうな相手をぶつけられるって、なんか悔しいじゃないッスか」


 いつでも真っ直ぐな蝉川日和に、瓜子は笑顔を誘われてしまった。


「まあ見ようによっては、人気の高い灰原選手に楽そうな相手をぶつけたって構図っすよね。でも、奥村選手は小柴選手にも勝ってますから実績は十分でしょうし、相手が格下だと余計にプレッシャーがかかるって面もあるはずっすよ」


「うーん? 灰原さんって、そういうプレッシャーを感じるんスかねー?」


「プレッシャーを感じない代わりに、油断もしないでしょうね。何にせよ、悔しがってはいないと思うっすよ」


 そうして控え室に辿り着くと、そこにはとてつもない熱気があふれかえっていた。

 試合前の控え室に熱気が満ちるのは当然の話であるが、どうも普段とも趣が異なっている。試合の当日に対戦相手が発表されるという目新しいシステムが、選手たちに常ならぬ昂揚を与えたのかもしれなかった。


「あ、どうもお疲れ様です! お二人がベルトを返還する姿に、何だかじんときちゃいました!」


 と、愛音を相手にウォームアップしていた小柴選手が子犬のように駆け寄ってくる。そのきらきらとした瞳を見返しながら、瓜子は「ありがとうございます」と笑顔を返した。


「でも、大事な時間に二人そろって席を外しちゃって、どうもすみません。表でウォームアップを仕上げましょうか」


「そうですね! すぐに試合なんですから、気持ちを切り替えます!」


 小柴選手はグローブに包まれた手で、自分の頬をぴしゃぴしゃと叩く。そんな姿にも、どこか愛くるしさがこぼれる小柴選手であった。


 ということで、瓜子とユーリはすぐさま廊下に引き返す。小柴選手の出番は本選の第一試合なので、くつろいでいる時間はなかった。


「それにしても、まさか初戦で小笠原先輩にサム・ウヌ選手がぶつけられるとは思ってませんでした! もちろん楽な相手なんてひとりもいませんけど、あんな大きな相手だとリーチを活かしにくいですよね!」


「……小柴センパイは、まったく気持ちが切り替わっていないようなのです」


「ご、ごめんなさい! でも、モヤモヤを抱えたまま試合に臨みたくなかったので……」


「小柴選手は、モヤモヤしてたんすか? リーチを活かしにくいのはおたがいさまなんですから、小笠原選手が一方的に不利ってことにはならないと思いますよ」


「愛音も、そう思うのです。むしろ、小笠原センパイはその実力を買われて、屈強な外国人選手をぶつけられたという印象なのです。そして小笠原センパイなら、絶対に期待に応えてくれるのです」


「そ、そうですよね! わたしも、小笠原先輩の勝利を信じています!」


 小柴選手はぱあっと表情を輝かせながら、瓜子の構えたキックミットに鋭い中段蹴りを叩きつけてきた。

 そうしてキックミットを蹴っている内に、小柴選手の可愛らしい顔がどんどん凛々しく引き締まっていく。小柴選手は試合前の緊張が、そういう表情に出るタイプであるのだ。それを瓜子がセコンドの立場から見届けるのは、これが初めての体験であった。


 それからさして待つこともなく、控え室の蝉川日和が「最初の試合が終わったッスよ」と告げてくる。十分も経過していないので、判定までもつれこむことなく勝負がついたようであった。


 やがて通路の向こうから、アマチュア選手とセコンド陣が意気揚々と引き返してくる。その表情からして、こちらの選手が勝利をあげたようであった。


「お疲れ様です。納得のいく試合ができたみたいですね」


 見知らぬ選手に声をかけるというのは瓜子の流儀ではなかったが、本日はチーフセコンドという立場であるためか、自然に口が開いてしまった。

 すると、まだ若い女子選手が真っ赤になりながら「はい!」と背筋をのばす。この選手は天覇館の埼玉あたりの支部の所属であった。


「な、なんとか時間内に勝負を決めることができました! これもみなさんのご指導のおかげです!」


「おめでとうございます。これからも頑張ってください」


「あ、ありがとうございます! ……あ、あの、あとでサインをいただけますか?」


「サ、サイン? 今日の自分は、セコンドなんすけど……」


「で、でもわたし、猪狩さんの試合は全部チェックしてますし、格闘技以外の活動も追ってますので!」


 瓜子が脱力しそうになると、セコンドの男性が苦笑まじりにたしなめてくれた。


「そんな話は、あちらさんの試合が終わってからにしろ。こりゃあ来栖さんに頼んで、説教だな」


「えー! そ、それは勘弁してください!」


 武道の気配が強い天覇館にあって、こちらの支部はアットホームな雰囲気のようである。

 ともあれ、瓜子たちは失礼のないように挨拶を交わしてから、入場口を目指すことにした。


「……猪狩センパイは、能動的にハーレム要員を増加させようと目論んでいるのです?」


「そ、そんなわけないじゃないっすか。チーフセコンドなら、ああいう挨拶も必要なのかなって考えただけっすよ」


「あはは。あのコはずっとうり坊ちゃんに目が釘付けだったものねぇ。罪作りなうり坊ちゃんなのですぅ」


「ユ、ユーリさんもうるさいっすよ。すいません、小柴選手。セコンド陣が、騒がしくしちゃって……」


「いえ。わたしは、心強い限りです」


 小柴選手は、固い表情で微笑んだ。


「今日はちょっと、普段よりも緊張しちゃってるみたいなんで……みなさんの賑やかさは、むしろありがたいぐらいです」


「緊張? 今日は、調整試合っすよね。何か理由でもあるんすか?」


「……わたしは《フィスト》との対抗戦からも外されてしまいましたので、もっともっと実績を作らないといけないんです」


 それは、意外な告白であった。

 瓜子は小柴選手の目を見ながら、「大丈夫っすよ」と笑いかける。


「小柴選手が対抗戦のメンバーに実績で劣っているとは思いません。きっとあれは、同世代っていうくくりで選ばれたんすよ。自分はあの三人に小柴選手を加えた四人が、アトム級の四天王だと思ってますからね」


「まったくなのです。今後はこの四人の誰がサキセンパイからベルトを奪取するか、血で血を洗うサバイバルマッチが待ち受けているのです」


 と、対抗戦に選ばれたひとりである愛音も気合の入った顔で、そう言った。


「もちろん対抗戦は心の躍るイベントですが、もっとも重要なのはタイトルマッチなのです。そして、小柴センパイも強力なライバルのひとりであるのです」


「……ありがとうございます。みなさんに置いていかれないように、わたしも頑張ります」


 そうして小柴選手が凛々しい表情を取り戻したところで、歓声がわきたった。

 しばらくして、今度はセコンドに肩を借りたアマチュア選手が花道を戻ってくる。その悄然とした顔から敗北を悟った瓜子は、頭を下げるに留めておいた。


「それでは、いざ入場なのです。愛音たちも、めいっぱい小柴センパイを盛り上げるのです」


「はぁい。ユーリも死力を尽くす所存なのですぅ」


 今回は、ユーリも満面の笑みであった。この三名がセコンドにつけば客席がわきかえるのも必定であったため、それならば最初からおもいきり盛り上げる方針でいこうという手はずになっていたのだ。瓜子としては気の進まない面もあったが、小柴選手自身がそれを望んでいたし、他に有効な手立ても思いつかなかったというのが実情であった。


『赤コーナーより、まじかる☆あかりん選手の入場です!』


 リングアナウンサーの声に続いて、入場曲である『モンキー・ワンダー』の楽曲が響きわたる。

 それと同時に、セコンドの三名が扉の向こうに足を踏み出した。ユーリを真ん中にして、瓜子と愛音が左右を固める格好だ。


 このいきなりの登場に、客席はとてつもなくわきかえる。

 瓜子にとっては不本意なことながら、これは『トライ・アングル』の主役たるユーリとマスコットガールたる両名という組み合わせであるのだ。客席の人々にしてみれば、とんだサプライズであるはずであった。


 ユーリは入場口の出端にたたずんだまま、くるりとターンを切ったり投げキッスを飛ばしたりと、大サービスである。瓜子は羞恥心をこらえながら、ひかえめに手を振るばかりであった。


 そうして会場の盛り上がりが最高潮に達し、楽曲のイントロが終了したところで、瓜子たちは花道の左右に引き下がる。

 それで空いたスペースに、魔法のステッキを握りしめた小柴選手が凛然と現れた。


 小柴選手はさっぱりとした顔立ちで、頭は男の子のようなショートヘアーであるが、首から下は魔法少女仕様の華やかな試合衣装だ。そして、緊張を押し隠した凛々しい表情や意外にアグレッシブなファイトスタイルという多層的なギャップが相まって、それなり以上の人気を博している。一度は格闘技マガジンの人気投票のベストテンにランクインしたぐらいであるのだから、潜在的な人気はそれなり以上であるはずであった。


 よって、小柴選手にも惜しみない歓声と拍手が捧げられる。

 そんな小柴選手を先頭にして、この即席チームはいざ花道を突き進んだ。


 その間も、ユーリや愛音はしきりに客席へと手を振っている。

 かつての灰原選手やオリビア選手と同様に、セコンド陣の異様な人気を選手の人気の中に取り込んでしまおうという作戦なわけである。今回に至っては、四人への歓声が混然一体となっていた。


(ほんと、アイドルグループみたいな盛り上がりだよな)


 しかし、この盛り上がりを試合に対する盛り上がりで塗り潰すのは、小柴選手の役割だ。瓜子はチーフセコンドとして、それを全力でサポートする所存であった。

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― 新着の感想 ―
[良い点] トーナメントってやはりアツいですよね。どう転ぶか楽しみです。 [気になる点] 今更な気付きかもしれませんけど、鬼沢さんとジジさんはどちらも確か外面強い割に繊細で思案すること多い方ですよね。…
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